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パン職人が、はぐれた勇者を拾いました。  作者: 笹野ちまき
異世界編 〜開店前準備中〜
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第25話

住居兼店舗の改装が終了しました。其の2。


 工房で俺はさっそく、石釜のチェックも兼ねて、ルヴァンフレッドに譲ってもらった酵母でパンを焼いてみることにした。


 薪を入れて、燃やすこと1時間。

 黒い煤も燃えつきて、すみずみまで白くなるくらい燃やすのがベストだ。


 燃え殻や灰を綺麗に掻き出してから、霧吹きをして、ルヴァンフレッドが使っていた温度計を入れて鉄の扉を閉じる。


 2、3分後、再び鉄の扉を開け、温度計を確認した。

 よし。適温だ。


 作業代に置いた天板の上には、楕円形に丸めた生地が10個。


 1番少ない材料でできる、【基本中の基本シンプルバタール】だ。


 材料は、粉と酵母と塩と水だけだからな。

 この世界の食材に置き換えると、【コムウイート】、【森の野生酵母】、【ソルート】、水。


 天板を釜の中に入れ、蓋を閉めて焼くこと20分。


 そろそろか。


 俺は、蓋を開けて、天板を出してみた。


 そこには、きつね色にぱりぱりと焼き上がったパンが湯気を立てて焼き上がっていた。香ばしい良い匂いが立ち上る。


 俺は焼き立ての1つを取って、千切ってみた。


 口に放り込む。

 ぱりぱりと表面と、ふわふわもちもちの中身の触感。ほのかな甘味。香りもくせがなく上品で、ふわりと鼻腔を満たして心地良い。

 文句なしの出来栄えだ。さすが、良い食材と良い石釜を使っただけはある。何も付けなくても、十分に美味しい。俺はにんまりと笑みを浮かべた。


「よし。これなら──」


〈あ〜!! なに食べてるのよ! ハンヤだけずるい〜!〉

「ずるいぞ、ハンヤ。俺にも食わせろ」

「おいコラ! ずりいぞ、てめえ!」

「1人だけずるいガオ……」

「ずるいワン! 俺にも食わせるワン!」

「ずるいのです──!」


 ──なんか、背後から盛大にブーイングの嵐がきてるんだが。

 なんで自分で焼いたパンを試食して怒られてんの、俺。


「──ん?」


 あれ?


 なんか、さっき、聞き覚えのある声が最後にした気がする……?


 振り返る。

 勇者達ブーイング集団の1番後ろに──


 白い美少女が浮いていた。


「サラーシャ……!? ──え?」


 何か、変だ。

 奇妙な違和感。空気が変わった、というか──


 なんだ?


 違和感の原因はすぐに気づけた。

 石釜の調子を見に来たレオンガルドや、工房にいつの間にか入り込んでいた村長、ターロウたち、そして、シファロが固まっていたのだ。


 固まっている、というか、止まっていた。目は開いたままだし、動きも微妙なところで固まっている。路上のパントマイムみたいに不自然な格好のまま。


 すべてが、止まっている。


 窓からのぞく、木漏れ日も、雲も、風も、音すらも。


 まるで、テレビのリモコンの静止ボタンを押したように、周囲の風景と音が、ぴたりと止まっていた。


「なんだ……これ……?」


神業(かみわざ)だ」


 アレクシェイドが、固まった集団から1人、抜け出してきた。


「アレクシェイド……? お前は、大丈夫なんだな」

 アレクシェイドが頷く。

 よかった。こんな異次元な状況で1人っていうのは、さすがに勘弁して欲しい。


「【勇者】様は、十三女神の加護を受けておられますからね」


 白い美少女女神はにっこり笑うと、固まった皆の上をふわりと飛んでやってきた。


 緩やかに波打つ白髪は、床に届くほど長い。

 色味の全く無い、白磁の肌。

 柔らかそうな布を巻いただけのような白いワンピース。

 唯一色味のある瞳と唇は、血のように赤い。

 ワンピースから覗く白い足は──やっぱり裸足。


 目の前に舞い降りた白い美少女女神は、申し訳なさそうな上目遣いで俺をみて、首をすくめた。


「ええと、あの、す、すみません。私、十三女神の下っ端の下っ端ですけど、これでも女神に名を連ねる者です。あまり軽々しく、人々に姿を見せるわけにはいかないのです。なので、皆様には大変申し訳ないのですが、少しの間だけ、時間の隙間をつくらせて頂きました」


「そうか。なんかよくわからんけど。それよりも、サラーシャ。帰ってこれたんだな。夜空の彼方に飛んでっちまってたから、あの後、どうなったのか気になってたんだ。無事でよかった」

 3番目と4番目の姉と喧嘩して、夜空の星になるほどふっとばされてたからな。


 サラーシャが、嬉しそうに微笑んだ。


「はい! どうにか無事に帰ってこれました! 私のような、しがない下っ端女神の事などを気にかけて下さっていたなんて、ありがとうございます! 【勇者】様も、ハンヤ様も、御無事でなによりです! 本当は、御同行して安全な場所まで御案内するのが私の仕事だったのですが……お手数をおかけ致しまして、申し訳ございません。この村まで来るのは、大変でしたでしょう?」

「まあな……」


 思い出したくもない記憶が蘇る。

 勇者の背中に乗って、大怪獣ライドアトラクション。あれはもう二度と乗りたくない。


「いや、まあ、いいよ。あの状況じゃ仕方ないし。それで、あのストーカー女神様たちはどうなったんだ?」

 女神といっても、俺の中では不気味な笑みを浮かべた猫と半焼けハトの着ぐるみ姿しか思い浮かばないが。


「フウーラ姉様と、ライーラ姉様ですか? はい。あの後しばらくして、神域の最下層より、お迎えの方達がやってこられたのです。それで、お姉様達を連れて帰ってくださいました」

「へえ。よく、あいつらを捕まえられたな」

「最下層の管理をしている方々は、凶悪犯罪神の扱いに慣れている方々ですからね。御姉様方を捕まえることなど、容易いことです」


 凶悪犯罪神ってなんだよ。怖いから聞きたくはないが。


「よかった。それなら、安心だな。てことは……あの、ストーカー女神様たちは帰ったってことか。じゃあ──」


 俺のいた世界には、もういないってことだ。


 それなら──



 ──もしかして俺、元の世界に、帰れるんじゃないか?



 俺は前に一歩踏み出し、ふよふよと浮かんでいるサラーシャを見上げた。


「サラーシャ。3番目と4番目の女神(あいつら)が、帰ったんなら──」


「──ハンヤ」


 静かに呼ばれて、俺は振り返った。


 アレクシェイドが何か言いかけて、結局口を閉じた。

 青い目が、濃くなったり薄くなったりしている。


「いや、だってさ。俺、皆に何も言わずに来ちまってんだぞ。絶対、皆、心配してる」


 そろそろ、警察にも捜索依頼がだされてそうな時分だ。電柱やコンビニとかに、この人を探しています、という張り紙が貼られてたりして。公開捜査とかされてたら全国ネットで俺の顔が広まっている。嫌過ぎる。勘弁してくれ。


「帰るのか」


「帰る、か。そうだな……俺の世界に残してきたものが、いっぱいあるからな。着の身着のまま、こっちの世界に来ちまったから。鞄1つしか持ってこれなかった。昇り龍の藍染めエプロン、鞄にいれときゃよかったなあ……特注のパン切りナイフとか……」


「──店は」

「店……」


 子供の頃から、ずっと夢に描いていた、俺の店。

 とうとう、完成した。



 俺は、綺麗になった工房の中を、ゆっくりと見回した。


 綺麗に、村の人たちに改修してもらった、住居兼店舗。

 旅のパン職人から譲り受けた、最高の石釜と、最高の酵母と、上質な水の在処。

 稼いだ資金で揃えた、新しい道具と食材。


 少しずつ知り合いが増えていく、村の人たち。

 一癖も二癖もある、ちょっと変わった友人たち。


 見慣れてきた、長閑な風景。



 俺は、再びサラーシャを見上げた。


 サラーシャの、赤い宝石みたいな瞳が、俺を見下ろしている。


「ハンヤ様。やっぱり、元の世界に、お戻りになられたいですか?」

「戻りたくないっていえば、嘘になる。俺の本来いるべき世界は、あっちだからな」

「そうですよね……」


 サラーシャが、悲しそうに小首をかしげた。


 誰も言葉を発さないので、無音の時間が訪れる。


「ハンヤ様……」


「なんだ」


 サラーシャが、小さく息を吐いた。


「申し訳ございません。御迷惑をお掛けしているのは重々承知しております。ですが、ハンヤ様を元の世界に帰すことはできないのです。一番最初に申し上げた通り、世界に多大な影響を及ぼす事態でもない限り、異世界間の行き来は許可されていないのです。それに、ハンヤ様の世界は辺境の辺境の端っこの、私たちが誰も知らなかったくらいの、共通領域みたいな宇宙の端の、小さな異世界。セキュリティレベルなんて低過ぎて、無いも同然です。いつまた、姉様達が入り込んでくるかもわかりません。そんな危険な状況の中へ、再びハンヤ様を戻す訳にはいきません」


 相変わらず、言いたい放題だな!


 可愛い顔して、言いたいことは結構言うよな、この美少女女神様。


「本当に、申し訳ございません……」

 しょげ返るサラーシャに、俺は1つ溜め息をついてから──笑顔を向けた。一緒になって暗い顔してたって、どうなるものでもない。なら、今できることをしていく方が、ずっといい。


「わかったよ。それはまあ、よくはねえけど、どうにもならないものは、どうにもならんしな。まあ、なんだかんだで、生活の目処は少しずつ立ってきたし。分かんねえことはいっぱいあるけど、聞きゃあいいし。この世界でも、どうにかやってはいけるだろ」

「ハンヤ様」

「ただ……1つだけ、どうしても気掛かりがあってな」

「1つだけ?」

 俺は頷いた。


「ああ。俺、誰にも何も言わずに来ちまっただろ。それだけが、どうしても気掛かりなんだ。なあ、サラーシャ。俺自身は戻れなくても、せめて家族と、世話になった店長達に、手紙ぐらいは届けてもらえねえか? 何も言わずにいなくなった詫びと、俺は無事でやってるから心配すんなって、伝えたいんだ。でないと、ずっと、心配かけ続けちまうからな」


 サラーシャが、笑顔で頷いた。


「はい! それくらいなら、できます! お任せ下さい! ハンヤ様のお手紙、責任持って私がお届けいたします!」


「おう。頼むわ」


 これで、捜索願を出されなくて済む。このままだと、いつか、自分の葬式まで出されそうだからな。いやもう確実に。戒名もつけられて、あの世に送られそうだ。


「いいのか」

 いつの間にか隣に立っていたアレクシェイドが、俺を見下ろした。


「あのな。良いも悪いも、俺の店を、ここに作っちまっただろうがよ。ここまで作っちまったら、残してはいけねえよ。大事な、大事な俺の店だ。それに──ルヴァンフレッドにも、後を頼まれちまったしな。引き受けた以上、放り出してはいけねえよ」


「そうか」


【勇者】が、微笑んだ。

 嬉しそうに。


 俺は奴に指をつきつけた。


「何笑ってんだ、この野郎! 巻き込みやがったお前は深く深──く反省しろよな。猛省しろ。当分の間はこき使ってやるから、覚悟しろよ」

「ああ」

 まったく。


「じゃあ、ハンヤ様がお手紙を書かれている間、私はここで待たせてもらいますね!」

 そういうと、サラーシャはいそいそと椅子を持ってきて、焼き立てパンが置かれた机の真ん前に座った。

 だからなぜ、そこに座る。


「あの……。この良い香りのパン、食べてもいいですか?」

 案の定、目をキラキラとさせて、俺を見つめてきた。

 まずい。こいつの前に食べ物を置いておくと、全部御供え認定されてしまう。


 俺は、急いでパンの乗った天板を持ち上げた。


「ああっ! ひどいです!」


「ひどくねえよ! 一個だけなら食べてもいいけど、お前、全部食いそうだからな!」


夜空の星になってた女神様、やっと戻ってきました。


次回で、お話は一旦区切りとなる予定です。

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