憑依!S系教育男子出陣! その10
「よう、コウスケ! 今日の予定は?」
「ああ、夕方前に森の様子を見に行ったらおしまいだ」
「おう、それじゃあ帰ってきたら一杯ひっかけに行かないか? ディアの店でいいか?」
「ん? 珍しいな。どうしたんだい?」
「いやな、お前にちょっと話したい事もあるんだ。なに、面倒事かもしれんが、なかなかない話だぞ。今後仕事に幅が出るだろうから是非聞いてほしいんだわ」
一仕事終えた報告をしてギルドから出て行こうとしたところでマスターに声を掛けられた。
ギルドで仕事をこなし始めてもう二ヵ月が過ぎた。
順調に実績を積み上げているだけでなく、街にいろいろとメリットを出している俺に対する評価はうなぎのぼりになっているようだ。
魔物の所持品を奪う系統の依頼は能力の制限上なかなか受けられないが、魔物がらみの面倒事は俺が行けばまず間違いなく解決される。
そして魔物を”倒す”事はほぼないが、行って帰ってくると”仲間が増えて”いる。
増えた仲間は必ず大きな力として街の人達に貢献している。
その仲間とは、当然魔物だ。
仲間にした魔物は、俺が居る街の場所を覚えさせるために必ず一度連れて帰る。
無用な混乱を招くので街の中に入れる事は無いが、やはりはじめはかなり恐れられた。
想定した通りの反応だったので、ランクの低い魔物から仲間にするように心掛けた。
街の人も俺が魔物を連れて来る事にもいつしか慣れて、魔物がもたらす恩恵にあずかるようになっていった。
今日はワツヒの森のアグリードワーフ達に頼んだ仕事の進捗状況を見に行く。
護衛と出来上がった物の運搬を兼ねて、この前仲間になったグレートホーンを連れていく事にした。
グレートホーンは名前の通り横に張り出したすさまじく巨大な角を持つ魔物だ。
ランクで行けばA寄りのB。個体レベルでだ。もしも群れになろうものなら任務ランクはSになりかねない。騎士団が動員される事態だ。
この辺で出て来る魔物のなかではかなり上位に位置する。まあ本格的なランクA以上が出てきたら、地方の街ではパニックが起きるレベルだ。
グレートホーンは二足歩行も出来る牛のような獣で、力がかなり強い。
大型の荷車を牽かせているが、これを満載にしても人間の足では追いつけない速度で平然と走る事が出来る。
グレートホーンは本来かなり獰猛なので、一般の人は近寄る事すらできない。
しかし俺が手懐けてしまったら牛のように普段は穏やかで、他の人の指示も聞くし、自分で判断して迷惑のかからないように行動する。
もちろん元々が猛獣なので、制約をかけているとは言え俺の監督下でなければ扱えないようにしている。
俺の能力のなかには命令違反をした魔物達に対して罰を与える物があった。
俺と交わした制約を破るとその魔物に大きな苦痛が発生し、俺の許しがあるまでその苦痛は解けない。
罰は俺が見ていないところでも発動するため、制約の拘束力はかなり強い。
手懐けた魔物達は普段は街の外の、連中の生息域で普段通りの生活をしている。
俺が普段の生活をしている彼らに与えている絶対的な制約は二つ。
人間を襲わない事と、俺が呼んだら必ず参ずる事。
それ以外の制約は設けていない。
俺の出す命令に従う事が出来ていれば制約を増やし厳しくする必要はない。
ここが大切だ。
命令をこなせないならば制約を厳しくすると教えている。
制約は魔物連中にとって非常に大きな苦痛の素だ。苦痛を与えられたくない以上、魔物達は努力し成果を出す事に真剣になる。
人語が通じないような魔物も、制約違反の罰を体感すると次からは同じ行動を取ることはない。
今まで成り行きに任せて生きていた魔物達が効率を考えて活動するようになった。
これは大きな進歩だ。
また俺の魔物への影響はそれだけではない。
「おーう、コウスケどん。頼まれてた農具1000組、出来てるべさー」
「早いな! 一昨日発注したばっかりだぞ?!」
「おーう、なんでだろうな? オラぁ達もこんな速く仕事出来た事ねーべ?」
「そらぁ、あれよ。コウスケどんがオラぁ達の中から仕事に向いてるヤツ選んでくれたからだべ」
「んでもよー。にしたって早過ぎるべ?」
俺は複数の個体がいる魔物をよく観察し、それぞれの個性を見極める事で仕事の割り振りをする事も行った。これは長年教師をやって子供達を見てきた事で培われた選別眼だ。おかげで目に見えて作業の効率化が進んだ。
そして何となく感じていた事だが、俺が仲間にした魔物達はもともとの能力が底上げされる。
初めて出会ったこのアグリードワーフ達が顕著だ。
出会った次の日には柵の新設、泉までの道の整備、そして集落の増築と言った重労働作業を完了させていた。
熟練しスキルアップしたとかではない。異常な成長だ。
「まー、オラぁ達はオラぁ達で平和に、人間に襲われずに生きていけるだけでええだ。なあ?」
「んだんだ!」
彼ら自身が実はとんでもない事になっている事などつゆ知らず、彼らはのどかに呑気に暮らしていた。
今や彼らは街の職人の下請けも、農具をはじめとした金属製品の加工の大量発注も楽々とこなし、街の産業の基礎を担う重要な働き手だ。
見てくれは怖い連中だが、人間が薬草を摘みに来たりアグリードワーフの狩猟区以外で狩りをしたりしてもそれを受け入れてくれる事から、人間側も不必要に恐れる事が無くなり、魔物とも適切に付き合えば良いのだと理解してきた。
ルファラも地球も、人間は利益を出してくれる存在に対して寛大だ。結局成果が上がれば大抵の事を許してしまう。あとは行動をコントロールできさえすれば魔物も人間も一緒なのだ。
俺がこの、魔物と人間の境界を取り払った新しい社会の仕組みを作り出した。
記憶を失った出自不明の流れ者と言う設定の俺も、今や街で無類の信頼を築き上げる事に成功したのだ。
そろそろ頃合いだろうか。
アグリードワーフ達が作り上げた農具をすべてグレートホーンの荷車に乗せて街へ運び、商会に引き渡した。
この街にも鍛冶屋はあるが、これだけの大量発注が短期間で成り立つのはアグリードワーフがいればこそだ。代わりに鍛冶職人達は騎士や僧兵の扱う武具などに力を入れ始め、王国首都とこの街の関係も深まり始めていた。
「お、コウスケ。待ってたぞ」
「ああ、マスター。今日はこれで終わりだ。で、話ってなんだ?」
グレートホーンに巣へ帰るよう指示したところでマスターがやってきた。
「それなんだがな。まあ店に行ってからじっくり話そう」
そう言ってマスターは俺の肩に手を回し、ぽんぽんと叩きながら俺を急がせた。