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透明人間になりたいと願った「僕」となれなかった「僕」の話し

3時間目の授業を終えるチャイムが鳴る。まだ一日の半分も終わっていないことに、僕は軽い絶望を覚えて、机の上に倒れこむ。コレは休み時間ごとに行われる僕の儀式。僕に誰も話しかけないでくれという意思表示。そして、この広い学びやで唯一許された、自身のテリトリーを守るための結界でもある。


次の授業が始まるまで、後十分。それまで寝て、そして授業が始まったら見つからないように寝て。昼休みが来たら適当な奴と一緒に飯を食べて、そして授業が始まったら寝る。それの繰り返し、その積み重ねが僕の毎日だ。


今の積み重ねが未来だと。漫画の中の誰かが言っていた。僕のこの積み重ねの先には、一体どんな未来が待っているというのか……考えたくもない。


高校生になって3度目の冬が来た。僕は透明人間になることを望んでいる。


別に変なことをしたいわけじゃない。誰かに見られたくないほど不細工なわけでも、いじめられているわけでもない。もちろん、嫌われているわけでも……ただ、周囲の人間との中途半端な距離に嫌気がさした。それだけだ。


特別に仲の良い友達がいるわけでもない。特別にクラスのみんなと仲良くなりたいと思うわけでもない。ただ無難で必要最低限のやり取りをするだけの自分へ周囲が下した判断は、大人しいけど話してみると意外と話す奴。そんなところだろう。


僕とそれ以外の人との距離はいつも中途半端だ。体育で何人かの集団を作るときに余ることはないが、2人組をつくれと指示がでれば誰も組む人がいない。僕はずっと中途半端な距離で生活してきた。


だから僕は透明人間になりたいと望む。中途半端な距離で、中途半端な付き合いで生きていくのは辛い。話しかけられると笑顔で当たり障りのない返事をすることはできるけど、気持ちを込めて笑顔で誰かに話しかけることを、僕はできないのだ。


誰の視界にも入りたくない。誰にも認識されたくないと願う。


じゃぁ、学校に来なければいいって?それとも死んでしまえばいい?……それは無理だ。選択できない。僕には中途半端な距離の家族が居る。彼らのために命を捨てれるほど愛しているわけではないが、だからといって悲しませても構わないと思えるほど情が無いわけでもない。


だから、何の望みも楽しみも無くただの惰性と義務感で、この学校という囲われた狭い世界に通い続ける。他人同士がまるでゲームを競い合うかのように距離を近づけたり離したりする世界に居座り続ける。僕はきっと、距離とり合戦の敗者でもなければ、勝者とも明確に違っているのだろう。


何もかもが中途半端。こんなに中途半端に生きるくらいなら、いっそのこと全てを捨ててしまえばいい。全てを脱ぎ捨てて、もう一度ゼロから始めれることができれば……


始めたい……


生まれてから3度目の卒業式があった。何の感慨もわかない。ただお尻が痛くなった。それだけの卒業式だった。


そのあと生まれてから4度目の入学式があった。僕は晴れて大学生となり、現在、3度目の冬を迎えている。


「ふーん。透明人間ねぇ。お前にそんなセンチメンタルな時代があったとは驚きだ」


喉を鳴らしながら豪快にビールを空けていく短髪の男性。僕のサークルの友達でミツルという。


「あのなぁ。俺は今でも十分繊細な心の持ち主のつもりだ」


僕は不貞腐れたように反論すると、目の前にある枝豆を口へと放り込む。すると僕の言葉のどこに驚くところがあったのか、ミツルは目を見開き、ジョッキから手を離すと大げさにかぶりを振った。


「いやいやいや!それ誰も信じないから。だってお前鉄のハートじゃん」


「……あのな」


そう。今年で21歳になる僕は、なぜか鉄のハートだと思われている。その理由は……まぁ、たくさんあるのだが今はやめておこう。自分でも思いだすだけで冷や汗が出そうなことばかりなのだ。


とりあえず言えることは、透明人間になるという願望は未だに叶っていないということ。そして、これから先もきっと叶うことは無いだろうということだ。一応言っておくが、僕は大学デビューとかはしていない。


むしろ地元から遠く離れたこの土地で、せっかく掴んだチャンスを生かそうと積極的に人との関わりをさけた。必修の授業では他の同級生が後ろの席にたむろするのを尻目に、僕は必ず教授の目の前に座ったし、講義が終わればすぐに教室を離れ、サークルや専攻内の新入生歓迎会に誘われても頑なに断り続けた。


結果、僕の透明人間になるという願望は叶いそうに思えた。誰にも干渉しないし、されない。同じ専攻の同級生達と僕との距離は限りなく遠く、そして矛盾してしまうがゼロだった。誰のことも気にしなくていいし、されることもない。コレが本当の自由なんだと思った。僕は嬉々として、自分の殻に閉じこもっていった。


でも……それは違ってた。今でも自分の行動が間違いだったとは思わない。ただ違ってた。それだけだの話だ。


あるとき僕は声をかけられる。あれはたしか、春が過ぎてちょうど暑くなり始めたぐらいの時期だったと思う。必修の講義でいつものように一人、僕は一番前の席に座っていたんだ。


「君っていつも一番前に座ってるのね?変な人なの?」


突然、隣に座ってきた彼女が微笑みながらそう言った。もう高校の時みたいに、笑顔で当たり障りのない言葉を返すことが出来なくなっていた僕は、その代わり、彼女の見せてくれた微笑みに心の底から驚いた顔をしたことを今でも覚えている。


彼女とはそれから少しだけ話をして終わった。内容は覚えていない。でも、次の週。また話しかけられた。その週も。その次の週も。そうして、いつの間にか僕は、彼女に誘われるままにボランティアサークルに加入していた。


あれほど敏感に感じていた人との距離を、もうあまり気にしなくなっている自分がいた。それから僕は、目の前にいるミツルとも知り合い、ボランティアを通じて色んな人と出会い、親交を深め少しだけ広い視野で物事が見れるようになっていく。


「しかし、本当に信じられねぇなぁ。お前って会った時から変人だったじゃん。もうこいつ、ぜってぇやべぇやつだって俺は思ってたのに。そんな暗い高校生活送ってたのか」


「そう。それが良かったんだと思う」


ミツルが眉をひそめながら首をかしげる。どうやら上手く伝わらなかったらしい。


「俺のこと変だと思ってただろ?自分は変な奴だと思われている。それが俺にとっては何よりの救いだったのさ」


ジョッキを傾けて喉を鳴らす。ミツルは余計わかんねぇよと言い残してトイレに行ってしまった。僕はその背中に思わず苦笑してしまう。今のは暗にお礼を言ったつもりだったのだが、やはり伝わらなかったらしい。


高校生の時、自分は透明人間になりたいと願った。その理由は他人との中途半端な距離に悩んだ末だった。そして、大学ではそれを実行に移した。残念ながら完璧な透明人間にはなれなかったが、それでも良い線いったと思う。


でも、それは違ったんだ。僕の本当に望んでいたことは、透明人間になることなんかじゃなかった。だって、そうじゃないと彼女に笑顔を向けられた時、あんなに驚いて、あんなに嬉しく思ったりしないだろう。


僕のことに気がついてくれた人がいた……そう思った。きっと心の奥底では、人に飢えていたんだ。


あの出会いから、もうすぐ2年。今はなぜ他人と中途半端な距離しか築くことができなかったのか、なぜ透明人間になりたいと望んだのか、一番深いところにある原因が分かるようになってきた。


その原因とは、本当の僕、つまり一般的にいうなら変人である自分を、受け入れられないところにあったのだ。高校という狭い檻のなかで生活しなくてはならなかった当時の自分にとって、本当の自分が変人だということは、中々受け入れ難いものだったのだろう。


とは言え、高校生だった僕は本当の自分などには気づくこともできていなかった。まぁ、無自覚に自分は周囲とは違うということを感じてはいたのだろう。だからこそ、その差異を見つけられないようにするために、安全な距離を保ち続けた。無意識に測り続けた。ただそれだけのことだったのだ。


周囲と違うことを恐れ、無理やり溶け込もうとした結果生まれたのが、心の壁ならぬ、心の中途半端な距離だった。


笑ってしまう。皮肉なことにそれを自覚させてくれたのは、あんなにまでして避けていた他人だったのだから。僕を変人だと理解してくれた上で受け入れてくれた彼女やミツル。2人の存在は、僕にありのままでいていいんだ。それでも受け入れてくれる人もいるんだ。という確信をくれた。


そして、それは今もいろんな人たちとの出会いを通じて証明され続けている。万人に好かれることは無理だろう。当たり前だ。しかし、同じくらい万人に嫌われることにも無理がある。それに気がつくことができたことは、確実に僕の生き方を変えたと思う。


自分を騙さず、貶めず、そして甘えないように。そうやって生きていこうって思えるようになった。


僕はこれからも色々な人と出会うのだろう。その中で、もし自分を受け入れられない人がいるならば、僕と同じように中途半端な距離で悩んでいる人がいるならば、そういう人たちをあるがままに受け入れてあげたい。


彼らが自分を受け入れることができる。そんな切っ掛けをつくってあげたい。そう願うようになった。


空いたジョッキに映った自分の顔を眺めながら、軽く笑ってみる。映った僕の顔は、丸みを帯びたガラスのせいで歪んでいるけど、それでもきちんと笑えている。だからきっと大丈夫。


今の願いを持ち続ける限り、二度と僕は透明人間になりたいと望むことは無いだろう。








―プルルルルルル


「はい。もしもし。変なこと?してないよ。ミツルなら今トイレだぞ。うんわかった。じゃぁ、待ってるよ」




うーん。伝えたいことが伝わったのか……ご感想など聞かせていただければ嬉しいです。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・透明人間という表現が良かった。 ・消極的さの表現がとても明確だった。 [気になる点] 特になし [一言] また、たくさんかいてくださいね("⌒∇⌒")
2014/06/02 20:53 山野邉 勝也
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