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第2話

勇者がついてきました。

【勇者】を拾いました。

 連れて帰りますか?

 >はい

 >いいえ

 

 俺は【いいえ】を選択した。


【勇者】がついてきます。

 連れて帰りますか?

 >はい

 >いいえ


 俺は、【いいえ】を選択した。

 

【勇者】がついてきます。

 連れて帰りますか?



 え、何コレ。

 俺は走った。


 必死に走った。


 死に物狂いで走った。


 後ろから、奴がぴったり距離を詰めて走ってくる。無表情に。

 俺は冷や汗をかいた。

 ものすごく、怖ええ!!


 白銀の鎧をきてる癖に、足取りは俺よりも軽い。しかも何故か金属の擦れる音もしない。もしかして白銀じゃないのか? 何の素材? なんかよくある、なんかの加護がついた勇者特別仕様不思議鎧とかなのか?


【勇者】、ついてくるんですけどおお──!?



 * * *



 とうとう、アパートの扉の前に、ついてしまった。

 俺は、息を切らしてドアにもたれた。肺がパンクしそうだ。

 こんなに必死に走ったのは、何年ぶりだろうか。高校のマラソン大会以来かもしれない。

 アパートの三階までかけあがりました。死にそうです。

 奴は息も切らせずついてきやがりました。

 どんな体力してんの。

 さすが、勇者クオリティ。



「も、お前、なんなの。帰れよ」

「メロンパンが食いたい。食わせろ」


 余程気に入ったらしい。

 俺は息を吐いた。


「食ったら、帰るのか?」

 アレクシェイドが、目線を横に向けた。おい。なんで目をそらす。


「お前、【勇者】なんだろ? 帰らないと、まずいんじゃないのか?」

 魔王倒したり、仲間集めたり、国を救ったりしないといけないだろ。


 アレクシェイドが小首をかしげた。


「さあ。どうだろうな。【勇者】の替わりは、他にもいるから」


 他にもいるんか!


 お前んとこ、勇者何人いるんだよ!


「でも、帰れ。ここはお前の世界じゃないだろ? お前の帰るところもないし」


「お前のところに住ませろ」


「また命令!? だからお前何様なんだっての!?」


 隣の部屋で、物音がした。

 俺は口を押さえた。

 外で騒ぐのはマズイ。


 どうする。


 でも、こんな不審な奴、部屋に入れたくないぞ!


 かちゃり、と鍵の開く音がした。


 アレクシェイドが、扉の取っ手に手をかざしていた。

 淡い緑色の光が灯って消える。


 え。

 ちょっと。なにそれ。


「な、何してんの?」


「【アンロック】。鍵開けの魔法」


 勇者が魔法を使って不法に家宅侵入しようとしています──!!


 け、警察! おまわりさ──ん!!


 アレクシェイドが扉を開けて、さっさと中に入っていく。


「ちょ、お前!? 何勝手に俺の許可なく入っちゃってんの!?」


 俺は慌てて奴の後を追った。



「く、靴! 靴脱げこのやろう! 日本の家は、土足厳禁だっつの! 何踏んできたかもわからない汚い靴で、俺の部屋汚すんじゃねえ!」

 アレクシェイドが玄関マットに足をかけたところで振り返った。

「そうなのか」

「そうだよ! 靴脱げ! 靴!」

 アレクシェイドは靴……というか、騎士がよく履いてる金属のブーツ? みたいなやつを脱いだ。膝と、脛と、足部分を白銀のプレートで保護するようになっている。脇の留め金を外せば、簡単に外れるようだ。座り込んで引っ張るような事はしなくてもいいらしい。見た目に反してユニバーサルデザイン。【勇者ブーツ】ってやつだろうか。ブーツでもないのか? よくわからん。まあいい。ブーツで十分だ。


「靴は、そこに揃える!」

 俺は玄関の端に置いてある、俺の黒いサンダルの隣を指さした。アレクシェイドは言われた通りに【勇者ブーツ】を揃えておいた。よし。それでいい。なかなか素直じゃないか。言動は殿様だけど。

 しかし、狭い玄関、俺の使い込んだサンダルの隣に並ぶ、ぴかぴかの白銀ブーツ……異様な光景だ。


 俺はアレクシェイドの足下を見て、げんなりした。


「お前、裸足族か……」

 玄関マットを踏む奴の足は、白い素足だった。

 素足にブーツか!? 

 なんてデンジャラスな事してんだ!

 そんなの、汗かきまくって臭くなるに決まって──


 俺は鼻を鳴らした。


 臭く、ない、だと……!?


 あの、鼻を刺激する、蒸れた足独特のすえた匂いがしない。


 奴の足は、さらりとしている。汗をかいていない。


【勇者ブーツ】、すげええ──!!

 防湿、防臭効果半端ねえ! なにその神仕様。


「なんだ?」

「……いや、もういいわ。何でもない」


 俺は愛用のコンバースを脱ぐと、【勇者ブーツ】の隣に並べた。

 サンダル、【勇者ブーツ】、コンバース。

 すげえ、違和感なんですけど。



 10畳1間のアパートは、1人で住むには丁度いい広さだが、男二人には狭すぎる。

 しかもその1人は規格外にでかい。身長190センチは確実に越えている。

 狭い。


「ちょ、待てえ──!! 鎧で俺のベッドに腰下ろすなあ──!! 破れる! ていうか、鎧脱げ!」

「鎧も脱ぐのか?」

「そんなゴツゴツしたもん、ここじゃあ必要ないんだよ! 邪魔になるだけだから、脱げ!」

 アレクシェイドが動きを止めた。迷っているらしい。いや、迷う必要ないから。ここは安全な日本です。まあ、最近は物騒な事件も多くはなったけど。

「鎧着て戦う事なんて、ここじゃあ100パーセントないから安心しろ」

「ないのか」

「ないよ。武器なんて、誰ももってないし。俺だって何ももってねえよ」

「持ってないのか」

「持ってねえよ。誰と戦うんだよ」

「魔物がいるだろ」


「いねえよ!!」


 アレクシェイドが目を見開いた。

「いないのか」

「いねえっつの! どこのファンタジーだよ。ここは、安全な日本だって言ってんだろ! 脱げ! 脱がんなら部屋を出ていけ!」

 アレクシェイドは鎧の胸元にある、赤い宝石のはまったバッジ(?)みたいなものに触れた。


「【装備解除】」

 白銀の鎧と剣が白い光に分散し、消えた。


 え。

 今、なにした?


「消えた……」

 あのゴツゴツした鎧とバカでかい剣を部屋に置かれたら邪魔だなあベランダにビニールシートでもかぶせて置いとこうかな、と思っていたところなんだが。

 跡形もなく、消えた。


 アレクシェイドは、ダイバーが着ているような、全身を覆うタイプの黒い厚手のウェットスーツのようなものを着ていた。

 よかった。

 靴のことがあったから、今さらながらパンツ一丁だったらどうしようかと内心焦っていた。貸せる服もないし。俺の、世間一般標準的Mサイズじゃ、こいつには絶対入らない。ていうかこいつ何サイズになるんだ? 3L?


「消えてはいない。【装備解除】しただけだ」

「その、【装備解除】がよくわからん」

「俺もよくは知らない。この石の中に入っているんだと思う」

 そう言って、アレクシェイドは胸元の赤い石を指さした。

 なにそれ。

 異次元収納的なものなんだろうか。

 勇者仕様はよくわからん。まあ、便利なのはわかった。


「まあ、邪魔にならなくなったからいいや。そこ、座ってろ。立ってると邪魔だ」

 でかいし。

 もう20センチ高かったら、天井に頭付いてたかもしれない。

 俺はミニテーブルの側にある、座布団を指さした。

 アレクシェイドはその上にあぐらを組んで座った。まあ、言うことは、よく聞くんだよな。文句も言わないし。


 俺は台所に向かった。

 このアパートを選んだ理由の1つがこれだ。

 台所が広かったのだ。ミニサイズのまな板を買わなくてもいい流し台、コンロも二つ。下にはグリルもついている。換気扇も新しくて大きく、キレイだ。そして上下には、たっぷりの収納戸棚。

 大きめの冷蔵庫もすっぽり入る流し台脇スペース。

 そして、大型のオーブンレンジが置ける備え付けの家電ラック。

 すばらしい。


 俺は下の戸棚を開き、三種類あるコーヒーの粉の中から、マイルドタイプを選んだ。夜飲むなら、これだろ。苦味少なめ、香り芳醇、甘さを含んだ優しい味。

 コーヒーサーバーにコーヒーフィルタをセットして、粉を四杯。それから、直ぐに湯が沸くポットに浄水を入れてスイッチオン。

 湯が沸いたら、最初に少し注ぎ、しばらく蒸らす。ここがポイントだ。そして今度は多めに注いでいく。


 うむ。完璧だ。


 香り高い湯気を立ち上らせる琥珀色の液体を、大きめのマグカップ2つに注ぎ、俺は両手に持って、ミニテーブルに向かった。


「な、なにしとんじゃああワレええ──!?」


 アレクシェイドは、ジップ付きの保存袋を膝に抱え、口一杯にスコーンを頬張っていた。前世はリスか貴様。


「俺の、スコーン──!!」


 朝食や夜食にと、作っておいたスコーン。ブルーベリー入りとナッツ入りの2種類。もっと美味く作れるようになったら、店長にみてもらおうと思っている。

 ジップ付きの保存袋に10個ほど入れておいたのに。

 壁際の、ガラスの戸棚の中に置いておいたはず。


 俺はコーヒーをテーブルに置いてから、アレクシェイドから保存袋を取り上げた。

 もう、1個しか残ってねえじゃねえか! どんだけ早食いなんだよ!


「あ。何をする」


「何をする、じゃねえよ! これは俺のだ! 何勝手に食ってんだよ! 【勇者】だからって、なんでも許されると思うなよ! 人様のタンス開けて漁ったら、普通に犯罪なんだからな!」


 俺はミニテーブルに肘をつき、息を切らした。


 疲れた。


 さっきの全力疾走と階段全力駆け登りが尾を引いている。しんどい。


「大丈夫か」


「大丈夫じゃねえよ!」

 

 俺は【勇者の皮を被った魔王】を睨んだ。お前なんか、名前呼んでやらん。【勇者の皮を被った魔王】で十分だ。


「泣くな」


「泣きたくもなるわ! さっきから、右手首、痛えし……」


 バカ力で握られた右手首が、さっきからじくじくと痛むのだ。

 湿布、貼っといたほうがいいかもしれない。

 明日は、【天使のメロンパン】を作るという大事な仕事があるというのに。


「痛むのか」


「痛えよ! さっき、お前がバカ力で握ったから! 明日は、俺の大事な日だっていうのに──」


【勇者の皮を被った魔王】は、俺の右手首をとった。さすがに気を使っているのか、扱いは丁寧になった。

 もう片方の手を、俺の右手首にかざす。

 何をする気だ。この期に及んで痛いの痛いの飛んでいけ、とかやったらマジ殺す。


「【ヒーリング】」


 ふわり、と白い光が手首を包んだ。

 あたたかい……

 遠赤外線効果みたいだ。じんわりとした温かみ。ほっとする。


「どうだ?」

「どうだ?って……あ、あれ?」


 俺は右手首を動かしてみた。

 痛くない。

 どころか、むしろ調子がいい。

 最近パン作りを頑張りすぎて、少し筋が痛かったのだ。それが治っている。


「治った……」


【勇者の皮を被った魔王】が、ほっとしたように頷いた。


「なにしたんだ?」


「回復魔法。あらゆる身体的な傷を修復する」

 成程。精神は治せないんだな。身体限定か。


「便利なもんだな……」

【勇者】って。


「これで、メロンパンを作れるな」


 俺は、がっくりと頭と肩を落とした。



「結局は、それかよ!」

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