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第9話

勇者のお迎えがやってきました。其の2。


 俺の昼飯であるナポリタンを完食したサラーシャは、ティッシュで口元を拭い、水を飲んで一息ついた。


「アレクシェイド様。お迎えにあがりました。私たちの世界に帰りましょう」

「嫌だ」


 即答で拒否しやがったよ。


 美少女女神が、青ざめた表情で肩を震わしながら、勇者を見つめた。

「そんな……! ここは、貴方様の世界ではないのですよ!」

「そうだぞ。お前、【勇者】なんだろ? こうしてわざわざ女神様がお迎えにも来てくれたんだし、早く帰ってやれよ!」


 二人(?)で捲し立てても、奴は涼しい顔でフォークに大量に巻き付けたナポリタンを口に運んでいる。この野郎。


 サラーシャが目に涙を溜めて、青い顔で肩を震わした。

「お、お願いします……! でないと、私、姉様たちに怒られてしまいます……!」

「姉様たち?」

「はい……話せば長い話なのですが」

 サラーシャが鼻をすすった。

「いや、まあ特に聞きたい訳じゃねえけど」


 美少女女神が、この世の終わりのような顔で俺を見上げてきた。


 背中には、悲壮感と疲労感と苦労性のオーラが滲み出ている。そうとうストレスが溜まっているようだ。しかし、なんとなく、聞いてしまったら最後、面倒事に巻き込まれそうな嫌な予感もする。できることなら聞きたくはない。

「ハンヤ様……」


 美少女女神が、顔を覆い、すすり泣きを始めた。


 少女の泣き声は、まだ続いている。


 まだ続いている。


 俺は、前髪をかき回した。なに。このもしかして俺が泣かしたのか的な状況。

 そしてスルーし続けられるほど、俺の神経のコーティングは分厚くなかった。


「ああもう。泣くなよ! わかったよ。いいよ、話していいよ」


 サラーシャはほっとしたように微笑むと、1つ咳払いをした。おい。お前、本当に切り替え早いな。


「アレクシェイド様たちは、仲間達と、魔王を倒しに行かれていました。そして、あと一歩で魔王を倒せると思った時──魔王が、自爆技を仕掛けてきたのです」


 自爆技。嫌な魔王だな。


「アレクシェイド様は、魔王の自爆に巻き込まれてお亡くなりになるはずでした」


「え?」


 思わず俺はアレクシェイドを見た。話を全く聞いていない様子で、グラスに冷えた紅茶を注いでいる。ナポリタンの皿はもう空だった。もう食ったのか! どんだけ早食いなんだお前!


「神域の最上階層には、世界の記録が綴られ続ける【虚空の書(こくうのしょ)】というものがあります。そうですね……この世界でいう、巨大なデータベースみたいなものとお考え下さい。それには、人間の起こした行動が綴られ続けています。行動に対する応報の法則に添って、分岐する少し先の未来も綴られます。大抵は、分岐する複数の未来が綴られ、本人が選択した時点で他の未来は消えるのですが──アレクシェイド様の、あの時点の未来は、たった1つしか綴られていませんでした」


「たった1つの未来?」


「そうです。たった1つです。それは、確定された未来であるのと同義。そして、アレクシェイド様の確定された未来とは……魔王の自爆に巻き込まれ、亡くなってしまう事でした。

 避けることのできない未来。綴られることのなくなったその先。それは、アレクシェイド様の人生の終わりを意味していました。ですが──三番目と四番目の双子の姉様は、特にアレクシェイド様に御執心でしたので、それがどうしても我慢できなかったようです」

 

 なんだか、話が嫌な方向にきな臭くなってきた気がする。


「我慢できなかった姉様たちは、未来が確定する前に、アレクシェイド様の運命をたち切ることにしました。あの世界にいるかぎり、決まってしまった未来はどうあがこうと変えられません。ですから──緊急措置的に、異世界に飛ばすことにしたのです」

「緊急措置……」

「姉様たちのしたことは功を奏し、アレクシェイド様の1つの未来は確定することなく消えました。ですが……」


 サラーシャが、疲れたように俯いて重い息を吐いた。


「人間の未来、特に生死に干渉する事は、神々にとってタブーなのです。絶対にしてはいけない事。レッドカードです」

「レッドカードって……なんでそんな言葉知ってるんだ。もしかしてサッカー知ってるのか?」

「はい。この世界にきて、初めて見ました。とても楽しかったです!」


 おい。

 君、勇者連れ戻しにきたんじゃないのか。

 まさか、異世界観光してたから迎えに来るのが遅くなった、とかじゃないよな?

  

「一番目の姉様は、ものすごく怒りました。三番目と四番目の姉様は、罰として神域の最下層に100年落とされることになりました」


 うげ。


 もしかして、あの、ヤンキー仕様車が落ちていった、真っ黒いクレバスの底か?

 あれは、ものすごく怖かった。

 何かは分からないが、ものすごく、怖かった。


「そして、一番目の姉様は異世界に飛ばした勇者様の回収を、私たちに命じました。ですが、勇者様が飛ばされたのは、聞いたことすら無いほど辺境の異世界。三番目と四番目の姉様は、飛ばす先を指定するのを忘れていたようです。初めて使う神業(かみわざ)【勇者異世界派遣】でしたから。【異世界勇者召喚】は時々使用することもありますが、その逆はあまりしませんからね」


 召喚することは時々あるのか。なんて迷惑な。


「三番目と四番目の姉様たちは、アレクシェイド様を飛ばしてしまった後、行き先を指定していない事に気づいたようですが、遅すぎました。行き先を指定しなかった場合、飛ばされる世界はランダムに決定されます。よりにもよって、このような辺境異世界に落ちてしまうなんて……」


 よりにもよってって、お前な。


「外に出たことのない他の姉様たちは、未開の異世界など、未発達な野蛮人が大勢いると思っており、誰も行きたがりませんでした。勇者様回収の大役は巡りに巡って──私のところに」

 サラーシャが顔を覆った。

 

 野蛮人で悪かったな。言いたい放題だな。


「なんかよくわからんが、要するに、こいつを連れて帰らないと怒られるんだな?」

「はい……」

「だそうだ。帰ってやれよ。可哀想だろ」


「帰らない」


「そんなっ……帰っていただかないと困ります! この度、アレクシェイド様方によって魔王は倒されましたが、魔族がいなくなったわけではありません。そのうちまた、新たな魔王が現れるでしょう。その時に、勇者様が不在では……」


「前の魔王は倒したんだ。俺の役目は済んだ。そのうち、次の勇者が選ばれ、次の魔王を倒しにいくだろう」

 

 サラーシャが疲れたように首を横に振った。


「それが、ダメなのです。勇者を選定する【勇者の聖剣】は、異世界持ち出し禁止のセキュリティが掛かっていますから、飛ばされずに世界に残ったままですが、【勇者の聖剣】の所有者(オーナー)は、まだアレクシェイド様なのです。アレクシェイド様の存在が世界より突如消失してしまった為、前例の無い事態に【勇者の聖剣】がエラーを引き起こし、凍結してしまったままなのです」


「凍結?」


「はい。その名の通り、凍りついてしまったのです。なので、次の勇者が選ばれないという異常事態なのです。お願いです。どうかお戻り下さい。私たち女神は、人々を見守り、助言と祝福を与えることはできますが、それ以外はしてはいけないのです。それが、大いなる世界の均衡を保つ為の、神々の不文律でもあるのです。そして、私たち十三女神の祝福の結晶たる【勇者の聖剣】を振るえるのは、選ばれた【勇者】様のみ。どうか、お戻り下さい」


 サラーシャがとうとう泣き出してしまった。


「お前、【勇者】辞めたいのか?」

 アレクシェイドは面倒くさそうに頷いた。

「ああ。あんなモノの所有者(オーナー)に選ばれたばっかりに、さんざんな目に遭った。俺は、【選ばれなかった勇者】として、勇者候補から解放されて、のんびり暮らすつもりだったのに」


 そうだったのか。


「とにかく、すぐにお戻り下さい。勇者様がお戻りになれば、【勇者の聖剣】は再び主を認識し、目を覚ましてくれます。そうすれば、新たに次の勇者も選出されることでしょう」


 俺は息をつき、明後日の方向を見ているアレクシェイドを見上げた。

 これは。やりたくもない【勇者(しごと)】を押し付けられたお前の言い分も分からないでもないが。言い分通すには、リスクが恐ろしく大きすぎるみたいだぞ。世界規模的に。


「おい。アレクシェイド。帰れ。よくわからんが、要するに、このままだと、お前も、世界も、中途半端に止まったまんまってことだ。そんな宙ぶらりんな状況、はっきり言って、長くはもたねえよ。そのうち、結局、どっちもダメになるや」


 アレクシェイドの青い目が、俺に向いた。


「物事の仕舞いってのは、大事だぞ。秀次郎爺さんの受け売りだけどな。俺も、そう思う。だから、戻って、【勇者】辞めるなら、ちゃんと辞めてこい。そうしたら、お前もすっきりするだろ? 全部ダメにして、あちこちからいっぱい恨みを買ってちゃあ、絶対、気持ちよく自由の身になんてなれねえぞ?」


 アレクシェイドは、深い青い目で、俺をじっと見ていた。元々表情の乏しい奴なので分かりづらいが、物凄く葛藤しているようだ。青い瞳の色が、濃くなったり薄くなったり目紛しく変化している。

 しばらくして、小さく息を零した。


「帰れば、もう、ここには戻ってこられない。そうしたら──お前のパンが食えなくなる」


 サラーシャが、頷いた。

「今回の件は、特例中の特例なのです。異世界の行き来は、世界の危機レベルの理由でもない限り、軽々しくしてはいけないのです」

 

 まあ、そうだろうな。


 俺のパンが食えなくなる、か。

 ちょっと、感動しちまったじゃねえか。ほんのちょっと、だけどな!


 俺は鼻を擦った。


「仕方ねえだろ。元々、お前は向こうの世界の【勇者】で、俺はここの世界の【パン職人】だ。いつかは、元に戻らねえといけねえもんなんだよ」


 アレクシェイドが黙って、目を伏せた。


 俺は重い空気を吹き飛ばすべく、景気良く膝を叩いた。


「よし! そんなに俺のパンを気に入ってくれてんなら、餞別に、俺の書き溜めたパンのレシピを、いくつかやるよ。むこうの世界で、頑張って作ってみろや」


 俺は机の上にあるノートパソコンを起動し、棚の上の小型コピー機にデータを送って、レシピをいくつかプリントアウトした。奴のお気に入りである【天使のメロンパン】のレシピも入れてやった。

 最初は無理だろうが、パン屋の知り合いにでも見てもらって頑張れば、いつかは同じものが作れるようになるだろう。

 そうしたら、異世界でも、俺の自信作のパンが食べてもらえるようになるのか。

 なんだか、不思議な気分だ。でも、悪い気はしない。むしろ、嬉しい。


 異世界で、俺の味を継承してくれるパン職人が生まれるのだ。


 レシピのコピーを奴に渡す。

 アレクシェイドは何も言わず受け取ると、レシピにじっと目を落としていた。一瞬、金髪頭に、垂れた犬耳の幻覚がみえたが、気のせいだろう。


 俺たちのやりとりを黙って見守っていたサラーシャは、帰る方向で話が纏まったのに安堵したのか、詰めていた息を吐いた。


「では、帰還の神業【異世界渡り・復路】を準備致しますので、明日の夕方、再びお迎えに上がります。大掛かりな神業ですので、少々時間がかかるのです。今から、すぐに取りかかりますので!」


 美少女女神は嬉しそうに立ち上がると、鼻歌を歌いながらベランダのガラス戸を開けて出ていった。


 そこ、玄関じゃないんですけど。


 ふわふわと上へ飛んでいく白い姿を見送る。俺はひやひやした。誰かに見られたらどうする気だ。もし誰かに目撃されるなら、俺の部屋から出たことが推測できないくらい離れてからにしてくれ。


 奴は、大切そうに両手にレシピを持ち、まだ眺めている。


 一緒にいるのも、明日の夕方まで、か。


 いろいろあったけど、まあ、面白かったかもな。

【勇者】と生活なんて、滅多にできることじゃないだろうし。

 それに、異世界にも、俺のパンのファンができた。


 そして、いつか──


 こいつが勇者辞めて、俺のレシピのパン作ってるうちに、パン作りにはまって、将来パン屋を開いてたりしてな?

 そうだな。店名は──


【勇者のパン屋】、とか?


 もしそうなったら、俺も負けてはいられない。

 もっと、腕を磨かないとな。

 


「アレクシェイド。夕飯は、食べたいもん食わせてやるよ。何が良い?」

 レシピを穴が空きそうなくらい眺めていたアレクシェイドが、やっと顔を上げた。

「何でも?」

「ああ。何でも。俺が作れるものならな」

 俺は腕まくりした。なかなか厳しい節約生活の身の上だが、最後ぐらい、景気付けに美味い物を目一杯食わせてやろうじゃねえか。

「じゃあ……」


 この後、本棚にあった料理の本を眺め始めた奴が、40種類のメニューをリストアップしてきた。

 俺は笑顔で──奴の頭にゲンコツをくれてやった。

 本に載ってるメニューの半分以上じゃねえか。

 

「何でもいいとは言ったが、作れる数の限界ってもんがあるんだよ!」


「あと、レシピ。何が書いてあるのか分からんのだが」


「あ」


 そういえば、日本語で書いてあるもんな、そのレシピ。

 あまりにも違和感なく会話が成立してるから、こいつが日本語を分からないということをつい忘れてしまう。


 俺は新しいノートとシャーペンを机の引き出しからとってきて、奴に渡した。


「……音読してやるから、今から書き写してくれ」

なんだか書くのに、やけに時間がかかってしまいました。帰りたくない勇者の邪魔……?

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