憑依!S系教育男子出陣! その22
うっそうと茂り、地表へ届く光も少ないメガス大森林。
これだけ発達した森であれば、鳥をはじめとした生き物のざわめきがあちらこちらから聞こえてきても不思議ではない。
地球でドキュメント番組や映画でジャングルの映像を見たりした時は、ぎゃあぎゃあとどんな動物のものかも分からない、鳴き声のような喚き声のような音に不安感を煽りたてられたものだった。
だがここは違う。しん、と静まりかえって不気味さが際立っている。
エシャリも異様さに不安を覚えたようで、俺の後ろに隠れ左の袖を引っ張るような形で付いてきていた。
薄暗いのだが地面にはぼんやりと光が灯っている。
アグリードワーフが住み着いたワツヒの森で見たあの苔がたくさん、至る所に生えていた。
彼らの言葉を思い出せば、この苔は魔界には普通に自生しているらしい。
つまりここは本来魔界の一部と言う事だ。
人間と魔物の領土の境界線はそれぞれの勢力の強弱によって変わってくるが、大自然はいつだって変わらない。
ここには魔界を追放された異端の存在が棲みついているはずだ。
魔王に次ぐ力を持ち、魔王から疎ましがられる物、ワンダーレグス。
皆が知っているのに、それを見た者はほとんど残されていない。
見た者もあまりの恐怖から口を閉ざし、語ろうとしない。
魔王以上に正体不明な禍々しい存在。
本当にそれは今もこの地に息づいているのだろうか。
俺は地図とコンパスを元に、上空から認めた森に開いた穴に向かって足を運んだ。
――近くにあるモンの何もかもが死に絶えるんだ――
飛翔トカゲが言っていた事が本当ならば、上空から見た穴のような場所にかつてワンダーレグスが居た可能性がある。
ヤツの影響で極相に達した森がリセットされて、再び遷移が始まってあのような環境を作っている事が十分に考えられるからだ。
倒木が多く比較的新しく見えた近くのスポットから探索していく事にした。
「なかなか見つかりませんねー……」
「ああ。時間がかかるのも仕方ないだろう、これだけの広さだ。乗り物に出来る魔物もこのロックトータスくらいしかいなかったしな」
「そうですねー……。食べられる果実は色々実ってますから、食べ物や水には困らないのが幸いですね」
火を起こし、エシャリが魔法で作った土壁を組み合わせた簡易シェルターで夜を越す。
蓋をしてしまえば盛り上がった地面にしか見えないため、身を隠すのに便利だ。
薪がパチンと爆ぜると近くにあった大きな岩がごそりと動き、周りの落ち葉と土を削った。
パッと見、岩にしか思えないがこれがロックトータスだ。
物凄く巨大な陸亀で、人が四、五人余裕で乗れるくらいにまで成長する。
乾燥にもよく耐えるため大陸各地で認められるが、基本は森周辺に生息する大人しい草食の魔物だ。
たまに人里の畑を襲って作物を壊滅させることがあったり、集団で農耕地帯に現れて食い尽くし、飢饉をもたらす事のある侮れない奴だったりする。
人を襲う事はまずないが、あまりの頑丈さゆえに倒す事もままならない厄介者だ。
そのため発見されたら被害を出し始める前に上手く誘導して他所に移住してもらったり、数が多すぎる時は罠を仕掛けて退治したりする。
今はもしゃもしゃと足元の光る苔を貪っている。
「昔は怖いと思ったんですけど、こうして見ると可愛いですねぇ」
「おいおい、のん気だな」
にっこりと微笑むエシャリの顔が焚火の明かりに照らされている。
危険物がどこに潜んでいるのか分からず緊張し通しの森の中、ほっと癒される瞬間だ。
「明日もまた早くから探索だな。何日かかるか分からん。エシャリ、早め早めに休むことを心がけろ」
「分かりました。でも、見張りはどうするのですか?」
「まずは今日一晩、俺が様子を見ている。お前はちゃんと休め」
「ですが、それではコウスケ様が……」
「いいから休め。一晩くらい平気だ。それにロックトータスを襲うような物好きな魔物はいない」
「はい……。でもやっぱり」
彼女はこう言う風になったらなかなか退かない性格だ。
しっかりと必要ない事を理解させなくてはいけなくて少々厄介だ。
「あのな、これは実験なんだ。このシェルターはお前の魔法で作っただろ? それがお前がすっかり寝入ってしまっても機能しているようなら、明日以降は見張りの必要ないだろう?」
「あ、そうですね! なるほどぉ」
まったく、少し考えれば分かりそうなものを説明しなくてはいけないのは骨が折れる。
エシャリはまだ理解力が高いので気が楽だが、そうでない生徒を教える時は本当に憂鬱になったものだ。
「それではすみませんが、お休みさせていただきますね」
「ああ。シェルターに何か変化があったら起こすからな」
「わかりました。それじゃ失礼します。ヌータもおやすみなさい」
「ああ。……あ?」
ちょっと待て、今訳のわからない言葉を聞いたぞ?
「あ、この子の名前です。この子喋れないから名前があっても分からないですし。ロックトータスじゃあ呼びにくいじゃないですか。だから、ヌータと」
「……」
「ダメですか?」
いや、そう言う事じゃないんだが。
無言でエシャリを見つめていると小首を傾げて続けてきた。
「何かのんびりしてません?」
ダメだ。これを説き伏せる事は出来そうにない。
結局こっちが折れ、ヌータと呼ぶ事に決められた。
それから七日。ロックトータスは人が歩くのと同じくらいの速度で進む。走ればもっと速いのかもしれないが、慎重に探索するためにヌータには普段通りに歩かせた。
俺達二人を背中に乗せて、のそのそとだが頼もしく前進し続ける。
俺達も野営用の道具を背負ってきた。背負い始めの頃は大した事なくても、時間が経つにつれて地味に疲労が蓄積してくるくらいの重さはある。
道があるわけではない森の中をずっと探索するにあたって、疲労の色を見せずに歩き続けられるヌータの足は非常に役に立った。
地図にマークしたスポットを一つ一つ回っていくが、何も手掛かりはつかめなかった。
地図にバツ印が増えていくに従って、本当にそれが存在しているのかと言う疑問が大きくなっていく。
エシャリのシェルターは彼女が寝入ってしまっても問題なく機能し、次の日からは蓋の前でヌータを休ませ門番代わりにする事で夜を越してきた。
途中で見つけた川で体をきれいにしたり、比較的快適に探索を続けてきた。
それにしてもこの森に入ってから、小動物は時折みかけても攻撃性のある魔物や魔族に出くわさない。
ヌータを捕まえたのも森の外縁付近で、奥に行くほどに何故か安全になっている。
もともと魔界のこの森に、ここまで魔物達の気配がないのはやはり不気味だ。
十個目のスポットまでもう少しと言うところで、それは起きた。
「おい、どうした。進め」
「ヌータどうしたの? 何かいるの?」
全く進まなくなったどころか少しずつ後ろに下がり、方向転換して引き返し始めた。
防御体勢になったロックトータスはほぼ無敵だ。それゆえこいつらは構う事無く餌を求めて進み続ける。そんな魔物がまさに一目散とばかりに逃げていこうとするのだ。
「止まれ!」
俺の命令を無視すれば制約による苦痛が魔物を襲う。ヌータもその苦痛に抗う事が出来ず逃走を止めてその場に伏した。心配そうにエシャリが頭を撫でている。
ヌータは首を曲げて、さっきまでの進行方向をじっと見つめてうずくまってしまった。
「なるほど、この先か」
エシャリの顔が緊張で強張る。
俺達が会いに来た化け物が近くにいる可能性が極めて高い。
さあ。申し分ない戦力になるかどうか、しっかと見極めてやる。