4 「未来のいらない道しるべ。」
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しかし、中々やってしまった様な気もする。今時の作品にドッカーンは無いだろう。ヤッターマンでさえ『ドッギャーン!』とかしているはずだ。
とはいえ、過ぎてしまった事なので悔いている場合ではない。それよりも目の前の問題にそれがどう活かせるかが先決だ。これが、後悔と反省の違いだと僕は思う。
思い返せば、僕はこんな事を言いながら。そういえば後悔ばかりしてきたなぁ、としみじみ思う。こんなチート能力――依存症なんか生まれ持ったせいで、失敗こそして来なかったものの、後悔ばかりだ。反省の出来ない成功した事への後悔、だ。
ちなみに、今下校中だ。
結局あの図書室でのレポートは全く出来ていないため、家に持ち帰ってやれと言われた。
(やらなくてもチートな異能のおかげで、留年と言う最悪な結果は免れるのだが一応、やるに越した事は無い。むしろ、僕みたいな奴が優先してやるべきじゃないのか? だからエレナみたいな勉強と人付き合いの不得手な、いじめられっこが誕生するんだよ。)
あれ? てか何で僕エレナの事考えてんだろ?
関わりたくないって自分で言いながら?
「あ」
噂をすれば。
少し先にエレナ・キャロットが歩いて(という表現は不適切だ。実際は超電磁浮遊登校靴を履いているから浮いて)いる。
距離にしておよそ二十メートル。この距離なら気付かれないだろうと思っていたら。
「ウィリー君」
彼女はこちらを向かずに僕の名前を呼んだので、びくっとした。後ろに目があるのかあいつは。
「……何で、分かった?」
堪忍したように僕は溜息をついて、エレナに近づいた。
「気配」
「あっそ」
「ウィリー君ってさ」
彼女はやっとこちらを向いた。多少の疲れが顔色から伺える。やはり、朝の一件が効いたのだろうか。
「実は、優しくないんだよね」
「……」
「そして、素っ気無いよね」
「よく言われるけど」
「しかも、私の事嫌いだよね」
……どうして、そんな事を聞くんだこいつは……?
自分の事が嫌いかどうか聞くなんて、大概終わっている。
「いや……それは…………」
「困ったら、有耶無耶にするよね」
「……」
「最終的に黙るもんね」
彼女は、僕を攻撃する。言葉で、態度で、視線で。
暴力以外の全てを使って、僕を攻め立ててくる。
その、攻撃から逃れようとする僕を、彼女はさらに攻撃し、追撃してくる。
「言って」
その内、ウィズリー三等兵の戦闘機はエレナ大佐の爆撃機に、軽く捻られて墜落した。
「正直に答えて。ウィリー君は私の事嫌いよね?」
ウィズリー三等兵は墜落し燃え上がる戦闘機から必死に這い出るが、
「……嫌い」
エレナ大佐に上から二千発の焼夷弾を落とされ、逃げる事も出来ずに。
答えてしまった。
「……そう」
エレナ大佐は焦土と化した地面を儚げに見つめ、
「私は、好きだったのに」
そのまま、墜落した。
「え……?」
僕は、今エレナが言った言葉が理解できなくて聞きなおす。
「でも、もういい。ウィリー君は好きだったけど、私でないウィリー君は好きになれない。じゃあ、さよなら」
その、さよならが何を指すのかは分からない。
ただ、彼女とは二度と会えないような。
そんな気さえした。
そのまま、エレナはそう言ってすぐに道を変えて僕から離れていった。
僕は何だかやりきれなくなって、走って家に帰る。
速攻でご飯を食べて、風呂に入り、歯磨きをして、明日のレポートを適当に仕上げて自室に入り、ベッドに身を投げた。
元々の原因は誰か。
そう言われれば、僕なのだろうか。
実行して、表向きの犯人はブックマンになるのだろう。
だけど、結局は。僕のせいなのだ。
全て僕が悪い。
「もう、ダメだよな」
僕は、何て奴だ。
終わっているのは僕の方だった。
間に合わない。無理だ。もう、彼女は僕を許さない。
「……はぁ」
後悔はしても、反省できない。
反省の出来ない失敗か。
こんなにも、立ち直れない物なのか。あまりにも重かった。早く、気付くべきだった。そういえば、そうだ。僕はずっとそうだったじゃないか。
「……寝よう」
電気を消して、部屋を暗くした。
自室のベッド。普段は落ち着いて健やかな睡眠時間確保の上なのだが。
今日は、眠れなかった。
* * *
とりわけ、朝と言う時間帯が大の苦手である僕は大抵二度寝をしてしまう。しかし、毎日学校に通っているものから見てみれば、二度寝の恐怖とは相当なもので「あと五分……」とか言いながら最終的には五十分寝てしまっていたということが多々ある。
そうなっても遅刻しないように、僕は毎朝登校時間の二時間前、つまり五時半に目覚められる様に体がプログラミングされているのだが。
どうやら昨日は眠れなかったらしい。
一度目の起きた時間が七時過ぎていた。
「……眠い」
いつもの習慣で二度寝を始めようとしたら。インターフォンが鳴った。こんな時間に誰だろうと思っていたが気にもせず二度寝を続けようたした。
「は~い。どなたですかぁ~」
どうせ、母が出るのだから僕が起きなければならない訳がない。
「朝早くにすみません。ビスケット・クッキーと言います。ウィリー君のお宅はここだと
聞いているのですが。合ってるでしょうか?」
……ビスケット?
「あらら、ウィリーのお友達? 彼女? ちょっと待っててくださいね。あ、家上がる? お茶でも飲むかしら?」
「いえいえ、お構いなく。まぁ、私の説明はそれである程度合っているので。ウィリー君を登校に誘おうかなと、思いまして」
「まぁ! ウィリーにもこんなに可愛い彼女ちゃんが! あの万年友達無しだと思ってたのに、ついに青春始めたのね……」
……なにやら凄い勘違いトークが玄関先で繰り広げられているような気がするぞ!
僕は急いでベッドから跳ね起き、着替えてお茶を飲み、歯磨き、顔を洗って玄関に来た。
「はい。よく図書室で会ってたんですけど、私の方から告白してみたら案外オーケー貰えちゃったりして……」
何の話をしているんだ、こいつらは。
「そうなの~。なら、付き合い始めたのは昨日からと言う事なのね~」
「はい、そうなります。今日、早速ウィリー君のお宅を伺ったのも私なりの礼儀として、お母様に挨拶でも、と言う訳でですね」
「まぁ、嬉しいわお母さん。じゃあ、これから家のウィリーをよろしくお願いします。あの子、あれでもちょっと寂しがり屋だから、一人に余りさせないでね」
「分かってますよお母様。このビスケットが見事使命を果たして見せます!」
「ふふっ。面白いわね。じゃあウィリーを……」
母がビスケットに背を向けて、僕の方を見た。
「あら~。ウィリー起きてたの。彼女ちゃんがお迎えに来てるわよ~」
「何の話をしてるんだよビスケット。僕たちは昨日面識が出来たばかりじゃないか。付き合い始めたのは昨日だけど、それは人付き合いの方だろ。彼女って何だよそれ。つーか、何しに来たんだよ」
質問攻め。
いや、マジで何しに来たお前。僕の大事な二度寝を奪った罪は重苦しいぞ。
「あぁあ。そういえばそうだった。ウィリーと自己紹介を交わしたのは昨日が初めてだったな」
「あら~? そうなの。でも、相手に名前を名乗ったら婚約と同義じゃなかったのかしら~?」
なになになに? 流行ってんのそれ? 何で母も知ってるの? 何処の民間伝承儀式なんですか。アボリジニやインディカの人たちもそこまで行ってないよ。相手に自分の名前を名乗ったら婚約って無理がありまくりだろ。
「もういいよお母さん。不本意だけどコイツが学校に行きたいって言ってるんだから、とりあえずもう行くから。赤飯とか炊かなくていいからね。そういうのホントやめてくれよ?」
「赤飯? 何だそれは? ウィリーうまいのか? 何イタリアンバジル味なんだ?」
「日本の祝いの席で出される赤いお米だよ。それより、何イタリアンバジル味ってそれで既に、イタリアンバジル味として味が成立しちゃってるじゃねーか」
「はははっ! ウィリーの突っ込みは朝から絶好調だな! 若干、説明が長い気もするが……」
「うるさい。朝は調子が悪いんだよ。昨日も余り眠れなかったし」
すると母が、ふふっと笑って、
「やっぱり、ウィリーが言う通り、彼女ちゃんじゃない見たいね~」
当たり前だ。こんな彼女なら僕は精神疾患者として危険な牢屋に入れられてもおかしくないぞ。
「今の突っ込み酷い」
ビスケットは僕の心内突っ込みを上手く読み取ったようで、すかさず突っ込んできた。
だから、地の文を読むなっつーの。
「ここから見てると、兄妹みたいだわ~」
「兄妹……?」
ビスケットがそう呟いた。
どうやら、こいつは兄弟姉妹が居ないようだな。
人間は自分に無いものに過度に反応するんだよ。
僕にも兄弟姉妹居ないけど。
そんな事を思いつつ、僕は玄関を開けて外に出た。
「じゃあ、行って来まーす」
「は~い、いってらっしゃ~い」
「行って来ますね。お母様」
ビスケットは僕の母に深々と頭を下げて、玄関を閉じた。
「お前、僕のお母さんを『お母様』って呼ぶのやめろ」
「え? どうしてだ?」
「変な勘違いが起こるだろッ! 見てるこっちはとても恥ずかしいんだ」
すると、ビスケットは僕の方を向いて少し微笑んだ。
「了解だ、お兄ちゃん☆」
……。
やっぱり?
「お兄ちゃんどったの? なんか汗びっしょりじゃん」
「どったのって。お前いつからそんなキャラになった。軸ぶれまくってんだけど」
「大丈夫だお兄ちゃん。お兄ちゃんで妄想してるから」
「おいっ。その言葉の中にどの程度大丈夫が含まれてるんだ。含有率ほぼゼロ%じゃねーか。」
「いや、軸がぶれてるから元に戻そうと思って」
「軸ごと叩き折ってんじゃねーか。ばっきばきだよ」
「ばっきばきなのか?」
「ああ、フルバッキだ」
「君なんてっ! バッキバキにしてやんよっ!」
「やめろ。そのネタは既にかなり使い回されている」
「あぁあ。そうなのか。知らなかった。流石お兄ちゃんだ。物知りだなぁ」
「句読点多いと棒読みみたいだぞ。もうちょっと感情の起伏こめて言えよ」
「わかった、お兄ちゃん。やってみる。……うわぁ! お兄ちゃんってやっぱり凄いんだねぇ! 私感動しちゃった!いろんな事を知ってるお兄ちゃんって、かっこいいよ! 凄いよ、凄いよ! 私っ、大きくなったらお兄ちゃんと結婚するぅ――! ……どうだっ!? 最高だろウィリー!」
「ちょ、マジやめろ。お前声でかい。もうちょっと静かに喋ってくれ。そして、大きくなっても兄妹は結婚できないぞ」
「? 何でだ? 私は馬鹿だからそのへんも詳しく頼む」
「法律で決まってんだよ。だから、お前のキャラは根底から間違っている。そもそも現実世界にブラコンなどいない」
「お兄ちゃん。私と法律どっちが大切なの? この後のサービスタイムの中でお兄ちゃんは私と法律どっちとるの? ねえ、答えて? 法律なんて、無視しちゃえ」
ビスケットはうるるっと目を潤ませてそう言った。
やばい!
萌える!
「うおぅ……。いかん、ビスケットで法律無視しそうになった。いや、でもそれは違うだろ。法律云々の前に規制がかかっちまう」
「あぁあ。この国は変なところで厳しいな。児童ポルノなんてどうでもいいだろ」
「ビスケットさん。ここ、舞台はドイツです。極東の島国じゃありませんから」
「では、お兄ちゃん、抜きます」
「何貫こうとしてんだよお前。朝から変な話をするな。気持ち悪い」
「そうか、ウィリー。じゃあ、学校着いたら保健室行こう」
「じゃあって、何をジャアした? 結果として話題変わってねーじゃんかよ」
「いや、ウィリーが気分が悪いというから先生に診てもらおうかと思ったのだが、無駄な気遣いだったか?」
「……もう、いいよ」
「? そうか。ウィリーは変な奴だな」
「お前に言われたくない」
そんな会話をしながら登校をしていると。
ある物が目に止まった。
「ビスケット。あれはなんだ?」
「あれ? あれとは一体どれだ? それか? それともこれか?」
「こそあど言葉だけで会話を進めるな。つーかこれって何だよ。何で小指立ててるんだ」
「分かった。あれの事だな。近付こう」
「分かったの? 読んでる人は全く分かってないけどいいの?」
「ウィリー、内情の説明は必要ない。私達はコレのみに没頭すればいいんだ!」
ビスケットはそう言い放った。
確かに、そんな事ばかり考えていたら話が一切進まないだろう。ある程度の理解をし
て頂きたいものだ。
「そうだな。じゃあ、近づくっても、靴は勝手に動くわけだし」
歩行を超電磁浮遊登校靴に任せ、二人はそれに近付いた。
遠目から見れば何か色の変なものかと思っていたが、違う。
近付けば近付くほど遠ざかりたくなる。
「おい、これ――」
日常生活では絶対的に無縁のかけ離れたモノがあった。
何を言えばいいのか分からない。分からないけど、とりあえず確認作業だ。
ビスケットの顔を見た。
「ウィリー」
ビスケットはそう言ってしゃがみこみ、地面にぶちまけられたそれを見た。
彼女の顔色は、青ざめている。
さっきまでのほんわかした雰囲気が一気に瓦解した。
「血だ」
地面に塗り込む様にまかれた液体は既に赤黒く変色し、固まっていた。
一体いつ、コレが着いたのかは知らないが少なくとも一時間以上前のものだ。
だが、それも分からない。
凝固剤を使えばすぐに固まるはずだ。
「ウィリー、凝固剤はほぼ使ってないと思うよ」
ビスケットは左――学校の方を指差した。
そこには、血が点々と続いている。
誰かが、血だらけになりながら歩いたようだ。
それが、永遠と学校まで続いている。
「凝固剤を使うとしたら、学校まで血が続くわけがない。犯人が使ったとしたらまず死体から処理するだろうから、こんな風に血が続くわけがないよ」
「じゃあ、犯人が学校まで運んだって事は無いのか?」
尋ねるとビスケットは首を横に振る。
「その可能性もあるけど、わざわざ通行人に見つかるリスクまで犯してすることだと思う? 私だったら車で運ぶぞ」
……正論だ。そういう場面はアメリカの大人気ドラマで何度も見たことがある。
「……言われてみればそうだけど」
「おそらく、殺人事件だと仮定するならば。犯人はおよそ一時間前にここで被害者を何らかの形で殺そうとした。被害者は倒れ動かなかったため犯人は殺したと思い逃走」
「だけど、実は死んでいなかった」
すると、ビスケットは僕を指差して「そう」と。
「被害者は犯人が去ってまもなく立ち上がり学校に行った。そうなるね」
「いや、おかしくないか? 何で警察呼ばないんだよ。つーか、何で学校に行く必要があるんだ?」
「そのことは私だって重々承知だ。……被害者はどうして学校に向かったのか……」
「とりあえず、警察呼ぶか?」
僕は携帯電話を取り出してビスケットに言った。
だが、ビスケットは。
「いや、もしかすると警察も救急車も呼ばなかったのは何か理由があるのかもしれない。そもそも殺人事件ではないのかもしれないだろうし」
「まてまて! その方がありえねえよ。何で警察を呼ばなかったのなんて携帯が無かっただけかもしれないだろ」
「そうか? 私だったらそこの家に駆け込んでるはずだ。『襲われました。警察と救急車をお願いします』って」
「いやでも。コレが何か事件性のあるものには変わりないぞ!」
それでも、ビスケットは警察を呼ぶのを許さず。
「違うんだよウィリー。コレはどうして被害者が警察や救急車を呼ばなかったのか、ではないんだ」
これは、どうして被害者は学校に向かったのか、なんだ。
と、ビスケットは何かを確信しているように言った。
「まぁ、いや。それもそうなんだけど……」
「とりあえず、学校に行こう。何か絶対にあるはずだ」
「……あれ?」
僕は、足元を見た。
「血が……」
「どうしたウィリー。早く行こう」
「いや、待てよビスケット。血が」
僕は何とか説明しようと、足元を指差す。
「血がどうしたと……っひうっ!?」
ビスケットは、女の子らしいかわいい悲鳴を上げた。
素になったらやっぱりコイツも女の子なのか。
ってそんな事はどうでもいい。
「――ない……そんな馬鹿な?」
さっきまであった血が、跡形もなく消えていた。
「お……おいウィリー。学校に続いてる血が……」
ビスケットは震えながら指差した。
「どんどん消えていくぞ……?」
続けて口を押さえ、
「ウィリー! なんだこれは!? ありえない! どういうことなんだ!? 説明してくれ!」
ビスケットは急に僕にしがみついて来た。
「いや、分かんないよ! 僕が説明して欲しいよ! つーか離せ!」
「いやだ! 怖い! ありえない! 怖いんだ!」
ビスケットはカタカタと震えながら泣きじゃくる。
コイツ、落ち着いていたと思ったら違った。そういえば、血を見たときかなり青ざめてたな。やっぱり、あの時から怖かったのか。
そりゃそうだ。こんなに大量の血を見て平常心を保てる方がおかしい。
僕だって最初訳が分からなくってビスケットに助けを求めていたじゃないか。
こんなに、怖がるビスケットに。
「……ッ!」
自覚したら、自分がかなり愚かだと思った。
『僕が説明して欲しい』?
馬鹿じゃないのか?
逆だろう。
何で僕が頼ってんだよ!
何で僕が安心しようとしてるんだよ!
「大丈夫だビスケット」
だったら、僕がやる事は彼女を安心させる事。
不安定な状況で不安定な彼女を。
「行こう。学校に」
僕はビスケットの手を握り、学校に向かう。
どうせこの程度しか出来ないのだから、この程度を目一杯がんばろう。
「……うん」
ビスケットはまだ若干怖がっているが、それでもうなずき返してくれた。
それだけでも十分だ。
「分かった」
僕は彼女の手を引き、血の続く学校に向かった。