憑依!S系教育男子出陣! その5
とりあえず俺はエシャリの部屋に匿われる事になった。
潜伏する場所であればどこでもよかったのだが、それを急に用意する事は難しいとの事。確かにそうだ。
はじめエシャリは俺をそのまま教皇のところへ連れて行こうとした。
だがさすがに突然、元勇者が別人として黄泉返り現れたと言われても誰一人として信じないだろう。
しかもよりによって性転換を起こしてだ。神が関与していると言っても証明は出来ず、確実に不審者として良くない待遇を受けることは目に見えている。
然るべく準備が整ってからお偉いさんに面通しするのが順当だろう。
よって俺は彼女の案を却下。そしてエシャリにあてがわれている部屋に厄介になる事に決まったのだ。
改めて服を見れば土まみれだ。這い出てきたのだから仕方ない。
おそらくこれがこちらの世界の死装束なのだろう。絹のように白く肌触りのよい生地だ。
エシャリの部屋の鏡を見た。
肌や顔、髪も土で汚れている。
……随分整った顔つきだな。生前の俺の顔はまだ三十路半ばで早くもくたびれ始めていたと言うのに。
体型はやせ形だが、筋肉で引き締まっている。
この肉体は若く、気力体力ともに十分である事を感じさせた。
少しずつメタボに向かいつつあったあの体が懐かしいが、戻りたくない。
エシャリの部屋はルファラ教会の宿舎の一室で、きちんと整えられているが飾り立てられたりしている様子は一切ない。
殺風景にも見えるが、窓際や机の端にささやかに花を飾っていたりするあたり、女子力はそこそこあるのだろう。
折角整理の行き届いている部屋を汚すわけにもいかないので、立ったままあまり動かず彼女の帰りを待っていた。少しして湯の張った桶と空の桶、そして数枚の布を持ってエシャリが帰ってきた。
「お待たせしました、アミカ様…… あっ」
「気にしなくていい。慣れるまで時間がかかるのはわかってる」
かなり引きずっているようだ。心根の優しい娘なのは見た瞬間にも感じた。
こう言うタイプの生徒はじっくり時間をかけないと最後は破綻する。
俺に桶を渡す前に、一度神に対して祈りを捧げた。
ルファラの名前を出しただけで俺の言う事を信じてしまったあたりから見ても、彼女は随分敬虔な信徒のようだ。もしかしたらアミカを失った事からさらに信仰に逃げているのかもしれない。
まあそれが彼女にとって負になるようだったら矯正していく必要があるが、今はこれが彼女の安定につながっているのだから無理強いは間違いだ。
「それでは、こちらでどうぞお浄めください。あ、お着替えはこちらを使ってください」
引き出しを開け、中に入っていた服を出して机の上に乗せる。引き出しにはその服だけが入っていた。
何から何まで良く出来た娘だ。ところがにっこりとほほ笑んだエシャリはそのまま突っ立っている。 汚れを落とす事や着替えの手伝いもするつもりか? 異性でも平気なのだろうか。
「ああ、ありがとう。だが、一人でやれるぞ?」
「え、あ! ごごめんなさい! アミカ様の時と間違えて! すぐ、出ますね!」
前の勇者が彼女の中に占めるウェイトは物凄く大きいようだ。
早くきれいにして着替えたいが、こうも彼女の行動に影響している存在の事は正直気になる。
「えーっと。その『アミカ』はどんな女性だったんだ?」
「アミカ様は力強く、おきれいな方でしたよ! えーっと、JKをしていたと言ってました! JKってなんですかね? あ、姿絵がありますから、見ますか?」
ほらこれです! と言って手帳を渡された。
開いてみると大量のプリクラが貼られている。
なるほど、確かにあの老人が言っていたようにクールビューティーだな。
……しかし何だコイツは。
スカートは短いし、髪は染める。
バックにはチャラチャラと見苦しいほどにマスコットなどをつけ、爪もゴテゴテだ。
交友関係も随分と不健康な様子だな。
ぺらぺらとページをめくってみると、日本語で書かれたメモが残っていた。
……コイツ、根本から相当見直さねばならん。
何だこのカレンダーに書かれた男の名前の数々は。異性交遊も不純すぎるだろう!
俺の受け持ち生徒だったらみっちり絞り上げていたところだ。
これが前の勇者だと……?
そして残念ながら、その要警戒レベルの人間の体が今の俺の体だ……。
頭がくらくらする。穢れが染みついてるとしか思えん。
「アミカ様は本当におおらかで心が広かったんですよ! 私って結構人見知りなんですが、アミカ様はいい人だってすぐに分かりましたから、初めからすぐに懐いてしまいました。恥ずかしいですね」
そう言ってはにかんだ笑顔を見せたエシャリはとても可愛らしかった。
……こんな罪もない娘が、とんでもない素行不良のロクデナシを慕っていただと?
しかもそれが尋常じゃないほどに深い。気の毒である以外の何物でもない。
だがこれだけ心酔している者に対し、初対面の男がそれを否定する言葉をぶつけたのなら、一気に信頼関係が失われる。せっかくの逸材を手放すわけにはいかない。
幸い彼女には日本語は読めないようだから、教えないでおこう。
「あ、その姿絵。私初めて見た時すごく驚いちゃいました。でもアミカ様は普通だって。サキヤマ殿もあまり動じていらっしゃらないようですし、やっぱり普通なんですね?」
さすがにこれだけは否定しておかねば。まだコイツの本性を明かさない程度に。
「いや…… これは俺達の中でも異例だ。相当に親しい間柄だったんだろうとは思うが、普通はこのような形で残さない」
そう、これは異常なんだぞ。
「それじゃあ、やっぱりアミカ様は……」
おや? 言葉は想定した物だが、反応が真逆だ。
肌が濃い目の褐色なので頬の色の変化は分からないが、どう見ても悦んでいるようにしか見えない。
ここまで来ると修正はなかなか利かない。
仕方ない。予定通りに持久戦でいこう。
それにしてもエシャリはずっと扉の前で呆けている。
「大丈夫か?」
「す、すみません! 思い出に耽ってしまいました! あ、ごめんなさい。お着替えなどもありますしね。サキヤマ殿をお引止めして申し訳ありませんでした。それではまた後ほど……」
俺は彼女を名で呼んでいるが、彼女は俺を「サキヤマ」と呼ぶ。
はじめに「サキヤマ コウスケ」と名乗った事が影響しているのだと思うが、せっかくだから名前で呼んでもらえるとうれしくもある。やんわりと促しておこう。
「ああ、ありがとう。その、俺達日本人の名前は姓が先で名が後なんだ」
「あ、そうでした! アミカ様にも言われてたのに……」
「……相当入れ込んでたんだな」
「……はいっ!」
とびっきりの笑顔を見せて、エシャリは部屋を出ていった。
何だろう。俺の中にじわっと染みが広がった感じがした。
いや、今はいい。
回り道になっても、正しい者が正しくあるようにするのは俺の仕事だ。




