〜幕間〜
Intermissionです。
パン屋の朝は早い。
まずは石釜に火入れだ。
薪を入れて、燃やすこと1時間。
黒い煤も燃えつきて、すみずみまで白くなるくらい燃やすのがベストだ。
燃え殻や灰を綺麗に掻き出してから、霧吹きをして、ルヴァンフレッドが使っていた温度計を入れて鉄の扉を閉じる。
2、3分後、再び鉄の扉を開け、温度計を確認した。
この温度調節の管理が、一番のミソで難しいところだ。焼くパンによっては最適温度が変わってくるので、焼く順番を気をつけなければいけない。
「よっしゃ最適温度! うん。だいぶ慣れてきたな。流石は俺」
俺は脇にある、パン焼き用の天板を収納する棚をチェックした。
天板の上には、これから焼いていくパンが既に乗っている。全部で10枚。10種類のパン。これから、上から順番に焼いていくのだ。
「よし。じゃあメロンパンを焼こう」
いつの間にか工房に入ってきていた【勇者】が、俺の後ろで目を煌めかせていた。
シューザに貰った迷彩柄のつなぎを着ている。なんで迷彩。そんな事より、いつの間に入ってきた。
「物には順番ってもんがあるんだよ! それよりもお前、薪割り終わったのか」
石釜に使用する薪を毎日用意するのが結構大変だろうな、と最初の頃に心配していたが、それは杞憂に終わった。
力仕事担当の従業員がいたからだ。
力仕事系に関して、【勇者】の右に出る者はいない。
こいつ、超人的に馬鹿力だからな。もちろん俺もするけど、奴のこなす量には到底及ばない。悔しいが。
湧き水を汲みに行くのも、俺の五倍以上のスピードで運んできやがった。おかげで地下の冷蔵庫には、10リットル入りの水の樽ストックが10個ある。当分は汲みに行かなくてもよさそうだ。
「終わった」
「もう終わったのかよ! まだ5分ぐらいしか経ってねえだろ!」
アレクシェイドが、少し誇らしげに窓の外を指さした。
外には──
薪置き場からはみ出して、更に、うず高く積み上げられた薪の小山があった。
1階の軒先を越えるくらいの小山が。
「……お前には世間一般の常識が通用しないということを忘れていた」
「頑張った」
「ああ、そうだな頑張った頑張った。でもちょっと頑張り過ぎたな。置き場からはみ出してるじゃねえか! 雨降ったら湿気るだろ! もったいない! 納屋に仕舞ってこい!」
俺は【勇者】を工房から押し出した。
まったく。
俺は一番上の天板を2枚、石釜に入れて鉄の扉を閉めた。まずは、ハード系パンからだ。
〈じゃあじゃあ、まずは一番最初にクロワッサン焼いて!〉
工房の前に続く店舗から、青い羽根付き少女が飛んできた。
片手には、台拭きタオルを握っている。
「だから、物には順序があるって言ってんだろ! シファロ。お前も店舗内の台拭きとガラス拭き、終わったのか?」
働かざる者、食うべからず。ここに居候する間は働けと、シファロには店舗の簡単な掃除を任せている。
〈えへん。終わったもんね〜! 見なさい! 隅の隅まで、ピカピカよ!〉
「どれどれ。──お。確かにな」
店舗を覗いて見ると、陳列棚やテーブルが、朝日を反射している。
小さいだけあって、小さい汚れがよく見えるようだ。確かに隅々まで綺麗に拭けている。
〈ふふん。どう?〉
「綺麗になってるな。サンキュー。ところで、お前さ、帰らなくていいのか?」
森から帰ってからこっち、ひと月近く、ここに居候し続けている。そろそろ皆のところへ帰らないとマズイんじゃないのか。
〈何言ってるのよ。帰らないわよ。私もここでずっと働くわ! そうしたら、毎日美味しい物が食べれるでしょ?〉
お前もか。
住み込み従業員が、もう1匹……じゃなかったもう1人、てのもおかしいか? 精霊の数え方はよくわからん。まあいい。とにかく帰宅拒否者……じゃなかった、住み込み従業員がもう1人増えたのはわかった。
帰宅困難者じゃなくて帰宅拒否者だ。もしも次に従業員を雇うことがあったら、面接の時に必ず聞こう。必ず。これ以上手のかかる奴を増やしたくない。通いでお願いします。
「まあ、実際のところ助かるから、頼むわ」
〈まかせて!〉
シファロが楽しそうにくるくると、俺の頭の上に円を描くように飛んだ。
開け放たれた窓からは、朝のすがすがしい、心地良い風が吹き込んでくる。
最近は、少しずつ気温も暖かくなってきた。
この世界も、春夏秋冬があるみたいだ。これから、夏に向かっていくらしい。
それなら、これからは一品ずつ、さっぱり系のパンを増やしていこう。
柑橘系のドライフルーツ入りとか、いいかもしれない。
「よし。じゃあ、一段落したらシューザんとこ行ってみるかな」
今日の予定を頭の中で組み立てる。
手土産に、試食も兼ねて、シューザにもらった新鮮フルーツをたっぷりのせた、新作デザート系パンでも焼いていこう。
俺は時計を確認した。
第1段の焼き上がりの時間だ。
石釜の蓋を開ける。
俺は、笑顔を浮かべた。
うん。世界が違っても、この香りだけは、変わらない。
香ばしくて食欲をそそる良い香りが、ふわりと工房に広がった。
【後書】
ここまで読んで頂きまして、ありがとうございます。
リハビリ的に書き始めたお話ですが、ここまで書けたのは読んで下さった皆様の御陰です。じわじわ増えていくお気に入りや感想に、あわわわ……となりながら書いておりました。人間、飴と鞭で追い立てられれば何とか頑張れるものですね(何か違う)。
次章からは、サブシナオリオ的なお話をぽつぽつ、短編的に書いていこうかなと思っております。
解凍したと思われる聖剣、選ばれなかった勇者候補、魔王を倒した勇者の元仲間たち、パン屋に来店するお客様、何故勇者はダークな技ばかりもっているのか(それはどうでもいい)等々。
宜しければ、お時間の空いた時にでも覗いてやって下されば幸いです。
御来店、ありがとございました。
またの御越しをお待ち申し上げております。