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第2話

恋愛とは1%の愛情と99%の我儘です。


だから自分の思ったとおりにしてみなさい。




 生死の境をさまよったあの日から一年経ったが、あの日から俺は同じ夢を何度も見るようになった。


 佑里が泣きながら俺を包丁で刺し、


 俺が血を流しながら佑里を怒鳴りつけ、


 そして、




 そのまま俺は死んでしまう。




 そんな有り得たかもしれない可能性、回避してしまった結末、訪れ受け入れるべきだった運命を、俺はあの日以来何度も夢見た。夢を見て、思いを描き、想いを馳せた。あの日、俺の七割の希望通り、あの時、俺の70%の期待通り、大槻亘という人間の人生に終止符が打たれていたとしたら、




 富永佑里は変わらず『富永佑里』を貫いてくれただろうか。 




 ……


 ……


「間違いだよなあ」


 真っ暗闇の中、ベッドの上で手足を大きく広げて横たわる俺は笑いながら呟いた。間違い、間違い、間違い、オールエラー。俺がこうしてのうのうと生き延びてしまったこと。佑里が真面目に将来のため勉強し、あまつさえはにかみながら俺に大好きなどと血迷ったことを言うこと。そして、散々『普通の女の子になって欲しい』と願ってきた俺が、目の前に現れたその悲願に対して、ただ単純に、漫然に、冷徹に


 ――つまらない、と感じてしまうこと。


「矛盾だった。明らかに無茶苦茶だった。ある人は俺のことを非常識と言うだろうし、ただ一言非情と罵る奴もいるだろう。だって佑里のあの姿は俺の望んだものだったはずだから。いつだって自分を貫き、貫き過ぎて自分も他人も見境なくボロボロにしてしまうアイツが、普通の女の子として穏やかに生きてくれることは、あの日俺が命を懸けてでも成し遂げたいことだったはずだから」


 一年前のことだが、今でもはっきりと覚えている。冷たくなっていく体の一方で、心だけは灼熱の業火の如く燃え滾っていたのが今でも振り返るだけで鮮明に蘇る。


 誰も彼もに好き勝手な期待をされた佑里。


 期待をされ、自分らしさを見せると裏切られたと叫ばれた佑里。


 それでも、それでも不器用なりにみんなの期待に応えようとし、失敗した佑里。


 強かった――誰もが他人の目を気にし、他人の意識を考慮し、他人の理解を必要として生きている中で、富永佑里の生き方はあまりにも強かった。


 可哀想だった――好き勝手に期待され、都合良く解釈され、したり顔で理解されたような気になられ、でも実際は全然何一つ本当の自分を見てもらえない。それどころか、その『本当の自分』が期待にそぐわないとわかればすぐに幻滅され、あまつさえ非難される。そんな自分の手の及ばないところ、預かり知らないところで全てが完結してしまっている状況。そのどうしようもない世界の中から抜け出せずにいた佑里が、あまりに不憫だった。


 優しかった――自分を貫きながらも、他人の身勝手さに辟易としながらも、佑里は佑里なりにみんなの期待に応えようとしていた。不器用な方法で、自分を傷付ける者の願いさえも必死に叶えようとしていたその姿はあまりにも優し過ぎた。


 そして、






「ただ、その力が……あなたのように誰かの幻想を叶えてあげる力が、私にほんの一欠片でもあれば、また未来は変わっていたのかもしれないね」






 それが理由だった。


 叶える必要もない願いを必死に叶えようとして、叶えることのできない自分の力のなさ、弱さを責めた佑里。そんな姿を見せつけられて心が震えないはずがなかった。自分という存在を遠い昔に諦めていた俺が、ただひたすら純粋に『生きる』ことを追い求めた佑里に憧れを持たないはずがなかった。


 佑里の為に命を懸けたい。


 俺の一生は佑里に捧げるべきだ。


 あの時感じたその気持ちに偽りはなかったし、それは未だ焼印として俺という存在のあらゆる場所に深く深く刻み込まれていた。しかし……いや、だからこそ全てが叶ってしまった今、俺は強く感じるのだ。


 ――こんなはずじゃなかった、と。


「遠足とお祭りは本番よりも前日の準備の方が楽しくて、夢や希望は叶ってしまった後よりも叶えるまでの行程の方が輝いている。約束の土地はたどり着いてしまえば忽ち悲しさ、虚しさが去来して、現実という物語において『めでたしめでたし』で終わることなどはありえないない。そんなことは俺だって子供じゃないんだから十分分かっているつもりだった。それでも尚、納得できていないのはそうは言っても、やっぱり俺がまだまだ子供だからなのか。それとも――」




 ――あなたは確かに誰よりも優しい! 誰よりも私を受け入れてくれる! あなたと一緒にいると私はいつも穏やかな気持ちになるし、どんなことでも楽しくてしょうがない。私はあなたが、大槻先輩が好きだ、愛してる。でも、そう言うあなたは私のことを愛してくれてないじゃないか! 


 ――嘘だ!! あなたは絶対に人を愛さない! あなたは絶対に人に好意を向けない! 好意どころか悪意も害意も敵意も他人に抱かない! 自分に興味がないあなたは、自分の気持ちを蔑ろにしているあなたはどうやったって自発的に他人にベクトルを向けることができない!


 ――私が求めればきっとあなたは応えてくれるでしょう。私があなたを呼べばこうやってヒーローのように駆けつけてくれるでしょう。でもそれだけだ! あなたから私を求めてくれることはないし、あなたから私を呼んでくれることはない! そして、いつの日か私より孤独な人間が、私よりおかしな人間が現れた日には、あなたは私の下から消え去ってしまうんだ!!




 ズキンっ


「はあ……全く、アイツはあの日どれだけ俺をぶっ刺せば気が済むんだよ」


 少し痛みが走った右脇腹をさすりながら身体を起こした俺は、近くにあった照明のリモコンを手に取り部屋の明かりを再度点けた。最近は、こんな風に夜ベッドで横になった後もごちゃごちゃと色々考えてしまうので、なかなか寝付けなくなってしまっていた。俺としては仕事もあるので、身体を労わるよう出来るだけ毎日12時までには就寝したいと心がけてはいるが、それとは裏腹に悩みは深くなる一方なので、結局いつも意識が落ちるのは日を跨いでからだいぶ経った頃になってからというのがほとんどだった。本当は酒を少し飲んで気持ちよく眠れれば一番いいのだけど、無駄に酒に強い体質の俺は少量の飲酒では逆に意識が覚醒してしまうし、気持ちよく眠れるほどの酒を飲んでしまったら絶対翌日に影響が出てしまうので、その方法は採用していない。その代わり、


「……今日も走るか」


 ベッドから降りた俺は着ていた寝間着用のTシャツと短パンを脱ぎ捨てて、衣装ケースの一番上に置いてあった白いトレーニングウェアを手に取った。悩みがあるなら身体を動かしてふっ切てしまおう、とはなんとも青春体育会系まっしぐらな発想だが、実際ここ何日か走ってみて、これが一番しっくりときていた。


 走っている間は何も考える必要もないし、走り終えた後は心地良い疲労感でぐっすりと眠ることができる。


 ただ、


「“逃げてる”だけじゃ何の解決にもならないのはわかっちゃいるんだけどな」


 そんな言い訳ともいえない独り言を呟いた俺は、充電してあったiPodを引き抜きすぐ横に置いてあったイヤホンを差し込んだ。そして、俺はそれを、






 床に落としてしまった。






「え――」


 音が鳴る。


 歌が流れる。


 聞き覚えのあるそれは、昔何度も聞いた宇多田ヒカルの『誰かの願いが叶うころ』だった。




 ――誰かの願いが叶うころ あの子が泣いてるよ



 ――みんなの願いは同時には叶わない




「……」


 黙って落ちたiPodを見つめる。


 しかし、もちろんそれには電源は入っていない。


 だから、必然的に音が鳴ったのは――着信があったのは俺の携帯だった。


 ベッドの横で赤く明滅している携帯のランプ。それが俺からの位置だと警告を促しているように見えた、なんていうと実に小説っぽいかもしれないが、あいにく既に発信者はわかっていた。


 『個別着信音設定』なんていう普段全く使わない機能を使い、


 またその機能を使って他者とは区別したかった人物。


 そして、昔――『二年前』までは最低一日一回は鳴り響いていた歌。




「沙織ちゃん……」




 その日、俺は結局走りに行くことはしなかったし、


 当然、眠れることなど出来るはずがなかった。


 



お久しぶりです。

しばらく更新できませんでしたが、今後も細々とそしてゆっくりと

歩んでいきますので、気の長い方もそうでない方も

よろしくお願いします。


感想等ありましたらいつでもどうぞ。

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