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第4話

勇者が店にやってきました。其の1。


4話だけ飛び抜けて2倍の文章量だったので、全体的なバランスを考えて分割しました。既に読まれている方は6話へ飛び越えて下さい。

【勇者】が、貴方の働いている店の前に立っています。

 声をかけますか?

 >はい

 >いいえ


 俺は【いいえ】を選択した。


【勇者】が、貴方の働いている店の前で、店内を覗いています。

 声をかけますか?

 >はい

 >いいえ


 俺は【いいえ】を選択した。


【勇者】が、貴方の働いている店の前で、物欲しそうに眺めています。

 声をかけますか?


「絶対、声をかけたくねえ……!」


 他人の振りしたい。全力で。



 * * *



 時刻は夕刻。

 1日を頑張った人々が、お腹を空かせて家路を急ぐ時間帯。


 俺のお世話になっているパン屋は、駅から少し離れた住宅街の一角で営業している。


【ベーカリー・クマ&ウサギ】。

 その名が示す通り、熊の如き店長の熊野さんと、対照的に兎のように小柄な奥さんが経営しているパン屋である。奥さんの昔の名字は宇佐美である。そしてやはり、お店のトレードマークもクマさんとウサギさんである。

 店員は、熊野さんの息子である熊野ジュニアと俺、レジバイトの女の子、由美ちゃん。

 自宅の1階を改装した店内には、常に30種類以上のパンが並んでいる。

 駅から少し離れた住宅街の一角という微妙な場所ではあるが、閉店間際にはパンがほとんど売り切れるほどにはお客さんの入りは良い。


 なんたって、熊野さんが作る多種多様なパンと、奥さんが作るスイーツ系パンが、物凄く美味しいのだ。


 俺はこの味に惚れ込み、パン屋になろうと決心した。


 そして俺の自信作、【天使のメロンパン】は、初日から、売れに売れた。

 売れまくった。

 昼前には材料が切れ、売り切れとなってしまったくらいだ。

 店長にも褒められた。

 そして、なんと次の新作も、また1品頼まれた。ものすごく嬉しい。頑張ってよかった。やっぱり、納得いくまで拘らないと良いものはできないよな。うん。頑張ろう! 次も美味しいパン作るぞ!

 そして、いつか俺の店を作るんだ!



 俺は意気揚々と、焼き上がった【頬もとろける贅沢ビーフシチューパン】を、店頭のトレイに並べた。

 国産牛肉と国産野菜を使い、弱火でじっくり煮込んだビーフシチューを、少し硬めのパンで包んだ贅沢なパンである。しっかり煮込んであるから、お肉は口の中で熔けるくらいに柔らかくなっている。1個250円。値段はやや高めだが、出したら必ず売り切れる当店人気メニューの1つだ。

 トレイの手前に、『焼き立て』と書かれたプレートを立てる。

「本日最終、【頬もとろける贅沢ビーフシチューパン】焼き上がりました──!」


 黄色い悲鳴が巻き起こった。

 

 え。何? 何事?

 そんなにこのパンを待っててくれたのか? パン職人冥利につきるな。

 それにしては、店内の様子がおかしい。

 女子高生や女子大生や仕事帰りのお姉さんや奥様たちが、頬を真っ赤に染め、そわそわとしている。会話の端々に、黄色い声があがる。


 お、俺か!? 


 もしかして俺なのか!? ついに俺のモテ期が到来したのか!? 長かった……とうとう、俺の良さを分かってくれる時代がきたんだな! 身長なんか関係なくなる時代が!


「ちょ、ちょっと半谷君!」

 レジに立っていた奥さんとバイトの由美ちゃんが、俺を手招きした。頬を染めながら。そんなに今日の俺はイケてるのか! 


「な、なんでしょう?」


「王子様!!」


「は?」 


 俺、王子様?

 確かに、ブラシで髪を梳かしたら、王子風外はねヘアになるけどな。あれって、イケてるか? 今の時代、あれがオシャレになったのか?


「王子様って……」


「あそこ! 店の前!」


 店の前?


 俺はとてつもなく嫌な予感がした。

 振り返りたくない。

 本当に、心底、とても振り返りたくない。

 奥さんとバイトの由美ちゃんがあまりに強要するので拒否するわけにもいかず、俺は嫌々ながら振り返ってみた。



 王子がいた。

 

 確かに王子がいた。


 王子以外の何者でもなかった。


 光を反射する金髪の頭には、金色に輝く王冠。

 足首まである、表は白、裏は赤いマントが風にはためている。

 細身の白いスラックスが、長い足をより強調している。腹立つな。

 白いシャツの胸元にはフリルがふんだんにあしらわれ、首元を覆うのは赤いスカーフ。

 白い上着の肩には、金色の肩章。胸元には赤いバラ。

 腰には白銀の剣。あれは自前のやつだな。──て。おい! 銃刀法違反じゃねえか! なにしてんだ!


 その隣では、仕事をやりきった職人の如き満足げな表情を浮かべた宮尾嬢が、カメラ片手に手を振っていた。そんな凝った衣装作って、今日、ちゃんと学校は行ったのか? お兄さんは心配です。ていうか。


「帰れ!! お前らいますぐ帰れ──!!」


「は、半谷君?」

 しまった。思わず動揺して叫んでしまった。


「お、奥さん、すみません、ちょっとだけ店抜けてもいいですか。すぐ戻りますんで」

「いいけど。なあに? あの王子様、半谷君のお友達なの?」

「お友達……!?」

 バイトの由美ちゃんの瞳がぎらりと光った。鼻息も少し荒い。レジ台内側から俺に飛びかからんばかりに身を乗り出してきた。俺は思わず身を引いてしまった。ちょっと怖かった。

「し、紹介! 紹介してくださいよ、半谷さん! 一生のお願い!」

 由美ちゃん、君もやっぱりああいう奴がいいのか。悲しくなんてないさ。ああ、悲しくなんて。

「友達じゃないからごめん無理」

「えええ〜! そんなあ〜!」

 背後から非難の視線を浴びながら、俺は店の外へ向かった。



「宮尾ちゃん! なんでそいつ連れてきたの!?」 

「はいは〜い、半谷さん! 見て見て〜! チョー、力作☆ すごいでしょ! せっかくだから見てもらおうと思って! ね! ゆかり、チョー頑張ったよ☆」


 甘かった……!


 宮尾嬢は生粋のコスプレイヤー。

 こうなる確率の方が遥かに高かったはずなのに!

 何で、好きにしていいなんて言っちゃったの、俺!


 

「チョー頑張ったよ、って……ちょっと、コレ何!」

 俺は王子ルックのコレを指さした。似合っているのがまたイラッとすんな。

 宮尾嬢が、可愛らしく小首をかしげた。


「何って。もちろん、王子様だよ☆ だって、本物の金髪と青い目だよ? それに、ヤバいくらいのチョー美形! シミ1つない奇跡の白い肌! 睫毛なんてチョーバシバシなんだから! これなら、リアルの【アルフレイド・サレンパス王子】が作れる!」


 宮尾嬢が、両手を組んでうっとりと奴を上から下まで眺め回した。


「あ、アルフレイド・サロンパス王子?」

 俺の脳裏に、両肩に白いサロンパスを貼った奴の姿が浮かんだ。そうか。王子業もなかなか大変なんだな。


「違あう〜! そんなダサいものなんか貼ってないもん! サレンパス様! も〜知らないの? 今ものすごい人気なんだよ! 毎週水曜夕方5時からやってるアニメでねえ……」

 宮尾嬢が延々と熱く語ってくれたが、横文字というか特殊用語?が多すぎて俺には半分も理解できなかった。


 須田亜(すたあ)何とかいう在り得ない名前の日本人の高校生が、生まれた時から手の甲に蒙古斑……じゃなかった、入れ墨があって、異世界に行って、選ばれた仲間と共に世界の危機を救う──とかいう、なんだか中二的な香りがする話だというのはなんとなく分かった。

 サロンパス王子は、敵か味方がわからない感じのポジションらしい。35話まできてまだわからないって、どんだけ優柔不断なんだよ。


 まだ語り続ける宮尾嬢をそっとしておきながら、俺は、我関せずの涼しい顔をしている奴を睨み上げた。元はといえば、お前の所為だろ。何、俺には関係ないみたいな顔してやがんだ。

「お前も! なに成すがままにそんなもん着せられちゃってんだよ!」

「これは、お前の世界の服じゃないのか」

「違うに決まってるだろ!」

「違うのか」

「違うわ! 俺を見てりゃわかるだろ、それくらい! ていうか、宮尾嬢にちゃんと聞けよ! 皆どんな服着てるのかとか!」

 アレクシェイドは青い目を俺に向け、首を横に振った。


「言葉が通じない」

「は?」


「俺が何を言っているのか、彼女には分からないし、俺も彼女が何を言っているのかわからない」


 どういうことだ?

「何言ってんだ? だって、お前、日本語しゃべってるように聞こえるんだが──」

 そういえば。日本語なんてしゃべれないよな、お前。あれ?

 あまりにもナチュラルに会話していたから、おかしい事に疑問すら感じてなかった。良く考えたら、お互いに相手の言語などこれっぽっちも、一文字すら知らない。これは変だ。異常だ。在り得ない。


「お前が俺と言葉を交わせるのは、【賢王神バイベルの言語知識の滴】を飲んだからだ。飲んだ者は、賢王神バイベルの知り得た言語を理解し、話せるようになる。お前の言葉だけが、自動で翻訳されて相手に伝わっているだけだ」


 そうだったのか!


 よくわからんが。

 なんか、魔法的なナニカで、俺の言葉は勝手に自動翻訳されているらしい。外国映画の吹き替えみたいなもんなのだろうか。便利なんだがちょっと気持ち悪い。知らない間に改造されたような気分とはこういう感じなのだろうか。一体どういう仕組みなんだ。俺の身体に何してくれたんだ貴様。


「とにかく、お前はもう帰れ。仕事の邪魔だ」

「パンがいっぱいある」

「そりゃあ、パン屋だからな」

「食いたい。腹が減った。食わせろ」

「だから何で命令口調!? 何様だよお前は!」


「あ、あのう……宜しければ、これ、食べて下さい!」


 いきなり、OLのキレイなお姉さんがやってきて、ビニールの買い物袋からさっきうちの店で買った【頬もとろける贅沢ビーフシチューパン】を両手にのせて差し出した。お姉さん、そんな高いパン、こんな怪しい奴にあげちゃっていいんですか。

 

「あ、ずるい! わ、私のも! あげます!」

 女子大生の二人組が、OLのお姉さんと奴の間に割り込んだ。

「私らも!」

 その間に、主婦四人組。

「私のも!」

 新妻っぽい子供連れ。

「わ、私たちもあげちゃうよ!」

 小学生の三人組。


 あれよと言う間に、奴の回りに人だかりができてしまった。それも女ばっかりの。俺はというと、押し出しされるように輪の外にはじき飛ばされた。


 これだから、美形は……!


 なにそのハーレム! そこだけ空気がピンクい! 羨ましくなんてないさ。ああ。羨ましくなんて。ちくしょう。


 アレクシェイドは両腕一杯に貢がれたパンを抱え、嬉しそうに頬張っている。あの野郎、帰ったらシメる。飯も抜きだ。


「宮尾ちゃん! ちょっともう、そいつ連れて帰ってくれ!」

「ええ〜。これから友達の家に行こうかと思ってたのに」


 そんな話、初耳なんですけど! 


 頼むからやめてくれ。嘘つきだと罵られてもいい。俺が悪かった。好きにしていいって言ったの撤回させてください。


「もうそれ、歩く公害みたいになってるから!」

2013.4.16 名前間違い。由香→由美に修正。

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