第17話
村人たちと、森へ川の補修工事に向かいました。其の1。
貴方は森で遭難しかけているようです。
霧が出てきました。
周囲には誰もいないようです。
魔物が近くにいる可能性があります。
行動を選択して下さい。
>大声で【勇者】を呼ぶ
>1人で目的地へ向かう
>救助を待つ
……どれも、あまり良い結果にならなさそうなんですけど。
尚、選択に失敗した場合、村で新たな【ジンクス】が生まれます。
【パン職人は森で必ず遭難する】
嫌すぎる。
* * *
マイナスイオンたっぷりの空気。
少し湿り気のある、爽やかな風が心地よい、早朝。
天気も良さそうだ。
村長の家の前に集まった村人は、全部で25名。
俺たちを含めると27名になる。
人間が12名。
【シバコボルト】が5ひ……名。ターロウもいる。尻尾を元気に揺らし、大きく両手を上げて振っているので、俺も振って返した。可愛い。
それから、耳が長くて背のひょろりと高い人間が5名。
二足歩行のライオンが5匹。
ふさふさのたてがみが、朝日を浴びて黄金色に輝いている。
立派で格好良い。
そしてシャツとズボンを履いている。
いつも思うんだが、動物に服着せるって、どうなんだろう。毛皮の上に服って、暑くないのだろうか。しかし。
なんなんだ。この異種族混合部隊は。
半分以上が人外じゃねえか。
耳の長いのは、よくファンタジーに登場するエルフっぽい。肌が白く、さらさらの黄緑っぽい髪をしている。背が、アレクシェイドと同じくらい高い。190センチは越えているだろうか。ただ、ひょろひょろしているので、奴ほどの威圧感はない。そして、目が細い。開いてるのか閉じているのか判別がつかない。ちょっと、竹子婆さんを思い出した。元気でやってるかな、婆さん。
二足歩行の服着たライオンは……もういいや。突っ込みきれん。なんか、ターロウと似たような感じの種族なんだろう。獣系。
「あの、耳の長いのと、ライオン頭、なんなんだ?」
俺は、隣で欠伸をしているアレクシェイドに聞いてみた。まだ眠たいのか、半眼が閉じている。おい、これから出発するんだから、ちゃんと起きろ。
「耳の長いのは、【ナチュラリー】。たてがみがあるのが、【ライオーン】」
成程。
耳の長いのは、ナチュラルに生きてそうだもんな。どことなく、のほほんとしてるし。【ライオーン】て──そのまんまじゃねえか。分かりやすいけどな。あのフサフサのたてがみ、ちょっと触りたい。
異種族混合部隊の前で、村長のシューザが咳払いをした。
「え〜。おはよう、諸君! これより、川の上流の土砂崩れの補修工事に向かう! ただし、場所は魔除けの柵の外にある。皆、魔物の気配に注意して森を進むように! では、出発の前に、2名の参加者を紹介する」
黄色い悲鳴が巻き起こった。
村の為に危険をおかしてでも川の修復に向かわんとする勇敢な男達から少し離れた、後ろの方からだ。
女の人ばかりの集団だ。おそらく、旦那や恋人や兄弟を見送る為にやってきた、奥さんやら娘やら婆さんたちだと思われる。
こちらも様々な種族が入り混じっている。そして皆一様に、頬を薔薇色に染めている。
おのれ。やっぱり、ここでもそうなのか。
戦闘に邪魔かと思い、やぼったい黒眼鏡を外させたのは間違いだったかもしれない。せめて森に入ってから外させればよかった。
「え〜、こっちのちっこいのが、【パン職人】のハンヤ。喜べ。また村にパン屋ができるぞ!」
「ちっこいって言うな!」
どういう紹介の仕方だ! ふざけんな。他にもっと言いようがあるだろ、このクソ爺め! 本当、デリカシーのデの字もないところが、秀次郎爺によく似てるな!
おお〜、と周囲からどよめきが巻き起こった。次いで大拍手。なんか、ものすごく喜ばれている。村長の爺も拍手している。くっ……これじゃあ怒るに怒れない。
「そんで、隣にいる金髪のでかい兄ちゃんは、【パン屋の従業員】の──」
「サレン」
「そう、サレン! ……って、金髪のでかい兄ちゃん、そんな名前だったっけか?」
ん? サレン?
どこかで、聞き覚えが。
一際大きな黄色い悲鳴がおこり、俺は耳を押さえた。
桃色オーラを振りまく女性陣からだ。
両手を組み、目を輝かせた女の子たち三人組が、アレクシェイドの側に駆けよってきた。人間、ナチュラル、ライオンの三人娘だ。ライオンっ娘には、たてがみはない。目がまるくて、ライオンというよりは、大きな猫みたいにみえる。種族全然違うけど、やっぱりこいつは美形という認識なのか。人以外も落とすのか、恐ろしい奴だな。
「あの、あの、もしかして、【勇者】様ですか?」
「違う」
「え〜違うんですか?」
「だって、本当にそっくり……」
うっとりと、三人娘が奴を見上げている。
「俺は、【勇者】じゃない。【パン屋の従業員】サレン・パスだ」
あ。
あれか。
宮尾嬢がハマっている、確か、水曜夕方五時から放送しているアニメに出てくる、アルフレイド・サロンパス王子の名前だ。あれ、サレンパスだったか? まあ、どちらでもいい。それをなんか適当に捩ったらしい。本当に適当だな。
相当、こいつは【勇者】だとばれたくないらしい。現役勇者時代、なにかものすごく嫌なことでもあったんだろう。
「サレン様……」
いつのまにか、三人娘だけじゃなくて、ほかの女の子やお姉さん、奥さんや婆さんが奴を取り囲んでいた。歩く公害再び。超絶美形よ、爆発して吹き飛べ。
男達の空気が、どんよりと暗い。
めちゃくちゃ士気が下がってる。
額に汗を浮かべたシューザが、場の空気を吹き飛ばすように大きく手を打ち鳴らした。
「はいはいはい! おまえら、解散、解散! これから俺らは魔物のいる森に向かうんだ。ものすごーく、危ないんだぞ。だから全員無事帰れるように、早く神殿に行って、女神サラーシャ様に祈っててくれや! 頼んだぞ!」
「はあーい!」
女性陣が、声を揃えて楽しそうに返事をした。皆で集まって、楽しそうに騒いでいる。私お菓子持ってきたの、私はお茶淹れてきたわ、私は畑で採れたての果物、とか言ってるのが耳に聞こえてきた。まるで女子会のノリだ。
俺も含めた男性陣が、脱力した。緊張感が抜ける。まあ、善意的に考えて、あまりガチガチに肩に力を入れていくよりは、多少力を抜いていった方が良いかもしれないな。多分。抜けすぎたかもしれないけどな。
「では、出発!」
シューザを先頭にして、異種族混合部隊は出発した。
俺とアレクシェイドも、ぞろぞろと進んでいく部隊の最後尾に続く。
俺は背中に背負ったナップサックと、スコップを肩に担ぎ直し、隣の奴に指を突きつけた。
ナップサックは、シューザが親切にも用意してくれたものだ。中味も一式揃えてくれるという親切ぶり。俺の分とアレクシェイドの分。面倒見の良い爺さんである。
ていうか、奴と俺のナップサックの大きさが2倍ほど違うんだが。どう見ても、大人用と、子供用。どういう事だよ。俺が大人用を持てなさそうだっていうのか。用意してもらって文句は言えないが、ちょっとこれどういう事だよ。
しかし、このスコップ、重いな。でかいし。いや、俺が非力で背が……だから言ってるんじゃないぞ。決して。これでも店で毎日、10kgの小麦粉の袋、上げ下げしてたんだからな。筋力には、多少自信がある。鉄の部分が分厚いんだよ、このスコップ。
「おい、アレク……じゃなかった、サレン。森の入り口まで、あの黒眼鏡してろ」
「なんでだ」
「念のためだ」
これ以上、被害が拡大しないよう防がないといかんからな。でないと、そのうち幸せな家庭や恋人同士をいくつか壊しかねん。
* * *
村の外れにある森の入り口は、陽がまだ明るいこともあってか、思っていたほどおどろおどろしくはなかった。
普通の、少し薄暗い感じはするが、森だ。
木が割と密に生えていて、岩もごろごろしてるし、植物も俺の膝ぐらいまで生い茂っている。その所為か、道がわかりずらい。道、といっても人1人が歩けるくらいの細い獣道だ。あまり歩かれていないようで、草で覆われかけている。
獣道に沿う木の幹には、所々、簡単な矢印が彫られていた。確かに、印は必須かもしれない。似たような風景が続く鬱蒼とした森だ。何もせずにうっかり奥の方へ分け入ってしまったら、帰り道が分からなくなってしまうかもしれない。
──あの、旅のパン職人のように。
森の中を歩くこと、1時間。
木立の中、丸太を等間隔に打ち込んだだけの柵が見えてきた。
丸太の幹には全て、一筆書きの落書きのような文字が刻まれている。
魔除けの文字だ。
獣道の終点には、大きな鉄製の錠前がついた、丸太を組んで作られた頑丈そうな扉があった。
先頭のシューザが扉の前で立ち止まった。
少し緊張した表情で、異種族混合部隊を振り返る。
「お前ら。ここからは、魔除けの柵の外だ。魔物の気配に注意しろ。ターロウたちは先行して、できるだけ魔物のいない道を先導してくれ。頼んだぞ!」
シューザが鍵を開け、扉を開けた。
その先は、更に薄暗かった。朝日の昇りきった明るい中だというのに。人の手が全く入らないのを良いことに、木や草が好き勝手に伸び放題になっているせいだろうか。
「任せるワン!」
「ワン!」
ターロウを始めとする茶色いシバコボルトたちが一斉にワンワンと吠え、飛び跳ね、元気よく柵の外へ駆けていった。
ターロウたちの姿が森の暗がりに消え、見えなくなる。
次は、俺たちの番か。
つばを飲み込んだ。
暗がりを見ていると、何かいそうな感じがする。気のせいだと分かってるけど。
まるで、肝試しの順番を待っているかのような気分だ。
あの、鳥肌の立つ感じ。そう、あれはさすがに怖かった。中学校の夏合宿で、本当に幽霊がでると先輩達に脅された、古びた神社の肝試し。最初に出発した二人組の叫び声が──て、駄目だ。思い出すな、俺。
スコップを握る手に、嫌な汗をかいてしまった。滑る。俺は服で手の汗を拭いた。
この先には、幽霊じゃなくて、魔物がいるのだ。本物の。そっちのほうが、ずっとたちが悪い。
大きな手が、俺の頭に軽く置かれた。
アレクシェイドの奴だ。
「ハンヤ」
「……なんだよ」
「やっぱりお前、村長の家に帰ってろ。戦ったことなんてないだろ」
「ねえよ。でも、川の補修は人手がいるだろ。日暮れまでにちゃっちゃとやって、ちゃっちゃと帰ればいいんだよ」
「それはそうだが。この先には、魔物が出るぞ」
「分かってるよ。ターロウ達が、魔物のいないルート案内してくれるんだろ? だったら、大丈夫だ」
そう。大丈夫大丈夫。まだ起こるかどうかも分からない事を、今からごちゃごちゃ心配してても仕方ない。
「大丈夫かどうかは、」
「大丈夫だっつの。ほら、行くぞ。もたもたしてたら、置いてかれちまう」
俺はアレクシェイドの手を振払い、ぞろぞろと扉を通っていく混合部隊の後を小走りで追いかけた。
背後で、アレクシェイドが呆れたように溜め息をつくのが聞こえたが、無視した。
なんだよ。溜め息つくなんて失礼な奴だ。ちくしょう。俺って、そんなに弱そうにみえるってのか。
確かに、あの荒れ山で見たような巨大な魔物と戦うのは無理だが、小さいのくらいなら、この重いスコップで叩くぐらいはできるんだからな。問題ない。それくらいは俺だってできる。はずだ。でかい魔物は、【勇者】に任せればいいのだ。
冒険者でもない一般庶民である俺は、小者狙いで行こう。もしくは声援要員で。
だってそうだろう。
パン職人に、戦闘は期待しないように。
あと2話、コムウイートの為の川の補修工事話が続きます。
なんでか長くなってしまいました……。登場人数(ほぼ村人ですが)がやたら多い所為でしょうか。
開店まで、もうしばらくお待ち下さい。