憑依!S系教育男子出陣! その27
ワンダーレグスの脅威が魔界中を席巻した。
もちろん人間界でも伝説の存在となりつつあった呪霊王が姿を現したと言う事で、多くの不安の声が寄せられているらしい。
当のワンダーレグスと言えば、俺の支配下にある事もあるが、長い隠遁生活の為に覇権を狙う事に対する興味を失っており、みだりにその力を誇示する事は無くなっていた。
恐怖を煽る見た目ではあるが、毒気はすっかり抜けていて、戦闘中以外はただの干乾びきった老人でしかない。
「ワンダーレグスさんは、おいくつなんですか?」
「はて、どうじゃったか。千年を越えた辺りからすでに年を数える事も無ぅなったからのぅ」
「そ、それじゃあ千歳以上の超おじいちゃんなんですか?!」
「カカカッ 呪霊王に対して”おじいちゃん”とは! 娘、お主も随分変わっておるのう」
「そ、そうですか? 私、見た目や生まれなんかじゃ本当の事は分からないって、教えてもらったから……」
「ほう。それはあの男からか? 従えた魔物魔族を見てそう学んだか?」
「はい! あ、……いえ、それよりも少しだけ前、大切な人に……」
「そうか。お主、人間である事が勿体ないのう」
「え? それはどう言う……」
「いつの時代も人間はそう言った目に映る情報に惑わされる。魔族ならそれは自然と身に付く感覚じゃ。何せ親と子が似ても似つかぬ事なんぞままある事じゃからな! クカカカカッ」
驚いた事に、エシャリは平然とワンダーレグスに接していた。
かなり肝が据わっている。
魔王に次ぐ実力者で、あらゆる者から恐怖の対象として見られていると俺に初めに教えてくれたのは彼女だと言うのに。
俺が支配したのだから大丈夫、と妙な自信たっぷりに言っていたが、それでも用心するくらいはしてほしいところだ。
しかし気になるのは彼女が言っていた”大切な人”だ。おそらくアミカの事だろう。ここのところずっとその名が出る事は無かったが、不意にその引き出しを開けられた時のエシャリの顔は堪らなく悲しそうだった。
ワンダーレグスを戦力に加えた事で、俺達は大陸西南部の戦線において大勝に大勝を重ね、みるみるうちに魔界西部を制圧する事に成功した。
中枢である魔王の城があるのは魔界の中央。目指す地はまだ先であり、魔素への抵抗力の弱い人間がさらに離脱せざるを得なくなるのはここからだ。
人間がなかなか敵の本拠地を叩けない理由は、上級魔族達の存在だけでなくこう言った立地の問題が大きかった。
これまでは王家直属近衛騎士団のエリート、一流の法術士、魔法使いやハンター、または勇者と呼ばれるような特異な存在が魔界に潜入して、巨悪を討つようなゲリラ戦で脅威を排除してきたが、正面切っての種族間戦闘は、魔界と人間界の境界線でしか起きなかったのだ。魔界に踏み込む事は消耗と死を意味していた。
しかし今回の戦争は違う。
人間の戦力の中には、俺が従えた魔物魔族が多数いる。
つまり今まで中央に行くほどに減少していた人間軍の脅威が、衰える事無く襲いかかってくると言う事だ。
人間の進攻を抑え、人間の兵士の心を折るために前線には好戦的で強靭な魔物が置かれていた。
その魔物達はすでに俺の手中にある。その闘争本能が同胞と言えども牙を剥かずにはいられない事は実証済みだ。
今まで接近するほど弱体化する敵勢力に対して防衛線を備える必要のなかった中央など、剥き出しになった暴力に耐えられるわけがない。
唯一警戒するべきは魔王だが、その魔王に対する切り札も今や俺の元にある。
戦力に余裕が出来た事から人間側も士気が高い。この戦争、負けるわけがない。
翌日もさらに進攻を進め、魔族の都市を一つ陥落させた。
防衛隊など機能していないに等しく、あっさりと攻略が完了した。
俺の能力も向上しており、牙の民のような戦闘系魔族でなければ魔物と同程度の距離からの視線の交差で支配できるようになっていた。
すでにこの都市の住人はすべて俺の能力の下にある。見下していた人間に対する態度を改めさせ、協力を惜しまぬようにさせた。こうして人間と魔族の融和を進め、魔王を倒した後の理想の世界のモデル都市としていく予定だ。
順調に俺の計画が進んでいく。
暗黒の領域とされ詳しい情報の無かった魔界だが、人間界と大差なく文明が築かれていた。魔界の魔族魔物は地球のゲーム世界のように荒野で野蛮に暮らしているわけではない。人間と同様に多種族混在のコミュニティを形成し、街を作って産業を興して生活している。
人間と適切に交流を持てれば両者ともによい刺激となりイノベーションが起きるはずだ。
後は魔界最大の求心力である魔王を排除する事で、一気に新世界への道が開けるだろう。
さらに次の日の朝。
都市戦を行ったにも関わらず消耗のない俺達の軍隊は、東に向かって行軍を開始する準備をしていた。
俺とエシャリが自分達の出立の準備をしている傍らに控えていたワンダーレグスが、急に俺達から離れて空を見上げた。
「ほう、動きが速いのう。ここで食い止めねばならんと分かっておったようじゃな」
愉快そうに言った。干乾びた顔からは相変わらず表情が読み取りにくいのだが、東の空を見ているこいつの顔には確かに喜びが感じられた。
俺もその方角を見ていると、何かが急速にこちらに接近しているのが分かった。
警戒、監視係が鳴らす警鐘が聞こえた直後には、その接近物は俺達のすぐ近くに落着して砂煙を上げていた。
砂煙の中、落着した物が動く。
それは人の形をしていた。
あの勢いで地面に衝突したにもかかわらず、ダメージを受けているようには見えない。
立ち上がって歩き始めたが、大きな体格ではない。それこそエシャリと同じくらいか。
砂煙の向こうから現れた者が、俺達を確認して口を開いた。
「久しぶりだな、ワンダーレグス。まだ生きていたか」
「何十年ぶりか? 貴様が即位して儂に会いに来て以来か?」
「そうだな、三十八年ぶりだ」
赤い髪に、横に大きく張り出した角。
額に開いた第三の眼。
青い肌に、見た者を惹きつけるような絶世の美貌。
俺の背後にいたエシャリが眼を見開いている。何かを言おうとしていたが言葉にならず、あうあうと唇が動いているだけだった。ふらりと前に出たため、肩を押さえてそれを制した。
聞いていた特徴と一致する姿のこの魔族は、まさか……
「魔王…… まさか、お前自らがここに……」
思わず言葉に出てしまった。
魔界の脅威しか見ていなかったその魔族が、それに気付いてこちらに目を遣った。
臆する事のない、絶対の自信を含んだ瞳だ。
「いかにも。我が魔王ラファーガである」
そう答えた美麗な女からは、これまでの魔族とは別次元の圧倒的な力が、存在感を持って放たれていた。




