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第5話

勇者が店にやってきました。其の2。


4話だけ飛び抜けて2倍の文章量だったので、全体的なバランスを考えて分割しました。既に読まれている方は6話へ飛び越えて下さい。

 背後で、車のタイヤが軋む音がした。


 何事かと振り返る。

 高そうなセダンタイプの黒い車が、明らかにスピードオーバーな感じで車体を傾けながら、曲がり角から姿を現したところだった。

 窓はフルスモーク、車高をやたら低く改造し、マフラーも四つ付け、タイヤもワザと限界まで八の字に取り付けている。典型的なヤンキー仕様。中に乗ってる奴も、脱色した髪に、グラサンに、煙草に、携帯電話を片手に持ったヤンキー仕様。おい交通違反じゃねえか。白バイはどこだ。よくあの曲がり角で張ってるくせに、なんでこういう肝心な時にいないんだ。


 あの車、見覚えがある。

 よく、この道をすごいスピードで走っていく奴だ。


 ここは制限速度30キロだっつうの。白線引いた広めの歩道があるとはいえ、危ないことこの上ない。でもああいう奴に限って、なかなか捕まらない。なんでだろうな。


「ハンヤ! 避けろ!」

「え?」


 今さらながら、自分の立ち位置に気づいた。

 俺、さっき人垣からはじき飛ばされて、白線の外に出ちまってる!


 やばい。

 これはヤバい。


 さすがに向こうもヤバいと感じたのか、黒いヤンキー仕様車が急ブレーキをかけた。摩擦でタイヤから白い煙が出ている。しかし、スピードの乗りに乗った車体は止まらない。

 鼓膜がやぶれるんじゃないかと思うほどの音を立てて道路を滑ってくる。

 ほらみろ。交通課のキャッチコピーにもあるじゃないか。教習所でも習っただろ。


 気をつけよう。車は、急には止まれない。


 俺が逃げようと足を踏み出した時には、黒い車はすでに目の前まできていた。人間って、わずか数秒間の間に本当いろいろ考えれるもんですね。そんな事より──

 

 まずい、このままじゃ確実に撥ねられる。

 それに、俺だけじゃない。急ブレーキのせいで車が滑り、ハンドルがきかないらしい。右へ左へ大きく蛇行している。このままだと、俺の後ろにいる、皆も──


「危ない! 皆、逃げろ!」


 たくさんの悲鳴が巻き起こった。

 慌てて逃げ惑う、いくつもの乱れた足音。


 ストップモーションでも見てるかのように近づいてくる黒い車。時間がゆっくりになっているような気がするのに、なぜか身体は全く動かない。俺の身体よ、動け! 今動かんでいつ動く!

 

 誰かが俺の腹に手を回し、後ろへ勢いよく引いた。


 そいつは俺を小脇に抱え、白銀の剣を抜く。小脇に。屈辱的だ。コンパクトで悪かったな。半谷家は皆もれなくコンパクトサイズなんだよ。半谷家に生まれた者は、男も女も身長は155センチ止まりという恐ろしい遺伝子の洗礼を受けるのさ。でも男だけは除外して欲しかった、と半谷家の男達は口々に嘆く。


「【へル・スラッシュ】」


 後ろの男が、やたら良い声で何か呟いた。


 視界の端で、白銀の剣が、残像になるほどの早さで振り下ろされる。


 目の前の道路に亀裂が走り、クレバスのような大きな深い割れ目が現れた。


 雪山でよくみるものとは少し違い、底は真っ黒だった。何も見えない。どこまでも落ちていきそうな黒い空間だけが、果てしなく底へと続いているような感じがした。いや、よく目を凝らして見ると、何かが蠢いているような。何が? 分からない。あまり良くないモノだというのだけは感覚で分かる。俺は背筋を震わせた。なにこれ。ものすごく怖いんですけど。


 ヤンキー仕様車は勢いの止まらぬまま、弧を描いて黒いクレバスに落ちていった。

 黒く暗い底へと吸い込まれていく。音さえも飲み込んで。


 黒い車が見えなくなる。

 割れ目は静かに閉じていき、跡形もなく消えてしまった。

 まるで、何事もなかったかのように。

 タイヤが滑った跡だけが、不自然に途中で途切れている。


「何が、」


 何が、起こったんだ?


「神域の最下層──地獄のような場所に送った。罪を犯した神々が落とされる場所らしい。怨嗟と憎悪で狂った神が数多く彷徨っているという」

 アレクシェイドが白銀の剣を片手で回し、腰に下げた鞘に収めた。


「地獄のような場所……」

 なんだその怖い技。

 おまえ、【勇者】のくせに、なんでそんなダークな技持ってんだ。【勇者】なら普通、ライトニングなんたらとか、サンダーなんたらとかいうヒーローっぽいライトな技使うんじゃないのか。

 まあ、あのままいけば大惨事だっただろうから、地獄に落ちた奴等には同情しないが。


「ねえ、今のって〜……」

 宮尾嬢の、舌足らずの声がした。

 俺ははっとして、後ろを振り返った。

 全員が、呆けたような表情をしている。


 まずい。


 どうにか、誤魔化さなければ。どう説明したらいい? 考えろ、俺! 頑張れ、俺! 明日も続いていく俺の平穏の為に! なにかないか。こんな、ありえない出来事を、ありえなくもないよねと思わせるネタは──


「さ、撮影です!」


「撮影?」

 宮尾嬢を始めとする全員が首をかしげた。


「そう、これはいま流行のフラッシュモブです! 最新技術を使った、非日常のリアルを追求した番組の撮影です! 詳しい内容は申し訳ございませんがお話できません! 個人情報は厳守しますので、ご心配なく! ご協力、ありがとうございました! ほら、お前も礼を言え!」


 俺は奴の脇腹を殴った。くそ、硬いな。どんな筋肉の鍛え方してんだ。俺に教えろ。

「何でだ?」

「いいから! 皆さんに向かって、ありがとうございましたって言え!」

「アリガトウゴザイマシタ」

 アレクシェイドが、皆さんに向かって美声で礼を言った。途端に皆の瞳が潤み、頬が染まる。棒読みのくせにこの威力。


「なあんだ、番組の撮影だったのねえ。びっくりしたわ〜」

「轢かれるかと思っちゃった」

「最近のは、すごいのね。私、見た事あるわ。テレビでね、突然、道の真ん中で演奏がはじまったりするのよ。それで、終わったら何事もなかったように去っていくの」

「あ! 私もテレビで見た事ある! 全員催眠術にかかるのよね!」

「それはちょっと違うような気もするけど」

「まあ、それなら、仕方ないわね」


 口々に、安堵と納得の声があがる。

 人間、理解できない事に対しては、無理やりにでも落とし所を求めるものだ。


「そういうわけですから。はい、解散! 速やかに撤収して下さい!」


 俺は両手を打ち鳴らした。


 我に返った皆が、狐に化かされたような顔をしつつも、三々五々に散っていく。


 よかった。なんとかなった。

 俺は力が抜けて──だらんと頭と上半身と腕を下げた。というか、ぶら下がった。奴の脇腹をもう一度殴る。


「いい加減、下ろせ」

「ん? ああ。あまりに軽いから、持っているのを忘れていた」


「なっ……! てめ、忘れんなよ!」


 軽いとか、持ってるとか、忘れてたとか、この野郎。

 屈辱だ! 後で覚えてろ!


「写真とればよかったな〜。びっくりして忘れちゃった。もったいない〜」

 宮尾嬢が悔しそうにクレバスのあった場所を眺めている。

「ほら、宮尾ちゃんも撤収!」

 この期に乗じて帰らせよう。友達の家になんて連れていかれたら、どうなることか想像もつかない。巻き込まれる嫌な予感だけがとてもする。

「ええ〜」

「こういうのは、速やかに撤収しないとだめなんだよ。ほら、早く!」

「も〜しょうがないなあ。じゃあ、また明日ね☆ アルフレイド様、半谷さん!」

 宮尾嬢の中では、こいつの名前はアルフレイド様で定着したらしい。




 俺は店から大きめの紙袋を持ってきて、アレクシェイドの赤白マントと王冠と上着と赤いバラと赤いスカーフと白い手袋と白銀の剣を外させて放り込んだ。あのままじゃ目立ってしょうがない。

「ほら、この紙袋、持って。もう少ししたら俺も仕事終わるから、店の脇にある、花壇の端っこにでも座って待ってろ」

 俺は、店の脇の、赤煉瓦を積み上げて作られた花壇の端っこを指さした。

 花壇には、季節の花々がカラフルに咲き乱れている。店長が植えたものだ。熊の如き体格の店長だが、花が好きという可愛らしい一面を持っている。

 アレクシェイドは紙袋を片手に持ち、言われた通りに花壇の端に腰を下ろした。あそこなら、植木の影になって、あまり目立たないだろう。


 まあ、言うことはよくきく奴ではある。素直というか。なんだか大型犬を飼っているような気分だ。でも、こんな俺よりでかい大型犬はいらない。


 


 今日は定時で上がらせてもらうことにした。いつもは明日のパンの仕込みを手伝ったり、オーブンの火を落とす前にパンを作らせてもらったりしている。

「じゃあ、お先っす! お疲れさまでした!」

「おう。気ぃつけてな」

「お疲れさま、半谷君! あの格好良いイケメン王子様によろしくね! また来てねっていっといてね! 今度デジカメ持ってくるから、一緒に写真撮りましょうって伝えておいてね〜」

 奥さんが鼻歌を歌いながら片づけを始めた。

 そんな奥さんを、店長が眉を下げて見つめている。

 俺は引きつった笑みを浮かべて、あいまいに返事をしておいた。


 いえ、もう二度と来させません。

 俺の平穏の為に。


 帰り際、バイトの由美ちゃんが俺に追いすがった。

「は、半谷さん! 紹介! お話だけでも!」

 諦めきれないらしい。由美ちゃん、将来は玉の輿が夢って言ってたもんな。【勇者】って、玉の輿の対象になるのだろうか? あいつ、今、完全に無職だぞ。ヒモになる確率の方が遥かに高いぞ。ここは、諦めさせる方が、由美ちゃんの為でもあるだろう。

「あいつ、日本語も英語も全くわからないから、何言っても通じないよ。じゃあ、また明日!」

「半谷さんん〜!!」

 ひどい〜という悲痛な叫びを背にして、俺は店を後にした。

 俺はひどくない。言いがかりだ。由美ちゃんの為を思って良いことをしたのだ。決して嫉妬とかではない。そう、断じて。



 アレクシェイドは、言われた通りに大人しく、花壇の端に座っていた。

 俺の気配を察知したのか、青い目が俺を見あげる。

 次の指示を待つ飼い犬のような視線に、俺はやれやれと、小さな溜め息をついた。


 今思えば、あんなに沢山の好意的な女の人たちがいたんだから、あの中の誰かに引き取ってもらえばよかったんじゃないか。喜んで連れて帰ってくれたはずだ。その後に予想される数多のトラブルも一手に引き受けてくれたに違いない。あの時に思い至らなかった俺に説教をしたい。何で思いつかなかった、俺。


「待たせたな。帰るぞ」

 アレクシェイドは花壇から立ち上がると、俺の後についてきた。一瞬、奴の尻に、ぶんぶんと嬉しそうに揺れる尻尾の幻覚が見えた。目を擦る。かなり疲れているのかもしれない。死にかけたしな。


 俺は手に持っていたパン屋のマークが入った紙袋をつき出した。

「ほら。これ」

 アレクシェイドが首をかしげながら、紙袋を受け取った。

 中を覗いて、花が咲くような笑みを浮かべる。


「【天使のメロンパン】」


「予想以上に売れ行きがよかったから、1つしか確保できなかったけどな。まあ、明日は今日よりも多めに作るから──て、もう食ってるし!」

 人の話くらいきけよ。

 メロンパンに大きくかぶりついた奴は、心底満足げに頷いた。


「うん。これが一番上手い」


「そ、そうか?」

 この野郎、嬉しいことを言ってくれるじゃねえか。パン職人にとって、自分の作ったパンが一番って言われるのは、最高の褒め言葉だぜ。こんちくしょうめ。


「そういやあ、お前。貰ったパンどうしたんだ?」

「全部食った」

 

 もう全部食ったのかよ!


 確かあの時、20個以上は腕に抱えていたはず。

 どんな胃袋してんだ。やっぱり【勇者】の胃袋は一般人の胃袋とは違うのか。貴様の胃袋は異次元にでも繋がってるのか。


「それだけ食ったら、もう腹はいっぱいだろ。夕飯はいらないな」

「いる」


 いるのかよ!


「お前の胃袋、どうなってんだ」

「別に。普通だが」


「普通じゃねえよ!」


 なんだか、とても疲れた。

 今晩は何か、元気の出る料理でも作ろう。やっぱりこういう時は、カツ丼とか、焼き肉丼とかかな。


 俺はメニューを考えながら、メロンパンを頬張る隣の男を見上げ、大きく溜め息をついた。

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