転生!物理最強勇者誕生! その10
これが魔王……!
その見た目からは、魔物の頂点に君臨する化物だとはとても思えない。
俺と魔王の視線がぶつかり合った。
「しかし勇者ヒューイよ、この戦いは意味を成さぬ。正義は我ら魔族にある」
「黙れ! 歴史は勝った者によって作られるとはよく言った物だな! 罪のない人々を苦しめる魔族に、真の正義などありはしない!」
「お前達がどのようにこの戦いを位置づけているかは大方知っておる。だがその前提そのものが間違っていると何故気付かぬ?」
「間違い? お前達のような巨大な魔力を持つ者がその力を振るえば、無力な人々がどれだけ苦しむと思っているんだ! 力を持つ者がそれに酔い、自身を正当化する言い訳をしている、それがお前達魔族の正義だろう! そんなもの、俺は認めない!」
「……そうか、人の勇者までが理解する事を放棄しているのか。ならばなおの事、我らは正義の為に戦わねばならん」
理解を放棄? 何を言っているんだ。魔族は膨大な魔力を持つ暴力の塊であるのは事実だ。
魔族の存在は人々を苦しめる。
現に魔王、お前は存在するだけで弱い者の命を奪う瘴気を放つほど濃すぎる魔力の持ち主じゃないか!
「俺はお前を倒す! そうすれば魔物の勢力は弱まり、人はまた笑って暮らせるんだ! そしてそれがここまで来れなかった仲間達の想い…… 皆の魂の為に、俺はお前を倒す!」
「やむをえんか……。では勇者ヒューイよ、人間の正義を見せてみよ」
人間の女性とあまり変わらない体格の魔王が一瞬で膨化し、筋骨隆々の獣人のような姿となった。
いや、獣人なんてもんじゃない。獣人よりも遥かに巨大で、背中には蝙蝠のような薄い皮膜を張った翼が生えている。地球の悪魔のイメージそのものだ!
まさしく「魔王」!
その名に相応しい禍々しい姿を見せつけた。
悪魔は光が弱点だ。俺の最も得意とする魔法が閃光系である事に運命すら感じる。
手始めに左手から魔法を放った。
「ホーリーボール!」
掌に生まれた光球がすばやく魔王に向かう。魔法としては連射速度重視の小威力程度の物だが、俺が撃てば下級魔族でも粉々だ。
迫る無数のホーリーボールを皮膜の翼で簡単に弾くと、俺に向かって一気に飛びかかり太い腕で殴りつけてきた。これまでの敵の中ではかなり速い部類になるが、俺にしてみたら止まっているような物だ。
高速移動で素早く後ろを取る。しかしそこに魔王の裏拳が飛んで来た。攻撃できないままその場から離れ、急所ではなく腕や足に斬撃を加えていった。
確実にヒットしているが、薄皮を傷つける程度でまともなダメージを与えているようには見えない。そして恐ろしい速度で傷が修復していった。
魔王が悪魔の姿とは言え長くしなやかな肢体で回し蹴りを放ってきた。この広間の太い支柱の一本が無残に砕け散る。高速移動を止めれば即座にそこに向かって攻撃が来る。足を止める事はできない。
動き回って斬りつけるが、魔王には何の影響も与えられていないようだ。
くそ、手数の為に威力を落としてはいるが、曲がりなりにも俺の閃光系エンチャントスラッシュだぞ?!
まともに傷をつけるには一撃の威力を増して……
「ぐっ?!」
思わず息が漏れる。魔王の左腕が俺に向かって伸びている。捕まっただと!?
ばかな! 閃光系魔法をかけた俺の高速移動を見切った?!
こんなデカい図体で、しかも俺が反応できない速度で?!
理解できない事が多すぎる。俺の速さは誰も追いつけないはずだ! 現にランクSSの魔戦将軍ですら対応できなかったんだぞ!
「うむ、成程。これは確かに厄介だ。信頼していたワグホーンですら敗れたのも道理」
俺を掴んだ巨大な手に力が込められていく。幸いアースドラゴンの鎧が押し潰されるのを防いでいるが、身動きを全くとる事ができない。
ゴキン!
突然鈍い音とともに左腕に激痛が走った。あまりの痛みに反射的に声を上げてしまった。今の音は、いつか聞いた事がある。
「左の肘関節が砕けたようだな。しかし何という強固な鎧よ」
感心した声を出していた魔王が突然顔を曇らせた。
「この鎧、アースドラゴンの鱗から作られているな……! 人間はどこまで魔界の民を食い物にするつもりだ!」
ますます力が込められていく。左肘は砕けたが、それ以上のダメージは鎧が防いでくれている。右手に握ったフィグムンドにもう一度閃光魔法を乗せる。そして俺を握りしめている魔王の左手首に向かってエンチャントスラッシュを喰らわせた。
確かな手ごたえがあった。切断、とまではいかなかったがかなり深く斬れ、あらぬ方向に曲がっていく。しかし握りしめる力が緩み、俺を落とす前に魔王の右手が斬られた手首を支え、切り口を合せた。そして親指で切られたところをそっとなぞると、すぐさま結合して何事も無かったかのように再び左手に力が込められはじめた。
「悪くない。このような傷をつけようとは、思いもせぬ」
ランクSS。
ランクSSは、手に負えない魔物。この世界に数体しかいない。
そのうち一体は倒した。
魔王も同じSSだ。
同じSSでも、ここまで違うのか……!
誰よりも強くなった俺を絶望が支配していく。
しかしどうしてか魔王は力を緩め、俺を落とした。
「気に入った。チャンスを与えよう。全身全霊をかけて我に挑め。我もそれを迎え撃とうぞ」
馬鹿にしやがって……! あのまま殺さなかった事を後悔させてやる!
探知や弱点を見つけるサーチャースキルの低い俺でも、お前の力の源が額の第三の眼だって事が分かるくらいだ。最速の秘剣・崩竜迅神閃で、最短最速でその瞳を貫く!
片手平突きの構えでフィグムンドを取り、フィグムンドと脚に残された力を乗せていく。俺が飛び出した瞬間に決着はついている。魔王! お前が負けた事に気付かないうちにな!
「秘剣! 崩竜」
技名を言い終わった時にはすでに貫通している!
「迅神閃!」
同時にどちゃっと言う音が響いた。
勝った…… 魔王の無残な最期を見届けてやろうと、弱く閉じていた両目を開いた。
……なんだ? 魔王の巨躯が目の前にある。切っ先が届いていない…… だと……?
そんな事があるのか? ならあの音は?
よく見れば胸から下を魔王の左手が掴んでいた。
魔王の腹のあたりが血で染まっている。あれは秘剣の衝撃波が魔王の腹を抉った音か。血が消え、再生していく様子はない。
当然だ、無事で済むはずが無い。だが即死させられなかった。と言う事は掴まれている俺はこのまま殺されるだろう。
相討ち、か……。だが魔王の命は取った。人間は統率を失った魔族に勝てるだろう。
……
……いや、待て。何だあれは。あんなもの転がっていたか?
そもそもここまで来れた仲間はいなかった。じゃあなんで「倒れている人」がいるんだ?
「今の一撃は良かった。思わず殺してしまったほどに、危機を覚えたぞ」
遅れて激痛が襲ってきた。悲鳴を上げる事も出来ない。いや、腹に力が入らない。
あれは、俺の胴体、か……?
俺の上半身を掴んだまま魔王が立ち上がった。立ち上がった魔王の右手の中指の青い爪先から血がしたたり落ちている。
「爪弾き程度で切断になってしまったが、それはお前の技に威力があり過ぎた事の裏返しだ。誇るが良い」
そんな……
あらゆる魔法も刃も防いできた俺の鎧が、こんなデコピン一撃で……?
いやだ、いやだ、いやだいやだいやだいやだ!
こんな無様に、こんな簡単に死ぬのか?!
光の勇者と称えられた、この俺が?!
……いや、違う! そうだ、俺はトラックに轢かれてあっさり死んだのに、勇者として転生したんじゃないか! そうだ、きっと次も…… 次も……!
「勝った、と…… 思、うな…… ま、た…… 転、生して…… おま、えを……」
「転生? 何を言っている? お前は生まれ変わりだと?」
「そ、うだ…… 別の世、界から…… お、ま、えを倒す、ために……!」
息も絶え絶えに魔王に向かって呪いの言葉を紡いだ。
当の魔王はそんな俺の呪詛には意も介さず、真剣な顔で俺の話に興味を持った。
「お前が今言った事は本当か」
突然痛みが引いた。めまいも消えた。脱力感は物凄いが、意識は保たれている。
だが、絶望は変わらなかった。
俺の下半身と左腕は彼方に、そしてフィグムンドは眼下に転がっている。
転がった下半身からはおびただしく出血が続き、臓物が広がっていた。
ダメだ、いくら俺が勇者だからって、これで生きられるわけがない。
「しばし我の魔力で延命する。お前にとっては残酷な事だが、許せ」
最早戦う事は出来ない。魔王もそう判断し戦闘モードを解き、麗しい姿に戻っていた。
「我は聞きたい。別の世界の住人が、この世界で生を受けたと、そう言うのか」
「そうだ、俺は、みじめな俺の人生を取り戻すために! あんな…… あんな想いはもうたくさんだ! 俺の理想の人生を、望んで何が悪い!」
だけどそれもここまでだ。思いの丈を吐き出して何が悪い。
「我を倒すため、と言ったな。誰の意志だ」
「知らない。生まれ変わって、成長して、力をつけて、その先にあったのが魔族による世界の蹂躙だ! 俺が力を持っているのは、お前を倒せと言う啓示に決まっている! 次は…… 次の転生では……っ!」
「グワイがいるのにか?」
「グワイ?」
その時見せた魔王の顔。
それはそれまでの威圧や畏怖のすべてが失せ、まったくの別人に見えた。
「……少し、話をしよう。お前に残された貴重な時間を使わせてくれ」
そして魔王は思いも寄らない事を語り始めた。
「この世界には霊獣グワイがいる。死した者の魂は皆、霊脈に乗り、その終着地である霊峰ユリーミフにたどり着く。グワイの生息地だ。
行き着いた魂はすべてそのグワイに取り込まれ、そしてその卵の養分となる。それは歴代魔王も変わりはない。我もそうであろう。
グワイは十分に魂を食した後、産卵の為に世界中へと向かう。グワイの卵は極めて小さく大量に産卵散布されるが、それが孵化する事は稀な事だ。
そしてその卵は様々な生き物に知らず知らずのうちに捕食される。胎児にもだ」
何だ? 何を言っている? ユリーミフは知っている。魔界との境界にある聖域とされる世界の屋根だ。しかしそこに魂が集まる? そしてそれを食べる生き物?
そんな事、学園に通っていた時も、騎士団に入ってからも聞いた事がない!
「う、嘘だ! そんな霊獣がいるなんて、誰も知らない!」
「人間の国にグワイが来ないと言うのか? そんなはずはない。お前には見えなかったのか? それとも人間達が何か隠しているのではないか?」
俺に問いかけている途中に魔王は、はっと何かに気付いたように無言になって目を伏せた。それは反省する子供のようだと俺は感じた。
「……それはお前に問うたところで答えは無い。真実だと信じて聞け。
まだその形を成していない頃の胎児がグワイの卵を摂取すると、その胎児の形態が変化する事がある。魔界には両親に似つかぬ姿の子や、想像もつかぬほど強靭な力を秘めた子が生まれる事が決して珍しくはない。グワイの影響を受け易い種が魔族と言っても良いかもしれん。人間にも稀ではあるが、ある。それはこのグワイの食した魂の力が新たな命に取り込まれ昇華された結果なのだ。それゆえ魔族の容姿は多彩だ」
魂が次の命に……? って事はこの世界で転生は普通に起きている事じゃないか……
なら、もう一度この世界で転生して……
「だが、グワイに食された魂の記憶を受け継いだと証明された子は存在しない」
何だって……?
「生まれながらに別人の記憶を持つ子はすべて、特異な能力を持つ者が術によって残した術者自身の記録を知らず知らずのうちに刷り込まれた結果である事が分かっている。力ある物は誰もが同じ事を考えたようだ。
幼く人格も判断力も形成されていないような者が常態的に殊詳細な記録に晒され続ければ、自分があたかも別の人間であると錯覚するようになる事に不思議はなかった。そしてその事実から、この世界には転生と言う物は存在しないと結論づけられた」
そんな……
「食物連鎖は、魂の領域にまで及んでいる。それが世界の真実だ」
それじゃあ、俺は死んで、死んだら食われて終わり……?
「だと言うのにお前は違う世界からの生まれ変わりだと言う。しかも異能を持ったうえで。
これほどまでに歪な存在があるか? 今の我の目からはお前は決して光の勇者などではなく、どす黒く濁りきった深淵の底から這い出した、不気味な澱の塊にしか見えぬ」
違う…… 違う…… 違う、違う、違う!
「だが安心するがいい。お前のような異物も世界の真理によって浄化される。美しい流れの中に身を委ねよ」
俺は、確かに異世界に来た。だけど異物でこの世界を穢すような物なはずがない!
蔑まれ、悪態をつかれ、みじめに、自分の想いすら踏みにじられていた過去があっても、それが汚物であるはずがない!
「そして真にこの世界の一部として受け入れられると良い。お前の力を受け継ぐ者が現れるかもしれぬ。だがそれはお前ではない。しかし、それが正常なのだ」
目の前が霞む……。時間切れ……、か……。
ファルケ…… ファルケ……
帰れなくて…… 守れなくてごめん……
魔王を倒して、英雄になって、みんなを守って、君を幸せにしたかった……
でも、叶わなかった……
「悔やむな。間違いなくお前は強かった。お前の最後の望み、それだけは守ろう。魔王ラファーガの名にかけて」
……
……
ああ、本当に強いヤツって言うのは、こう言うヤツの事を言うのか……
俺は、転生しても……
最後まで、弱かっ……
第一部「転生!物理最強勇者誕生!」編 ~完~
犠牲者 :桐谷 竜一(転生後:ヒューイ キルヤハル)
享年 :十八歳(転生後も同じ)
付与能力:閃光系魔法、剣術の才能、戦闘センス
装備 :竜神剛斬剣・フィグムンド、アースドラゴンの鎧
その他 :転生し美形化。
性格 :根暗でひがみっ気あり。しかし転生し自信をつけた事により改善。ただし必殺技にKIRAKIRA☆ネーミングを施す芳ばしさは残存。許嫁のためにハーレムフラグをへし折り続けたほど一途。
転生後の能力は随一。音速に近い移動速度と魔法剣による攻撃は無敵。
防御力もアースドラゴンの鎧を入手した事でほぼ無敵。
正攻法にて戦う事を良しとする正統派。
惜しい人材を無くした・・・