第1話
おそらくライトなファンタジーになる予定。なので、細かい突っ込みはなしで宜しくお願い致します……。勇者と駆け出しパン職人。パンは世界を救うかどうかは分からないが勇者は救う。
ちょっとリハビリ的に、肩に力が入らない話を書きたかったので、そんな感じになります。血わき肉躍る、ヒロインいっぱい異世界ものが好きな方は回れ右でお願いします。
俺の名前は、半谷久三。
どこにでもいるパン屋の店員である。
いつか、自分の店を開くのが夢だ。
初めて、新作パンを1品まかされ、何度も試作しながら、本日ようやく店長にオーケーを貰った。
その名も、【天使のメロンパン】!
マスクメロンの果肉とピューレを練り込み、焼き方にも拘った、外はサクサク、中はふわふわの自信作!
試作の三つを手に持って、浮き足立った帰り道。
魔方陣が目の前に現れました。
【勇者】が現れました。
いや、勇者っぽい感じがしたから、咄嗟にそう命名しただけだけれども。
月明かりさえ跳ね返しそうなほど輝いている金髪と碧眼。
白銀のスタイリッシュな鎧。
右手には俺の背丈ぐらいありそうな白くて大きな剣。
背中には、足首くらいまで長い、青いマント。
背が高い。俺の頭1つ半は高い。
そして超絶美形。滅びろ。
どこかで戦っていたのか、あちこちが焼け焦げ、ボロボロです。金髪も焦げています。それでも様になっているのがすごいです。
目の前で、【勇者】が倒れました。
助けますか?
>はい
>いいえ
* * *
結局、俺は助ける方を選択した。
明らかに異常事態だが、ぶっ倒れている不審人物……ちがった【勇者(?)】を横目で眺めながら通り過ぎれるほど俺の心は強くなかった。勇者かどうかまだ分からないので【(?)】をつけてみた。
うつ伏せに倒れている金髪に、恐る恐る触れてみる。触れた。嫌な事に、夢ではないっぽい。夢ならよかったのに。いや、起きたまま夢を見てたら病気か。
「だ、大丈夫か?」
恐る恐る話しかけてみる。
【勇者(?)】がぴくりと動いた。
何か呟いているが、日本語ではなかったので、俺には聞き取れなかった。
ぐう、と音がした。
【勇者】から。
腹がなったようだ。盛大に。
腹が減っているのか?
俺は左手に下げた、パン屋のマークが入ったビニールの手提げ袋を見た。この中には、俺の最高傑作が三つ入っている。アパートに帰って、風呂に入って疲れをとり、コーヒーを入れ、ゆっくり味わうのだ。
【勇者(?)】の腹がまた盛大になった。
くっ……。
仕方ない。1つだけ、分けてやろうか。
「腹が減ってるのか? メロンパンあるけど、食うか?」
俺は手提げ袋から1つとり出し、【勇者(?)】の顔に近づけた。
がしっ、と腕を掴まれた。
ぎゃあ!? 離せ!
ゆっくりと、【勇者(?)】が顔を上げる。
深い青の瞳が、俺の手にあるメロンパンに注がれる。なにかしゃべっているが、やっぱり俺にはよく分からない。
「おい! いい加減、俺の手を離せ──」
【勇者(?)】が、メロンパンにかぶりついた。
それまで死んだ魚のような目だったのが、全快に開かれた。
俺からメロンパンを奪うと、無心で食い始める。
俺は捕まれた右手首をさすった。物凄い馬鹿力だ。跡が残っているかもしれない。この野郎、大事な商売道具になにさらしてくれる。
【勇者(?)】は食い終わると、名残惜しそうに手に残ったパンくずを舐めた。
どうやら美味かったらしい。
そりゃそうだろう。なんたって、店長お墨付きの俺の自信作なんだから。
【勇者(?)】は俺を見て、なにやらしゃべった。
「何言ってるかわかんねえよ」
【勇者(?)】が首をかしげて黙る。
そして、俺の左手に下げた袋に目を留めた。
目にも留まらぬ早さだった。
【勇者(?)】は俺から手提げ袋を奪うと、中からメロンパンをとり出し、かぶりついた。
「お、俺のメロンパン──!!」
あっという間に、2つ完食された。
俺は【勇者(?)】に掴みかかった。金髪頭をがくがくと揺する。
「てめえコラ! 俺のメロンパンになにしてくれるんじゃああ!!」
帰ってから、ゆっくり食べようと思ってたのに!
俺の、ささやかな幸せを奪うとは! 貴様など【勇者(?)】なんかじゃない! 魔王だ! 悪の権化だ!
「俺の……メロンパン……」
勇者の側には、空になったビニールの買い物袋。
俺はうなだれた。
こんな奴、助けるんじゃなかった。
【勇者(?)】が、俺の肩を、優しく叩いた。
恨みがましい目で睨んでやる。
花がほころぶような笑顔を向けられた。女性なら、頬を染めて見蕩れているところだが、俺は男だ。イラッとするだけだ。ていうか腹立つな。イケメン勇者なんて滅んでしまえ。
「もう、俺、行くから!」
こんな奴、ほっとこう!
俺は立ち上がった。
立ち上がろうとしたが、また【勇者(?)】に腕を掴まれた。右手首を。
「痛い! 右手首、痛い! お前、さっき握ったとこ痛い!」
これ絶対、痛めてる!
許せん【勇者(?)】改め【勇者の皮を被った魔王】!
【勇者の皮を被った魔王】は、腰の皮鞄から何かをとり出した。
俺に見せる。
なんだよ、もう……なんでもいいから、もう俺を解放してくれ。
勇者の大きな親指と人さし指の間には、紫とスカイブルーとサイケデリックなピンクのマーブル模様の小さな玉が挟まれていた。なにそれ。ビー玉? ものすごいカラーリングですね。
【勇者の皮を被った魔王】は、ものすごいカラーリングのビー玉を、俺の口に押し込んだ。
うげ──!?
吐き出そうにも、【勇者の皮を被った魔王】が俺の口元を押さえているので吐き出せない。俺は驚いて──
嚥下してしまった。
口の中に、ものすごい甘さが残っている。飴だった。なんの飴かはわからない。ゲロ甘で辛くてすっぱくて苦かった。あまりの刺激量に、頭が痛い。割れそうだ。眩暈もする。
俺は必死になって、【勇者の皮を被った魔王】の手を口元から外した。
「げほげほごふっ……て、てめえ! 何食わした!? 俺に何食わした!?」
「【賢王神バイベルの言語知識の滴】。賢王神バイベルが知り得た言語の知識を得る事ができる、超レアなアイテムだ。俺の言っていること、わかるか?」
美声で解説された。
「何それ。って言葉がわかる──!?」
「あんなに美味いパンを食わせてもらった礼だ。礼も言いたかったしな。駄目元で食わしてみたが、効いてよかった。まさか異界の者の言語もカバーしているとは、さすが賢王神」
【勇者の皮を被った魔王】が立ち上がった。
ちょ、お前、駄目元ってなに!?
あんなにボロボロだった鎧が、ぴかぴかになっている。自動修復?
いつの間にか、本人も元気になっている。あんなに焦げていたのに、もう治っている。
「あんな美味いもの、生まれて初めて食った。感動した。まるで、天国に昇るような気持ちだった。生まれて初めて、気分がいい。外はサクサクしているのに、中は口に入れたら解けて消えてしまうくらいにふわふわだ。甘さも絶妙に丁度いい。程よい甘味と口の中一杯に広がる果実の芳醇な香り。最高だった」
褒められた。
めちゃくちゃ褒められた。
少し、いや、かなり嬉しい。
「まあな。俺の、自信作だからな! 【天使のメロンパン】! 明日、店頭デビューする新商品なんだぜ!」
1つ、200円。
メロンパンにしてはなかなか強気価格だが、売れる自信はある。
「お前が作ったのか!」
「おうよ」
【勇者の皮を被った魔王】の目が見開かれた。尊敬の眼差しで見られている。ちょっと、気分がいい。
「すごいな。天才だ。パン職人の神だ!」
パン職人の神なんて。
「いやあ、それほどでも」
「もうないのか?」
「今日焼いたのは、それで全部だよ。お前が全部食っちまったけどな!」
「すまない。あまりに美味かったんでな」
【勇者の皮を被った魔王】が困ったような笑顔を浮かべて頭を掻いた。どんな仕草も様になるな。このやろう。
「もう、いいよ。食っちまったもんはしょうがないし……じゃあ、俺は行くから」
何だか嫌な予感がする。
俺の勘はよく当たる。自分で言うのもなんだが。良い方の勘は当たらないが、悪い方の勘は何故か良く当たる。良い方の勘が欲しかったよ。俺。
そういう訳だから。
ここは、早々に立ち去る方が賢明だろう。
「待ってくれ。もっと食いたい。作ってくれ」
何を言うかと思えば。
「無理だよ。店、しまっちまってるし。家で……作れないこともないけど」
俺の安アパートには、分不相応な最新型の大型オーブンレンジが1LDKの部屋に鎮座している。
「でも、マスクメロンの果肉とピューレがないから、普通のメロンパンになるなあ」
言わなきゃ良かった。
【勇者の皮を被った魔王】が、俺の肩を掴んだ。
顔が近い近い!
「それでいい、作れ!」
「命令かよ!? お前何様!?」
「ああ、言ってなかったな。俺はアレクシェイド・ライトクルス。──【勇者】を押し付けられた者だ」
アレクシェイドという名の【勇者の皮を被った魔王】は、苦虫を噛みつぶしたような表情をした。