憑依!S系調教男子出陣! その23
うずくまったままのロックトータスのヌータをエシャリに任せ、俺は先に進んだ。
襲われる心配のない魔物すら忌避する存在。
このメガス大森林において、それは呪霊王しか考えられない。
進んでいくと森が開き、光が差し込む場所に出た。
その中心の大地には裂け目があった。近付いてみると大きな洞穴で、地下に向かって伸びている。
「ワンダーレグス! 魔王に次ぐ力の持ち主よ! お前に会いに来た、姿を見せろ!」
そう洞穴に向かって大声をあげる。
森に静寂が戻って少しすると、突然地鳴りが起こり、どんどん大きくなっていく。
目の前の洞穴から離れた地面がいきなり落ち込み、大きく口を開けた。
「儂に会いに来たじゃと……? 不敬な輩じゃな」
新しく生まれた洞穴から黒い塊が音も立てずに現れた。
光を受けたその姿は人の形をしていた。
ただし、それは生きているとはとても思えない姿だ。
真っ黒なローブからのぞく腕は枯れ枝のように細く、乾いて艶の一切がない。
フードの奥にある頭部も同じく乾ききり、縮み上がった唇の奥の歯もむき出しになって黄土色に変色している。
目は落ち窪み、閉ざされている。……いや、瞼を太い糸で縫い付けられていた。
教育資料なんかで見るミイラを思わせる外見からは、えも言われぬ不安感と恐怖、はては悪心までを覚えさせられた。
「何じゃ。小娘の使いかと思うたが、人間じゃと? 童、貴様のようなくだらん存在がこの儂に何用じゃ? 名前を知っておるのじゃから儂が呪霊王と知らん訳ではあるまい」
縫い止められて閉ざされた瞼の奥で俺が人間だと気付いた?
魔力の質などで判別しているのか?
いや、違う。ヤツの頭の回りを円を書くように何かが飛んでいる。
遠目では冠のように見えていたが、それは複数の眼球だ!
なんておぞましい姿なんだ!
「皆一様に同じ顔をするのう。最早なんの感慨も湧かぬわい。どれ、会いに来ようと思うくらいじゃ。その資格があるか軽く試してやるか」
すっと前に伸ばした左腕からぼたぼたと、どんよりと濁った液体のような何かが滴っていく。
その濁りが垂れた地面が突然ボコリと言う音とともに泡立ち、グズグズと悪臭を立てながら液化していく! 何だこれは!
「見るのは初めてか? これが”死霊”系魔法よ。すべてを腐らせ、呪い、滅する忌み嫌われし魔法。使い手すら自身の力に蝕まれ死んでゆく。これほど長く生き残れておるのは儂くらいなモンじゃて。ゆえに”呪霊王”と呼ばれておる」
その間も腐敗の侵食がこっちに迫る!
そうか、森に穴が開いているのもこれが原因か!
俺は冷気を全集中させ、足元に向かって忍び寄るおぞましい波を凍らせた。
一旦はその侵食が停止したが、腐敗による反応熱が大きいようで完全には停止させられない。
よみがえり始めていた森が再び死んでいく。なんてことだ!
「カカカカカ! どうじゃ、恐ろしかろう? これだけではないぞ」
両腕を大きく開くとぼわりと紫色の煙が立ち上ぼり、大きな塊がいくつも出来る。
その塊がうわん、と浮揚し回りに飛散していく。
俺の方にも飛んできた。大きく口を開いたドクロのようだった。まるで亡霊。俺がかわしたのもあるが初めから当てるつもりはなかったようで、そのまま後ろに向かって飛んでいった。
ワンダーレグスから放たれた煙の塊が木の幹に食らいつくと、みるみる枝葉が落ち、音を立ててひび割れ、吹き抜ける風に耐えられずに倒れてしまった。
容赦なく命を奪う、まさに死神だ!
「儂は魔王には成れなんだ。じゃが誰よりも恐れられた! 恐れられたが故、呪われた王として名を残しておる。儂こそが絶対なる魔よ!」
確かにこの力は手に余る。狂気に満ちた滅びの力。
……何としてでも手札にほしい!
体から離れているとはいえ、頭の周りを飛び交っている目玉もヤツの一部。先程からずっと俺はその目玉に能力をかけようとしているが支配できない。
「貴様、先程から何かしておるな? 魔法ではないな。何じゃ?」
やはり魔法に関して造詣が深い。本来ならその圧倒的な魔力の差で捻り潰してしまえば良いところを、俺の能力が魔法に類しない特殊な物である事を見抜いて警戒して近づいてこない。
だがこれはチャンスだ。上手く仕掛ければ勝てる。そのためには俺の能力を知られてはいけない。知られればこの埋められない力量の差を覆す事は万に一つも存在しない。
じりっと後ろに下がった時、ミイラがその醜い口を開いて高らかに笑い声をあげた。
「カカカカカ! 貴様、聞いた事はないか? 生ける物は死から逃げられんと! 逃げるにもそれだけの資格がなくてはのぅ!」
後ずさりしたのは、今この瞬間もじわじわと迫る腐食の波から距離をとらなくては飲み込まれてしまうからだ。逃げるためではない。
安い挑発に乗って飛び込めばやられるだけだまずはこの腐食を封じ込めないと話にならない。
俺も引き続き冷却魔法を使って侵食を食い止めた。
「なるほどのう。やはり貴様は冷気系が得意なようじゃな。これだけ広い範囲に使うと言うのは人間にしてはなかなか見どころがあるわ」
腐食の進む土地の全周をぐるりと凍りつかせると、さらにワンダーレグスに向けて風を起こした。
対処法が整うまであの煙で態勢を崩されるのを防ぐためだ。
「ふうむ、儂に対して相性の良い基本属性の組み合わせじゃのう。選択としては間違っておらん。レベルに差がなければな」
醜悪な顔をさらに歪め、ワンダーレグスが右手をあげた。
直後強烈な衝撃が俺の腹を襲った。呼吸が止まり、口の中に血の味が広がる。
「なに。ほんの戯れよ。この程度で貴様なんぞ相手にならん。わかったか?」
俺の腹を打った物が緩やかに戻っていった。ヤツの眼球だ。
頭の周りに浮いている目玉は八個。その一つが俺に放たれたのだ。
感覚器官なだけでなく、武器にもなるとは……
あまりの実力の差に絶望もできない。
だがまだだ、もう少し時間を稼ぐんだ。
初めから俺には一発逆転しか残されていない。
「逃げられんと言う事も分かったじゃろう? 進退窮まったのう。さて、どんな最期を望む? 生きたまま腐り落ちるか? それとも四肢の先から枯れ果てるか? 身体の内から蟲に食い漁られると言うのはどうじゃ? はたまた生皮を裏返して腸を口から引き抜いてみるかのう?」
ワンダーレグスが愉快そうに長々と口上を述べた後、両腕を再び開いた。何らかの魔法が来る!
俺はヤツの周りに小型の竜巻を起こした。
周りの凍った草むらからきらきらと透明な塊が浮き上がり、ヤツの頭の周りを飛ぶ目玉の前にずらっと整列した。魔法を撃つのを止め、自分を取り囲んだ物を確認する。今だ!
俺は携帯していた水を使って自分の前に大きめのレンズを作り上げ、それに向かって右手を伸ばし、目玉の前に並んだレンズを通してワンダーレグスを睨みつける。
直後わずかに前かがみの姿勢を取ってワンダーレグスが動きを止めた。
「ぬぅうう、これが貴様の能力か! 小賢しい!」
はじめに周囲を凍らせたのはすべてこのためだ!
腐食を食い止める事が目的じゃない!
草木を凍らせる事で滲み出た水分を集め、それをたくさんの小さな氷のレンズに変えた。
さらに今起こした竜巻、これはワンダーレグスの魔法が作る死の煙を霧散させるための風じゃない。
あくまでもこのレンズをヤツの目の前に並べるための風だ!
ランクAの牙の民はこの距離で術に落ちた。
ヤツの眼球一つに対して並べたレンズは五個。一つの目に五倍の力、合計四十倍の力をぶつけてやる!
動きを止める事は出来たが、一瞬だった。完全に意識を掌握される前に急速に接近し、俺の視線の支配から逃れると、枯れ枝のような右腕で俺の襟元を掴んで高々と持ち上げた。こんな今にも折れそうな体をして、ものすごい怪力だ!
「肝を冷やした。大した物よ。このような邪眼、お初お目にかかる。だがそのような邪眼ごときで儂を縛れると思うたか!」
眼球一つに対し五人分の魔族を従える力を受けておきながら、それを跳ね除け攻撃を仕掛けてくる。とんでもない化物だ。だがしかし、俺の術中に完全にはまった!
「残念だったな…… こっちが本命だ!」
右手でミイラの頭部を掴む。同時に奴を睨みつけ、俺に従えと強烈に念を送り込んでやった。
「ぬぉ! 貴様、わざと儂に掴ませたな……!」
「気付いた時にはもう遅いんだよ! お前の敗因は、強すぎた事から来る慢心だ!」
「お、おのれぇえええええ!」
俺を持ち上げていた腕がだんだんと下されていく。
俺の足が地面に着くと今度はワンダーレグスが膝を折り、徐々に頭を下げていく。両手を地面に突き、完全に屈服の姿勢を取った。
反撃する様子は一切ない。俺の勝利だ!