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第6話

勇者とお出かけしました。其の1。



 本日は休日です。


【勇者】が遊びに行きたそうにしています。

 連れて行きますか?

 >はい

 >いいえ


 俺は【いいえ】を選択した。


【勇者】がとても遊びに行きたそうにしています。

 連れて行きますか?

 >はい

 >いいえ


 俺は【いいえ】を選択した。


【勇者】がとてもとても遊びに行きたそうにしています。

 連れて行きますか?



「だああ! 俺は、次の新作パンを考えるのに忙しいんだよ! 大人しくしてろ!」



 * * *



 俺の店頭デビュー作【天使のメロンパン】が大好評だったので、店長に次の新作パンも一品頼まれてから、5日が経った。


 次の新作パンは、【三色ベリーのマーブルデニッシュ】。

 ラズベリーとブルーベリーとブラックベリーの生地をマーブルに混ぜ込んだ、見た目にも美しい、さっぱりとした酸味のデニッシュだ。上にもバランスよく三種類のベリーを飾っている。アレクシェイドにも食わせてみたが、美味いと概ね好評だったので、これもいけると思ったんだが。


 なかなか、店長のオーケーがもらえない。


 ベリーを替えたり増やしたり、バターを替えたり、練り込み方を替えたりして試作を作っては、店長にチェックしてもらう日々。

 そして必ず、『あと、もう一味』と言われてしまう。


 あと、もう一味って言われても。


 俺は、キッチンに並べた食材を前に、腕を組んで唸った。

「う〜ん……」


 熊の如き大柄な店長は、ゴツイ見た目に反してとても優しい気性の持ち主だが、ことパンに関すると鬼のように厳しい。

 問題点を提起してはくれるが、ヒントはまったくくれない。

 自分で気づかなければ、意味がないし、身に付かない、というのが信条なのだ。

 俺もそうだとは思う。思うが。


 俺は頭を掻いた。


「ああもう! 分っかんねえ!」


「よし。なら、気分転換に行こう」


 俺の隣で物珍しげに食材を触ったり眺めたりしていた【勇者】が、青い目を煌めかせた。宮尾嬢にもらった、濃紺ジャージの上下をきている。奴の寝巻きであり部屋着だ。まったくもって【勇者】っぽくない。【休日を寝巻きでまったり過ごすダメ兄】以外の何者でもない。それにしても。

 190センチちかくもあるでかい男が隣にいると、キッチンがものすごく狭いんですけど。ていうか、邪魔だ。


 最初の頃は何もかもが珍しいらしく、本棚の雑誌を見たり、テレビを見たり、冷蔵庫を漁ったり(勝手に漁るな!)、昼寝したりして楽しそうに過ごしていたが、そろそろ部屋にいるのも飽きたらしい。


 1人で出歩くな、と言った手前、俺が連れて出ないといけない。


 最初、外出したいと言ってきたから1人で出かけさせたら、20人くらい女子大生を引き連れて帰って来やがった。本人曰く、サークルの打ち上げという酒盛りに偶然居合わせ、参加させてもらったら、勝手についてきたらしい。美形よ死に絶えろ。

 後でつきまとわれたりしたら面倒だからなんとかしろ!と怒ったら、なんかよくわからん魔法を使いやがった。

 いきなり紫色の怪しい霧が周囲に立ちこめ、女の子達が次々と倒れた。

 眠ったのだ。

 なんで分かるかといえば、俺も巻き込まれて眠ったからだ。

 夢も見ない深いノンレム睡眠に落ちた。その場にいた全員が寝落ちした。奴以外。俺まで巻き込むとはどういう了見だ、貴様。

 目が覚めると、ベッドの上に寝かされていた。

 そして、女の子たちもいなくなっていた。

 何をしたんだ?と問うと、


「【スリーピングフォグ・オブ・シープレア】。眠りの女神シープレアが纏う《安眠の霧》を召喚して、周囲を深い眠りに落とす魔法をかけた」


 周囲って、お前以外の奴全員か。なんて傍迷惑な魔法なんだ。味方ぐらい除外しろよ。


 女子大生たちは、元いた女子短期大学の教室に置いてきたらしい。どうやって隣町の女子短期大学まで運んだのかは分からない。聞くのも面倒になったからだ。なにか勇者的な力で運んだんだろう。多分。もう、何でも有りだからな、こいつ。

 まあ、隣町なら、きっと夢落ちだと思ってくれるだろう。そう期待する。


 それ以来、【1人で外出禁止条例】を発令したのだ。

 破ったら飯抜きの厳罰に処すと言ってあるので、ちゃんと守っているようだ。


「出かけたら、何か思いつくかもしれない」


 まあ、確かにな。

 食材とにらめっこしてても、煮詰まった頭では何も思い浮かばないのは確かだ。気分を変えてみるのも、1つの手かもしれない。

 俺は、愛用の藍染めエプロンを外した。昇り龍が染め抜かれていて、格好よくて気に入っている。

「そうだな。少し、気分を変えてみるか。出かけるから、着替えろよ」

「わかった」

 アレクシェイドは頷くと、リビングに駆け戻っていった。



 * * *



 休日の電車は、結構混んでいる。

 席がいっぱいだったため、俺と奴は吊り革につかまって立っている。いつも思うんだが、この吊り革って、短すぎる気がする。もう少し長くてもいいんじゃないか。いや、俺の身長が低いから言ってるんじゃないぞ。断じて。

 しかし。

 地味な茶色のニット帽に、やぼったい黒縁メガネ。アイロンも当てていない皺だらけの大柄チェックのシャツ。履きつぶされて、膝や後ろが微妙にのびて色褪せたアウトレットジーンズ。

 まったくイケてないダメ男スタイルのはずなんだが。


 きょろきょろしながら電車の中や外を見回す金髪の男を見上げ、俺は大きな溜め息を付いた。

 今さっきも、側を通り過ぎた休日のお姉さんたちが、頬を染めて振り返った。側まで近づくと、超絶美形だと気づいてしまうようだ。なんでだ。納得いかない。


「何処へ行くんだ?」


「道の駅」


「ミチノエキ?」


「そう。農家の人たちなんかが、採れたての野菜や果物や食品を持ち込んで売ってるんだ。珍しい物もあったりするから、新しい発見もあったりして、なかなか面白い。そこに、懇意にしている農家の爺さんがいてな。時々、作りすぎた野菜や果物を分けてくれたりするんだ。もし今回もらえたら、夕飯のメニューが一品増えるかもな」

「よし。増やせ」

「もらえたら、だ!」


 だからなんで、お前はいつも命令口調なんだよ! いつかしばくぞ!





 木造の横に長い平屋の建物は、休日と言うこともあり、沢山の人で溢れていた。

 コンテナに積まれた色とりどりの野菜が並ぶ通りに、見知った顔を見つけた。


「竹子婆さん!」


 赤いバンダナに赤いピアスをし、赤色のつなぎを着た、少し腰の曲がった老女が振り返った。俺を見て、細い目を更に細める。目が筋みたいになる。もはや皺なのか目なのか判別不能だ。

 こいこい、と手招きされ、俺は駆けよった。

「久しぶり! まだ元気で──いてえっ!」

 頭にゲンコツを落とされた。手加減なしに。かなり痛い。

「婆さんって言うなって言ってんだろ、久坊」

「わ、わかったよ……竹子さん」


「よろしい。で? 隣の金髪の、めちゃくちゃ格好良い兄ちゃんは誰だい?」

「ええと。りゅ、留学生! 名前はアレクシェイド。ちょっと、訳ありで、しばらく預かってんだ」


 そういう事にしておこう。異世界の【勇者】だなんて、歳の割には頭の柔らかい婆さんでも、流石に信じないだろう。


「へえ〜そうかい。そりゃあご苦労さん。私は竹子。野菜や果物を作ってる者だ。それにしても、あんた、本当にいい男だねえ……携帯番号、教えてくれないかい?」


 婆さんにまでナンパされてやがる!

 何て奴だ。恐るべし。


「悪いけど、竹子さん。こいつ、携帯電話持ってねえから。日本語もわかんねえし」

「おや。そうなのかい。じゃあ、あたしが手取り足取り教えてあげようか?」

 婆さんがアレクシェイドの右手をそっと取った。

「竹子さん、旦那いるだろ! 何、色目使ってんの!」

「もう。相変わらず、久坊は硬いねえ。だからまだ彼女の1人もできないんだよ」


 俺は心にマイナス1000のダメージを受けた。

 俺の現在のステータスは、精神力(メンタル)0だ。心が痛い。


「この婆さんは、何を言ってるんだ?」

「……挨拶。この婆さんは、竹子さん。野菜を作って、ここで売ってるんだ」

「こんなに歳のいった婆さんなのに? まだ働いているのか。すごいな」

 ナンパされているとも知らない奴は、余程感心したのか、畏敬の念を込めて、婆さんの手を取って握手した。

 竹子さんが嬉しそうに頬を染める。頬に手を添え、はにかむ少女のように身をよじった。おそらく上目遣いであろう糸目で奴を見つめる。いや、全く可愛くないから。

「いやだね。手を握られちゃったよ。これは、脈有り?」


「いや、ねえから! 欠片もねえから!」


 疲れた。まだ何もしてないのに疲れた。

 なんか、出かけて早々、疲れる婆さんに捕まってしまった。


「そんなことより竹子さん。秀次郎爺さんは? 今日は来てないのか?」

 尋ねた途端、婆さんの顔が曇った。

「秀次郎さんはねえ。農作業中にぎっくり腰になっちまったらしくて、家で寝込んでるみたいなんだよ。ここ三日ほど、姿は見てないよ」

「そうなのか……」

 

 秀次郎爺さん。

 御歳85才。

 ねじり鉢巻きに足袋、カーキ色のつなぎがトレードマークの、元気な爺さんだ。肌はこんがりと真っ黒に焼けている。もう完全にアフリカ系人種の肌色と化している。前世はアフリカにいたのかもしれない。きっとそうだ。間違いない。

 果物を専門に作っており、その味は折り紙付きだ。研究心と探求心が旺盛で、珍しい外国の果物を見つけてきては、日々挑戦している。

 俺が家を出て、上京してきてからこっち、何かとお世話になっている、遠縁の爺さんでもある。


「俺、ちょっと見舞いに行ってくるよ」

「ああ。そうしてあげておくれ。爺さんも喜ぶ。また、私にも状況を教えておくれな」

「わかった」


 俺は竹子さんに別れを告げ、場所を移動する旨を隣の男に伝えるべく隣を見上げ──


 いねえし!


 何処行った!?


 広い売り場を見渡す。


 奴はいた。


 果物の試食コーナーに。

 目をキラキラさせたおばちゃん達に囲まれながら、紙トレイの上に山と盛られた、メロンやブドウを食っている。


「何、やってんだ、お前は!」

「いや、タダで食べさせてくれるみたいなんでな。ここの果物は美味い。おかわり」

 アレクシェイドは、空になった紙トレイをおばちゃんに渡した。俺は奴の後頭部を叩いた。硬い。手がしびれた。どういう頭してんだ。鉄でも入ってるのか。


「試食をおかわりすんな! 行くぞ!」


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