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7 「読もうっ。」

これが、ただしいタイトルです。

読もう。

読んでください。

そして、見てください。

では、この辺で。

 7


 ここは一年超特待生クラスSSSの教室。


 いつもとなんら変わらないこの教室は今、戦場に変わろうとしている。


「じゃあ、エレナ。これ引き抜くから、我慢しろよ?」

 僕はそう言ってエレナの心臓に突き刺さる杭を持つ。


 血で真っ赤に染まった杭は少しふやけていて肌触りが気持ち悪かった。


「うん、大丈夫。思いっきり引き抜いちゃって、痛くないと思うから。ううん、それでも痛みはあるかもしれないけど我慢できる。だって、ウィリー君がやってくれるんでしょ?  だったらどんなに痛くても、どんなに血が出ても我慢するから」

 その答えにビスケットが少し反応し顔を赤らめた。


 今の会話のどこに恥ずかしい所があるんだ?


「――我慢しなくても、いいんだけどな」


 え? とエレナが聞き返したけど、無視して僕は一気に杭を引き抜いた。


 杭はかなり奥深くまで刺さっていて、周りの筋肉の繊維が大量に巻きつき引っ張るたびにぶちぶちと、痛々しい音を上げる。血も先ほどとは比べ物にならないほど大量に噴出し、この小さな体にどれ程の強さがあるのだろうと思った。


 だけどな、エレナ。


 その強さは、薄っぺらいんだ。


 その強さは、破れやすいんだ。


 その強さは、強さじゃない、単なる弱さだ。


 こんなに、痛々しく。こんなに、惨たらしく。こんなに、おぞましい事が。


 我慢できるようなもんじゃないんだ。


 お前は、強いんじゃない。お前はお前自身の弱さに耐えて、弱さから自分を守って、弱さの自分から切り離してしまった。だけど、それで強くなるとは限らないんだよ。


 弱くないから強いんじゃない。お前が、振舞っているのはただの強がりだ。


 弱さと言う強さを捨ててしまった時点で、もう強さを捨ててしまってる様なものなんだよ。


「エレナ――だから」


 僕は、杭を彼女の体から抜き取った。


 ズルンと、不気味な音を立て杭はそのまま地面に没落した。


 杭を抜く間、エレナは一切の悲鳴を上げずに必死に耐え抜いていた。


「ど……どうなったんだ? ウィリー? エレナ?」

 ビスケットは動かないエレナと僕を交互に見て、戸惑っている。


 しばらくして、エレナの体が高圧電流を浴びせたかのように大きくビクンッ! と痙攣した。ビスケットはその動きに驚いて「ひッ!?」と一歩後退する。


「エレナ、痛くなかったのか?」

 僕は、まだ動かないエレナにそう問いかけた。


 すると、彼女はもう一度痙攣して、それから何度も体を震わせた。


 僕と、ビスケットがその光景を目にしたとき、言いようの無い不安が体中を駆け巡る。


「――ッ!!!?」


 完全に折れ曲がった両足は歪な動きをしながら元の形に再生し、飛び出た数々の内臓は開かれた胴体に吸い込まれるように戻っていく。


 そして、壁に縫い付けられるようにして手に刺さったナイフは無理矢理引き抜かれ、開いた腹も動画を逆再生したかの如く塞がれる。


 先ほどまで大量に流れていた血液はいつの間にか蒸発し、彼女はふわりと、実にきれいに教室の床へと降り立った。


「んっ。はあ~~……。あぁぁ、生き返ったぁぁぁ。って、あ。コレも忘れてた」

エレナはそう言って首に刺さった二本の包丁を両手で持ってズボボッと引き抜いた。


 エレナはそのまま教卓の上に座り、足をプラつかせながら、


「ありがとう、ウィリー君。全然痛く無かったよ。だって、体の痛みだもんね」

 彼女は笑っていた。


   *   *   *


「体の痛み、ねぇ。――じゃあエレナ、心は傷むのかい?」


「うん。私は、心が傷む。どうすれば、解消できると思う?」

 彼女は無垢な瞳でそう聞いた。


「だから、相手してやるって。お前の心が晴れるまで、心の痛みがなくなるまで、心身共に相手してやるよ」


「本当? ありがとう。ウィリー君って、やっぱり優しいんだよね」


「自覚した事は無いけどな。だけどエレナ、これだけは言って置く。僕とお前は、お互いがお互いに」


「「大っ嫌いだ」」

 僕とエレナは言葉をハモらせた。


 息ピッタリである。


「ぷっ。あはははは!」


「ふふふっ、あははははは!」


二人して笑いあう。ビスケットが隣で首を傾げるのも無理は無い。


「じゃあ、始めるぞ?」


「そうね始めましょう」

 エレナは自分の両手を黒板に留めていたナイフを拾い上げて、僕に突き出した。


「おいおい、いきなりそんなもん取り出して――おい、ビスケット。教室から出た方がいいぞ? 危ないから」

 ビスケットは僕の方を見た。視線から心配してくれているのが分かる。


「僕なら大丈夫だ。死ぬことは無いと思う」


「そうだね。じゃあウィリー君は教室から出ないの?」

 エレナも賛同する。同時に質問する。


「あぁ。じゃないとお前のためにならない。だからビスケット、廊下で僕たちを見ていてくれ。万が一、僕が死にかけたときは救急車よろしく」

 そうして、ビスケットは首を立てに振った。


「……ウィリー、死ぬなよ?」

 ビスケットは心配そうに再び僕の眼を見た。

 僕はもう一度「大丈夫だから」と返して、ビスケットを廊下に出した。


 さて。


「始めよう、エレナ。先にそっちから来ていいぞ?」


「いいの? あんまり見くびらないで欲しいかも」

 エレナはそう言ってナイフを構えなおす。


「レディー・ファーストだ。先手は譲ろう」

 僕が言い終えた瞬間に、エレナはもう駆け出していた。


「お言葉に甘えて」

 そんな言葉を置き去りにして、いつの間にか僕の目の前にまで来ていた。


 反応する暇なんてまるでない。疾風の如く僕に体を密着させてきたエレナはもう一度、精一杯の笑顔をつくって――ちゅっ。


 彼女は、僕の口に背伸びするようにして唇を付ける。


「ファーストキッスだよ。そして、プレゼント」

 ズンッと体を一瞬だけ強く揺さぶられたような感覚がした。


 まるで、異物を体内に突き込まれたかのようなそんな、感覚が。


「ウィ……ウィリー!!!??」

 ビスケットの叫び声が耳の中で反響する。


 あぁ、足を、大腿を刺されたのか。次第に、体に痛みが浸透してくる。


「ウィリー君、私の強さだよ。私の一部だよ。どう? 痛い? でも、私自身はこんなものじゃないから。もっと酷くて、もっとどろどろしてる」

 エレナは僕を抱くように、口を耳元に近づけてきた。


「――ぐっ!? 足が……っ」

 痛い。段々、小さな痛みが大きくなっていく。徐々に激痛へと風変わりしていくのが分かる。どんどん血が流れ出ていくのも、感覚が無くなっていくのも、全て手に取るように分かりやすかった。


「大丈夫? 痛いよね。多分、言葉に出来ないくらい。でもね、私はもっと分かってもらいたい。ウィリー君に私をもっと知ってもらいたいの」

 そう言ったエレナは、まだ足に刺さっているナイフを捻りながら引き抜いた。


「っひぐああぁぁ!!!?」

 情けなく声を上げてしまう僕。


「ごめんね、我慢して」

 彼女は今度は背中に手を回し、中心部分を貫いた。


「――――ッッ!!!」


「痛いの? 今どんな気持ち? 痛い? 怖い? 憎い? 悲しい? 苦しい? 大丈夫だよ。私は、それよりもっと酷かったもの。多分、泣き叫びたいぐらいだよね?」


 そうさ。


 泣き叫びたいほど痛い。


「――そうさ……。だ……けど、お前は泣かなかったじゃねーか……!」


「ううん、私は泣いたよ。いつだったかな。初めて、他人に助けを求めた日があってね、それで見限られちゃったせいで、私は泣いたの」


「……!? エレナ……それって……」

 すると彼女は「いいよ、ウィリー君のせいじゃない」と僕の体を再び抱きしめる。


「助けを求めた私が悪かった。いつものように笑って、耐えて置けばよかったのに――どうしてかな? どうしても、ウィリー君に助けてもらいたかった。手を、差し伸べて欲しかったんだよ?」

 段々と、体から血液が抜けていくのが分かる。頭がぼーっとして、ふらふらする。


「でもね、ウィリー君は無視した。私を助けなかった。そして、生まれて初めて悲しくなって、ふいに涙がこぼれたの」

 こんな感情初めてだった、と付け加える。


 ――誰が悪いのかな?


「エレ……ナ。それは……」


「言わなくていいよ。ウィリー君は感じてもらうだけでいいから。私を、私の痛みと傷みを」

 そして、背中から無造作にナイフが抜かれた。


 彼女はそのまま二、三歩下がり改めて血に染まるナイフを構える。


「ウィリー君、能力使った方がいいよ。死んじゃうから」


「使わねーよ……! それじゃあ、お前のためにならない」


 エレナは、もう一度笑って


「――ありがとう」


 一直線に僕に向かってきた。


 その刃先は完全に胸の辺りに向けられている。先ほどよりもスピードも力も段違いだ。刺さった瞬間、胸から背中へといろんな物がぶちまけられる様な感覚がして口から大量の血がこぼれる。


 おそらく、貫通しているだろう。


 そのまま、エレナの勢いは止まらず教室の後ろまでノンストップで叩きつけられる。ロッカーの上に積まれていた様々な本が崩れ落ち、辺りに散らばった。


「――――――ッッッ!!!!!」


激痛に悶え、身を捻らせる。


「――――――っ!!!」

 廊下で、ビスケットが何か叫んでいるようだが、聞こえない。


 意識が途切れ途切れの中、僕はその場に腰がつく。


 そして、エレナの顔が目の前にある事に気付き、その表情を見た。


「な……いて……るのか?」

 しかし、エレナからの返答はなく、次第に視点も下がっていく。


 ふいに、散らばった本の中に一冊の本が目に付いた。


 錬金学書とか魔術書の中で、なぜこんな本があるか分からなかったが、僕はそれを手に取る。


「エレ……ナ。お前に……必要なのは……僕じゃない……」

 最後の力を振り絞り、僕はエレナにこう尋ねた。


「お前に、必要……な物は……渡せないかも……しれないけど…………。とりあえずこれ…………」

 エレナは、涙を流しながら僕の持っている物を見た。


 え? と言う顔をしているが、そりゃそうだろう。


「これって、ブレーメンの音楽隊……?」

 童話。


 子供の頃には必ず一度は親から読んでもらう童話作品だ。


 僕は精一杯の元気と笑顔を込めて。



「……読もうっ!」



 そう、今のエレナに必要なもの。


 それは、優秀な頭脳でも友達でもなく。


 約十二年ぶりに、この十二年間エレナが貰う事のなかった。


 愛情が必要だった。


   *   *   *


 しばらくして、というかなんか時間感覚がおかしいな、と思い痛む体を起こしてみると先ほどの教室とは打って変わって白い天井が目に入った。


 何だここは。僕は今まで寝ていたのか? というかここはどこだ? そういえばエレナはどうなった? いや、ここはどこだ? 僕は何故寝ているんだ? そもそもここはどこだ?


「病院だよウィリー、やっと起きたのか」

 隣にはビスケットが座っていた。


 何でお前がいるんだ、何で地の文を読むんだ。


「覚えていないか? ウィリーはエレナの心を救うために闘って、ここに送られたんだ」


「あぁ、そうだったな。救急車はお前が呼んだのか?」


「その通りだ。……全く、心配したぞ。あの後、気を失っちゃうから死んじゃったかと思って……」


「そうか、よく死ななかったな……おい? ビスケット?」

 見ると、ビスケットは涙を流していた。


「心配したぞッ! その、ウィリーが死んだら私はどうすれば……って……ッ!」

 怒っているのか泣いているのかよく分からん。


「……悪い、心配かけたな」

 一応、謝っておくと、ビスケットはすぐにもとの表情に戻って


「あぁあ、分かればいいんだ。それより、何か食べたいものはないか? 今なら私が腕によりをかけてフィンランドの伝統料理を振舞ってやろう」

 ビスケットは右腕に左手を当て力こぶを作る。


「いや、結構です。なんか怪しい」


「む、酷いな。ヒドイゾ。私はこの溢れんばかりのウィリーへの思いを一体どこにぶつければいいんだ?」


「まぁ、その辺の壁にでもぶつけておけ。壁の包容力は凄いからな」


「おっと、そんな事をしたら壁が壊れてしまう。前回、試しに電信柱にぶつけてみたんだが、根元からぽっきり行ってしまった」


「そんな危ない波動を僕にぶつけようとしていたのか!?」


「大丈夫、大丈夫! 大丈夫だから。ほらウィリー。今ベッドの上に寝てるから大丈夫だから。いや、ベッドじゃないと大丈夫じゃないから」


「余りにも大丈夫連呼してると全然大丈夫に聞こえない上に、ベッド以外の場所でやったら死んじゃうって事じゃねーか。危ねーよそれ。いや、お前が一番危ない」


「大丈夫だウィリー。心配しなくてもいい。リードは私がするから後のことは本能に委ねろ。きっと良くなるから」


「はいはい。じゃあ、購買でジュース買ってきて。もちろんお前のお金で」


「ほう、私をパシる気か。それには私の波動を――と言うよりウィリーの波動を私に打ち込んでくれ。充電が必要だ」


「そんなんで充電できるか! いいから買って来い!」


「ふふん、なるほど。ウィリーはこういうプレイが好きなんだな。いいだろう! ウィリーに見合ったメス豚野郎になって戻ってくるからしばし待たれよ!」


「とことん勘違いが凄まじいな!」

 しかし、そんな僕の忠告を真面目に聞かずにビスケットは走り出した。


 こらこら、病院で走っちゃダメだろ。


 と、再び病室の扉が開かれた。誰だろう、と思っていると。


「……エレナ」


「おはよう、ウィリー君。どう? 調子は」

 エレナは相変わらず笑顔だった。


「もう、見ての通り元気じゃないですよー。いつ、退院できるんでしょうな?」


「ふふっ。多分、二~三週間くらいってお医者さんは言ってたよ。一応、この件はウィリー君の自傷行為で話が進んでるけど、よかったかな?」


「いいよそれで。つーか、何しに来たんだ? お見舞いって訳でもないよな」


「あら、心外。これでも心配してお見舞いに来てあげたのに。ナース服で来た方がよかったかな?」


「……」


「どうしたの?」

 エレナは顔を覗き込んだ。


 金髪ブロンドが鼻に当たりくすぐったい。


「いや、そんな事言うんだなー、って思って」

 僕は顔を振って髪をどかす。


「よかったな、エレナ。普通に戻れて」


「うん。ありがとう。迷惑かけちゃったね」


「気にすんな。僕のお節介と言う優しさがいい方に作用しただけだよ」


「ウィリー君らしいね。でも、お礼は言わせて」


「さっき言ったじゃんか」


「あら、痛いとこ突くわ」


「……あははははは!」


「……うふふふふふ!」

 二人して、なぜか笑う。


「ねぇ、ウィリー君」


「どうした?」


「もう一度、お願いするね。私と、友達になってくれる?」


「あははは! いやだね。僕はお前が大嫌いだし、お前は僕が大嫌いだもん」


「あら、やっぱり? じゃあ、質問変えるね」


「どうぞ」


「私と、付き合ってくれる?」

 エレナはさっきと同じテンションで尋ねた。


 そして、僕はこう答える。


「あははは! いいよ。――さっきはお互いに大嫌いって言ったけど、結局、お互いに大好きだからな」


 するとエレナは「そう」と言って。きれいに、しかし、どこか強くもある。


 初めてのうれし泣きをした。



で、これで終わりです。

次回作は、気が向いたらかきます。

いくぜっ、あたしのあしたは絶望っちゅう!

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