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第3話

彼女の顔をしっかりと見ておけばよかった。


そういうことってよくありますよね。

 富永佑里というブレーキの壊れたスポーツカーみたいなピーキー女と一緒にいて、ウィットに富んだツッコミや常識的な範囲でのキレ芸を常日頃から披露しているため、今でこそあまり言われることも認識されることも無くなったが、基本的に、そして根本的に大槻亘という人間はクールな人間だった。何を考えているのか分からず、熱くならず、執着せず、覇気がなく、生気がなく、やる気がなく、ただただクールで、ひたすら冷たくて、呆れるほど無表情で、驚くほど無感情で、恐ろしいほど無感動。触れるものは容赦なく切り裂き、近づくものは誰であろうと凍てつかせ、意識しようものなら忽ちに害する……と、まあ重々しくそれらしいことを並べてみたが、簡単に言ってしまえば、俺は根暗で陰気臭い奴だ、ということだ。

 しかし、俺が昔から、生まれた瞬間からそんな奴だったかと言えばもちろんそんなはずはなく、むしろ中学生くらいまでは利発的な可愛らしい子どもだったことは伝えておいても罰は当たらないだろう。そう、可愛らしい子ども……否、人間らしい人間だったと思う。それがどうしてこんなどうしようもない人間崩れ、人間失格、欠陥製品になってしまったのか。そこには海よりも深く、海の水よりも辛く、山よりも高く、山頂に広がる景色よりも不毛な過去があるのだが、それはまた今回の件とは、富永佑里とは全く別の話なので語るのはやめておこう。俺の過去など富永佑里の物語とは何ら関係がないのだし、語るとしてもあんなくだらない話は精々、外伝の外伝でちょこちょこっと触れる程度十分なはずだから。


 さて、閑話休題。


 俺はクールな人間だ。それは大学に入るまでの周りからの評価でもあったが、それ以上に俺自身も自分はそういう人間だと思っていた。思っていたというか、今でも現在進行形で思っている。何を考えているのか分からず、熱くならず、執着せず、覇気がなく、生気がなく、やる気がなく、ただただクールで、ひたすら冷たくて、呆れるほど無表情で、驚くほど無感情で、恐ろしいほど無感動。触れるものは容赦なく切り裂き、近づくものは誰であろうと凍てつかせ、意識しようものなら忽ちに害する……そんな人間に、だ。

 だから基本的に俺は動じない。他人の行動でペースを乱したりはしない。感情を露わにすることは偶にあったとしても、自分を見失うということはまずありえない……はずだった。






「いいんじゃないですか?」






 佑里の鈍器のようなその言葉に、さすがの俺も声を失った。


「昨日も言いましたけど、私は何も強制したりしませんよ」


 ファミレスで向かい合いながら飯を食う俺と佑里。佑里はすでに食後の巨峰アイスとミルクプリンが載った巨大なパフェを幸せそうにつついている。その姿は相変わらず俺が切なくなるほど穏やで、俺が虚しくなるくらい普通の女の子で、俺が激しい怒りを覚えるほどにつまらない人間だった。


「ましてや、合コンに行くのを止めて沙織先輩とご飯を食べに行くだけですよね。そんなことで、その程度のことで、どうして私が何か言う必要があるんですか」


 おかしな亘さん、とクスリと笑い一口ミルクプリンを食べる佑里。確かにその通りだった。俺はおかしかった。本来であればこんなこと黙っていればいいのだ。黙って、秘密にして、こっそりと元カノに会って……というか、どこの世界に堂々と元カノと会うことを報告する男がいるというのだ。そんな男は殴られたって、ミルクプリンを投げつけられたって、フォークで突き刺されたって文句は言えないはずだ。


 ……


 ……いや、違う。


 そうじゃない。


 本当は、


 本当は、


 本当は、俺は佑里が怒るのを期待していたのだ。


 佑里が激怒して、ふざけるなと罵って、俺をボコボコにするを待ち構えていたのだ。


 それはもちろん俺がドMだからというわけではない。それが自然だからだ。それが当たり前だからだ。それがあるべき姿で、それが大槻亘と富永佑里の関係の全てだからだ。


 だけどその俺の期待は、思惑はいとも簡単に裏切られる。


「まあ、亘さんも沙織先輩とは久しぶりに会うんだし積もる話もあるでしょう。お互い社会人で、沙織先輩は現在東京在住ですから、この貴重な機会を楽しんできてください」


 巨峰アイスと生クリームを頬張りながらそんな理解のある女のような言葉を吐く佑里に対して、俺は最後の足掻きで「佑里も来るか?」とデリカシーの欠片もないような言葉を投げかけた。しかし、佑里は少し考える素振りをして「明日は九時までバイトなんで」と答えただけで、特に怒るわけでも奇行に走ることもなかった。


「……」

「あれ、亘さん。どうかしましたか?」

「いや……なんでもねぇーよ」

「……そうですか」






 その後、俺が食後のチョコレートケーキと紅茶(佑里の前なのでコーヒーは止めた)を食べ終えるまで、サークルの話や新しく出来た居酒屋の話など他愛もなく、面白みもない話を延々と続けた。そして、十時が過ぎると佑里は「明日も授業が朝一なのでそろそろ帰りましょう」と言いながらテーブルの伝票を引き抜き金額を確認した。飲食代しめて2399円。その内99円だけ自分のポケットから取り出し、伝票ごと俺に渡した佑里は、




「あ、でも明日は少し大事なお話があるので、十一時までには切り上げてきてくださいね♪」




 そう言い残し、鼻歌を歌いながら俺から車のキーを奪って先に店内を出た。そのとき俺は自分の財布を取り出し、レジに向かっていたのでその言葉に軽く返事をしただけで、特にその言葉を気にすることはなかった。


 そして、

 

 このとき俺が佑里の顔を、


 美しく、邪悪な顔を見逃していなかったら、 


 また未来は変わっていたのかもしれない、と


 明日、俺は死ぬほど後悔することになる。





なかなか進まなくてすみません。

ただ、次話は大きく展開が進む……かもしれませんので、

また次の更新までお待ちください。


感想等ありましたらいつでもどうぞ。

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