第20話
キーアイテム【クロワッサン】使用により、【特殊シナリオ】が割り込み発生しました。其の2。
【勇者】を回収しに向かいました。
※[注意!]勇者の所為で、戦闘シーンが若干怖い(?)かもしれません。苦手な方は、3分の2程迄、高速でスクロールして飛ばして下さい。
白い霧で視界が埋め尽くされている中、青い小さな光りだけを頼りに進む。
青い光は飛んでいるせいか進む速度が速く、時折先に行き過ぎては、霧の中で見え隠れしてものすごく焦る。見失ったら、もう何処へ行ったらいいのかさっぱりわからない。
〈こっちよ〉
「ちょ、ちょっと。もう少し、ゆっくり行ってくれ」
〈もう。しょうがないわね〉
もう、って言われても。木の根や草や岩が絡み合って、足場が悪すぎるのだ。湿ってて滑るし。皆も俺も、これでよく走って逃げれたな。火事場の馬鹿力ならぬ、緊急時に発揮する人の突発的な力ってすごいと思う今日この頃。
青い羽根付きミニ少女、シファロの放つ青い光を追って、真っ白い霧の中を手探り足探りで進む。
取り憑かれたリスは、お腹がいっぱいで気持ちいのか、俺のパーカーのフードの中でまったりしている。おい。
「ギシャアアアア!!」
聞こえた。
何か聞こえた。
何か、怖い魔物っぽい声が聞こえた。
木のなぎ倒される音。
金属っぽいものが激しく打ち合う音。
え。もしかして、戦ってるのか? アレクシェイドか?
〈あ。いたいた! うわあお。戦ってるみたい〉
「戦ってるのか!?」
〈うん。そこの木の陰からなら、もっとよく見えるかも〉
ひらひらと飛んで行く青い光についていき、大きな木の幹に隠れるようにして覗いてみた。
いた。
霧ではっきりとは見えないが、何かでっかいものがいた。あれだ。
やっぱり蛇っぽい魔物だった。
ずるずる這うってシファロが言ってたから、そんな嫌な予感はしてた。
俺、蛇苦手なんだけど。だって丸飲みするんだぞ、あいつら。有り得ない。見てるだけで喉が苦しい。
昔……そう、あれは小学生時代……兄共におやつをよく奪われていた俺は、奪われないように紅白饅頭を飲み込んだことがある。常に腹を空かせている男兄弟なんて日々サバイバルだ。子供なりに考えた、苦肉の策だった。食べたいものは、取られる前に1番に食べる事。そして案の定、喉に詰まらせた。あの時の苦しさは、未だに忘れられない。死ぬかと思った。驚いた親父に足を持って逆さ刷りにされ、背中をバンバン叩いて紅白饅頭を吐き出さされた。
想像して気持ち悪くなってきた。人前では絶対そんな素振りは見せないけどな。
蛇はでかかった。上体を起こしてる姿は、木の背丈ほどもある。見るからに硬そうな、金属っぽい光沢の厚い鱗に覆われている。
大きな蛇頭が三つ。身体は1つ。三つ同時に飯食ったら、どうなるんだろうか。
蛇と向かい合うように、アレクシェイドが立っていた。
あの、明かりがなくても何故か光る金髪は、霧の中でもすぐわかる。
三つの蛇頭が大口を開けて鋭い歯をむき出しにして、アレクシェイドに向かっていくのが見えた。
「アレクシェイド!」
しまった。
俺は口を押さえた。
失敗した。ものすごく失敗した。噛みつかれかけてたのに、思わず声をかけてしまった。余計な事をした。
案の定、アレクシェイドの青い目が、俺の方を向いた。上段に構えていた白銀の剣が下がる。気が逸れたからだ。まずい。最悪のタイミングで声をかけてしまった。 ごめん。頼む、お願いだから逃げてくれ。
「──ハンヤ!」
「ばか、逃げろ!」
アレクシェイドが、大口を開けた蛇頭に目を戻す。
食われる!
俺が、声をかけたばっかりに──
アレクシェイドは僅かに後ろへ足を曲げたかと思うと、高く、真上にジャンプした。
蛇頭よりも高い、ハイジャンプだ。棒高跳び選手と棒無しで闘えるぐらいの、高い跳躍。目の前の獲物を一瞬で失った三つの蛇頭は、勢いのまま地面に食いついた。
「え?」
白銀の剣の煌めく刀身が、黒い煙を纏う。ものすごく、禍々しい黒い煙だった。背筋が寒くなるほどの。黒い煙の中に、うっすらと、苦悶の表情をした男や女の顔がいくつも浮かんだように見えた。気のせいか。気のせいだと思いたい。怖すぎる。
「【エクゼキューショナーズ・シクル】」
黒い煙は大きな鎌のような形になった。持ち主よりも、大きくなった鎌は、光りさえ吸い込みそうなほど黒い。
アレクシェイドが黒い鎌を振り下ろした。
三つの蛇頭が、目だけをぎょろりと上に向ける。首を忙しなく動かして、踠いている。どうやら、歯が地面に深く食い込んで、動きがとれないようだ。
蛇頭は、悲鳴を上げる暇すらもなく、すっぱりと、音もなく斬り落とされた。
転がる三つの首。
大きな蛇の身体は溶けるように崩れていき、地面に吸い込まれていくように消えていった。
あんなに濃かった霧も、次第に薄まっていく。
「終わった……のか?」
「ああ」
アレクシェイドが剣を一度振って露と埃を払い、腰の鞘に収めながら答えた。
こちらをゆっくりと振り返り、手招きする。
本当にもう、大丈夫のようだ。よかった。流石【勇者】だな。技はまったく勇者っぽくなかったけどな。そういえば、ずっと前に見た技も、勇者っぽくなかった。どちらかというと、悪役が使う技っぽかった。俺はお前のライトなヒーロー技をまだ一度も見たことがないんだが。
俺は木の陰から出て、アレクシェイドに駆けよった。
「大丈夫か? 悪い、変なタイミングで声かけて──いてえっ!?」
脳天にゲンコツを落とされた。目から星が飛び出した気がした。頭がぐらぐらする。この野郎、馬鹿力なんだから手加減しろよ。これ、絶対たんこぶできてる!
「な、なにすんだよ!?」
見上げると、アレクシェイドの眉間に深い皺が寄っていた。
「お前、今までどこに行っていた! 皆と一緒に走っていったから、魔除けの柵まで戻ったのかと思ったらお前の姿はないし!」
「いや、最初の方は確かに皆と一緒に走ってたんだよ。でも、途中で声がどこから聞こえてくるのか分からなくなって。はぐれて、霧の中動き回るのも危ないと思って、見つけてくれるまで、木の根元に隠れてた。ターロウ達なら鼻が効くし、そのうち見つけてくれるかなって──いだっ!?」
また殴られた。
「阿呆か。それが通用するのは、普通の霧の場合だ! あれは魔物の吐き出した霧だ。嗅覚と視覚を奪う。ターロウ達が見つける前に、お前の方が食われてた」
「え。そうなのか?」
てことは、俺って、かなり危険な状況だったってことか? だって、俺、異世界の常識とか全くわかんねえし。
アレクシェイドが、大きな溜め息をついた。
「まったく……。途中で転んでるのかと思って、もう一度来た道を辿ってみたがいないし。まさか、1人で目的地まで行ったのかと思って川まで行ってみれば、あの馬鹿でかい蛇の魔物しかいないし。俺はてっきり、もう食われてしまったのかと──」
随分と行ったり来たりして、俺を探し回ってくれたらしい。心配してくれてたようだ。どことなく、ほっとしたような疲れたような顔をしている。
「悪い。俺のこと、探してくれたんだな。心配してくれて、サンキュー」
アレクシェイドが、やっと少し笑った。
「まったく。頼むぞ。店長がいなくなったら、パン屋は開けないからな」
「店長……」
なんか、いい響きだな。
店長か。
俺、店長?
そうそう。店名は、ずっと前から、いくつか考えてあるんだよな。どれにしようか、迷ってて。やっぱ、こう、インパクトがあるほうがいいかな。それとも、直球的に分かりやすい方がいいかな。それとも、恰好良く横文字とか。いや、この世界、英語なかったな。迷う。
「ふがっ!?」
「何ニヤニヤしてる。お前、死にかけてたんだぞ。分かってるのか」
アレクシェイドに鼻を摘まれた。さっきから、殴るわ摘むわ、やりたい放題だなこの野郎!
でも、まあ、今回は俺も、ちょっとは悪かったかもしれないから、思いきり反撃できない。
「ところで、ハンヤ。この青いの、どうした」
アレクシェイドが俺の肩の辺りをふよふよしている青い蝶を──摘んだ。
〈きゃあ!? いきなり何するのよ! 【勇者】様だからって、女の子なら誰にでも手を出しても許されると思ってるんじゃないでしょうね!? だめよ! ちゃんと責任取ってもらうわよ!〉
「リンリンうるさいな」
あ、そうか。人の耳には、聞き取れないとか言ってたな。【勇者】にも聞き取れないのか。
「精霊のシファロって言うんだ。森で助けてもらった。……有料だったけどな。そんで、この肩にいるのは、ルヴァンフレッドに取り憑かれたリス」
『えー。ちょっと、ハンヤ君。説明おかしくない〜』
「ルヴァンフレッド? って、あれか? 森で遭難した旅のパン職人か?」
『そうで〜す。森で魔物に襲われちゃいました。てへ☆ 師匠から譲り受けた上級の魔除けを持ち歩いたりして気をつけてたんだけどねえ。作業に夢中になって、魔除け落としてたのに気づかなかったのが敗因だね! 人生、何が起こるか分からないよねえ〜』
明るいなおい。内容は恐ろしくヘビーなんだが。
『君が言ってた戦闘メンバー君、確かにこれだけ強ければ大丈夫。魔物に出くわしても、無事行って帰れってこれるよ。さあ、じゃあ行こうか!』
アレクシェイドが首をかしげた。
「戦闘メンバー? 行こうかって……どこへ」
『お。君も霊感あり? やったー! 会話が出来るって、本当に、素晴らしい! ああ、5年ぶりに、まともな会話ができてる……』
リスが感動に打ち震えている。
「ちょっとだけ、寄り道。だって、最高の水と酵母がある場所なんだって。行って見たいっておもうだろ? すぐ戻るからちょっとだけ抜けますって、シューザたちに一筆書いて伝えとけば、大丈夫だろ。霧も晴れたし、でかい魔物もいなくなったし。てなわけで、シファロ、頼めるか? 皆、魔除けの柵の辺りにいると思う。お前飛べるし、戻ってこれるだろ」
魔力を辿れるって言ってた。ケタ違いの【勇者】がいれば、すぐに分かるだろ。
〈ええ〜。まあ、仕方ないわね〉
シファロが、小さな手の平を俺に向けた。
「何だ、この手は」
〈依頼には報酬! 神頼みには御供え物! 渡る世間は等価交換! これ、常識!〉
世の中、本当にシビアですね。
「わかったよ……」
アレクシェイドに一筆頼むとなると、ミニクロワッサンは更に無くなる。いや、もう残らないかもしれない。その可能性の方が遙かに高い。
俺、まだ1個しか食べてないんですけど。
俺は大きく溜め息をついた。
2013.5.19 王都で買った魔除け→師匠から譲り受けた、に修正