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パン職人が、はぐれた勇者を拾いました。  作者: 笹野ちまき
異世界編 〜開店前準備中〜
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第24話

住居兼店舗の改装が終了しました。其の1。

 本日、貴方の店の改修工事が終了しました。

 見に行きますか?


 >はい

 >いいえ


 

 ……


 なんか、初めてまともな選択肢がでたな。おい。

 大丈夫か……?

 これ、罠とかじゃないのか。

 裏があるんじゃないのか。



 本日、貴方の店の改修工事が終了しました。

 見に行きますか?


 >いいえ

 >いいえ



 すいませんでした!


 行きます! 行かせてください!


【はい】でお願いします!



 * * *

 


 俺は、緑色の巻きエプロンを借りると、村長の家の台所に立った。

 村長の家の台所は、さすがになかなか良いものが揃っている。

 ただ、初めて見た時はちらかり放題、食器は三日前から流しに置いたままという恐ろしい状況だったが。どういう生活してたんだ。

 コンロにフライパンを二つ置いて、スイッチを押した。1つは普通サイズ、もう1つは大きめのフライパンで蓋をかぶせてある。


 火がついた。


 横には、ガスボンベならぬ、魔力ボンベが置いてある。

 充填式らしい。1年くらい持つと言ってた。なくなったら、道具屋にいけば売ってるらしい。もうなんでもありだな。助かるけどさ。

 この村って本当に、ファンタジーな田舎の農村っていう見た目に反して、以外とハイテク機器が揃っているよな。蛇口を捻ったら水が出てくるし。井戸から管を引いているらしい。


 俺は、熱したフライパンに油を引き、卵……ではなく【タマーゴ】を4つ落とした。


 卵のような【タマーゴ】にしろ、小麦のような作物【コムウイート】にしろ、なんとなく何故か俺の世界の食材と名前が似ているので、覚えるのはそんなに苦労しなさそうだ。

 胡椒なんて、【ペツパー】だしな。「ッ」が「ツ」になっただけじゃねえか。砂糖も【シユガー】だ。バターも【バターロ】。卵は【タマーゴ】。なんか卵だけ微妙だ。もうタマゴでいいんじゃないか。ていうか、ほとんどそのままじゃねえか。どういうことだよ。まあ、分かりやすくて助かるけどさ。


 今日の朝飯は、タマーゴの半熟目玉焼きとソーセージ、そして、フライパンで焼いたお手軽パンだ。


 もう一つの蓋をしたフライパンの中には、2次発酵済みの生地を8等分に丸めて詰めてある。

 酵母は、ルヴァンフレッドに譲ってもらった野生酵母を試しに少しだけ使ってみた。向こうの世界のイーストよりも元気な感じでとても良い。発酵もかなり早い。

 

 目玉焼きの縁にきつね色の焼き目がつきはじめた頃合いをみて、水を数滴垂らして蓋をする。

 弱火にして1分程待つ。

 気になっても、途中で絶対に蓋を開けてはいけない。これ、鉄則。

 蓋を取ると、目玉焼きの表面は綺麗に白くなっていた。白身もふっくらとしている。

 軽く胡椒……じゃなかった、【ペツパー】を振って、目玉焼きは完成だ。



 もう一つのフライパンの蓋を開けてみる。

 いい感じに膨らんでいる。焼き色もいい感じだ。裏返して、さらに焼くこと数分。

 中のパン種が、蓋を持ち上げるぐらいに膨らんだ。

 少し指で押してみると、弾力もあり、且つ、ふっくらと焼き上がっている。


「よし」

 俺は満足げに頷いた。


 後はソーセージを焼いてサラダを付けて、朝食の完成だ。




 できた朝食をテーブルに並べてから、裏の畑で水を蒔いているシューザを呼び、アレクシェイドとシファロを叩き起こした。


 シューザとアレクシェイドは、あっという間にぺろりと平らげてしまった。

 俺とシファロがまだ3分の一も食べてないうちに、奴等は食後の【コーヒ茶】を啜っている。

 早食い人種どもめ。ゆっくり食わんと、そのうち腹壊すぞ。


 この【コーヒ茶】、黒い茶葉のお茶なんだが、淹れるとコーヒーっぽい香りと味がする。あの、癒しのアロマと程よい苦味。お茶なのに、コーヒー。挽きたてのコーヒー豆は恋しいが、似たようなものがあったので、まあよしとしておこう。


「あ〜、ものすげえ美味かった! 久しぶりにまともな朝食食ったぜ! しっかし、ちびっこ蝶々精霊も飯食うんだなあ」


〈悪い!? ていうか、ちびっこ蝶々精霊って何よ!? 勝手に変なあだ名つけないでくれないかしら! 麗しの風の精霊シファロ様って呼びなさい!〉


 テーブルの上で、器用にパンにバターを塗っていたシファロが、忙しなく青い羽根を羽ばたかせながらバターナイフをシューザに突きつけた。


 シューザが面白そうに笑った。


「リンリンリンリン、何か言ってるけど、何言ってるかわかんねえな!」


〈んま──! むかつく! このジジイ!〉


 シファロがバターナイフを振り回している。こら、テーブルが汚れるじゃねえか。俺はバターナイフを取り上げた。


「シファロ。食うか怒るかどっちかにしろ」

〈うう〜〉

 シファロが悔しそうに唸り、テーブルに座ってパンにかじりついた。

 しばらく咀嚼しているうちに、膨れっ面が笑顔になる。怒ったり笑ったり忙しい奴だな。

〈ん〜。クロワッサンには劣るけど、これもまあまあ美味しいわね〉

「そりゃ、ありがとさん」


 シューザが、コーヒ茶を飲んでいるアレクシェイドの方に身を乗り出した。


「いいなあいいなあ、金髪の兄ちゃん。毎日、こんな美味い飯、食えるんだろ? 俺も時々、食わせてもらいに行こうかな」


「駄目だ」

〈駄目よ!〉


「即答かよ!? なんでだよ!」


「俺の食う分が減る」

〈私の食べる分が減るわ!〉


「見た目に反して結構せこい性格してんな、お前! ちっちぇえのも何かリンリン文句言ってるっぽいし! じゃあ、食材持ち込みなら、どうよ」


「いいだろう」 

〈いいわ〉


「よし」


 アレクシェイドとシューザと何故かシファロまでが、交渉成立とばかりに、がっしりと腕を組み合わせた。気が合うんだか合わないんだか、よく分からん奴等だ。それよりも。


「おい。お前ら。何勝手に話つけてんだ。作るの俺だろ」


「まあまあ。いいじゃねえか。それより、今日で作業は終了だな」

 話をそらしやがった。まあ、食材持ち込みは助かるけど。

「うん。思ってたより、早く済んでよかったよ」

 俺は、笑顔で頷いた。

 そうなのだ。


 空き家の改装工事も、今日で終わりだ。


 多くの村人が手伝ってくれた御陰で、予定より早く作業が終わったのだ。

 あっという間に三日で済んでしまった。人海戦術って素晴らしい。


 シューザが機嫌よく、両手を大きく打ち鳴らした。


「よおーし! じゃあ、食い終わったら行ってみるか!」



 * * *



 シューザと一緒に、なだらかな丘に作られた畑の中の道を歩いていく。


 三角屋根の三階建て住居と、工房っぽい長屋がくっついた建物が見えてきた。


 張り替えられた屋根と、塗り替えられた白壁が、朝日を浴びて照り返している。


「うわ──。ものすごく綺麗になったなあ」

 玄関横の花壇には、花も植えてくれている。

〈そうねえ。ボロボロだったものね〉

「ボロボロのボロ屋だったからな」

「お前らな! ボロボロボロボロ言うんじゃねえよ!」


 ……まあ、実際問題そうだったんだが。


 最初に見せてもらった時は、なにこれお化け屋敷? と思ったほどの荒れようだった。


 前庭はジャングル、窓は割れ、破れたカーテンははためき、壁には亀裂。屋根には草まで生えていた。空き家というか、もうボロ屋も同然だった。5年も放置されていたら、まあ当然というかなんというか。


 あれをここまで綺麗にしてくれた村人たちには、頭が下がる想いだ。相当頑張って掃除と改装をしてくれたようだ。ありがたい。二人じゃ絶対ここまでできなかった。



 玄関近くまで行くと、手伝ってくれた村人達が笑いながら手を振って挨拶してくれた。

 人やナチュラルやライオンやシバが合わせて20人ほどいる。なんかもう、だいぶ見慣れてきたな。この異種族混合状態。


 ターロウと5ひ……違った、五人のシバコボルトの仲間達が駆けよってきて、俺たちの周りを嬉しそうに飛び跳ねた。


「ハンヤ! 家と店、綺麗にしたワン!」

「ピカピカにした、ワン!」

「ワン!」

 ふかふかの丸い尻尾が左右に揺れている。可愛い。触りたい。


「サンキュ、ターロウと皆。──皆さんも、ありがとうございました!」

「いやいや、こんな事ぐらいしかできないからね〜」

「また、パン屋ができるのが、嬉しくて頑張っちゃったよ」

「前みたいに美味しいパンが食べたくてね。頑張って焼いてね」

「はい。頑張って焼きますから!」

 村の人と笑い合う。


「おはようガオ、ハンヤ」

 玄関にいくと、腕を組んで威風堂々としたライオンが仁王立ちしていた。

 とび職や土建業の人がよく履いている膨らんだズボンに、腰に大工道具の袋をぶら下げている。レオンガルド棟梁だ。鋭い目つきに、挽き結んだ口元。相変わらず渋格好良い。


「どうも、お世話になりました」

「こちらこそ世話になったガオ。川に水が戻ったのは、お前たちのお陰だガオ。さあ、本日めでたく改修終了だガオ。後は石釜を使ってみて、何か不都合があったら言ってくれガオ。すぐ修理に来るガオ」

「ありがとう、レオンガルド棟梁!」

「うむ」


 シューザが俺の背中を叩いた。痛い。


「いやあ、あのボロ家が、良い感じに綺麗になったじゃねえか! よかったよかった」


 空を旋回していたシファロが、ひらひらと飛んできて俺の肩に留まった。


〈お家とお店、やっとできたのね。ハンヤ、おめでと!〉


 建物を見上げていたアレクシェイドが、振り返って笑みを浮かべた。

「店ができたな。店長」

「ああ」


 店長か。

 なんだか、気が引き締まるな。

 

「サンキュー、シファロ、アレクシェイド!」


 俺は、改めて、店舗兼住居となる建物を眺めた。


 これから、ここが俺の店になるのだ。



 俺の店、か。


 夢にまで見た、俺のパン屋。



 まさか、異世界で実現することになろうとは、思いも寄らなかったけどな。

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