第3話
半谷と同じアパートに暮らしている女子高生登場。
ひとまず3話を連続投稿。
今後は1週間前後の投稿間隔になると思います。筆が乗れば早くなるかもしれないです。
【勇者】がついていきたそうに見ています。
連れて行きますか?
>はい
>いいえ
俺は【いいえ】を選択した。
【勇者】が玄関までついてきました。
連れて行きますか?
>はい
>いいえ
俺は【いいえ】を選択した。
【勇者】が玄関の外までついてきました。
連れて行きますか?
丁度扉を開けて出てきた、2部屋隣に住む女子高校生と目が合った。
そういえば、文化祭が近いから準備で時々朝早いのだ、とこの前言っていた。ご苦労様。でも今日は朝遅い日のがよかったよ。
俺は慌てて、黒いウエットスーツ(?)姿の【勇者】を玄関に押し戻した。
「戻れ! そんな格好で、外に出るんじゃねえよ!!」
* * *
昨日の晩は、結局、メロンパンは作らなかった。
ものすごく疲れていたし、明日は俺の自信作【天使のメロンパン】が店頭に初めて並ぶ記念すべき日だ。
最高のコンディションで作りたい。
一番最高の状態で、最高に美味しくできたものを、自信を持って店頭に並べるのだ。
根付いた木のように動かない奴を、外に引きずり出す元気も残っていなかった俺は、仕方なく客用布団をフローリングの上に敷いてやった。明らかにサイズが合ってないが、文句は言わせない。お前の方が規格外だ。
「なんだこれは」
「布団。ジャパニーズ・フトンだ。今日はそこで寝ろ。仕方ないから、一晩くらいなら泊めてやる」
奴は物珍しそうに羽毛掛け布団の上に座った。手で触ったり押したり撫でたりしている。どうやら気に入ったらしい。
シャワーを浴びてようやくすっきりした俺は、テレビも見ずにベッドに潜り込んだ。もう寝なければ。パン屋の朝はものすごく早いのだ。
「メロンパンは」
「明日、店で作るから。余ったら、持って帰ってやるよ」
「明日。約束だぞ」
「ああ。わかったわかった……」
俺は本当に、相当疲れていたようだ。
不審人物……いや違った【はぐれた勇者】という訳の分からない他人が部屋にいるという非現実で異常な事態なのに。
眠れないどころか、ワンツースリーで眠りに落ちてしまっていた。
翌朝。
目覚まし時計を止め、ベッドから下りようと身を起こして。
俺は悲鳴を上げそうになった。
フローリングの床に敷いた布団の、羽毛掛け布団の上で、黒いウエットスーツ(?)姿の超絶美形金髪男が寝ていた。
美形よ滅びろ。世の女の子たちを独り占めなんて許さん。
長い足は膝から下がすっかり布団からはみ出してしまっている。
寝息を立てながら、ぐっすりと気持ち良さそうに寝ていた。
なんで掛け布団の上に寝てんだ。身体の上に掛けろよ。掛け布団の意味ないだろ。
ていうか。
だ、誰だ!?
俺は昨日の記憶を必死で掘り起こした。昨日はビールも日本酒も飲んでいない。覚えているはずだ。
そうだ、昨日の帰り道。
拾ったんだ。
いや、勝手についてきやがったんだ。
【勇者】が。
昨日の思い出したくない記憶を取り戻し、俺は溜め息をついた。
とにかく、起こそう。
俺は奴の肩を揺すった。目覚まし鳴ってたよな。ベルタイプの大きな音量のやつが。何であれで起きないの、こいつ。
「起きろ」
俺は強く揺すった。奴の金髪頭が揺れるほど。
奴がやっと薄目を開けた。青い瞳孔をさ迷わしている。奴もすぐには状況が把握できなかったようだ。さんざん部屋の中を見回した後、最後に俺を見た。
「──パンヤ?」
「パンヤじゃねえ! 俺は半谷 だ!」
目が合って早々、いきなり人様の名前間違えるとは。どういう了見だこの野郎。
「ハンヤ」
「そうだ! 半谷だ。もう間違えんなよ」
俺はベッドから起きると、まだぼんやりしているアレクシェイドをまたいで越え、着替えをとりだすべく壁際のタンスを開けた。
「俺はこれから、パン屋に出勤するから」
途端に奴の目が輝いた。いやな予感がする。すごくする。
「パン屋? 俺も行く」
言うと思った。お前なら絶対言うと思った。
「ダメだ。お前はもういい加減、元の世界に帰れ」
「嫌だ」
嫌だって言った!
まさか、考えたくない事だが、帰る気ないのかこいつ。それは俺が困る。どうあっても帰ってもらわないと。【はぐれた勇者】の面倒をみている余裕は、今の俺にはない。この部屋だって、一人用だ。こんな身体でかい奴と一緒に生活なんてできない。狭すぎて。食費だって馬鹿にならないだろう。なんとか説得しなければ。
「帰れよ。ここはお前の世界じゃないだろ。そうだ。向こうには、お前を待ってる美人なヒロインとか、大切な仲間とかがいるんじゃないのか?」
「どうでもいい」
一言でばっさり切りやがったよ!
俺はまだ見ぬ奴の仲間とヒロインに同情した。お前、ヒロインいらないなら、俺に紹介してくれよ。
着替え終えた俺は、洗面所に行って顔を洗って歯を磨き、簡単に身だしなみを整えた。 全体的に癖毛なので、ブラシはせずに、ワックスを付けて手櫛で適当に。ブラシなんかした日には、ダメ王子風外はねカットになってしまう。あれだけは絶対に避けたい。
それにしても。
俺の後ろを、さっきからばかでかい男がついてまわっているんだが。はっきりいって、ウザイ。そして背後からの威圧感が半端ない。
「お前も顔洗って歯磨けよ。洗面台の上の棚に、新しい歯ブラシあるから使え。タオルはそこのキャビネットの一番上の引き出し。タオルは使い終わったら洗濯機に放り込んどいてくれ」
「センタクキ?」
知らないのか!? 洗濯機を!? どこの田舎者だよ!
俺は驚きかけて、はたと気づいた。
そうだった。
こいつは、違う世界からきたんだっけか。こいつがあまりにも順能力が高すぎて、忘れかけていた。危ない危ない。
「洗面台の隣にある、口の丸いでかい箱だ」
アレクシェイドは洗濯機の中を覗き、俺のTシャツやらが入っているのを確認すると、1つ頷いた。理解したらしい。
俺は自家製厚切り食パンを冷凍庫から取り出し、オーブンに2枚放り込んだ。
焼けたパンにバターを塗り、マーマレードをたっぷりのせた。
レモンとバレンシアオレンジとネーブルを使った、自家製贅沢マーマレードだ。控えめな甘味とレモンの爽やかな酸味とで、たっぷりのせても重く感じない。
【自家製マーマレードの厚切りトースト】を1枚ずつ皿に乗せ、テーブルに置いた。
洗面所からでてきたアレクシェイドを手招きする。
「朝ご飯。コレ食ったら、出て行けよ」
目を輝かせた奴は、いそいそと座布団に座ると、厚切りトーストにかぶりついた。深い青い瞳が、カッと開かれる。
ゆっくり味わうように咀嚼し、飲み込む。
手を震わしながら、アレクシェイドはトーストを見つめた。
「美味い! ものすごく美味いぞ、このトースト!」
「そうか。俺が作ったやつなんだ。そのパン。マーマレードも。美味いんなら、よかった」
喜んでもらえたなら、まあ、悪い気はしない。
「すごいな、お前……こんな、美味い物作れるなんて」
尊敬の眼差しを向けられている。そんなに褒めても、何も出んからな。
「じゃあ、俺は行くから。お前は帰れよ。そういえば、お前、どうやって帰るんだ? あの、魔方陣みたいなやつもう1回出して、そん中入るとかか?」
アレクシェイドが首をかしげた。
嫌な予感がまたよぎる。
「さあ」
さあ、って何だ。
「お前。帰れ、るん、だよな?」
帰れると、言ってくれ。頼むから。
「俺もパン屋に行く。連れて行け」
俺はテーブルに上体を伏せ、がっくりと肩を落とした。話が最初に戻ったよ。
俺は立ち上がった。
今は忙しい。こいつと押し問答をしている場合ではない。この件は、今は後回しだ。早くパン屋に行かなければ。
「連れて行けないって言ってるだろ! とにかく! 俺が帰るまでに、帰る方法考えとけよ! わかったな!」
俺は玄関に急いだ。
そして冒頭に戻る。
* * *
玄関の扉がノックされた。
なんだ? 誰だ?
「すみませ〜ん。宮尾ですけど〜」
やや間延びした、舌足らずの可愛い声がした。
宮尾?
ああ、2部屋隣に住んでる女子高校生だ。アパレル会社に務めるキャリアウーマンの姉と暮らしている。さっき目が合った。
俺は後ろ手に、少し扉を開けた。
「な、なにかな?」
そこには、さらさらの黒髪を耳の上でツインテールにして、イチゴの留め金をつけた女子高校生が立っていた。
ピンクの縁の眼鏡にも、イチゴの飾り。学生鞄にもイチゴのストラップ。そのイチゴには睫毛がついた目玉がついている。かわいい……のか? 最近の若い子の趣味はよくわからない。
俺がいうのもなんだけど、最近の女子高校生ってスカート短いよね。下にスパッツ履いてるとはいえ、お兄さん、目のやり場に困る時あるよ。
宮尾嬢は、小首をかしげてにっこりと微笑んだ。目が、らんらんと輝いている。
「さっき、外人の男の人が見えたから。誰かな〜と思って」
くそ。見られてたか。やっぱり。
「誰だ?」
問題の奴が、俺の後ろから顔を出し、扉の隙間を覗き込んだ。俺より背の高い奴なんて嫌いだ。縮んでしまえ。
「ちょ、おま、出てくんな!」
宮尾嬢が黄色い悲鳴を上げた。
「きゃあああ! すっごい美形! いや──! チョーヤバい! マジヤバい!」
ヤバいって何? なにかマズイのか?
チョーヤバいとマジヤバいの違いって、何?
とにかく、なんとかして誤魔化さなければ。どうする。どう言ったら怪しまれない?
俺は脳細胞をフル回転した。頑張れ、俺の脳! 何か思いついてくれ!
「ちょ、ちょっと、預かってるんだ!」
「へ〜そうなんだ〜。留学生?」
よし! 宮尾嬢、ナイス返答! それで行こう!
「そ、そうそう! だから、言葉も日本文化もまだよくわかってなくって!」
「ダイバーさんなの?」
宮尾嬢が、さっそくこいつの服装に突っ込んできた。
怪しいもんな。俺でも怪しいと思う。いくら美形でも、朝から全身ウエットスーツ(?)着てる男なんて。
「そうなんだ! 服、海に忘れてきたみたいでさ!」
く、苦しい……! 自分で言うのも何だが、苦しい。もっと違う言い訳にしたほうがよかったかもしれない。俺は冷や汗をかきながら、宮尾嬢の反応を伺った。
「へえ〜。うっかりさんだね☆」
納得した!
よかった。宮尾嬢が、ちょっぴりユルイ子でよかった。
「服がないなら、作ってあげようか?」
え?
「作る? こいつの服を?」
宮尾嬢が、楽しそうに何度も首を上下に振った。
「うん。任せて! 私、得意だから!」
そういえば、この子、コスプレイヤーだったな。
物凄く凝った衣装を作っては、全国のいろんな会場に出かけて行っている。大きなキャリーケースを持って朝早く出かける場面によく遭遇するから、知っているのだ。
写真を見せてもらったこともある。
コスプレイヤーの洋裁技術は、結構侮れない。
俺は腕時計を見た。
出勤時間が迫っている。
急がなければ。こんな所で立ち話している時間はもうない。
「……でね、写真撮ってもいい!?」
宮尾嬢が、目に星をとばして頬を染めながら、両手を組んでお願いポーズをした。
「え?」
聞いていなかった。すみません、もう一度お願いします。
「しゃ・し・ん! 服作ってあげるから、その代わり、写真撮らせてもらってもいいかな〜? お姉ちゃんの会社の、B品のいらない服もあげるからさ!」
服、くれるのか。タダで。買わなくて済むな。正直助かる。
そんなことより、急がないと──
「わかった、もう好きにしてくれ。じゃあ、俺は行くから!」
「わ〜い☆ 行ってらっしゃ〜い!」
「ハンヤ。メロンパン」
「ああもう分かったよ! 持って帰ってやるから、大人しく家で待ってろ!」
俺は後ろも振り返らずに、廊下を駆けた。
本日店頭デビューの新作パン、【天使のメロンパン】が、俺を待っているんだ!




