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第7話

勇者とおでかけしました。其の2。

 秀次郎爺さんの家は、歩いて30分ぐらいのところにある。

 山裾の、畑に囲まれた、昔ながらの木造の日本家屋。敷地には、農具や耕作機が入っているガレージと、白壁の蔵が二つ並んでいる。


「こんにちは! 爺さん、いるか?」

 インターホンがないので、玄関を開けて大声で呼んだ。

「はあ〜い!」

 幼い、可愛らしい声がした。


 奥から、とたとたと、小学3年生くらいの女の子が駆けてくる。

 やらかな茶色のおかっぱ頭とぷっくりした林檎ほっぺが可愛らしい。ピンクのオーバースカートと丸襟のシャツをきている。

「あ! きゅうぞうにいちゃんだ!」


「こんにちは、まゆちゃん」

 まゆちゃんは嬉しそうな悲鳴を上げて、俺に抱きついてきた。

 まゆちゃんは、秀次郎爺さんの曾孫だ。このように、人懐こくてとても可愛い。爺さんも溺愛している。

 まゆちゃんは、俺の隣に立つ男を見上げ、顔を真っ赤にした。


「うわあ! かっこいい……! がいじんさん! もしかして、おうじさま? おうじさまでしょ! うわあい! おなまえは? わたしはまゆ!」

 まゆちゃんが俺から離れ、奴の回りを飛び跳ねた。


「アレクシェイド」

「あれくしぇ……? あれくおうじさま! かっこいい〜! まゆ、おひめさまなりたい!」

 まゆちゃんの瞳の中に星が飛んでいる。


 こんな、幼女まで落とすとは……貴様。


 守備範囲広いな、この野郎!

 今度寝てる間に、顔にらくがきしてやろうか! 額に波線3本と、頬に渦巻き、口の回りのヒゲは絶対に外せないな!


「じいちゃん! ママ! きゅうぞうにいちゃんがきたよ! おうじさまつれて!」

 奥から物音がして、小柄な女性が現れた。こちらもやわらかな茶色のおかっぱ頭とほんのり桃色のほっぺが可愛らしい。

「あら! 久三ちゃん!?」

「爺さんの見舞いにきたよ、千波(ちなみ)義姉さん」


 千波義姉さんは、爺さんの孫の嫁である。まゆちゃんのお母さんで、こちらもとても可愛らしい。


「まあ。ごめんなさいね。ぎっくり腰ぐらいで連絡するのもなんだから、黙ってたのよ。お仕事忙しいだろうし、心配させるといけないと思って」

「そんな気を使わなくってもいいって。さっき偶然、道の駅で竹子婆さんにあってさ。教えてもらったんだ」

「あら、そうなの。さあさあ、上がって! 隣の──」

 千波義姉さんが、口元に手を当て、頬を桃色に染めた。


 新妻まで落とすか、この野郎。

 やっぱり、らくがきは確定だな。

 今度から外出する時は、顔にらくがき必須にしよう。そうしよう。


 俺はもう何度目かもわからない説明をした。

「アレクシェイド。ちょっと訳ありの留学生。ここしばらく預かってんだ」

「そ、そうなの。綺麗な人ねえ。モデルさん?」

「いや、ただの──しがない学生だ」


【勇者】とはさすがに言えないだろう。それも異世界からきた【勇者】なんて。いや、今は【無職の居候】か。




 縁側とつながっている奥の部屋を覗くと、布団の上に爺さんが寝ていた。寝ころんだまま、テレビで時代劇の映画を観ている。

 何とか五郎人情一人旅とかいうやつだ。お気に入りらしい。全部で65話。それをエンドレスで何度も観ている。飽きないのだろうか。

「爺さん。生きてるか?」

 秀次郎爺さんはこちらに顔を向けると、豪快に笑った。 

 思ってたより元気そうだ。これなら、大丈夫だろう。よかった。


「おう! 久坊じゃねえか!」 

 布団の端に座った俺の頭を撫でかき回す。天然パーマをかき回すな! 髪が絡んで直すの大変なんだぞ!

「あのな。いい加減、坊っての止めてくれよ! 爺さんが言うから、皆に定着しちまったじゃねえか! どうしてくれる! 俺の名前は、久三だ! 年齢は19! あと数ヶ月で成人だ!」

「お? そうだったか? 背がちいとも伸びねえから、忘れてた!」

「伸びなくて悪かったな!」

 これは、俺の所為じゃない。恐ろしい遺伝子の仕業だ!


 秀次郎爺さんがまた笑った。この黒焦げジジイめ!


「で? 隣の、金髪のでけえ兄ちゃんは誰だ?」

「りゅ、留学生。名前はアレクシェイド。ちょっと、訳ありで、しばらく預かってんだ」

「そうかい。そりゃあご苦労さん。俺は秀次郎。野菜や果物を作ってるジジイだ」

 そう言って、節と皺だらけの右手をアレクシェイドに差し出した。

 アレクシェイドも、爺さんの真っ黒い手を握る。


 手を硬く握りあった二人の間に、激しい火花が散った。ような気がした。

 爺さんが、口の端を釣り上げる。

「へえ。お前さん。なかなか、腕っ節が強そうじゃねえか……」

 アレクシェイドも不敵な笑みを浮かべた。

「爺さんもな……」


 何やってんだ、お前ら。

 言葉は通じてないはずなのに、何かが通じ合っているようだ。よくわからんが。


「まあ、まだ生きてやがってて安心したよ」

「おう。あと数日寝てりゃ治るってよ。わざわざ来てくれて悪かったな」

「いや、気分転換に出てきたついでだから、気にすんな」

「はは! そうかい! まったく、素直じゃねえからなあ、お前は」


 爺さんが大笑いした。どういう意味だ。


「せっかくこんなとこまで来てくれたんだから、丁度食い頃の果物でも食わせてやりてえんだが。腰がこれじゃ、起き上がるのもままならねぇ」

 起き上がろうとする爺さんを、俺は慌てて布団に押し戻した。

「いいよ、いいよ! 自分で取ってくっから!」

「そうか? 悪いな。畑の2番目のビニールハウスの奥にあるんだ。《久三用》って札下がってるからすぐに分かるはずだ」

「お、俺の名前?」

「おう。お前が食いてえって言ってたからよ。お前用だ」


 俺用の果物。


「いってみりゃ分かる。レモンだ。でも、そのままでも食えるくらいに甘味もある。お前はすっぱい系の果物が、本当に好きだよな」


 そのままでも食べれる、すっぱくて甘いレモン。


 そういえば、随分前にテレビのニュース番組でみて、食いたいって言った。

 覚えててくれたのか。

 でも、遥か南の暖かい県で作ってるレモンで、ここの気候じゃちょっと栽培は難しいな、と爺さんと話した。


「この地域の気候には合わねえ奴だが、まあ、作ってみたのさ。運良く上手く実になったら、教えて驚かせてやろうと思ってたんだがな」

「爺さん……」

「お前用だ。好きなだけ収穫して帰れ」

「え、いいのか?」


 俺は千波義姉さんの方をみた。千波義姉さんが、にっこりと頷く。

「全部収穫しちゃってもいいわよ。うちは皆、甘党だから、あまりレモンは使わないの」

「まゆはレモンじゃなくて、あま〜いのがすき! あま〜いの!」

「そうねえ。私も、甘〜いほうが好きかな。あのレモン使って、今度は甘〜いパン作ってちょうだい?」


 甘〜いパン。


「じいちゃん、こんどはまゆようの、甘〜いのつくって!」

 爺さんの目尻がやに下がった。ジジイ、もうでれでれだな。堕落の一途だな。

「おうおう。爺ちゃんにまかせとけ! まゆ用の甘い果物作ってやるからな〜」


 そうか。


 分かった気がする。

 店長が言っていた、『あと、もう一味』っていうのが。


「ハンヤ? なにをニヤニヤ笑ってる。気持ち悪いぞ」

「うるさいわ! いや、やっと分かった気がしたからさ」

「何が?」

「あと、もう一味」

 俺は立ち上がり、首をかしげるアレクシェイドの腕を引いた。少しぐらい働け、ニート勇者め。


「じゃあ、ありがたく収穫してくるわ。俺用(・・・)のレモン」



 収穫したレモン20個を袋に入れ、俺たちは爺さんに礼をいって帰る事にした。 

「じゃあな、爺さん。また来るから。くたばんなよ」

 爺さんは大笑いした。

「心配せんでも、まだまだくたばりゃしねえよ!」

 まったく。


「行くぞ、アレクシェイド。おい?」

 奴は座布団に座り込んだまま、動こうとしない。

 顎を撫でながら、何やら考え込んでいる。

 徐に、爺さんの腰に手をかざした。


「【ヒーリング】」


 ふわり、と白い光が爺さんの腰を包み、消えた。


 あ。いつか、俺の手首を治した魔法だ。

 あの魔法、ぎっくり腰にも効くのだろうか。なんかすげえ便利な魔法だな。


 爺さんが、きょとんとした表情で、奴を見上げる。

 アレクシェイドは、固めた拳を差し出し、不敵に笑った。


「今度、来た時には、手合わせ願おう」

 爺さんも、にやりと片方の口角を上げ、固めた拳を奴の拳にぶつけた。

「おう。いつでも来いや」 


 だから。

 なんで、分かり合っちゃってんの?

 お前ら、言葉、通じてないよね?

 訳がわからん。




 自宅に戻って、俺は【三色ベリーのマーブルデニッシュ】の試作にとりかかった。

 今度は、ホワイトチョコレートをたっぷり混ぜ込んで。ベリーの酸味を消さないぎりぎりの量を調整して。


 試作を食ったアレクシェイドが、首をかしげた。

「ちょっと、甘すぎないか?」


「いいんだよ。そのパンは、《酸味系ベリーが苦手な女の子にも楽しんで欲しい用》なんだから」


 俺が一番美味いと思っているものが、相手も一番だとは限らない。

 甘いのが一番の人も、すっぱいのが一番の人も、辛いのが一番の人も、素材の味だけで十分だっていう粋な人だっている。

 好みなんて本当に人それぞれだ。


 だから。


 俺が作りたい、だけじゃなくて。


 誰に一番食べてほしいか、も考えて作らないといけなかったんだ。



 * * *



 翌日。

 俺は、【三色ベリーとホワイトチョコレートのマーブルデニッシュ】の試作を店長に持っていった。

 どんな人に食べて欲しいか、を考えた結果。

 間に混ぜ込んだ甘いホワイトチョコレートによって酸味をおさえ、すっぱいのが苦手な女の子もベリー味を楽しむことができるように改良した。


 これは、《酸味系果物が苦手な女の子》にも、酸味のあるベリーの美味しさを知ってほしいパンなのだ。



「うむ。これなら、いい。明日から店頭に並べよう」


 やった!


 ようやく、店長からオーケーが貰えた!




 足取りも軽く、意気揚々と帰宅した後。

 明日から、俺の新作パン2号が店頭デビューすることをアレクシェイドに話すと、奴は偉そうに胸を反らしやがった。


「俺のおかげだな」


「は? いや、まあ、そうだけどよ」


「俺のおかげだよな。気分転換にでかけて、閃いた」


「う、まあ、そう、だけど。閃いたのは俺だろ」


「切っ掛けは、俺だ。だから──俺用のパンも作れ」


 お前、それが言いたかったのか。


「俺用のパン」


「何度も言うな! まったく。わかったよ! 美味いレモンも沢山もらったし、これで作ってやるよ」

 台所の籐カゴに山と盛られた、採りたてで新鮮なレモンを指さす。

 齧ってみたら、本当にかなりの甘味があって、すっぱいけどそのままで食える。ものすごく美味いレモンだった。

 これなら、すごく美味いレモンのパンができそうだ。

 

 アレクシェイドは、ふんぞり返ったまま腕を組み、満足げに頭を大きく上下させた。


 ちょっとイラッとした俺は悪くないと思う。


「だから! なんでお前はいつも態度がでかいんだよ!」

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