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パン職人が、はぐれた勇者を拾いました。  作者: 笹野ちまき
異世界編 〜開店前準備中〜
24/32

第22話

住居兼店舗の改修が始まりました。

資金調達に向かいました。其の1。


 貴方の現在の【所持金】はゼロです。

 アイテムの購入はできません。


 行動を選択して下さい。

 >【勇者】に借りる

 >ハードだが割の良いバイトをする

 >出資してくれる人を村の中で探す



 ……


 1番上の選択肢は、一見、1番良さそうにみえて、1番してはいけない選択な気がする。ものすごくする。

 俺の勘がそう告げている。



 * * *



 今日から、空き家の改修工事が始まった。


 朝早くから、大工っぽい格好をしたライオンや人やシバやナチュラル達が、壁を塗ったり、屋根を張り替えたりしてくれている。


 空き家は、なかなか良い造りをしていた。

 石や煉瓦と漆喰で作られたアイボリー調の外壁。

 大きなアーチ状の庇がついた玄関は、大きな両開き戸がはまっていて、開け放てばものすごく解放感がありそうだ。

 店の顔でもある玄関は、広くて解放感があった方がいい。大きな格子窓も左右に二つ嵌め込まれ、中の様子がよく見えるのもいい感じだ。


 建物の表側は店舗になっていて、奥が工房。

 その脇の扉は、コムウイートなど常温でも保存できるものを収める広い収納部屋。

 壁際には、大きな魔導式冷凍冷蔵庫。店にあったものよりも2倍ほど大きい。魔導式というのがいまいちよくわからんが。

 2階は住居だ。




 工房の壁に造り付けられた石釜の中を、俺とライオンは覗き込んだ。

 隅々までチェックしてみたが、内部はヒビも欠けも特には見あたらなかった。

 今までずっと丁寧に大切に扱われていたのがよく分かる。


「どうだガオ。使えそうかガオ?」

 隣のライオンが聞いてきた。

 ライオンは、とび職や土建業の人がよく履いている膨らんだズボンをはいている。動くたび、ふさふさの立派なたてがみが揺れた。触ってみたい。そして、腰に大工道具の袋をぶら下げている。職人気質の棟梁みたいな感じだ。鋭い目つきに、挽き結んだ口元。渋い格好良い。

 名前はレオンガルド。なんか名前まで格好良いな。


 中を覗いていた俺は、顔を出して頷いた。

「ああ。問題ない。これなら、すぐにでも使えそうだ」


「そうか。よかったガオ」

 ライオンも顔を出し、満足そうに腕を組んで首肯した。格好良い。やっぱ、百獣の王はいいよな。農村生活でちょっと丸くなっちゃってるけどな。


 しかし。


 語尾に何かつくのは、獣人系のデフォルトなのだろうか。

 声優ばりの渋い良い声で真面目に言うから、最初聞いた時は吹き出そうになった。あれは危なかった。



 俺は、改めて石釜を見上げた。


 赤レンガで作られた、大きめの石釜。

 出し入れする開口部には、鉄製の厚めの扉が嵌め込まれている。

 パン焼き用にちゃんと計算されて作られてた扉だ。密閉性を考えて設計された鉄製の扉。


 そして。

 内部は余熱が持続するように、耐火性のレンガが厚めに積み上げられている。


 これは、ルヴァンフレッドによって改良・改造された、こだわりの石釜だ。

 

 一目見て、俺は狂喜乱舞した。

 オーブンよりも、石釜の方が欲しかったからだ。

 パンの焼き上がりが驚くほど違う。遠赤効果で、外はパリッと香ばしく、中はもちもちに焼き上がるのだ。


 俺の思い描いてた理想の石釜が、ここにあった。


 ここにきて、初めて良かったと思ってしまった。



「後で不具合が出ても大変だガオ。最終チェックも兼ねて、試しに何か焼いてみるといいガオ」

「うん。そうするよ。何作ろうかな。そうだな、最初だから、簡単な──」


「メロンパン」

〈クロワッサン!〉


 工房の開け放たれた大きな窓から、アレクシェイドとシファロが身を乗り出してきた。


 お前ら、恐ろしく耳ざといな。何処で聞いてた。シファロは窓掃除、アレクシェイドは屋根の張り替えを手伝っていたはずだ。

 シファロは片手に雑巾、アレクシェイドは黒いつなぎを着ている。つなぎは、宮尾嬢に貰ったやつだ。腕には「喧嘩上等」、背中には「嵯連波須☆特攻部隊」と豪快な文字が大きく刺繍してある。意味がわからん。どこに特攻するんだよ。いや、もしかしたら何かのイベントで使ったのかもしれない。どんなイベントだったのか不明だ。想像すらできん。


「それは簡単じゃねえよ! すぐできねえものを言うな! そんなことより先に、1つ問題がある」

 俺は、小さく溜め息をついた。この問題は、絶対に避けて通ることができない。開業を志す者が、必ず直面して頭を抱えてのたうち回る問題がある。


「なんだ?」

〈なによ〉

 大きな窓をひらりと飛び越えて入ってきた勇者と精霊(小)が、首をかしげた。


「資金をどこから調達してこようかって話だ。いろいろ買い揃えようにも、まずは先立つもんがないと始まらない」


 それに、異世界から来た俺は、この世界の金など1銭も持っていない。

 店舗は手に入れることができたが、いかんせん、資金が手元にない。これでは、材料すら調達が難しい。仕方のないこととはいえ、せっかく店舗を綺麗にしてもらっても、しばらくの間は開店休業にする他ないだろう。


 どうするか。

 できれば、必要最低限の道具と食材を揃えられるくらいの金額を、早めに手に入れたい。


 思いつく方法は三つ。


「何か割の良い仕事をして一気に稼ぐか。誰か金持ってる人に出資してもらうか。それとも、誰かに借りるか──」


「俺が貸そうか?」


 窓枠にもたれていた【勇者】が、真っ先に手を上げて申し出てきた。


「お前、金持ってるのか!? ……って、そりゃそうか」


【勇者】だもんな。しかも、魔王を倒してエンディングを迎えるぐらいの。そこまで行っているのなら、道中稼いだ金が、そうとう溜まっているに違いない。ギャンブル系の何かにつぎ込んで散財してなければ。


「結構、買うもんあるけど。大丈夫か?」

「問題ない。お前が欲しい物は全部買ってやるから、言え」


 俺は眉間の皺を揉んだ。 

 おまえはどこぞの援交オヤジか。


「お前な。でも、俺、すぐには金返せないけど」

「別にいい。その代わり、毎日俺の食いたいもん食わせろ」


 違った。悪徳高利貸し業者だった。


 お前は本当に【勇者】だったのか。【ブラック勇者】の間違いだろ。技もなんかダークなのばっかだし。ゲームの途中で幾度となく主人公の行く手を阻むライバル的な面倒くさいアイツだったんだろ。


「阿呆か──! ふざけんな、毎日って何だ! 毎日取り立てしてんのと同じ事じゃねえか! 高利貸しよりたち悪いわ!」

〈ずるーい!〉

「ずるーいとか言う問題じゃねえんだよ! 却下だ。お前には借りない」

「なんでだ」

「自分の胸に聞いてみろ。さて。どうするかな……」


「金に困ってるのかガオ? なら、【レセルダの道具屋】に行ってみたらどうだガオ」


 レオンガルド棟梁が、渋い美声で提案してくれた。


「【レセルダの道具屋】?」


「ああ。最近村にできた道具屋だガオ。あそこは、いつも物に溢れていて、整理するバイトを常時募集しているガオ。行った事のある奴の話によれば、なかなか割はいいみたいだガオ。ただ、ものすごくハードな仕事内容らしくてなガオ。長続きしないガオ」


 長続きしない仕事内容ってのが、ちょっと気になるけど。割が良いなら、多少のことは我慢できる。とにかく、全く金がないんだから、背に腹は代えられない。


「ありがとう、レオンガルドさん。俺、後で行ってみるよ」

「うむ」


 レオンガルド棟梁が、威厳に満ちあふれたたてがみを揺らし、ゆっくりと頷いた。


「レセルダ……?」

 アレクシェイドが、顎に手を当てて目を細め、何やら考え込んでいた。

「どうした? アレクシェイド?」

「いや、何でもない」



 * * *



 午後、村の奥様たちが差し入れてくれた昼飯を皆で食べてから、俺たちは出発した。

 レオンガルド棟梁の書いてくれた簡単な地図の走り書きを頼りに、【レセルダの道具屋】に行ってみることにした。そう、走り書き。

 

 書いてくれた文字が、何故か読めた。

 文字を理解して読める、ということは、書ける、ということだ。実際、書けた。


 【勇者】に飲まされたゲロまず自動翻訳飴の効果が半端ない。さすが、神様のアイテム。でもやっぱり気色悪い。無断で俺の脳に新規情報が書き込まれている。言語に全く困らないのは助かるけど、やっぱり気持ち悪い。



 長閑な田園の道を歩いていくと、大きな木の袂に、尖った三角錐状の屋根が三つついた白壁の建物が見えてきた。三角屋根は紫とピンクと黄色。可愛いような、奇抜なような、微妙なところである。

 

 丸みを帯びた扉の上には、丸い看板。


【レセルダの道具屋】


 と、これも丸文字っぽく書かれてある。隣には赤いリボンのマーク。なんだろう。とてもファンシーだ。


「ここか?」

〈みたいね〉


 扉の横の壁には、『棚卸しの為、短期バイト急募中』と書かれた紙が貼ってあった。募集はまだしているみたいだ。よかった。

 

 俺は、扉をあけてみた。

 カランカラン、と扉に付けられた小さな鐘が音を立てて来客を告げる。


 中は、物でいっぱいだった。

 棚という棚が、というか、床さえ見えないくらい商品で溢れている。


 古書、雑誌、食器、茶葉、菓子、人形、ピンクのリボンがついた小兎っぽいぬいぐるみ、何かよくわからないピンク色の植物、トカゲっぽい干物の入った瓶詰め、スパイス類、ドライフラワー、やたら大きな爪の置物、亀っぽい石像、赤黒い液体の入った牛乳瓶っぽいもの、小さなハムスターみたいな生き物、等々。なんだろう。普通の道具と、ファンシーなものと、不気味な物が混ざってるのがなんかちょっと気味が悪い。何の店なんだ、ここ。とりあえず、なんでも揃いそうではあるが。


 カウンターも、積み上げられた本で半分埋もれている。


「ご、ごめんくださーい! バイト募集の張り紙をみたんですけど!」


「ああ、ここにいるよ。バイト希望かな? ああ、よかった。助かったよ。1人じゃどうにも大変でね」


 落ちついた声の、女性の返事があった。


 俺は周りを見回した。


 何処から聴こえたのかわからない。どこだ?


「ここだよ、ここ。カウンター脇の棚の上」


 棚の上?


 いた。


 棚の上に、しゃがんだ──美女が。


 20代後半くらいの女性だった。いや、纏う雰囲気が落ちついているから、もう少し上なのかもしれない。女性の年齢は見た目じゃよくわからない。


 さらりとした黒髪を、右肩上辺りで緩く紐で結んでいる。陶器のように真っ白い肌。じっと見つめられると全てを見透かされてしまいそうな、漆黒の瞳。

 白いシャツに、足下まである黒いスカートを履いている。アクセサリ類は一切身に付けていない。

 外国の有名な大学図書館の窓辺で、1人静かに本を読んでいそうな雰囲気の女性。司書とか似合いそうだ。こんな司書がいたら、毎日通う。


 ものすごく、綺麗な人だった。


 ただ──何故か棚の上にいるけど。


「おっと。失礼。今すぐ降りるよ」


 美女はひらりと棚から降りた。音もなく。


 見蕩れていると、微笑まれた。あまりに綺麗な微笑みに、俺は動揺した。頬が熱い。だって、こんな美人に間近で会ったことないんだから、緊張するだろ。


「お、おきれいですね」

「ふふふ。ありがとう。君も、小さくてかわいいよ。そこの、後ろの小さな青い精霊ちゃんも……」


〈わ、わたし?〉

 シファロが、俺の横で目をぱちくりしている。

〈ふ、ふふん。まあ当然ね。麗しい精霊だもの、私! あなた、人にしては分かってるじゃない〉

 シファロは嬉しそうに青い羽根を羽ばたかせている。

「お前は、いいよな……」


 俺はがっくりとうな垂れた。

 小さくてかわいいって。なんだそれ。俺は全然これっぽっちも嬉しくないんですけど。


 美人の道具屋は俺を見て、次に俺の隣で部屋を見回している奴を見た。


「君は──」


 顎に手を当て、じっとアレクシェイドを見つめる。

 奴も視線に気づいたのか、青い目で見つめ返した。

 見つめ合う二人。

 なんだ、これ。なんかのフラグか。


 ああくそ。またか。出会う女性全部落としていくからな、この歩く公害勇者。やっぱり、この美人道具屋も、奴のハーレムの一員になってしまうのか。イケメン勇者よ滅べ。


 美人道具屋は少しだけ考えるような素振りをしてから、懐かしむように微笑んだ。


 あれ?


「……久しぶり、【勇者】アレクシェイド。君、生きてたんだね」


 何だ、お前ら。


 知り合いなのか?


「……なぜ、お前がここにいる」


 アレクシェイドが、目を細めて美女を睨んだ。


 見つめ合い違った。

2013.5.22 数行追加

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