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パン職人が、はぐれた勇者を拾いました。  作者: 笹野ちまき
異世界編 〜開店前準備中〜
23/32

第21話

キーアイテム【クロワッサン】使用により、【特殊シナリオ】が割り込み発生しました。其の3。


 目の前に、狼っぽい魔物が3体現れた!


 【勇者】は戦闘を開始した。


 【パン職人】は後ろで応援した。

 【幽霊(現在リスに取り憑き中)】は後ろで応援した。

 【精霊(小)】は後ろで応援した。


『おお〜! 勇者君、がんばれ〜!』

〈きゃあきゃあ! がんばって〜勇者様〜!〉

「そこだ! アレクシェイド、後ろ後ろ、危ねえ! よっしゃ右回し蹴り! おっしゃあ! 1体撃破──!」


 ……


 という感じで、戦闘終了。


 経験値は──入っているのかどうかは不明だ。

 もしあったとしても、俺ら3名にはほとんど入ってないんじゃなかろうか。

 何故なら、戦闘が始まった途端に、即後方退避して応援。戦闘に参加してるんだかしていないんだか、微妙な所だ。


 俺も最初は、スコップで参戦しようとはしたのだ。三ツ目のネズミっぽい魔物を叩こうとして3回的を外した時点で、「……下がってろ」と【勇者】に戦力外通告された。しかも、わざわざ襟首掴んで、場外まで持ち運びやがった。強制退場かこの野郎。もう少し頑張れば、あの1匹ぐらい倒せそうだったのに。

 もうちょっと、長い目で見てくれてもいいんじゃないか。そもそも、俺も含めた最近の若い日本人は、ネズミとだって戦った事ない奴の方が断然多い。俺だってそうだ。



 まあ……概ねこんな感じで、俺たちは森を進んでいる。

 これがもしゲームだったら、クレームの電話やメールが制作会社に殺到しているだろう。あまりにパーティバランスが悪すぎる。戦闘できるの1人だけだもんな。俺だって怒るわ。

 ただ、【勇者】が飛び抜けて強すぎるので全く問題はない。

 魔物の森の中を、バランスの悪過ぎるパーティのまま奥へとさくさく攻略中である。



 * * *



 ルヴァンフレッドに取り憑かれたリスの案内で、森を歩くこと30分。


 鬱蒼とした森の中なのに、微かな水のせせらぎが聴こえてきた。


 しばらく歩くと、木立の合間に、小さな川が見えてきた。

 せせらぎの音は、ここから聴こえてきたのか。


 小川を上流に向かって歩いていくと、小さな洞窟が見えてきた。


 その入り口は、色とりどりの花が咲き乱れていた。


 小川の先は、さらに洞窟の奥へと続いている。


『ふう。やっと到着しました〜!』

 リスが、洞窟の入り口で立ち止まって振り返った。小さな手を振っている。見てくれは可愛いが、中味は取り憑いた幽霊だ。


「ここが?」


『そう。この森には、ものすごく綺麗な湧き水があるって、師匠に聞いたことがあってね。ああ、僕の師匠も旅のパン職人だったんだけど。昔、師匠に一度だけ、それで作ったパンを食べさせてもらったことがあるんだ。あの味が、忘れられなくてさ……』


リスが円らな黒い目を細めて、懐かしむように洞窟を見上げた。


『綺麗な良い水のある場所には、必ず、良質な強い野生酵母がいる。ただ、アリーガ・テエーアは、魔物がとても強いし、土地も荒れてる。旅をするには、かなり厳しい地域さ。でも、僕はどうしても行ってみたかったんだ。──さあ、行こうか』


 

 

 洞窟の中に俺たちが入ると、壁に等間隔で嵌め込まれた小さな丸い照明が、奥まで点灯した。 

「うおっ なんだこれ」

『魔力充填式の照明。5年も経ってるのに、まだ使えたんだねえ』

 

 しかも、センサー付きとは。


「ローテクな世界かと思ったら、以外と俺の世界よりハイテクだったりするよな……」

 動力は電力じゃなくて、魔法的なナニカだけど。

『何か言った?』

「いや、別に。この奥に、湧き水と酵母が?」

『そうそう。こっちこっち!』


 洞窟の天井にはあちこちに穴が空いており、日差しが筋になって降り注いでいた。

 下には草が生え、あちこちに花が咲いている。昭明がなくても、十分に明るい洞窟だった。


 あまりに綺麗で穏やかな風景。


 長く居過ぎてしまうと、ここが魔物の森の奥だということをすっかり忘れてしまいそうだ。


『ふふ。綺麗な所でしょ? ここだけは、清浄な気に満ちてるから魔物が寄ってこないんだ。自然に濾過された水が汚れなく清浄すぎて、退魔の聖水みたいな効果が出てるのかもしれないね』


 前を飛んでいたシファロが戻ってきて、俺のフードに飛び込んだ。小さく身をすくめ、恐る恐るといった感じで、顔だけを俺の肩に出している。

〈聖水……成程ね。ここはあまりにも清らか過ぎて、精霊の私でも居心地が悪いくらいよ……〉


 俺はシファロを振り返った。そういうもんなのだろうか。

 俺の視線に気づいたシファロが、顔を真っ赤にして怒った。


〈ちょっと! 何見てるのよ! 精霊(わたし)(けが)れてるって訳じゃないんだからね!? 勘違いしないでよ!? こんな所で平気なのは、神族か鈍感な人間くらいよ!〉


「分かった分かった」

 汚れ、か。

 俺は隣を歩くアレクシェイドを見上げた。

 アレクシェイドが片眉を上げた。

「何で俺を見る」

「いや、大丈夫かなって」

 アレクシェイドが何故か笑顔を浮かべた。目が笑ってないから不気味だ。

 また頭をわし掴まれた。


 この野郎! 医者にも褒められた俺の丸い頭蓋骨が変形したらどうしてくれる!


「痛い痛い! 何すんだ!? だって、どう考えてもお前、綺麗な身体じゃないだろ! 絶対何人も女の子泣かしてんだろ! 今まで見た技もなんかダークだし!」

「大丈夫なハンヤは、綺麗な身体ってわけだ」


 俺は精神力に1000のダメージを受けた。


 俺の精神力は、ゼロだ。心が痛すぎる。だって、パン一筋だったんだ。仕方なかったんだ。由美ちゃんは全く俺なんかアウトオブ眼中だったし。私より低いし……って言われたら、もうどうしようもないだろ。背が低くてもオッケーっていう女の子、どこに行ったらいますか。今度、サラーシャに御供えして聞いてみよう。ていうかあいつ、まだ戻ってこないぞ。夜空の何処まで飛んでったんだ。


 まずい。

 落ち込んできた。

 早く回復しないと、リスの次に取り憑かれそうだ。

 この話題は、スルーしよう。保留だ。後回しだ。そうしよう。


『なにしてんの〜? 行くよ〜』

「お、呼んでる! 行こうっと」


 俺はリスの後を追った。




 花の咲き乱れる広い空洞の中に、その湧き水はあった。

 大きな丸い水たまりの中心が、ぽこり、ぽこりと波紋を広げている。

 下から、湧き出しているのだ。


『さあさあ。飲んでみて』

 俺は手ですくって、飲んでみた。


「甘い……」


 軟水だ。ミネラルのバランスも最高で、のど越しがとても甘く感じる。確かに、これは名水だ。名水百選の最上位候補だ。水にうるさいサラーシャが、泣いて喜ぶかもしれない。

 

『それから、これ!』

 リスが俺を手招きした。

 背の高い花に埋もれるようにして、壁際近くに木箱が四つ並んでいた。そのうち三つは何の変哲もない木箱で、1つだけに、落書きみたいな文字がびっしり書き込まれている。


「これは?」


『まあ、中を見てみてよ!』

 リスが、文字がびっしり書かれた木箱の上に飛び乗った。


 俺は、その木箱の蓋を、そっと開けてみた。


 ひやりとした冷気が漏れる。


 中には、10リットルは入りそうなくらいの、大きなガラスの瓶詰めが八個入っていた。


 瓶の中には、小麦粉っぽい茶色いものや、果物が混ざっている。そして、白いきめ細かな泡が立っている。


 これは──


「もしかしてこれ、天然酵母か……!?」


『そうそう! 当ったり〜! 培地は、ここの野生酵母が好むブレンドに改良してある。ブレンド内容は、僕の部屋の、机の引き出しのノートを見てみて。君ならきっと分かるだろう』

 机の引き出しか。戻ったら、探してみよう。


 ルヴァンフレッドは、文字だらけの木箱をリスの小さな手で、まるで宝物に触れるように優しく撫でた。

『本当に、よかった。幽霊になってしまったら、物に触れることすらできなくなってしまって。村の人は誰も僕の声に気づかないし。中味が気になっても、確認することができなかった。この木箱だけには、【凍結保存の魔法】がかかってるんだ。10年保証付きだから、きっと、無事だとは信じてたんだけど。よかった。残ってて……』


 10年保証付きの凍結保存の魔法がかかった木箱か。アイスクーラー強化版みたいなものか? 


 リスは小さな肩を落として、残りの3箱の木箱を眺めた。


『他の木箱のは……着床途中だったから、きっと、もう、駄目だと思う。着床させるために密閉してないし、常温だ。5年も経ったら、中は、乾燥してカラカラになってるんじゃないかな……』


 俺は木箱の1つの蓋を開けて、中を確認してみた。


 同じようにガラスの瓶が八つ並んでいたが、どれも、中はカラカラに乾いてしまっていた。

 残念だ。残っていたら……大事にしたのに。


『残った酵母は、全部君にあげる。頑張って増やしてあげてね。とても強くて元気な酵母たちだ。味も上品で香ばしく、粉の味わいを引き出してくれる。それに、発酵力も強くて、1次発酵が2時間くらいで済むんだ』


「早!」


 天然酵母は、発酵時間がものすごくかかるのだ。下手すると12時間以上かかったりする。それが、2時間って。驚異的だ。


『ハンヤ君。この酵母で、皆にまた美味しいパンを作ってあげてね』

「わかった。ありがたく、使わせてもらう。大事にするよ」

『うん。君なら、安心して任せられるよ。──あ、そうだ! 危ない危ない。大事な物をもう一つ渡しとかないと!』


 リスは慌てて木箱から飛び降りると、草むらをごそごそしてから、戻ってきた。

 その両手には、大きなコイン状をした透明な水晶のペンダントを抱えていた。表面には、なにやら小さい文字が同心円状にびっしり書き込まれている。


『強力な魔除けの御守りだよ。一番目の女神様の神文が掘り込まれているんだ。師匠から譲り受けたものなんだけど──君に譲るよ』

「え、いいのか?」

『うん。ここに来る時に持っていくといいよ。魔物が嫌がる超神音波が出てて、近寄ってこないんだ。ものすご〜くものすご〜く高価な物だから、落とさないようにね』

「落とした奴が言うなよ」

『あはは! 確かに!』


 笑い事じゃないと思うんだが。

 ていうか、超神音波ってなんだ。超音波的なものなのか。なんかよく分からんが、超音波式虫除け機みたいなものか。


 ルヴァンフレッドは魔除けを俺に渡すと、再び後ろの草むらへ駆けて行き、振り返った。


 リスの姿がゆらぐ。

 まるで立体投影のように、シェフルックをした笑い顔のパン職人──ルヴァンフレッドの姿が現れた。


『ああ、本当に、よかったよ。君みたいな、良いパン職人に後を託せることができた。もし君が来てくれなかったら……僕はずっと、森を彷徨い続けていたかもしれない。 僕は、執着しすぎて、死を受け入れる事も、この森から出ることも、できなかったんだ。僕の育てた酵母たちを、どうしても、置いて逝くことができなくて……でも。これで、やっと安心できた』


 ルヴァンフレッドの姿が、少し、薄くなった気がした。


「おい。ルヴァンフレッド……?」


 ルヴァンフレッドが、薄くなった手の平に目を落とし、微笑んだ。


『ふふ。一番大きな心残りがなくなっちゃったからね〜。身体も軽くなっちゃったみたい☆』

「軽くなっちゃったみたい、って──」


 見間違いじゃなく、また少し薄くなる。


『ありがとう、ハンヤ君。帰ったら、僕の住んでた住居兼店舗の中、いろいろ探ってみてね。僕の書き溜めたレシピとか、大きな魔導式冷凍冷蔵庫とか、きっと君の役に立つものがいっぱいあると思うから。君に全部あげるよ』

「あ、ありがとう!」

 魔導式ってのがよくわからんが。冷凍冷蔵庫があるのは非常に助かる。ていうか、無いとものすごく困る。

 

『礼を言うのは僕の方さ。ありがとう。死んじゃったけど、僕はここに来て、本当によかったよ。ここは、師匠の言ってた通り、楽園みたいな村だった。こんな、荒れ果てた大地の果てに、こんな嘘みたいに長閑な村があるなんてね。いろんな種族が、諍いもせずにのほほんと暮らしてるんだもの。びっくりしちゃったよ』


 ルヴァンフレッドが笑った。

 もう、輪郭もはっきりわからないくらいに薄い。


『さてと。じゃあ、僕はそろそろ行こうかな。後のことは、よろしく頼むよ』

 ルヴァンフレッドが、手を差し出した。

「ああ。元気で──ていうのも、おかしいか」

 俺はその手を握るように、手を重ねた。何も触れはしなかったけど、ほんのりと、暖かい感じがした。ルヴァンフレッドが、おかしそうに肩を揺らした。


『ふふ。そうでもないよ。じゃあね、ハンヤ君。君も元気で、たくさん美味しいパン作ってね』


 ルヴァンフレッドがウインクを1つ飛ばす。

 それが最後だった。


 姿は煙が散るように完全に分散し、再び集まり、キラキラと光りを放つ、小さな粒みたいになってしまった。


 それは俺たちの真上をくるりと一度だけ旋回し、ゆっくりと空に昇っていった。


 木々の枝葉を抜け、雲間に消えていくまで、俺たちは見送っていた。


「逝ったな」

「ああ」



 安らかに、旅のパン職人ルヴァンフレッド。


 また、いつの日か──


 俺があの世に逝った時には、朝までゆっくりパンを語ろう。



 * * *



 その後は、アレクシェイドに酵母の入った木箱を持たせ、俺たちは川の補修工事現場に戻ることにした。

 俺が運びたいところだったが、いかんせん、重すぎた。人が持てる重さじゃなかった。10リットル瓶が8本も入ってるんだぞ。木箱の重量をいれたら100キロ越えだ。【勇者】は楽々持てる重さだったようだ。軽々と肩に乗せやがった。ちょっとイラッとした。俺も明日から筋トレ再開しよう。



 川の補修現場に戻ってみると、魔除けの柵まで逃げてた皆も戻ってきていた。


 川の流れ塞き止めていた大きな木と岩も、日暮れ前にはどうにか撤去でき、村にまた水が流れるようになった。よかった。これで、小麦……じゃなかったコムウイートも枯れることなく、しっかり育つことだろう。



 * * *



 意気揚々とした帰り道。


 俺は、目の前を機嫌良さそうに鼻歌交じりで飛んでいるシファロを見上げた。


「おい、シファロ。お前、なんでついてきてんだ?」


〈なんでって。貴方、パン屋の店長なんでしょ? じゃあ、またあの美味しいクロワッサン作るんでしょ? 一緒についていったら、食べれるじゃない!〉


 ついてくる気らしい。あのクロワッサン、そうとう気に入ったようだ。

 まあ、あのクロワッサン、小さいけど手間は結構かかってるからな。生地を折っては伸ばし、追っ手は伸ばして、薄い層状にするのがなかなか大変なのだ。手早くしないと、生地がくっついてせっかくの層が駄目になってしまうし。


「シファロ、パン食べたいから、ついてくるってさ」


「そうか。鳥カゴがいるな」


〈ちょっと。私はペットじゃないわよ!!〉

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