2 「いじめ以上に快感を。」
お友達募集中ー☆
現実世界にはお友達なんていらないのっ!
ってなわけで2話目あげますぽ。*。。*
結果として言えば授業には間に合っていた。あの後、動かないエレナ・キャロットを置いて行き、学校に着いたのが授業の四十五秒前。一時間目の物体空間移動の実習の途中でエレナ・キャロットは教室に入ってきた。周りからの奇異な視線を当てられている辺り、どうやら彼女の言っていた事もまんざらではなく、明らかに女子からハブられている。
僕も、クラスのたった一人の男子なので実習やら実験やら大会やら。そのような班での共同作業、あるいは対抗授業的なノリはしていてかなり不愉快だ。どう考えても避けられている。最たる例はある日、僕が諸事情で遅刻したときの事だ。僕が学校に着いたときは既に二時間目の始まりのチャイムが鳴り終えた後で急いで教室に入ったときだ。僕は恐るべき光景を目の当たりにした。
「――誰もいない?」
慌てて今日の二時間目の授業を確認したところ、女子らしい、かわいい丸っこい文字で『しゃかい』と書いてあった。(平仮名がイラっと来る)なるほど、社会で移動教室は珍しい。とりあえず目星の着いている教室を探した。図書室、CP室、視聴覚室、他クラス共同かもしれなかったので講堂、多目的ホール。もしかすると抜き打ちテスト、という可能性もありえるため試験室まで探した。
だが、どこにも我がSSSクラスの女子たちはいなかった。そもそもこの学校は無駄に広い。外観が既に城みたいで、内部は地下二階から四階まである。いや、学校に地下施設造るなよ。空気が淀んで授業に集中できないじゃん。
とはいえ。何かもう探す気も失せてしまい、僕は教室に戻って自分の机で寝ていたら、女子たちが帰ってきた。彼女らは僕を見るなりかなり気まずそうになり、全く目をあわせようとせず、それぞれの席に座った。その後、僕は一人の女子に聞いたのだがどうやらその日は社会の先生がバスタブから出れなかったらしく(なんつー理由だ)、代わりに家庭科があり家庭科室にいたと言う。
「ご……ごめんなさい。せめて、黒板に書いてたら……」
その子の言うとおりである。社会と思って書く特別教室を探し回る奴が、校舎の端っこにある家庭科室など調べるはずもない。
まぁ、どうせ料理でも作っていたのだろう。魔法クッキーとかその辺の。そんな授業だったとしたら逆に好都合だったかもな。
けど、せめて伝えておいて欲しかった。社会から家庭科に変わった、とかその程度の伝言でもよかった。
そんな事を思っているとき、ある女子を中心とした数人が僕に近づいてこう言った。
「あれー? あんた来たの? 不登校になっちゃったかと思って黒板に移動教室先書くの忘れちゃってたわ。メンゴ、メンゴ」
――ちなみに、このエピソードは僕が初めて本気の殺意を抱いた瞬間でもあるのだが。
……ん? この時、僕に事情を説明してくれたのって誰だっけ?
と、その時。
「あれー? あんた来たの? 不登校になっちゃったかと思って実習に必要なプリント全部捨てちゃってたわ。メンゴ、メンゴ」
なんかものすごーく最近聞いたような台詞が聞こえた。つーか、あのときと全然変わらない台詞じゃんこれ。
「え……そ、そんな……。じゃあ、私どうすれば……」
これも聞き覚えあるぞ。誰だっけな……えーと…………。
いいや、考えるくらいなら目で確かめちゃえ。百聞は一見に如かずだ。この場合はちょ
っと意味が違うけど。
「どうすればって。あたしに聞かないでよ? あんたの問題でしょ? 物質創造魔法でも使って紙を召喚すればいいじゃない」
「でで……でもっ……。別に捨てなくてもッ……!」
ああー。一人称が私の方がエレナ・キャロットで、あたしの方がアルヴィーナ・ブック
マンか。
アルヴィーナ・ブックマン。エレナ・キャロットと同じ金髪で、しかし髪型はポニーテイル。つり目で胸も大きく大層な自身家。成績優秀八方美人。このクラスのトップ的な存在で弱い者いじめが得意。事あるごとにエレナ・キャロットに嫌がらせをしている、いわば悪そうな奴だ。
「何よ。遅れてくるあんたが悪いんじゃないの? なんであたしに突っかかるわけ? わけわかんなーい」
「だって…………」
「『だって』だって!」「キャハハハ!」「エレナさ、ルヴィーに最近反抗的よねー?」
と、アルヴィーナ・ブックマンの周りにいつもいる女子数名は口々にエレナ・キャロットを非難する。そして「『だって』だって!」だって? 何だそれは、ギャグのつもりか。
そして、今にも泣き叫びそうなエレナさん。涙腺が結界寸前だ。
「……あ、そっかぁ☆ あんたさぁ? プリント程度の物質さえ召喚できない落ちこぼれだもんねぇー。無理言ってメンゴ、メンゴ。仕方がないからあたしが創ってあげるわ。有難く思いなさい」
むかつくなー、あいつ。どうやって☆マーク表現したんだよ。そして、あの謝り方クセなのか?
実習担当の先生は寝てるし。やりたい放題だなみんな。
「……ぅ…………」
エレナ・キャロットは泣く一歩手前で頭を下げてお礼の意を示した。……普通、あんな事されたら頭なんか絶対に下げるべきではない。なぜなら、付け込まれてしまうからだ。
「……何やってんの?」
アルヴィーナ・ブックマンは首をかしげる。
「――え?」
エレナ・キャロットも同様に首をかしげた。すると、アルヴィーナ・ブックマンは地面を指差して「しないの?」と言った。何をしなくてはいけないのか、エレナ・キャロットには分かったらしく、一瞬戸惑う。しかし、アルヴィーナ・ブックマンとその周りの女子たちが視線で促すので、彼女は周囲の注目を集めている中で床に指をつけて深く頭を下げた。
大粒の涙を流しながら。
それでも、アルヴィーナ・ブックマンは追い討ちをかけるように、
「――舐めなさい」
あいつには遠慮ってものがないらしい。人を追い込む事に罪を感じていない。
流石に彼女も顔を上げて首をふるふると横に振った。どうやらあれが精一杯の彼女の反抗らしい。だけど、アルヴィーナ・ブックマンは「何よ」と言う。
「さっさと舐めなさいよ! いやらしく、汚らわしく、卑しく舐め回しなさいよ! あんたがそんな目で訴えたところで無駄なのよ! ここではあたしが絶対なの! いいから舐めなさいよ!」
「う……うううぅぅ……。うううぅ…………」
最低だな、その理論。その倫理観。僕だったらノータイムで殺っちゃってるけど。
その時だ。エレナ・キャロットが必死に僕に視線で助けて、と言ってきたのは。
お願い助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。と、何度も何度も僕に助けを求めてくる。だけど、ダメだ。嫌なんだよ。僕はその中に入りたくない。関わりたくない。主人公みたいにヒーロー気取りで介入したくない。面倒なんだ。主人公職は。
僕が、そんな意味合いで取った行動――つまり、視線を逸らす。その瞬間、誰が一番最低な人間なのかがわかった。
彼女は、そんな僕の行動を見た瞬間、絶望的な目をして下を向いた。
何をエレナ・キャロットがしたのかは、目をずっと逸らしていたため分からない。だが、大人数の笑い声と、一人の泣き声はその状況を僕に正確に伝える。
しばらく経ってアルヴィーナ・ブックマンがもういい、と言ってエレナ・キャロットに
一枚の紙を手渡した。そこには本来クラスと氏名番号を書く欄が右上に設けられているのだが、既に氏名はErena Calotteと真っ赤な血文字で書かれていた。
* * *
とにかく。このままではエレナ・キャロットが家に戻ってくるなり、いきなり首吊り自殺でも図ったら大変なので、フォローを入れておく必要があるだろう。
僕のせいでもあるわけだし。
次の授業は移動教室のため全員足早に教室を出る。教室内には僕ともう一人、ずっと泣きっぱなしの奴だけが残った。
「……おい」
近づいて声をかける。別に遠くからでも良かったのだが、少しでも反省の意を表すため
近づいているのだ。
そんな僕に、エレナ・キャロットは、
「あ、……」
何も言わなかった。ただ、こっちに視線を一瞬向け、すぐまた下を向いてしまった。
「……」
ごめんな、僕があの時助けに入ってたらこんな事にはならなかったのに。助けてやれなくてごめん。僕が弱かったからだ。許してくれ。
とは、言えず。その場で立ち尽くしていたら。
「――早く行ってよ。関わらないって言ったのそっちでしょ……」
拒絶されてしまった。ひどく、抵抗を示す彼女に、
「そうか」
と、無責任に味気ない感じで答えて、彼女に言われるがままに教室を出た。たったそれだけの事だ。たったそれだけの事なのに。
僕はどうしてこんな、やりきれない気分なのか。
そして、できる事なら合わせたくなかった焦点が、対物とばっちりピントが合ってしまった。ふむ、これが生物の性と言う奴か。見たくないものほど確かめるようにしてみてしまう。――どうせ、これ見たらオチオチトイレにも行けないだろうなぁー、と言いながら怖いテレビ番組を、やっぱりどうしても見てしまう感覚に近い。
つまり。
教室を出て数十メートル先にアルヴィーナ・ブックマンと不愉快な仲間たちがいた。何だあいつら。あんな所で待ち伏せみたいな、とおせんぼみたいな、廊下の真ん中で陣取りやがって。少しは通行人の気持ちってもんを考えろよ。
「ウィリー。あんたエレナになんか言ったの?」
アルヴィーナ・ブックマンは僕にそう聞いてきた。
「……」
無視。気持ちのいい位のスルー。
「ウィリー! 何を話していたの? 答えて!」
「別に」
「別に、とはあたしに言ってるの? 言うようになったわね、エレナと同じ落ちこぼれのクセに!」
「あ、そ」
「何も言い返せないのねっ! 全く持って、これだから無能は……。あたしが皇帝になった暁には、あんたみたいな愚民共は一生奴隷として惨めに扱ってあげるわ!」
「頑張って」
「応援なんかしたってあなたは国民投票する権利さえ与えないから無駄よ! せいぜい一人で人権宣言でもしてなさい!」
「はいはい」
「さぁ! とまりなさいウィリー! 今とまるのならばあたしが将来住むであろう、お城の掃除ぐらいならただで働かせてもいいわ! 光栄に思いなさい! 国民栄誉しょうものよ、きっと!」
「お褒めに預かり光栄ですエンペラー。いいから通してください」
「あーなーたーを、とおッせんぼっ!」
バッ!
「ウザっ!」
「いいからとまりなさいよ!」「そうよ! ウィリーのくせに生意気だわ!」「ルヴィーの命令は絶対服従なのよ!?」「と・ま・れ! と・ま・れ! と・ま・れ!」
「はぁ……」
行く手を阻まれた。面倒くさいなぁ、もう。
「じゃあ、ブックマン。『座っていいよ』?」
僕は彼女に座ることを許可した。
「なっ!? え――」
すると、ブックマンは(初めて名前呼んだ)強烈に、地面に埋まるんじゃねーか、と思うほどに迅速に、かつ従順に地面に座り込んだ!
彼女は必死に抵抗しようとするがとめられない。何度も立とうとするが本能的に座りたいと、思っているのだ。
「ルヴィー!?」「どうしたの!?」「立ってよ!?」「早くっ!」
ブックマンの周りの女子たちは急いでブックマンを立たせようとするが。
「やめてっ! 立たせないで! 座らせて! 座ってたいの!」
ブックマンは彼女らの手を振り払った。
「一体どうしたの!?」「立ってよルヴィー!!」「こんな奴の言いなりになんかにならないで!」
「離して! 近づくなッ!」
ブックマンは吠える様に威嚇する。両手を思いっきり振りかざし、かなりの抵抗を見せる。
「分かったか、ブックマン。命令とはこうやって――促して使うんだよ。分かったら僕を通してくれ」
「嫌よッ! 通さないわ! そして、絶対に立たないわ! エレナとあんたは何を話していたの? さぁ、答えて!」
何で僕がそんな事を言わなくちゃいけないんだ。
というか、どうしてブックマンはこうまでして僕を吐かそうとするんだ? 座りながら
の脅迫は全く怖くないんだぜ?
「……仕方が無いな。立たすぞ」
「ひいぃっ!? や…………止めてください! じゃない! 座ってたいのよ、命令しないで!」
ブックマンは怯えたり強気になったり大変である。
そもそも、なんか緊張緩わかないんだよな。座って脅迫してくる女子と無視したい男子って、絵的にふざけてる様にしか見えない。
――そろそろか。
「ブックマン」
「な――何よっ? うっ、あたしに何か言いたい事っ……はぁ……でも、ああ…あるの?」
「座ってて、どんな気分だ?」
僕のその質問に対して、ブックマンは体を震わせた。
おそらく、もう分かってしまったのだろう。自分が座っていることに対して抱いてしまっている感情について。
「……っ! そ……それは」
――――僕の異能は『依存症』。まず、相手の名前(偽名、ペンネームでも可)を呼び、次にその相手に動作を許可する形で命令を与える。すると、相手はその行動に依存してしまうと言う、なんだかよく分からない能力だ。
一概にしてみれば使えなさそーな異能だが、これがかなりのチート能力だったりする。
一つに強制力の強さだろう。例えば子供に勉強をさせても何も言わなければすぐに飽きてしまう。だが、子供を遊ばせて見ると親がとめない限りずっと遊び続け、泣く子供だっているだろう。
それと同じで。
つまり、『相手に強制的に行わせる事を一番好きな事にしてしまう』異能。それが『依存症』だ。だから、相手の動きの主導権を奪うとは違い、「やめたくない」と言う思いも相手に植え付けるため、遥かに強制力を持たせてしまうのだ。
それと同時に。この異能のチートなところその二。
『依存症』の効果によって行っている行動は、徐々に相手に快感を与える。
つまり、やってて気持ちいいのだ。
生き物にとって、これ程チートな能力はないだろう。
と言うわけで。
おそらくブックマンは今、大変な状況にある、と思う。
まぁ、彼女自身は段々と気持ちよくなってきてるので自覚はないと思うが。その様子を見ている周りの女子たちが大変だろう。
目の前で自分たちのボス的な存在が、カス同然の僕に思うように扱われているからだと思う。
ブックマンの顔が赤く染まってきた。声も上ずってきている。
そして、ブックマンがとろけるよな上目遣いで僕を見てこう言った。
「きっ……気持ちいいれす……。あっ」
「あっそ」
僕はそう素っ気無く答えて、ブックマンから視線を外して、『依存症』を解除してあげた。
――すると、彼女は開放されるように立ち上がった!
……と、何か格好よく表現してみたが、実際は普通にゆっくりと立ち上がっている。まぁ、表現の自由という権利もあるから多めに見てもらいたい。
「どっ! どうして……? もう少しだったのに……」
驚きを隠せない表情で首を傾げるブックマン。まぁ、何がもう少しだったのかは分からないが、あえて言うことでもないだろう。
「あぁ、ブックマン。一つ忠告しておくけど」
僕は思い出したように振り返る。ブックマンは身構えたが、顔が急に赤くなってもじもじし始めた。なんか見ていて不快感が増す一方なので、手早く。用件だけを軽くまとめてさらっと言った。
「僕とエレナを同じにしないでくれ。僕は彼女なんかよりも――」
――と。そんな曖昧な事を言った僕に、ブックマンは何か言おうとして、しかしそれを喉の辺りでぎりぎりとめて、結局黙った。
かなり、複雑な表情だったがさほど気にもせず、僕はさっさと移動教室先に歩いていった。背中にブックマンの不愉快な仲間たちの罵声がのしかかる。
ふと、窓の外を見ると黒く厚みのある雲がなんともいえない雨模様を描いている。
寒くなったね。
おかえり。