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「ペットな彼女と執事なペット」

 さて、突然で申し訳なのだがいつものように学校へ登校中、僕はいつものようについ最近付き合うようになった女の子と並んで、いつものようによく分からない会話を続け、いつものようにいつものようをしている時だ。

「ウィリー君のいつものようには多すぎて困るものがあるよ」

 そう隣で言ってきたのは先ほど述べた僕の彼女、エレナ・キャロットである。ちなみに僕のフルネームはウィズリー・リベリスト。ウィリーと言うのはいつの間にか僕の非公認で広まっていたあだ名だ。

 ――と、二人でそのような朗らかで、どこの高校生にもありそうな(リア充限定)日常風景を描写しているのには訳がある。どうせ、この後起こる非日常をもっと印象付ける為だけの布石なのだが、一応説明しておく必要もあるだろう。誰が望んでいようと、僕が望まなかろうとと、物語の一番初めには現在の状況を報告する義務がある。起承転結の起に当たる部分なのだから。

「つまり、僕はエレナに病院送りされて三週間入院し、時は過ぎ去り現在五月の最終日を迎えた朝である。あらかじめ言っておくが、これはエレナのせいでは無く僕が選んだ運命であって彼女には一切責任がございません」

「あはは、いきなり独り言すると馬鹿みたいだからやめてよ。ほら、ウィリー君が話す相手はここにいるよ?」

 と、そんなわけがこんな感じに。実に充実した高校ライフをエンジョイしております。ヒャッハー! ビバ・リア充! その辺の男子達よ!落ち込むな! お前らが悪いんじゃない! 運が悪かっただけだ!

 とか言ってると世界中の男子中高生から撲殺される恐れがあるため大声では言いません。心の中で叫びます。

「あ、ウィリー君。今日が退院して初めての登校だよね。魔法専攻以外だったら私得意だから。教えてあげてもいいよ」

「お、ありがとな。いや~、こんな優しい彼女が出来て僕は幸せですよええ。あんなに体張って報われたわ」

「あら、お世辞言っても何もでないよ?」

「おっと、お世辞に聞こえちまったか。本当のことは口では伝わりづらいな……」

「あははっ。きもいー!」

 笑いながらそんな言葉を言われたのは生まれてこの方初めてだ。無性に悲しくなってきた。どうしよう泣きそうだ。

「ラフメイカー! 冗談じゃない!」

「どうした!? 急に叫んで、大丈夫かエレナ!?」

「大丈夫だ、ノー・プロブレム」

 そもそもの話、ここ最近心の中をしょっちゅう読まれている気がする。今のもそうだし(いや、何がそうなのかは知らんが次に言う言葉を当てられた気がする)ビスケットも無作為に僕の心を読んでくるし。

 プライバシーもあったもんじゃねえな。クソ。

「あ、ウィリー君多分教室入ったら殺されると思うよ」

「いきなり死の宣告をされてもリアクションの取りようが無いんだが、そりゃ怖いな。僕には命を狙われるような心当たりは無いし。それに、そう簡単に殺される気も無いんだけど」

 すると、エレナは白々しく感想を率直に述べた。

「うわーお。流石ウィリー君。かっこいー!」

「うん。褒め言葉としては軽蔑感百パーセントの言葉どうもありがとう。そんなに心のこもらない尊敬の言葉を僕は始めて耳にすることが出来たよ」

 つーか、何?

 僕教室入るだけで殺されて当然みたいな極悪野郎だっけ?

「一応、私達は付き合っているということは皆知らないけどうっかりあのビスケットが口を滑らせちゃってる可能性もあるしね。特にアルヴィーナ・ブックマンには要注意だよ。あなたの彼女ちゃんからの忠告は以上です」

「ブックマン? なんであいつなんだよ?」

「以上ですと言ったよ? それとも異常にしたい?」

「……結構です」

「あははっ。えらいねウィリー君! あとでいい子いい子してあげる」

 彼女はそんな恥ずかしい言葉を満面の笑顔で言った。

 ――ついこの間までこんな笑顔が出来るなんて、思っていなかっただろう。僕やビスケット、エレナ本人でさえも。

「分かった。じゃあ、エレナにいい子いい子される為にヒントは最小限のまま僕を襲ってくる人間から身を守ろう」

「あ、私も狙われるかも」

 エレナは思い出したように口にした。

「って、普通先にそっち言おうよ。まぁ、大丈夫だ。エレナは僕がちゃっかりついでに守っておくから」

「うん。その投げやりな感じ大好き。そんなこと言っておきながら、いざ! 私の命が危なくなったら自らの危険も省みず助けちゃうところも大好き」

「……せめて、棒読みはやめようよ…………」

 そんなこんなで、足を進めていれば(この場合超電磁浮遊登校靴によって足は動かさなくても自然と体は進む)いつかは目的地に辿り着く道理な訳で。

 つまり、まわりくどい説明をスパンと切り捨てれば。

 学校に到着したのである。

「さってっと。到着したのはいいが、本当に命を狙われているのか?」

 半信半疑……というかほとんど信じちゃいないけど。

 一応確認をもう一度試みる。

「ええ。絶対に狙われているよ。辺りからウィリー君と私――つまり私達に対する殺気がかなり伝わってくるもの。というか、ウィリー君、気付いてない?」

「え!? あ、あぁ! モチのロンさ! ぎゃ……ぎゃぎゃ逆に気付かない方がおかしいぜ!」

「どうしたの? かみかみだよ? 呂律は回ってないけど目は回ってるよ?」

 うまくない。

 つーか、目は回してねーよ。

 とか、思っていると。


 ――ガタン!


 突然、背後から何かが倒れる音がした。

 慌てふためいて後ろを振り返ると、その異形なものに思わず自分の目を疑ってしまう。

 なんだコイツ!? 人間か!?

 その、異形なものは大きく飛び上がり四肢を広げて僕ではなく、エレナの方に急降下して来た――! そのスピードは一般人のそれとは比べ物にならないほど高速で、光速だった。まるで、野生の獣のように。

「エレナ!」

 僕はとっさにエレナを突き飛ばし、その襲い掛かってくるものとエレナの間に割って入った。エレナは小さく「キャっ!」と悲鳴を上げ、倒れこむ。

 僕はエレナを守るように、覆いかぶさってエレナをその異形なものから少しでも遠ざけようとした。

 一方、その異形なものはいきなり視界からターゲットが外れたため体制を崩し、そのまま僕ともつれ込むようにして落下した。

 僕の体にそいつの体重が重くのしかかり、その肌触りに驚いた。

「や……柔らかい……?」

 なんだこのマシュマロみたいな柔らかい物体は。

 手に収まりきらないくらい大きなソレは左右に二つずつあり、よく見ると我が校の校章が刺繍してあった。

 ――こいつ、人間か?

 僕が答えに辿り着いた瞬間、ソレは訪れた。

 その、襲いかかってきた人間とエレナは同時に、声を上げた。

「「キャ――――――――――――!!!!!」」「どこ触ってんの!? このド変態!」「ふおおおお! いい物見れたああああ! 流石ウィリー君! とんでもない積極性だね! いきなりBまで一直線だなんて!」

 その二人の悲鳴に僕は耳を押さえ、襲いかかってきた人間は思いっっっっっきり僕を引っ叩き、エレナはほっぺに口を当てわぐわぐしている。

 ……!? 一体、何が起きたんだ!?

 と、急いで状況を整理するに当たりまずこの手に触れていた物が何なのかを突き止める必要がある。

 柔らかくて。

 二つあって。

 女子にある。

「なるほど。そうかそうか。つまりそういうことなんだな」

 答えが分かってスッキリした所で僕は襲い掛かってきた女子に向き直り、超高速で地面に手と膝と頭を打ちつけ「すいまっせんした―――――!!!!」と謝った。土下座した。

 すると、エレナが顎を思いっきり蹴り上げられた。

「いってえ! いきなり蹴るなよ!?」

「いい度胸だねウィリー君。アナタが他の誰と何をしようが命の恩人、心の恩人である私が口出しする権利は無いけれど。私を差し置いて他の女に頭を下げるなんてね」

「いや、Bを許すくらいなら土下座も広い目で見てくれよ!」

「あら、私はアナタとブックマンのBを許しちゃいないわ。突然の光景に目がびっくりしちゃったのよ」

「じゃあ結局何も許してないじゃないですか……」

「そう言われればそうね」

「ん? 誰とのBだって?」

「私は同じ事は二回しか言わないわ」

「まだ一回目だろうに」

「私に回答を求めないでよ。振り向けば、そこに真実☆」

「キャラ変えすぎ」

 エレナに言われるがままに「ええいままよ!」と言って僕はその女子を見た。

「あ、ブックマン。おはよう。今日もいろいろイラつくね」

「……おはようウィリー。これは一体どういうことかしら? そしてその挨拶はどういうことかしら?」

「挨拶の事か? 決まってんだろ。 ぽぽぽぽーんだよ」

「ウィリー君ここドイツだよ」

 エレナは突っ込んできた。うるせっ! 少し黙ってろ。

「じゃなくて! どーしてエレナとウィリーが一緒にいるか聞いているの」

「どーして……って、なぁ?」

「えぇ。どーしてと言われても、ねぇ?」

 僕とエレナはとぼけるように顔を見合わせた。多分これは滅茶苦茶ウザい行動だとしみじみ思う。

「~~~~!!! エレナッ! アンタ、こんなことしてただで済むと思ってるのかしら!?」

「いやいや、エンペラー。思ってません。少なくともウィリー君から一日二万ユーロは貢がせて貰っている次第で御座います」

「おいっ! そんな大金払えるかよ! つーか貢いでないし! で、多分『ただで済む』っていうのはそんな意味合いじゃないと思うぞ!」

「エレナ! ウィリーもそう言っているのよ! 一体、アンタ達はどういった関係なの!?」

 と、エレナが黙った。僕をチラリと見て何故かピースした挙句ブックマンに背中を向けて、

「言葉とは……背中で語るものよ」

 いやいや、お前どこの少年漫画!?

「意ッ味分かんない!? せめて解答欄には答えを書き込もう!」

 ブックマンの突っ込みも冴えない。

「率直に言うとね、私とウィリー君は公式に、結婚を大前提に付き合っていて」

「いつ、誰がそんな事言った」

「ウィリー君が入院中のときは毎日毎日私が看病して、毎日毎日ナース服姿で」

「いや、一度もねーよそんな事」

「ウィリー君にいろんなご奉仕して、いつも二人でシンクロしてたの」

「シンクロ? 僕達はテニスのダブルスでそんなにトッププレイヤーだったっけ?」

「そして、いつも永遠の愛を誓い合っていたの。『エレナ、僕は君が死んだら僕も死ぬから』とか言って。早くお前が死ねばいいのに」

「ヒドっ! 黒いよ! エレナが黒くなったよ! 黒エレナだああああ!」

「こらウィリー君。人が喋ってる途中で大声で叫ばないの。もういい子いい子しませんからねー」

 すると、ブックマンは。

 目の光を失っていた。

「どきなさい、ウィリー。私はその女を殺す」

 こわっ。

 ――ブックマンは目の光を失う代わりに、右手を突き出し、左手を右肘に添えて何かの構えを取った。

「――D-groundistre-almono」

 すると、ブックマンの右手から何かが炸裂した。

 音はしないが、それは確かにエレナに向かって飛んでいる。

「う……散弾!?」

 エレナはその何かが体中に命中し、唯一回答を得た。

 って、人に向ける代物じゃねーよ!

「D-guroundistre-withlooty」

 ……! これは軍用秘匿武器創造魔法! 先ほどは散弾銃を、そして今回は、

「消し飛べ、エレナ・キャロット!」

 手榴弾だと!?

エレナは体中に散弾を受け血まみれになっているが。

 それでもブックマンは攻撃の手をやめなかった。

 つーかこの位置! 僕も危ないって!

 瞬間、動けない僕の手をブックマンが引き、「tereportetion-eria-1918」と、呪文を詠唱した。

 そして、非常に耳障りな高音と爆音が鳴り響き、視界が反転した。



               















 気付けば屋上にいた。

 そう、気付いたら、だ。記憶は全然飛んでいない。むしろ、普通よりあのブックマンの奇行を今でも鮮明に思い出せるぞ。

 散弾を放った挙句手榴弾まで投げやがって。

 許さんぞこいつ。

 しかし、許さんとは言えどこの状況。許さないに許しきれないこの状況。説明しよう、今僕は屋上(本当なら立ち入り禁止)の手すりに両腕を回されガッチリ縛られている。

 動けない……っ!

「――気分はどう、ウィリー。とは言ってもまだあれから一秒しか経ってないから記憶もしっかりしてると思うけど」

 ブックマンは僕の目の前にいた。くそ、コイツなんか楽しそうだ。ドSが。

「いや、最悪だろ。お前人の彼女に何してんの? 最近の若者は短気だから危ないよー。じゃあ、説明とかそういうのはひとまず置いといて、『ブックマン、ほどいていいよ』?」

 ここで、チート能力を使う。

 せこいとでも何でも言えばいいさ。

 逆に彼女を攻撃した奴をそのままほっとく訳が無い。

 しかし、ブックマンは。

「――!?」

 正気を保ったまま、あはは、と笑う。

「ウィリー。『血縛りの罠』(アポイントブロック)って知ってる?」

 ブックマンはそんな事を口にした。

 は? 何だって? アップルフロート? 何それおいしそう!

「違うわよ。アポイントブロック。呪印の一つなんだけど、その印が刻まれた物に触れている人は異能が使えない。魔法の中で強くてどんな異能にも対応できる優れものよ」

「なっ!? 何だと! まだ異能を封じる異能者は現れていないはずだ! そんな異能者はすぐに国の研究機関に運ばれて実験動物になるぞ!」

「……そうね。確かにそうすれば犯罪はかなり少なくなるだろうし、脱獄者もグンと減るはず。だけどね、国にまだ捕まっていないのはその異能者がつい最近私たちの学校に現れたからよ」

「…………え、何? どういうことなんだよ」

「つまり。新たな能力が発現した奴がいるのよ」

「お前は知っているのか?」

「もちろん。私はそいつからこれを十二万ユーロで買い取った。少々高いけど便利だから」

「いや、質問に答えろ。そいつは誰なんだよ?」

「教えない。ただ、一つ条件がある」

 そういってブックマンは俯いた。

「何だよ、言ってみろ」


「今日、一緒に帰ろう」


「いいよ」

 案外軽いお願いだったので、僕はすぐに承諾した。

 よし、じゃあブックマン! コイツをほどいてくれ! と言おうとした時。

「ありがとう。tereportetion-eria-1458」

「え?」

 一瞬にしてブックマンは消えた。

 そうか、さっきのもテレポートでここまで移動したのか……。

「って感心してる場合じゃねー!!!!」

 まずいぞ。いや、ほどけない。授業に遅れる! やばい!

「焦ってるねウィリー君。ほどこうか?」

 ヤバイと思えば助けがやってくるなんて普通あり得ない。

 いや、あり得ないを普通にやってのけてこそのお前なんだよな。

「エレナ……」

 彼女は生きていた。

「何? まさかウィリー君私が死んだと思ってた? 私があんな事じゃ死なないのはウィリー君が最もよく知っているはずなんだけれど」

 そうだ。

 あの日もエレナは、体中をぐちゃぐちゃにしても平然と笑っていた。

「――エレナ。お前の異能って何だ? 聞かないようにしてたけど、なんだっけ? 尾を噛む蛇って奴だろ?」

「そうね。それをそろそろ話そうと思ってたんだけど。丁度いい機会だわ。じゃあクイズ形式で行きましょう」

 いや、呑気過ぎるだろ。

 授業あるんだってば。

「正解しないとほどいて上げません」

「分かったぜ! お前の能力は不死だッ!」

 即答である。

 腕さえ塞がれていなければコナン君のあのポージングまでキープしているほどの自信たっぷりな回答だ。

 しかし、そこは名司会者よろしくエレナさんは。

「半分正解。そうよ、私の能力は不死になれるけど能力の本質はそこじゃない。なので、右腕だけほどいて上げます」

「半分ほどいたらもう片方も自動的にほどけるんだけど……」

 両手に縄が縛ってあるからな。

「あら、そうなんだ。まあよかったじゃない。私が優しいから結局全部ほどいてあげられるんだから」

「ありがとうございます、エレナ様!」

「媚売ってるようにしか聞こえないわ。ウィリー君。今日から私のことはエリーちゃんって呼んで」

「そんな、いきなり呼び名変えるとか難しいぞ……?」

「じゃあ、ほどいて上げないよ」

「くそ! 背に腹は変えられぬ! ほどいて下さいエリーちゃん!」

「そう」

「いや、『そう』じゃねーよ! お前は有機うんたらかんたらの宇宙人か!」

「ウィリー君、ここドイツ」

「はっ! 世界観を守らなくては!」

「それ言っちゃってる時点で世界観粉々だけどね」

「仕方が無い……宇宙人となればこうするしかあるまい」

 そういって、僕はなんかした。

 僕自身は何もしていないけれど、漫画とかアニメとかだったらビジュアル的にあり得ない立ち方をしてるアホ毛が右往左往しているだろう。

「やめてください、阿良間木さん」

「エリーちゃん。いつから僕は主婦が驚いたような名前になったんだよ。元々知ってると思うけど僕の名前はウィズリー・リベリストだ」

「失礼噛みました」

「いいやわざとだ……」

「……?」

「いや、乗ってよ! 先に振って来たのそっちじゃん!」

「ごめんね。私そういう事に頭回らなくて」

「……じゃあ、ほどいてよ」

「もちろんよ」

 エレナは僕の前まで歩いてきた。

 そして、しゃがむ。

「きゃ」

 エレナが小さく悲鳴を上げた。少し強い風が吹いたようで。

 その一陣の風によりエレナのスカートは舞い上げられ。

「あ」

「あ」

 気付けば、中が見えていた。

 気付けば、二人で同じことを言っていた。

 気付けば、エレナが手を握り締めて振り下ろす直前だった。

 気付けば、その色を認識した瞬間に。

「なっ! 何見てんのよこのヘンタイ! くらえ! エンド・オブ・ジ・アース!!」

 ここに来てパクリネタ多すぎ!

「ストッ! プ! 不可抗りょくだああああああああああ!!!!!」

 結果、僕のアースはエンドした。












 黒か。

 そうか、エリーちゃんは黒かったのか。

「初めて知ったぜ……まさか黒だとは」

「あら、なにを言ってるのかしらん、リベリスト君。そんな下らないこと言ってないでさっさと寝ちゃいなさいよ」

と、眼鏡をかけた女の先生が僕のベッドに侵入してきた。

「誤解のある言い方ね。まだ侵入してないわ」

 この人は学校であればどこにでも居る養護教諭。あだ名は保健室の先生。

「侵入してるかしていないかはベッドに入った瞬間やましい心を持っていたかどうかで決まるんです」

「偏見だわ。あんたみたいな十五歳以上の男に興味なんか湧くものですか」

 ベッドに腰掛ける先生。

 ギシッと音がしてなんかアレな気分にさせるよな……。

「出ましたね、ショタコン」

「褒め言葉をどうも」

 とまぁ。こんな変な会話を続けているこの人はヴェントナー・ルクソルクス。いちいち名前がかっこいいのに皆からは「保健室の先生」「おねえちゃん」「変態」としか呼ばれない。

「――で、今日はエレナちゃんに叩かれて蹴られて締められて埋められて壊されてここに来たのね? ったく。あんた達はプロレス夫婦か」

「いや、僕が一方的にやられただけです。つーか、彼女強すぎだろ、なんだよこの反則なステータスはよ」

「私に聞かれても困るわね。少なくとも彼女は彼女で異常だから」

「…………」

「あら、無神経だった?」

 ハッとしたように先生は言ったが、そのままタバコを取り出して口にくわえた。おい、ここ保健室だろ。ダメだろ先生がそんな事しちゃ。

「いいのよ、むしろ先生だからこそ出来る特権だわ。学校でタバコ吸っても怒られないじゃない」

「こういう人だけにタバコ増税とかしないんですかね」

「今は一箱高くなってるからね。これ以上高くなったら毎日のおかずが一品減ってしまうわ」

「はぁ、結局タバコは止めないんですか」

「止めるわけ無いじゃない。タバコで生きてるようなもんだから」

 さも当たり前のように。

 いやいや、人間が行う呼吸のように言わないでよ。

「タバコも空気を吸ってるんだから呼吸と同じよ」

「迷惑な呼吸ですね。肩は避けたけど煙は当たりますよ」

 某有名なタバコに関するCMのように。と付け足した。

「じゃあ、あんたの体は避けたけど体から発せられるオーラみたいなのに触れたからダメージを負ってしまう、と言う原理と同じなのね?」

「そんなHUN●ER×HU●TERみたいな。では相手の攻撃は全て避けろと?」

「そういう事になるわ」

「わっけワカンネ」

 僕は肩をすくめる。

 この人と会話が成立する事が恐ろしい。そもそも成立していない。

「ウィズリー。お迎えが来たようだが?」

 先生はいきなりそう言ってドアの方をくいっと親指で指さした。

「――え?」

 言われるがままにドアを見ると、丁度人影が見えた。

 タイミングジャストだったぞ。やっぱり末恐ろしいぜ先生方は。

 すると、コンコンとノック音がする前にヴェントナー先生は「入りな」と言った。

 何でもお見通しである。

「流石ですね……」

 僕は一人で呟く――そう、独り言である。

 『兆里眼』、ヴェントナー・ルクソルクス。自分の「見たい」ことが自分の「見たい」ときに自分の「見たい」角度で見れると言う異能を持っている。さっき僕がここに運ばれた理由を的確に言ってのけたのもこの異能のおかげである。

 およそ半径四千メートルは「見れる」らしく、距離が遠のくにつれ「見れる」精度は落ちていく。シルエットだけなら地球全土は「見れる」らしい。反対に近い距離だと会話の内容も聞き取れる。ちなみにこの人の異能を魔法に変換して出来たのが『透視』という物を透かして見る能力だ。レベルがかなり下がっている。

 無論、この人の『兆里眼』も透視は可能で(学校程度なら)、そのおかげで保険医をやっているのだ。

「だけど、内部を「見る」ときの目が嫌らしいから『変態』ってあだ名を付けられるんだよ……」

「は? ウィズリー君今なんて?」

「えっ!? いや、ななんあななんでもごごごごございませぬ」

「あらそう」

 危ねー!

 いつの間にか声出ちゃってたよ!

 と、ドアが開けられた。

「失礼しますっと」

 入ってきたのは見覚えのある金髪を振りかざし、高飛車高慢お嬢ちゃま。

 アルヴィーナ・ブックマンだ。

「う……ヴェントナー……。やっぱりいたのね……?」

 ブックマンはヴェントナー先生が苦手だと言う。

「あら、アルヴィーじゃん。どうしたのかしらん? 躁鬱病? 拒食症? 破傷風?」

「いちいち病名が物騒だよ……」

 そんな病気の奴は保健室じゃなくて病院行くよ。

「ふんっ。どうせ『兆里眼』で「見て」たくせに。知らない振りしてんじゃないわよ!」

 ブックマンはここで強気になった。タイミングがわかんねぇ。何故に今?

「……まぁ、そうね。ウィズリー君。もう大丈夫でしょう? 早く出てって頂戴」

 先生はタバコをもう一本咥え火をつけた。

 そして、右手で僕を追い払うような仕草をする。

「え? あ、はい。お世話になりました……」

 何だ、冷たいな?

 そんな事を思っているとブックマンは僕のそばに近付き袖を持って強制連行し始めた。痛いんですけど、離してください。

「いいから、行くわよウィリー! 一緒に帰るって言ったわよね!?」

 なんか怒ってるし。

 はぁ……。

 僕は溜息を一つついて、タバコの臭いのする保健室を半ば強制的に出た。


 帰り道は、ブックマンの提案で聖ダイア魔法学校の近隣にある自然公園を通っていく事になった。

 しかし、このような自然の中で女子と二人っきりというシチュエーションには中々巡り合えませんからね。

 と、思っているそこの愚か者。

 勘違いするなよ。

 僕の隣にいるその女子というのはエンペラーことアルヴィーナ・ブックマンなんだ。

「誰がエンペラーよ」

「おやおやブックマンさん。お忘れですか? あなた二話目で自分の事皇帝とおっしゃってたじゃありません事」

「何よそのオバサンみたいな口調は」

「あらヤダ! 今この子私のことオバサンと!? マァー信じられない! わたしゃまだピチピチの四十代なのに!」

「十分オバサンよ! つーか誰のモノマネよそれ」

「隣のおばちゃん」

「いつ聞いてんのよ……」

「昨日の昼ドラ」

「テレビじゃないの!!」

 ブックマンはそんな冴えない突っ込みをする。

 そんなんじゃ誰も笑わないぜ。

「そういえば、ブックマン。お前の異能ってなんだ?」

 すると、ブックマンは振り向いて「え? まだ言ってなかったかしら?」ととぼけた。その時に出た笑顔がぎこちなさ過ぎて反応に困った。

「言ってないだろ。僕だけ知られてフェアじゃねーよ」

「まぁ、いいわ」

 そもそも隠したつもりなんて無いしね。

 ブックマンはそんな事を付け加えると、近くにあった木に触れて。

「『堕ちたムーンライト』」

 と唱えた。

「――い!?」

 その瞬間。

 木が黒く変色し、ボロボロになって倒される。

 倒れた時の音もバサッとシュレッダーで千切りにした紙をばら撒いたような音だ。

「――これが私の異能『堕ちた雷』。私がこの手で触れたものは全て! 有機物であるならば一瞬でボロボロに炭化してしまう能力……今はオンオフも付けれるけど、昔じゃ考えられなかった」

 有機物を問答無用で炭化――つまり炭に変えてしまう異能。

 そんな凶悪な異能を持ち歩いていて。

 仲間がいるこいつは流石というべきか……或いは。

「ってこんな話しても面白くないわ。別の話しましょう?」

 ここで深く追求しても仕方が無い。

 なので僕は、今一番気になる事を尋ねてみた。

「じゃあ、どうして僕を帰りに誘おうと思ったんだ? まさか理由の一つも無かったら怒るからな?」

「ギクリ」

「口で言うなや」

「……ええ。理由はちゃんとあるわ。あるけど……」

 今日のブックマンは歯切れが悪い。なんだか緊張しちゃってるようだ。

 女子たちの前ではえらい違いだな。

「ちょっと、来なさい」

 そう言ってブックマンは公園の林の中に入った。

「おい、待てよ。こんな林の奥に僕を連れ込んで一体どうするつもりだ?」

「ちょっ! なんか意味深に聞かないでよ! 私が変人みたいじゃない!」

 顔を赤くするブックマン。

「あ? 元から変人じゃねーか。今頃自覚したのか」

「……ひどいわね。ウィリー、アンタボロボロにされたいの?」

「結構です。数々の失言申し訳ございませんエンペラー。で? 理由って何だ?」

「これよ」

 と、目の前の足元の小さな箱の中に。

「こ……これは!?」

 愛くるしいその瞳。小柄で丸っこいその体。ピンと立った耳。嬉しそうに振り続ける尻尾。茶色がベースで腹と手足が白い。

 そう、コイツは。

「犬よ」

 おそらく、柴犬。主人に忠実かつおとなしい性格。

 居るのに、居ぬ。

「さむ」

 うるせえ、ほっとけ。地の文を読むな。

「うわー! カッワイイ!!!!」

 急にブックマンが狂いだした!

 箱入りワンコを抱きかかえギュ~! っとする。うわぁ、胸が苦しそうだ。

「私、この子飼いたい~」

「解体? お前そんな趣味だったのか!?」

「違う! 欲しいって事よ! ん~、でも家犬飼っちゃいけないんだ……」

「ほぉ。そりゃ残念だな。じゃあ、動物愛護団体に引き取り願え。それか、お前が引き取られろ」

「あ! そうか、ウィリー飼ってよこの子! そしたら毎日毎日毎日毎日私がウィリーの家に行けるから!」

「あ~、家には当たり前のように犬を食う習慣があるからダメだ。他当たるか動物愛護団体にてお前が安楽死しろ」

「じゃあ、はい! この子よろしくねウィリー!」

 ひょいと手渡して来やがった。

 そしてそのままブックマンはまたテレポートの詠唱をして一瞬の内に消え去った。

 結局、引き取るの?

 軽っ!

 まぁ、少し可愛いけど……。

「だからと言って、僕はお前を信用しないぞ……。さっきお前はブックマンの胸を心地よく堪能してたじゃねーか!」

 そう言いつつも、帰りにペットショップに寄り、ドックフードなどを買い揃える僕だった。

 優しいね、僕。

            









 とりあえず、我が家に犬がやってきました。

「あらぁ、可愛いわねー。こんにちは、わんちゃん。今いくつ? 名前は?」

「ちょ、お母さん。とりあえずこいつ捨て犬だったから。そういうのわかんねーんだよ。でも、性別は雄だ」

 まぁ、見たからな。

 ちゃんとついてたからこいつは雄で決定だ。

「じゃあ、洗わなきゃいかんからお母さんはこの小屋を立てて」

「了解よ~。じゃあしっかり洗ってね~」

 僕は案外抵抗を示さない犬を風呂場へ連れて行く。

 ふむ。

 ここまで淡々と語ってきたが、なかなかどうして可愛い奴じゃないかこいつ。

 しかし、一体全体遠く離れた極東にある島国生まれのこいつがどうやってこんなヨーロッパの大都市近くの住宅街に迷い込んだのか。いささか不可解なところでもある。僕は靴下を脱ぎ捨て風呂場へ入った。

 そして犬をとりあえず床(暖房設備。冬でもあったかい)に置き、水を出す。

 どうやら水に怯える様子もない。

 これなら作業はすぐに終わりそうだ。まぁ、若干の寂しさもあったけど。

 そんなことを思いつつ、シャンプーボトルに鼻をひくつかせている犬にシャワーのお湯をかける。

「ほら、ってうわっ!?」

 いきなりお湯を背中にかけられた犬は少し慌てた様子で体を左右に震わせる。その水しぶきがスプリンクラーのようにまき散らされ残念なことに僕の着ていた服はびしょびしょになってしまった。

 こうなったらもういいか。

 なんか動きづらい。

 そう思いつつ上着も脱ぎ捨て犬を洗う。

 わしゃわしゃと。

「……」

 何も描写が無いと全然伝わらないな。

 つーか他人の髪とか洗ったことないからさじ加減がいまいちわからない。

 理髪店の人みたいな洗い方をしようにも、よく考えれば人の髪を洗っている様子を間近で見たことがない。

 というわけで、いつものように、自分の頭を洗うように洗う僕。

「全身毛だらけって、ハゲとは逆でボディーソープいらねえな……」

 そんな言葉を吐いていると犬がこちらをチラ見してきた。

 ゼンコクノ、ハゲニアヤマレ。

 ……そんなことを言ってるように見える。

 が、謝らないぞ!

 誰も自分のことなどハゲだと思っていないっ! はず!

「だからそんな目をしても無駄だぜ」

 そう言ってやった。

 ある程度泡が立ちまくってきたので、シャワーを出してお湯をかけて泡を洗い流す作業に勤しむことにした。

 ……犬用シャンプーって、高いんだよなぁ。

 うちのより高いし。

「なんか、流すのもったいねえ……。つーか何? 拾われただけなのにどうしてこんなに贅沢なのこいつ?」

 どれもこれもブックマンのせいだ。

 絶対王政さながらの振る舞いに国民である僕らの精神はもうピンチ。いつクーデターや革命が起こってもおかしくない。

 エンペラー。全く持って大迷惑なあだ名である。

「しかし、おとなしいなこいつ。反骨精神の欠片もないのか?」

「・・・・・・」

 やっぱり、吠えもしない。

 犬かどうかも怪しいぞこいつ。

 と、綺麗さっぱりになった犬をタオルで拭き、しっかりと水分を吸収。

 さて、やけにおとなしい犬のお家はできたかどうか母に尋ねてみるか。

「お母さん、小屋建てれるかー?」

 庭にいるはずの母に声をかけるが。

「・・・・・・あれ?」

 返事がない。

 おいおいまさか、犬小屋すら建てれないそんな残念な専業主婦だってのか? 冗談やめてくれよ全く。

 そして、僕は玄関の戸を開け犬と一緒に庭に出ると、そこにはイソギンチャクがいた。

 ・・・・・・話が唐突すぎてよく分からないな。

 目の前の光景にいよいよ死さえ覚悟した。

 強烈な嫌がらせか、はたまたプレゼントか。

 真相が何であれ、母がかわいそうだ。

「何があったんだよ・・・・・・」

 そこには「画像はイメージです」的な注釈が付きそうなくらい不自然に犬小屋に頭から突き刺さった残念なおばさん。

 というか、僕のお母さんだ。

 いや、そんな冷静な突っ込みより! 身内の狂行に目を塞ぐ前に、まず! やることがあるだろう!?

「あら? その声はウィリーなの? ちょっと待ってね? 今時空への扉を開いてるから」

 いや、バカだ。

 時空への扉開く時点で凄いけど、バカだろうアンタ。

 犬小屋に異次元空間!?

 自宅に創れや!!

 すると、母は超高位高等空間魔法であるよく分からない呪文を唱えだした。

「空間を司る神、時空を司る神、時空を司る神! 我が呼び声に応え、ここにムー大陸程度の草原を作り賜え!!」

 規模でかっ!

 しかし、犬小屋は強烈な閃光を放ち、ズボボッ! っと地面に潜り込んでいった。

 あはははは、もう何がなんだか分かんないね。

「あら~、失敗だわ~」

 母は卵を落とした主婦みたいなニュアンスで言うので、なんかそこまで大きな被害に見えないところが恐ろしい。

 つーか、お母さん地面に頭から突き刺さってるけど呼吸は!? どうやって喋ってんの!?

「ウィリー、引っ張って~」

 呑気か!?

 もう疲れるわこの人。

「あ、ウィリー。今日の晩ごはんはビーンズポークケチャップよ~」

「今言うタイミングじゃない上にそこまで好きじゃないよソレ」

 こうして、母の救出は簡単にできたが。

 犬小屋は我が家の庭の地面の奥不覚に沈んだままだ。

 結局、この犬の今日の寝床は僕の部屋である。

 毛がいっぱい付くことだけが気がかりだ。


 夜。

 光陰矢の如しだ。

 時間の流れは本当に恐ろしい。まるでボルトのように走り去る。

 そんな時間の流れを噛みしめるかの様に、あまり好きではないビーンズポークケチャップを体内に流し込み、さて明日の学校の錬金術の予習でもしようかなと思い自室のある二階へ登る。

 犬は二階で待たせてあるので(試しに、「待て」と言ったら永遠に待ち続けそうな気配だったのでそのままにしておいた)餌を与えねばとドッグフードも持ってきた次第である。

 自室の前にきた僕はドアを開けようとしてその気配に気付いた。

(ーー誰かいる!?)

 動物的第六感かもしれないが、誰かが僕の部屋にいるような気がする。犬じゃない。人間独特の、緊張感と不安感が混ざりあったような空気である。

 口の中に突如としてわき出る生唾を飲み込み、ドアノブを回す。

「・・・・・・??」

 本当にいた。

 人間が一人。

 知らない、僕と同い年位の男だ。

「お待ちしており・・・・・・」

 その知らない男が何かを僕に言う前に。「パタン」、と僕は扉を閉じた。

 シンキングタイム。

 しばらく経って、この部屋の所有権は僕にあるのだから、あの男は即刻排除すべきと思い立ち、もう一度部屋に入る。

「お待ちしておりました、ご主人様。何か、ご用件を」

 男はきれいな100%スマイルを浮かべ、堅苦しいしゃべりで頭を下げた。

 ちょっとおかしいだろアンタ。

 挨拶とか、笑顔とかそういうの全て端折ってもおかしいだろ。

 めちゃくちゃ怪しい。

 スーツって言うのが既にヤバい。

「え~~~~と。どなた、でしょうか?」

 一応、正体を探る。

「お忘れですかご主人様。貴方が、本日拾いになさった犬でございます」

「(・ω・`;」

 困る。縦書きにしたときとか特に困る。

「私の名前はルミネス・クァルガー。ご希望とあれば呼び名は何でもかまいません」

「・・・・・・」

「立ち話もなんですから、どうぞお部屋に入ってお座りになりましょう。私からも話したいことが山ほどあるので」

 ルミネスと名乗るそのスーツ男はもう一度頭を下げた。

「一つ、いいか?」

「何でしょう?」

「ここは、僕の部屋なんだけど。どうしているのかね?」

 というか、帰ってください。

 誰もこんな男二人の展開なんて期待してませんから。

「おや? ご主人様、ご冗談を。貴方が私を招き入れたではありませんか」

「いや、ごめん。いつ?」

「お食事に行かれる前ですよ」

「そもそもアンタみたいな奴を視界に入れた覚えないんだけど」

「私の体を洗ったことも覚えていないんですか?」

「・・・・・・」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?

 僕が洗ったのは、わんちゃんですが?

 先ほど、このルミネスという男はその犬だと言っていましたが?

 つまり、僕が洗ったのはこの男なんですか?


 嘘?


「あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

「落ち着いてください、ご主人様」

「落ち着けるかコノヤロー! 僕の初二人お風呂はエレナが良かったのにいいいいいいいいいい!!!!」

 うわあああ! 最悪だ! 腐ってる!

 僕はこの男を抱き、この男をなで回し、この男のピーを眺めていたというのかああああ!!!

「っは!」

 しょ・・・・・・正気になれウィズリー!

 まだこいつが犬だと決まった訳じゃない!

「お・・・・・・お前があの犬だというなら証拠を見せろ! 証拠を! でないと僕は一生信じないぞ!」

「証拠、ですか。分かりました、ではご覧ください」

 何を分かったんだ!

 できれば見せないでくれ!

 だが、その心の念は全く届かない。

 ルミネスは目の前で淡い光を放ちながら段々、小さく。段々、犬っぽくなっていく。

「・・・・・・嘘だ」

 本当に、あの犬になった。

 何度目をこすっても変わらない。目が潰れるんじゃねーかと思うくらいこすったが無駄だった。

 最悪だ。いろいろ終わってしまった。

「・・・・・・っ」

 僕はその場に気絶しかけた。









 夜もかなり経った頃。

「あぁ、ルミネス。この日を、この夜をどれだけ待っていただろうか。もう、僕は自分を押さえることができない・・・・・・」

 その僕の誘いに彼は顔を赤らめる。

「ご・・・・・・ご主人様? 一体何を・・・・・・?」

 しかし、そんな彼を僕はいつの間にかベッドに押し倒していた。

 ギシッと音を立てるベッドは何ともいえない高揚感をかき立てる。

 僕は彼のスーツのズボンを下げる。

「どうした? 緊張しているのか、ルミネス。・・・・・・だが、体は正直なようだな?」

「ひぅっ!? 止めてください・・・・・・ごっ主人様ぁ・・・・・・」

 その長く反ったソレを指で舐めるように撫でると、ルミネスは体をビクっ! と痙攣させ、高い喘ぎ声を発した。

「そんな声でも鳴けるのか。フッ、可愛い奴だな」

「そ、そんなこと・・・・・・ありません」

「さぁ、ヤろう。今日も僕のレーザービームを君の格納庫で受け止めてくれっ!」

 そう言って、僕もズボンを降ろし激しく自己主張するソレを握りしめる。

「ど・・・・・・どうぞ、ご主人様・・・・・・」

 そのままルミネスの格納庫へ僕は銃身を挿入。

 ルミネスはベッドのシーツを握り、必死に僕の攻めに耐える。

 しかし、その必死な顔と時々立てる「ひうっ!」とか「あっ!」などの喘ぎ声に僕の征服感は高まっていく。

「んっ! はぁ! ど、どうだルミネス!? 気持ち良いかっ!?」

「はっ、はい、ご主人様ぁ! んっ! とても、いいです、んはぁ!」

 そして、ついに僕のレーザーは充電完了を迎えた。

「っく! 出る! もう出すぞ!?」

「んっお、お願いします! ご、ご主人様!」

 その応えに反射して僕は、レーザービームを発射。

「んっ、くあああっ!」

「んんんんっーー! あっ、ああああ!!」

 僕とルミネスの矯声が重なり・・・・・・。


「うぎゃあああああああああああああああああ!!!!」

 いきなり悲鳴を上げる僕にルミネス・クァルガーは引いていた。

「ど、どうなさいましたか?」

 それでも、心配するところ犬らしいと言うか、主人に忠実というか。

「い・・・・・・いや、人生最悪の夢を見た・・・・・・」

「それは、お気の毒に。それでは、もう一度説明しましょうか?」

「あ。うん。頼む。記憶が飛んでしまった」

 ルミネスはどこから取り出したかは知らないが紅茶を淹れてくれた。

「僕はコーヒーの方が好きなんだが」

「それは失礼しました。今から淹れ直しましょうか?」

「いや、結構だ。それと、入れ直すとか言わないでくれ。また夢に出るから」

 では、とルミネスは一言おいて語りだした。

「私の正体からご説明いたします。私は「ルーティン・ワーク」と呼ばれる組織から逃げてきた者です。ご存じ無いようなので説明しますが、ルーティン・ワークは秘密裏の生体実験機構です」

「生体実験・・・・・・? 物騒だな・・・・・・」

「表向きは医療魔法開発機構となっていますが、それは生体実験の副産物であり、余分なものです」

 つまり、主に行うは「人間と動物の生態」についての実験。

「こう言えば聞こえはいいかもしれませんが結局やってることは人体実験ですので」

「で、そこから逃げてきたということはお前は被験体だったのか?」

 ルミネスは紅茶を一度口にして、「そうです」と言った。

「あそこはもううんざりです。毎日毎日実験の繰り返し。一度取り行った実験は再確認ということで最低3回は行われました」

 顔色こそ変えないものの、その声は少し低かった。

「例えば、どんな実験だったんだ?」

「犬化状態での心内変化、無食事状態での変身回数の限界、非睡眠の限界、その他諸々。ああ、記憶も5回ほど消されているらしいです」

「・・・・・・っ!!」

「それに、一度大きな実験がありましてね」

 異常なことを淡々と話し続けるルミネスだが、思い出すように言う。

「大きな実験?」

「ええ、それは私ともう一人の非験者と行われました」

 と言ってルミネスの体がもう一度光りだした。

「そのもう一人と言うのが・・・・・・」

 また犬になるつもりかと思ったが、いや違う。大きさはそのままで外見だけ変化している。

「え?」

 変化が終わり、僕は驚いた。

 そこに立っていたのはスーツ姿のルミネスではなく、やけに明るい服装の女の子だった。

 変わり過ぎっ!

「妹のミーシャ・クァルガーでーす。これからおにーたんと一緒にお世話になっりまーす。よろしくー☆」

 そして、キャラも!!

 ミーシャ・クァルガーと名乗るその女の子は、兄と同じ色の黒髪で、長いツインテールを払い僕に笑顔を向けた。

「じゃあ、おにーたんに倣って自己紹介だねっ☆ あたしもそのなんちゃらワーク? の被験者でした。ちなみに私はおにーたんとの合成で、一心同体です。いやんっ不便ー!」

「・・・・・・えーと、テンション高いね。とりあえず、何? 君もそのおにーたんと同じで犬化できちゃうわけ?」

「あっ。違いますよー。あたしもおにーたんと同じだけどちょっと違うんですよねー。じゃあここで問題っ! 私は何になれるでしょうか?」

 兄弟でこんなに違うとはびっくりだ。

 しかも、最近よくクイズされてる気がする。

「うーん、じゃあキンカジューで」

「ぶぶー。てゆーかご主人様当てる気無いでしょー? 正解はにゃにゃん! 猫ちゃんにゃのでしたー」

 いきなり「にゃ」を付け始めるミーシャ。

 キャラ付け遅い。

「えー、違いますにゃ。今までは「にゃ」付けるのを我慢してただけだにゃん。本当はガンガン付ける派にゃんでよろしくなん!」

「噛んでんじゃん」

「にゃにゃ~」

 すると、ミーシャは「じゃあ、証拠みせるにゃ」と言ってまた変身しだした。

 犬になったり、男になったり、女になったり、猫になったり忙しいなこいつ。

「にゃーん」

 本当に猫になった。

 黒い、黒猫だ。

 これは、特別な合成獣だな。

 人間と犬の合成獣と、人間と猫の合成獣。

 更にそれらの合成獣で、犬猫男女と化してしまった言わば「化け物」だ。

 身勝手な人間が引き起こした、孤独な化け物。

「・・・・・・はぁー・・・・・・」

 なんだか大変な奴を拾ってしまったにゃん。

 ・・・・・・ミーシャはいつの間にか人に戻っていた。

「地の文まで浸食するなよ」

「にゃにゃ。了解にゃん」

 にゃーにゃーウルサいんだけど。

「ところで、そのルーティン・ワークって組織からは追ってとか無いのか?」

 すると、ミーシャはピン! とツインテールを立たせた。

「追っ手かにゃ? ちゃんと今もいるにゃ」

「えーー?」

 ミーシャはすぐさま僕の後ろ襟首をつかんで上体を折り曲げ、膝から大腿の辺りに力を込めた。

「鳥より高く、風より速く、跳躍しろ。吹け、「春一番スプリンガー

 と、魔法を詠唱したのかどうかは分からないがミーシャはそう呟き僕の部屋の窓へ一直線に跳躍、いや突っ込んだ。

 ガッシャアアアアアン!!!!!

「ーーーーーー!!?」

 なっ!? 何が起こっている!?

 突然、ミーシャにより外へ投げ出された僕の目がとらえた光景は。

 巨大な手。

 が、僕の家の二階部分を意図もたやすく、まるで子供が作った積み木の城を破壊するかのようにバリバリバリィッ!!!! と、握り潰す光景。

「あれは、忌神兵ーガジェットにゃ」

 僕の襟首を持って、僕と一緒に風のように跳躍しているミーシャがそう説明した。

「他にも水神兵ーリヴァイアと、叫神兵ーギュアス、妖神兵ーリードがいるにゃん」

「は!? なんじゃいそら!? あんなでかい化け物あと3体に追われてんのかおまえらは!?」

 僕が必死にそう聞くとミーシャは、

「いや、違うにゃ。あれはルルー・コーラルドの異能によって作られた兵隊さんにゃ」

「誰だよっ! そいつは!」

「あたしたち兄妹を追いかける組織からの刺客にゃ。本人は異常なまでのサディストゴスロリ変態ババァにゃ」

 ミーシャがそれを言い終えた瞬間、後ろから身の毛のよだつほどの怒声が聞こえた。

「ミイイイイイイイィィィィィィィィィシャアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!!!!!!!!! 誰がババァじゃ、このクソがアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!」

 うおー、めっちゃ怒ってるって。

「おい、ミーシャ! 怒ってるぞ? 大丈夫なのかあれ!?」

「大丈夫じゃにゃいにゃあ! あたしアイツ嫌いにゃ!」

「いや、そんな個人的感想誰も望んでねーよ! ええー!? 僕お前ら守るためにあんなのと闘うのー?? イヤだよー、怖いよー」

 いや、ほんとマジで。

 だって勝てそうにないんだもーん。

 すると、跳躍してからだいぶ経っているためか、一度ミーシャは屋根に着地した。

 壊れた我が家からはかなり離れているが、それでも忌神兵ーガジェット(だっけ?)の姿はここからでも見える。

 どんだけでかいんだあれ。

「ごめんなさいにゃ、ご主人様」

 ミーシャは僕に向き直って謝った。

「え? ど、どうしたってんだよ、急に」

「私たち兄妹のせいで、ご主人様をこんな危ない目に遭わせて・・・・・・あたしたち、バカにゃ・・・・・・」

「・・・・・・」

 俯くミーシャ。

 ・・・・・・僕はルミネスの言っていた言葉を思い出した。

 どれくらい、その生体実験機関に居たのだろう。

 エレナも、ビスケットも、ブックマン・・・・・・は知らないけど、少なくとも前者の二人は辛い思いをしてきてた。

 そして、ルミネス、ミーシャ兄妹。

 ここまで困ってきた奴らを助けておきながら、今更主人公職を降りれるわけもなく。

「んなことねーよ。困ってんだろ? 手伝ってやるよ」

 かっこいい台詞を言う僕。

 だがしかし。

「・・・・・・ありがとうございます、ご主人様」

 答えたのはルミネスだった。


 えぇ・・・・・・。


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