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「HELLHEAVEN 少女蒼恋」

 また、日が昇る。と、同時に母が僕たちの手を握って言った。


「いってらっしゃい。帰ってきたら、おいしいご飯用意して待ってるからね~」


 その後、何の前触れもなしに母の物体移動の異能『閉所恐怖症』が発動した。


「・・・・・・っむお!?」


 未恋の小さな驚きの声の直後、世界が一瞬白く染まり――――。次に瞬きをする頃には目の前には今までいた自宅の景色とは一転。


「・・・・・・あ」


 見渡す限り、炎と悲鳴に包まれた場所だった。天界という名前の響きからはほど遠い、地獄みたいな所だった。


「あら~、間違えて地獄に来ちゃったわ~」


 いや、リアルに地獄に堕ちたらしい。母が呑気に言うべきではない言葉を口にする。


「そんな馬鹿な!! 方向的に言えば言葉通り、天と地の差なのに!?」


「間違いは誰にでもあるわよ~。今すぐ天界に行くから、ちょっと待ってね~」


 と言うか、さっき「行ってらっしゃい」って言ってたのに普通に着いて来ているという。おかげで助かったけど。


「初めて地獄なんて来たけど、私たち死んだの?」


 アイリーンが平坦な声で聞く。


「そりゃ、初めてだろうな。僕も初めてだ。終始悲鳴が聞こえる場所なんて」


「まるで世界の断末魔じゃ」


「未恋、上手くねーよそれ」


 そろそろ母のスケールのデカい間違いを犯す癖を直したいと思い始める僕であった。


*   *   *


 とりあえず、母のおかげで天界まで移動できた僕たちはこれまた母のおかげで大会会場までひとっ飛び。ルーラってやっぱり便利ね。


「あら~、ウィリー。お母さんのルーラは一度も行ったことのない町にも行けるのよ~」


 あぁ、そうですか。そんなにレベルの高いルーラを使えるんなら場所間違えないようにして下さい。もしくは某SQの看板マンガみたいに服を残してワープとか。そんな機能もあれば二重丸です。


「服だけ飛ばす方が簡単なのよ~」


「だから、早着替えが得意なのか!」


 ではなくて。


 母のおかげで大会会場まで来たものの、そこは既に言いしれぬ緊張感が漂っていた。何か、僕が一般人すぎて逆に浮いてるな。ナメられてるようにしか見えないぞ。


 どうやらここは大会の会場前の広場のような所だ。すぐ目の前にある競技場のようなゴツい建物の入り口に『もうすぐ解放します』と雑な字で書かれてある。誰だこんなやる気のないスタッフ雇った奴。


 と、僕はふと近くで黙って辺りを見回している少女を見る。アイリーンと未恋だ。二人は仲良く手をつないでいるが、その表情はまるで戦場に立つ軍隊の一員であるかのようだ。端から見ててちょっと怖い。


 ごくり、と僕は生唾を飲む。今頃になって緊張してきた。一体決戦のルールとは何なのか。そして、作戦の内容とは。耳にかけておいた通信機を右手で触る。今まで一度も交信していない。キルショットの連絡がいつ来るか分からないので、常にこちらにも気を配らなきゃいけない。


 と、一人の冴えない男が二回手を鳴らし、周囲の注意を彼に引きつけた。


「はいはーい、みんなよく集まってくれました。えー、残り五分くらいでここ解放するんだけどね・・・・・・」


「・・・・・・男か女か分からない奴」


 アイリーンがその男を見るなり言った。確かに、痩せていて髪は妙に長く、声も少し高い。見るからに威厳も迫力のないその男は、直後、とんでもない事を口にする。


「人数多いし、何人か減らそうか? 君たちもライバル減らせて楽でしょ? あ、そうそう。僕が一応天界を統治してる神様なんだけど・・・・・・」


 瞬時に辺りを殺気が包む。ここにいる全員が殺る気になった、という感じだ。


(・・・・・・!! 何故だ!? どうして全員あの男の言葉を鵜呑みに出来る!?)


 一秒の硬直があった後、僕の耳は二つの音を聞く。一つはここにいる選手たちの雄叫び。もう一つは・・・・・・。


『伏せろ!! 巻き添え食らっても知らねえぞ!!』


 という小型無線機から聞こえたキルショットの怒声である。


「未恋! アイリーン! 伏せろ!」


 僕は振り返り、二人を抱くようにして地面に叩きつけた。


「ど、どうしたんじゃウィリー!?」


 僕と未恋とアイリーンが地面に倒れるのと同時に、周りにいた選手から順番にどんどん地面へと崩れていった。そして、少し遅れて銃声が遠くで鳴る。


「・・・・・・ッ!!」


 キルショットが上空で使用したのはおそらく連射可能なスナイパーライフル。音速より早く弾が着くのはそれ以外考えられない。しかも、何丁も持っていたようだ。弾切れを全くしない。一定のリズムで人が血を流し、倒れていく。


「・・・・・・」


 その様子を神様は表情一つ変えずに見ていた。にやりと、薄ら笑いを常に浮かべる。すると、雨のように降る銃弾のうち、一発が神様のこめかみに被弾した。弾は貫通し神様は左こめかみから右こめかみまで一気に貫かれた形になったのだが。


「痛い。あぁ、これ結構痛いぞ」


 とまるで転んで擦りむいた傷を心配するように、左右の手でこめかみをさすった。


「――――しかし、乱暴なことするねぇ。まぁ人数減らせて万々歳かな?」


 神様は僕たちの方を見る。「サポーターが入れるのは競技場の中だから、これじゃ反則とれないね」と言って近づいてくる。


 笑顔で。ひたすらに、薄い笑顔で。


「や、止めろ。近付くな!」


 僕は頭から血を流すその男に向かって叫んだ。その声に反応して未恋が、少し遅れてアイリーンもそっちを向く。


「いつの間に・・・・・・?」


 アイリーンはそう呟きながら銃弾の雨が降り注ぐ中でその男に注意するように、右手を前に出し左手を少し引いた。アイリーンの『七色の刃』を効果的に、効率的に扱うための最善の体勢だ。


 そして、次の瞬間銃弾の雨は神様を名乗る男を中心にした集中砲火へと切り替わった。


*   *   *


 上空にいたキルショットは不意にウィリー達に近付く長髪の痩せた男をすぐさまヘッドショットし、流れるように次の標的へと銃を構える。そしてある程度ウィリー達の周りの雑魚を一掃した後、再びスコープをウィリー達に向けると・・・・・・。


「なッ!!? 完璧にこめかみを打ち抜いたはずだったぜ!? まさか・・・・・・」


 すぐにその男に銃を向け――――周りにあった5丁のスナイパーライフルも全て――――全弾を急所へと叩き込んだ。頭部に3発、喉に2発、心臓に1発、両太股に2発ずつ、駄目押しの額へ2発ぶち込んだ。さらに全てのスナイパーライフルを再装填し、次は両手に2発、腹部へ4発、頭部へ3発、最後にスナイパーライフル専用榴弾を体のど真ん中で炸裂させ男を後方へ弾き飛ばした。


 ――かに見えた。


「!?!?」


 男は爆煙の中からひょいと首を出した。何一つ変わらない表情で。


 当たってない!? おかしい、さっきは当たっていたはずだ! 初弾のこめかみからの出血もこの目で一度は確認した。


 なのに、ただの一発が当たったのに、なぜあの乱射が当たらない!?


 初撃は不意打ちだったからか? いや、関係ない。二発目だってほとんど不意打ちみたいなものだ。音速を超えるライフル弾は人間はもちろん、全ての生物が避けられるはずがない。


 が、キルショットには分かっていた。最後の一発でようやく分かったのだが、弾が当たる瞬間空間が歪んだような光と弾の屈折を見た。


「なるほど」


 キルショットは銃を撃つのを止め、スコープでその男を見る。そしてウィリーに繋がっているインカムの交信をオンにする。


「おい、ウィズリー。聞こえるか? 聞こえるなら咳を一回しろ」 


『え、コ・・・・・・コホン』


 インカムの先から遠慮がちの咳が聞こえる。そして『え? どうしたのお兄ちゃん、いきなりあからさまに、わざとらしく咳なんかして』とピンク少女の声がする。


「目の前の男は人間じゃない。おそらく『立体映像ホログラム』だ。つまり、それは実体じゃないってことだ」


『・・・・・・』


「害はないから安心しろ。ただし、そいつがもしかすると『神様』かもしれねえ。蒼色に聞いてみろ」


『ああ。――――未恋』


『なんじゃ?』


 ウィズリーと蒼色未恋の会話が始まる。


『僕たちの目の前にいる、男は誰か分かるか?』


『・・・・・・まだ、なんともいえん。確かに今声は聞いたが、あまり聞き覚えのない声じゃった』


 ウィズリーはじゃあ、と言って『髪が中途半端な長さで、落ち着いた口調で、多分姿は今見えてるけど――――『立体映像』って奴かもしれない』と言った。


『ホログラム? ってまさか!?』


 未恋は声を荒げる。


 そして、目の前の男は不意に語りだした。























「や、どうもこんにちは。そして、初めまして。僕がここ天界を造り上げた『隔離部屋主クリエイター』の・・・・・・」


 目の前の男がそう言いかけたところで、未恋が突如大声を発す。


「きっ・・・・・・!! 貴様アアアアァァァァァァ!!! 死んで償えッ!!! 『携帯音声セレフォン』、モード『地獄に叩き落とす剣』」


 未恋は叫ぶや否や、僕たちが制止させるのも振り払って跳躍しその神様に突進する。


「『ずばーん!!』」


 という気の抜けた擬音語を発し、手に形容しがたい巨大な剣を精製する。そしてホログラムを一刀両断。


「・・・・・・本当にホログラムじゃな」


 そう、斬れない。いくら彼女が強かろうと、所詮は絵に描いた生き物を殺そうとするようなものである。意味が、ない。


 と、ホログラムの神は未恋の顔を見て、言う。


「おや、君はもしかすると・・・・・・。あのビショップとエンジェルのペアの娘さんだね。目が大変なことに盲目っぽいが、面影がある」


 自分を殺そうとした少女にまるで、姪に話しかけるようなニュアンスでそう尋ねる。


「貴様! 父上と母上を覚えているのかッ!?」


 未恋が振り返り声を荒げて言った。


「覚えているさ。今君たちエンジェルやビショップが現在のような高い地位にいるのは彼らの死のおかげでもあるからね。確か、エンジェルとビショップが出した他の代表が見せしめのために殺したんだった。歴代の決戦の戦死者の中でもそうとう可哀想な死に様だったよ。同じ種族の同胞から首を切られて戦場に掲げられた・・・・・・」


「黙れッッ!!!!!!!」


 辺りが静まり返る。


「未恋――――」と、アイリーンが小さく呟いた。


 すると神は顎に手を当てて「ふぅ」と溜息をついた。


「もしかすると、君は僕を恨んでいるのかい? だとしたらそれは大きな勘違いだよ。そもそも僕は君に対して償いをしたいと思っている」


「・・・・・・?? な、なんじゃと?」


「だから君が優勝したら君の望む物を何でも言いたまえ。もちろん、おもちゃ箱に厳重に保管されている僕の心臓であろうとね」


 未恋は焦っていた。まさか、この世で最も恨むべき存在がこんなことを言い出すなんて。今まで保ち続けたこの復讐心がやり場を見失い、未恋は戸惑う。どうすればいい。


 我は一体どうすればいい?


「未恋!」


 僕は未恋に呼びかける。


「うぃ、ウィリー。クソっ。こ、困ったぞ。どう反応すれば・・・・・・」


 未恋は髪を揺らして俯いた。手に持っている武器も床に落としてしまう。


「未恋、迷わなくていい。お前は目的を果たすんだ。その後のことは後で考えろ。今為すべきことは優勝だろう?」


 僕は未恋にこの程度の言葉しか言えなかった。未恋は小さく首を振って「しかし・・・・・・」と涙声で言った。


「未恋・・・・・・。私は」


 アイリーンが僕の後ろから前に出た。


「私は未恋と優勝したい、それにもう一度未恋の笑顔が見たい! バカの塊みたいなお前が元気無くして泣いてるなんて、非常識!」


「な、何をぅ! 貴様、我がバカの塊じゃと!?」


 アイリーンの少し小馬鹿にした台詞に反応し、未恋は顔を上げて怒鳴った。今のは、アイリーンの励ましだ。まだ、人との関わりが少ない、精一杯の彼女の友人に対する激励。


「・・・・・・いいかな? 話はまとまった?」


 ホログラムで出来た神は微笑みながら問いかけてきた。


「ふん! 黙っていろ! 別に我は後ろのアホ二匹に励まされて言うんじゃないんじゃからな!」


 それは既に励まされて言いますという意味に繋がりますよ。


 反実仮想、いや反語か?


「本当に、ハートを差し出すんじゃな?」


「もちろんだ。我が身はもういつ死んでもいいんでね、ここにもう未練はない。――――永く生きすぎた」


 神はそう笑った。笑いながら言う台詞ではないんだがな。


「ただし」


 と、神は指を立てて僕らの背後を指さした。


「優勝、できたらね♪」


 同時に、何もない空中が爆発を起こした。


























 閃光と爆音と熱気。それら三つが同時にこの空気を轟かせた。


「!!!?? な、何!? 非常識!!!」


 アイリーンは声を荒げる。何もない空中から突然、零空のような戦闘機が姿を現し、それが炎を上げながら墜落しているからだ。


「ま、まさか!」と、僕はある一つの最悪の状況を想起する。


 キルショットはきっとあの中にいる。


 そして、もうまもなく死ぬ。


 そう思うや否や、二度目の爆発。今度は機体が四方八方に離散し、戦闘機はもうその原型を保っていない。


 不可解だ。おそらく、キルショットが敵襲を受けたのは確かだが、腑に落ちない。最新科学の光化学明細が付いてるとか、戦闘機で上空何百メートルにいるとか、そういうことを全て抜きにして明らかにおかしい。


 なぜ、インカムに敵襲を受けたと、連絡が一度も来なかったんだ!?


「っく! キルショット・・・・・・。いろいろ被害被ったりしたけど、理不尽に死なせてしまってゴメン!」


「うっぜーな! そしてそれ謝ってねえだろ!」


 ガスン! 僕は地面にめり込んだような気がした。実際にめり込んでいる。膝くらいまでずっぽりだ。


「うわ! ぬ、抜けない! というか肩痛い!」


 肩を見ると足がある。その更に上を見ると、怖い顔をした女の人がいた。


「・・・・・・あ、どもっす。キルショット先輩」


 ちなみに僕がめり込んでいる理由は、釘のように棒立ちの僕にキルショットが上からハンマーのごとく降ってきたからである。はっはっは、何だこの状況。


「誰が先輩だクソガキ。それより、お前が俺の心配なんかしてんじゃねえよ、胸くそ悪い」キルショットは元気そうに答えた。


 怪我とかはしていないようだな。普通即死レベルの大爆発だったのに。


「――――で、だ。狙撃者はどこにいる」


 キルショットは僕の肩から降りて、ついでに僕を引っこ抜いて言う。


 狙撃者とは、おそらくキルショットの戦闘機を打ち落とした奴だろう。そんな奴、僕は見ていない。


「分からない、というか銃声も聞こえなかった」


「ハッ! 俺の戦闘機(チェイサーからの借り物)が一瞬でおじゃんになったんだぜ? ミサイルレベルの兵器じゃねーと撃ち落とされねーよ」


「じゃあ、弾とか見えなかったか? キルショットくらいの視力があれば容易に視認できるだろ?」


 キルショットは首を振った。


「いや、見えなかった。少なくとも、俺にはな」


「じゃあ、一体・・・・・・」


 何が撃ち抜いたというのだろう。戦闘機を木っ端微塵にするほどの威力だ。


「考えてても仕方ねえ。――――おいピンク玉、蒼色。お前らも探せ」


 アイリーンと未恋はこちらを振り向き、とっても嫌な顔をした。


「んだよ、お前ら。まだあんときのこと引きずってんのか? 早めに忘れちまえよ」


 それは無理があるだろう。失明させたり、腕折ったり。僕だって全然許しちゃいないからな?


「まぁ、いいよ。とにかく、絶対に狙撃手がいるはずだ。そいつを探し出して――――」


 と、キルショットは言葉を止めた。そして左の方を向いて無表情に呟く。


「ガキ共、左だ。4人いやがる」


 言われたとおり左の方向には4人の男女が近づいてきていた。


「くひひひひ、ど、どうやらさっきの銃撃ってあいつらのせいらしいね・・・・・・」


「うん・・・・・・と思う。そして生き残りはもうあいつらだけだよ・・・・・・と思う」


「ウウウヴヴヴ・・・・・・」


「どっちにしろ全員勝手に殺してくれてラッキーってことよね。出来るなら自分たちで自殺までしてくれてたらよかったけど」


 4人はそんな会話をしながらやってきた。何の警戒もせずに、何の恐れも抱かずに、歩いて。


「・・・・・・そのデカい奴はうずくまってたところを俺がぶち抜いたハズだが・・・・・・」


 と、キルショットが尋ねるとそのデカい奴は「ウウウヴヴヴ・・・・・・」と唸るだけである。


 ヤバそうな雰囲気だ。何にしたってデカすぎる。2mはありそうだ。


「くひひひひひ、ざ、残念だったナァァ~~~~? こいつには、デリート・ラルリレリには、そンなチンケなオモチャはきかねェェェよ?? こいつの巨体のおかげで、俺らは、くひッ、全くの無傷なんだぜェ~~~~??」


 と、隣にいるちっこいオッサンが語りだした。しゃべり方が鼻につく野郎だ。


「ウウウヴヴヴ!!」


「んんんん~~~~??? 誉めてほしいのかデリート? よくやったぞォォ、よ~しよし・・・・・・」


 小さいオッサンがデカい人間しゃがんだの頭をなでる。


「・・・・・・汚い絵」


「アイリーン! 思っても声にはしないで!」


 アイリーンがもっともなことを言う。確かに、このおっさんたちはキモいが・・・・・・。


「・・・・・・マゼンタ。貴様一体何しにきた?」


 未恋は隣にいる未恋とは対照的な『真っ赤』な格好をした少女に尋ねた。


「うるさい犬ね。蒼色、一体誰の許しを得て妾のことを呼び捨てしているの?」


「やかましい。貴様の一人称は喋り方と全く合ってないところが気にくわんのじゃ」


「ふん、今時我なんて流行んないのよ。それにその『~じゃ』もそろそろ止めたら?」


「妾も流行らんじゃろが!」


 どっちもどっちだ。


 と僕が思っているとマゼンタの隣にいた少女が口を開いた。


「マ、マゼンタ、喧嘩は止めようよ・・・・・・と思う。だって、ほら、隣のBB博士とかデリート君とかもう殺気立ってる・・・・・・と思う」


 おどおどしてるぞ、この変人たちの中で一人だけおどおどしてるぞ!良かった! 僕みたいなまともな人間がいた!


「うるさいジャック。それになに? 妾に対しては敬語を使うんじゃないの? 最初は使ってたじゃない!」


 マゼンタは厳しい口調でいいつける。完全に上下関係が仕上がっている風に見える。


「ご、ごめんなさい・・・・・・と思う・・・・・・ます。あ、えと・・・・・・すみませんでした・・・・・・と思います」


「言い直さなくていい。めんどうくさい、耳障り。もう喋らないで。――――で、蒼色。逃げるなら今のうちよ? 見たところ目に包帯して、完全にあなたに勝機は無いわ」


 マゼンタは未恋の方に向き直って言った。


「・・・・・・ふん。確かに、我は誰よりも劣っていて、貴様は誰よりも優れていた。という過去があったな。懐かしい、ずいぶん前に思えてくる」


「は? 何言ってるのかしら、妾があなたを見なくなってからまだたったの1ヶ月そこらよ? 頭悪いのかしら・・・・・・って最初からバカだったわね」


「・・・・・・確かに。ね、お兄ちゃん」


「ああ、確かに」


 僕とアイリーンはうなずく。


「う、うるさい! 何も貴様らまで賛同することなかろーが!」


 と、未恋が何だか可愛く体をきゅ~っとさせて言ったところに――、


「――――うッ!?」


 マゼンタが距離を縮めていた。そして、膝で鳩尾を蹴り上げる。


「ごほォッ!!!?」


 たまらず未恋は後ろによろめきながら後退する。息が乱れている。


「未恋! 大丈夫か!?」


「だ、い丈夫じゃ! この程度、かゆくもない!」


 未恋は僕の心配に答える。どうやら、そこまで深く入ってなかったらしい。


「――――あら心外。ゴミにもそこそこ力はあるようね」


 マゼンタはそう呟きながら微笑を浮かべた。


   *   *   *


 マゼンタの唐突な蹴りにより、戦闘は始まった。


「『七色のセブレード』、青」


 次に行動を起こしたのはアイリーン。おそらく、1番近い敵という理由でBB博士とよばれるおっさんに向けて青い半月上の刃をとばす。


「え、」


 BBはそう呟いただけで、何も出来ずに。


「う、げぇぇぇええええ!!! 痛えぇぇぇ!!!!!」


 その刃はBBの腹部に刺さる。そのまま仰向きに倒れた。


「ウヴヴ?!」


 デリートがBBの方を向き、ようやく戦闘態勢に入った。


「デ、デリート! お、俺を守れ! 何よりも俺を死なせるんじゃねェーーー!!!」


 BBが叫ぶとデリートは小さく頷き――――、姿勢を変えた。


「・・・・・・」


 アイリーンとキルショットは黙ってそれを見る。


 四足歩行のポーズ、そして異能を発動させた。


「ウヴウヴ・・・・・・」


 デリートの体は光に包まれ、光がおさまるとその体には民族衣装のような、原始的な衣服を身につけていた。動物の牙や爪の装飾、鳥の羽、葉の長い植物。そして、デリートは獣のように叫ぶ。


「ウウウヴヴヴオオオオオオオヴォォォォォォォ!!!!!」


 その声と同時にデリートは地面を叩きつけ、爆散する。


「――――!!!」


 その衝撃で一番近くにいたアイリーンが、次いでキルショットが吹き飛ばされる。


「うおお、すっげえ風ッ!」


 キルショットとアイリーンは20mほど後方に吹っ飛ばされた後、上手く受け身をとり着地する。と、着地と同時に背中にBBを乗せたデリートが二人の元へ飛びかかる。


「ち、あぶねえな筋肉野郎」


 キルショットは図体に任せて飛びかかるデリートを何とかいなす。デリートはキルショットの腕を滑るようにして転がりドズン、と地面に腰から落ちる。


「ヴヴッ」


「お、おいデリート! いいから早く立て! 俺が狙われてるんだ!」


 BBが何かを言っているがデリートを含め3人は軽く無視。


 ついでに、アイリーンとキルショットはデリートをどう削除デリートしようと、思案を巡らせていた。


 *   *   *


「おかまい無しだな・・・・・・あのデカい奴」


 僕はちらりと横を見て言う。そこではキルショットとアイリーンが二人がかりでデリートと徒手格闘で切り崩そうとしていた。しかし、デリートは全く苦にせず、大きな足で払って一蹴する。


「・・・・・・そして、こっちもか」


 僕は目の前にいる控えめな女の子を見た。


「・・・・・・・・・・・・」


 黙って僕を見続ける。右手で左手を抱き、よく見られる『自信のない態度』だ。


 ふむ、どうやらこの子が四人の中では一番普通で、一番弱そうだ。まるで弱いものは弱いもの同士、戦えってことなのかもね。


「ね、お兄ちゃん」


「は?」


 唐突に、アイリーンが戦っている最中に僕を呼んだ。


「どうしたアイリーン!」


 僕は当然ながら二人が戦っている方を向いて返事をするが、アイリーンは気が付いていないようだ。呼んだくせに、何て奴だよ。


 おっと、今は戦闘中だ。そんなことに気を取られている余裕は・・・・・・


「よそ見厳禁・・・・・・と思う」


 少女は僕の懐まで既にいた。音もなく、気配もなく。ただ虚ろな瞳で僕の顎を控えめに――――とは言えど、いきなりの奇襲のため面食らってしまう。


 ――――がんっ。


 当然、殴られる。反応できなかった。おのれ、アイリーンめ。


「くそッ! 別にそんなに痛くない、けど不意打ちなのが気に食わない!」


「・・・・・・やっぱり、僕弱いな・・・・・・と思う」


 そこまで痛いわけではない。やはりこの子は非力だ。


 僕は少しよろけるが、反撃は出来た。後ろに下がりつつ適当に右足を鳩尾に突き出す。


「うっ」


 ――――がんっ。


 少女はなんとか腕でガードを作り、骨が軋むような音を上げる。手応えは十分にあった。


「・・・・・・危ない、と思う」


 だが、手応えはあったハズだがほぼノーダメージに見える。全然痛そうに見えない。


 蹴りが甘かったか? 若干僕もよろめきながらだったし。


「余裕ぶってられるのも今のうち、だ!」


 一般人の僕でも倒せそうな敵でよかった、と思いながら僕は横なぎに右足で蹴る。


 ――――がんっ。


「うぅッ」


 軋む音がする。


 少女は左腕でガードするが呻いてよろける。


 来た、チャンスだ!


「うおおおおお!!!」


 これでもか、というほどのラッシュ。容赦はしない、蹴る、蹴る蹴る。


 ――――がんっ、がんっ、がんっ、がんっがんっ!


 骨が軋む音がする。


「っでえええい!!」と、叫んで再び鳩尾に蹴り込む。


「うううっ!!」


 ――――がんっ。


 しかし、骨が軋む音がした。


「え・・・・・・?」


 少女は後方に倒れる。が、不可解だ。


 おかしい、完全に内蔵に入ったはずだ。人体のそんなところに骨があるはずなんて・・・・・・。


「痛い、なんて思わない」


 少女は倒れながら呟いた。


「は・・・・・・何を言って」


「スゴい、なんて思わない」


 お構いなしに言う。立ち上がりながら言う。


「軋め。『けたたましい音楽ザ・ハイパー』」


 少女が呟いた瞬間、背後に何かの気配があった。


「・・・・・・ッ!?」


 振り向くとそこには緑色の何かがある。


「な、なんだコイツは・・・・・・。浮いてるけど、まさか蛙か?」


 最初はぼんやりと、緑色の固まりが空中に浮いているだけだったが、次第にその形が蛙のものになっていく。


「正解、と思う。霊体だから攻撃出来ないししてこないから。ただし、『声』は聞こえる」


 少女が言ったあと、蛙が口を開いた。


 ――――がんっ!!!!


「~~~~~!?!?」


 蛙の口からはゲロゲロ、とかそんな声ではなく。


 骨が軋む音がした。


 しかも、超大音量で。頭がキーンと耳鳴りを打つ。


「く、そ! 何だこの異能は!?」


「『けたたましい音楽ザ・ハイパー』、音を操る異能。その蛙は『スピーカー』。記憶している音を5倍にして流す。そして僕自信は音を衝撃に変えられる、と思う」


 少女は呟いた。


 つまり、こういうことか。


 ザ・ハイパーには二つの能力がある。まず、音を記憶しその音を二つの効果に派生させる。


 一つは、大きくさせる。蛙がスピーカーの役割を果たし、大音量にして流せる。


 もう一つは、衝撃に変える。自身がその役割を果たすから、ガードの時も使っていたに違いない。衝撃同士をぶつけて、僕の蹴りを全てノーダメージにした!!


「・・・・・・厄介だ。非常に厄介だ」


 二つの効果を持つ異能。


 アイリーン風に言うなら、非常識だぜ。





















 この僕、ウィズリー・リベリストは現在進行形でとてもまずい状況にある。まず、僕は今異能を使うことが出来ない。その2に何だか結構レアな異能を持つ少女相対している。さらに、打開策が見あたらない。


(このままじゃボコられる一方だぞ)


 と自分で言い聞かせてもそう言えば僕は今までボコられてばかりの人間で、打たれ慣れしてるというか、自分でも言うのはアレなのだが、結構体力には自身があったりもする。といっても勝てる見込みは全くない。こちらの攻撃手段は基本的に殴る蹴るであり、相手には衝撃は吸収されてしまうのである。


「持久戦なら、こちらが断然不利だなこりゃ・・・・・・」


 僕は苦虫を噛み潰したように言う。それを聞いた少女はコクリと頷いた。


(ただし、だ)


 僕はこっそりと後ろのポケットに手を伸ばす。ある。確かにそこには膨らみがある。


 アルヴィーナ・ブックマンから借りている赤と白の水玉のリボンだ。


 このリボンは『アポイントブロック』と呼ばれ、触れている異能者の能力を完全に無くしてしまうというもの。まさにチートなアイテムの代表例だ。


 しかしこれ、先ほどから試しているのだがこちらの背後に浮いている蛙の霊には効果がない。やはり、異能を操る本人が触れていなければいけないようだ。つまり接近戦に持ち込まなくては相手に攻撃が届かないのである。


 結局、相手に近づけるまでゴリ押し作戦しかないのだろう。


「しょうがない・・・・・・なっ!」


 僕は背後にいる蛙を振り切るようにして駆け出す。


「決断は早いけど、音速ほどではない・・・・・・と思う」


 ――――がんっ!!!!!


「~~~~~!!」


 鼓膜が破けそうなほど、鈍く太い音。


 しかし、全く耐えられないわけではない。僕は指を唾で湿らせて耳に突っ込んだ。若干ではあるが、無いよりマシだろう。


「・・・・・・」


 イヤホン・ジャックと呼ばれていた少女は走る僕に向けて右手を出す。誘っているのか、それとも余裕のつもりか。


「惑わせるためだとしたら失敗だぞ。僕はそんな手には乗らない」


 と、先ほど爆発して降ってきた戦闘機の鉄骨部分を走りながら拾い上げ、持ち手にリボンを巻き付ける。


「っと」


 これで打開策ならぬ打開棒の完成だ。


「・・・・・・不自然なリボン」


 とジャックは呟き――――。


「『けたたましい音楽ザ・ハイパー


 左手から波動のようなものがこっちに向かってくる。なんだ、これは。何の音の衝撃だ!?


 直感で危険だと判断しすぐに体を前に投げ出し頭を守った。その0コンマ何秒後のことだ。


 左手から出た波動はそのまま僕には当たらず空気中で消えて無くなった。


「な、今のは一体何だったんだ・・・・・・?」と、僕が不振な目でそちらを見ると地面が大きく窪んでいる。まるで、爆弾でも落下してきたかのように・・・・・・。


 落下? 爆発?


「音はしなかったが、奴の異能からして音だけを消すのも可能なはずだ・・・・・・もしかして、さっきのキルショットの戦闘機・・・・・・か?」


「おおむね正解、大きくは違わないけど、一つ訂正する。音を消したのではなく、そのエネルギーを衝撃に変えた。だから、爆弾とは違い熱は生まず、純粋に破壊だけを行う、それは『無音の弾』」


「・・・・・・ってことは普通の爆弾より衝撃は強いってことか」


 イコール即死。この少女、顔に似合わずおっかなすぎるぞ。


「動かないで、すぐに終わる――――」


 イヤホン・ジャックはそう言って両手をつきだした。


「『無音のノットオブファイア』」


 見えない衝撃が四方から押し寄せる。見えないけど、何となく感覚として分かる。右から、左から、前から、後ろから――――!!


 無音。


 僕の周りは意識のみを残して消し飛んだ。


*   *   *


「ううううううううがああああああああああああああ!!!!!!」


 巨躯が叫ぶ。


「っるせえ害獣だな」


 キルショットは耳を押さえて舌打ちを打った。とりあえず、彼女はこんな話の通じない生物が大嫌いなのだろう。


「・・・・・・」


 アイリーンはそれよりもデリートの後ろにいる小汚いおっさんに目を向ける。


 Dr.BB。名前は聞いたこと無い、初耳だ。しかし、いらいらする。見ていて無性にムカムカしてくる。生理的に受け付けないと言うか、魂がこの男を否定している。


 分からない。アイリーンはなぜそこまでこの男が気に入らないのか分からなかった。


「『七色のセブレード』、燈」


 だから、早くこの不自然な感情を振り払いたくて無意識に無感情に刃を振り続ける。


「うお、刃が何本もっ! ええい、デリート! 右手ガードだァ!」


 Dr.BBはわざとらしく叫んでデリートに命令する。デリートはのっそりと緩慢な動きで右手を刃に向かって出す。拡散したオレンジの刃はガスガスガスっとその右腕に突き刺さった。デリートは少しうめき、何本もの血の筋を流す。


「そんなちっちえ刃じゃだめだな、ピンク玉。かといって、武器をほとんどぶっ壊された俺が言えたことじゃねえけどな」


 キルショットは呑気にそう呟く。


「どうしろって言うんだ」


「さぁな、そういやお前ブラッディとやったとき、もっとでかい刃出してなかったか? 二本の手を合わせて作る奴」


「あれは疲れるし、何より赤二本は遅すぎる。避けられてしまう」


「いや、じゃあ速い奴二本とか、色混ぜたりとかできねえのか?」


「・・・・・・なるほど」


 盲点だった。キルショットに礼を言わなくては。


「なるほどって・・・・・・お前赤二本の時点で気がつけよ」


「教えてくれてありがとう」


 アイリーンは両手を二本あわせる。


「『七色のセブレード』マリンブルー」


 右手に青を、左手にも青の切れ味を付与する。


「おぉ」キルショットは嘆声を上げる。


 次第に自分の身長と同じくらいの刃が形成される。軽い、何も持っていないかのように、むしろ何かに持ち上げられているかのように、重みがない。


「・・・・・・よし」


 とりあえず、これでデリートに切りかかる。すると・・・・・・


「は」


 いつのまにか、アイリーンはDr.BBの目の前にいた。


「う」「うぎゃあああああああああ!!??」


 そしてデリートが叫び声を上げた。


「速すぎる!! なんだこいつの速度はっ!!?」


 BBはそんなことを言ってアイリーンを避けてから、デリートの方へ駆け寄る。が、既にデリートは大量の血しぶきを上げ倒れ伏す最中だった。


「そ、そんな、デリーーーーートぉ!!! 何簡単にやられてんだお前は!!」


 BBは叫びながらデリートをその短い足で蹴る。が、反応はなくデリートはそのまま地面に崩れた。


「瞬殺かよ。まぁ、緩慢な奴だったからな」


 キルショットはそう言ってBBに音もなく距離を詰めて「っと」と言いながら鳩尾を殴り付ける。


「ぐぼぇ!!」


 唾液と胃液をまき散らすBBの首を両腕で挟み、思いっきり縛る。


「このまま呆気なく落とさせてもらうぜおっさん」


 キルショットはさらに力を込めて首を絞める。――――首の骨を折る気だ。


 そのとき。


「げ、へへ・・・・・・。ねえちゃんよぉ・・・・・・! まさか、この俺様に勝った気になってんじゃ・・・・・・ねぇだろうな!?」


「あ? 黙ってろよ豚が」


「俺の異能知らねえだろ・・・・・・? そ、れが・・・・・・お前の敗因だよ!!」


 BBは右手と左手を合わせる。そしてこう呟いた。


「俺の異能は『危険機嫌期フラストボム』ッ! 俺の見える範囲で最も興奮している物体を爆発させる」


 それを聞いたキルショットは目を見開く。まさか、と思いすぐに大声で叫ぶ。


「おい!! こいつから離れろ!! 爆発する!!」


 アイリーンはハッとなってとびのき、その場を離れる。


「ばかが!! オセエエエエエンだよおおおおぉぉ!!!! もうじき爆発する!!」


 キルショットは――――。


「あ?」


 BBは間抜けな声を上げた。キルショットがいつまで経っても離さないからである。


「お、おい!! 爆発するんだぜ!? 離れなくていいのかよ!? ほら、あと10秒だッ! いち! にぃ!・・・・・・う、ぎッ」


 キルショットは喚き散らすBBの首をさらにきつく絞める。そして得意顔で言った。


「お前はバカか。自分でカウントするっつーことは、それまで爆発しないってことじゃねーか。十秒だと? 俺に殺してくださいって言ってるようなもんじゃねーか」


「・・・・・・ぐ、か!!」


「それと、もう一つ。お前の行動から自分が傷つくのは嫌なタイプとみた。しかも、極度のな」


 キルショットは渾身の力を込めBBの首を折りにかかる。


「そんなお前が道連れ自爆なんて出来ねーだろ。おそらく爆発するってのはブラフ。そして今もっともこの辺で興奮しているのは明らかにお前だ」


「・・・・・・ッ、くぉ・・・・・・の!!! ・・・・・・ッ」


 そして、低い音が鳴る。


 ――ゴキン。


 そしてキルショットが吐き捨てるように言う。


「お前の敗因は・・・・・・まぁ、アレだな。自分の屑さってところか」


 キルショットはそう言い残してBBを地面に投げ捨てた。
























 こちら、マゼンタと未恋サイド。マゼンタ・ラ・フェーリの異能は『魂を刈る使い(ジャッジメントエンジェル)』という操作系異能で、人間の幼児程度の大きさで自由に飛び回る複数の天使(ローマの彫刻みたいな顔)を操るものである。その手には鎌が握られており、複雑で立体的な戦闘をしていた。


「――――律せよ!『死刑デスペナルティ!!』」


 マゼンタが合図すると天使が4体、均等に未恋を取り囲み一斉に切りかかる。


「『携帯音声セレフォン』モード・魂までも叩き潰す鎚!」


 それより少し早く未恋が自身の異能を発現させる。


「『ぐしゃーん!!!』」


 そして、両手を前に突き出して瞬時に醜悪な鎚を生成する。その生成の勢いで左右か切りかかってきた天使を難なく撃退し、前後の天使も未恋は自らを回転させ、鎚の遠心力で弾き飛ばした。


「っく!!」


 マゼンタは苦虫を噛み潰したような表情で再び天使に命令を与える。


「引き裂け!!『百足ダーティダン』!!」


 次は8体の天使が両手に鎌を平行に持ち、未恋の頭上から切りかかってくる。それらは一直線上に並び平行に降りおろされる16本の鎌はムカデの脚のよう。


「――――っふ!!」


 未恋は鎚の先を後ろに向けを両大腿部で挟み、その場で全宙する。一度目の全宙で遠心力の付いた未恋のしなやかな体は再びもう一回転。その時、大腿部から鎚は離れるが遠心力は残っていて未恋は鎚を回転中に掴むと自重でそれを振り降ろす。縦方向の薙払いだ。たまらず天使は一掃され再びマゼンタは焦ったように命令をする。


 だが、全て未恋の型にはまらない動きにより防がれてしまう。


「くそッ!! 何故一つも当たらない!?」


 そのマゼンタの問いに未恋が答える。


「簡単なことじゃ。貴様は昔のエリートの貴様と何も変わっておらん。エリートであるが故、全ての攻撃が美しすぎるのじゃ。――当然、そのように整われた攻撃は全て読める。どんな行動にも弱点が隠されている、というが貴様の場合弱点を見せびらかしているようなもんじゃ」


「じゃあアナタは一体何なのよ!? 妾と一体どこが違うっていうの!?」


「さぁな、覚悟の違いじゃろう」


 ブチンッ!!


 マゼンタは未恋のバカにしたような態度に怒りが頂点に達する。


「言わせておけばこのクズ野郎がァッ!!」


 そして御しきれない怒りをその口からあふれさせる。


「覚悟!? 何を言っているのアナタは!! 妾以上に覚悟を持つものがどこにいるってのよ!? 偉そうに言いやがって!! アナタの方こそ覚悟が足りないじゃない!? 人を殺すことに一切迷いを持たない妾がそんなことも出来ないアナタにとやかく言われる筋合いは無いわよ!!!」


 それに対して未恋は落ち着いて答える。


「殺さない覚悟。甘い考えだとわきまえているが、少なくとも貴様のように人間を虫のようになんの躊躇もなく殺すゴミ野郎の考えよりかは遥かにマシじゃろう」


 そして最後の駄目押しに「まぁ、貴様のようなゴキブリ並の単細胞脳味噌に理解が出来ればの話じゃがな」と吐き捨てる。


 すると彼女は我慢できずに吼えた。


「――――塗りつぶせ!!『迫害ホワイトアウト』!!」


 一瞬、彼女を中心に何かが走る。真っ白な何かがその場にいる全員に通り抜けた。



































               白く














































 未恋、アイリーン、キルショット、ウィズリー、そしてジャックさえもその白い空間に飲み込まれる。


 ただ、1人を除いて。


*  *  *


 正直言ってダメかと思ったよ?


 いや、実際万策尽きて、敵の異能の弱点は見つけられねぇし、頼みのリボンは全く当たらないし。


 そしてジャックの衝撃波が四方から押し寄せて来たときは目を瞑ったね。


 そしたら、感覚的に体が消し飛んだような、消失したかのような感じがしたんだよ。視界が真っ白になってさ。「あ、死んだわこれ」とか思っちゃったりするわけよ。で、死んだらキャラとかもどーでもよくなっちゃってさ、こんな話口調なんだけど?


「・・・・・・は?」


 目を覚ますと、いやそもそも表現がおかしい。目を覚まそうと覚まさまいと、結局は同じ景色が広がっていた。


「どこだここは・・・・・・?」


 何もない。景色と言うには余りにも何もない。白いという概念のみがそこには存在していて、自分の体までも背景と同化してしまっている。明らかに異質な空間。辺りを見回しても真っ白な背景のみが無限に続き自分は一体どこを見ているのか、地面に対してどのような体制なのかさえ分からない。


「・・・・・・声は聞こえる、目は見える・・・・・・ただ、別の感覚が余りにも鈍い」


 余りにも何も無さ過ぎる空間で脳が麻痺をしてしまったのだろうか。自分という存在がまるで視覚と聴覚のみに思えてくる。試しに体を動かしてみるが、体が真っ白なので自分が動いているのか分からない。外部からの刺激が少なすぎて体機能がかなり低下してるのか?


「お兄ちゃん?」


 と、どこからともなく声がした。アイリーンの声だ。


「アイリーンか? どこにいるんだ?」


「分からない。ただ、声でお兄ちゃんの位置は大体掴める」


「まじかよ。お前スゴいな」


 すると左肩に何かが触れた。


「・・・・・・いた」


「ん、アイリーンか? この手は」


 僕は反射的にその手に向かって手を伸ばそうとするが周りが白すぎて分からない。そこで自分の腕をなぞりアイリーンの手をさがすと肩の少し下のあたりで触れることが出来た。


「おお、あった。というか、何も見えないぞ・・・・・・本当に。これは敵の異能か?」


「たぶん。未恋が戦っていたあの女の異能と思う」


「他の奴らは??」


「既に状況を把握していて、息を潜めてる。でも、お兄ちゃんがいきなり声を出したから私がここにいる」


 アイリーンはむすっとして言った。


「・・・・・・それは、つまり僕が敵から襲われないために、アイリーンが守ってるってことか?」


「そう、非常識だけど」


 だったら僕は大間抜けだ。わざわざアイリーンまで危険に晒しているようなものだ。


「・・・・・・」


 僕は罪悪感に刈られそれ以上は何も話さなかった。アイリーンも同じように、じっと息を潜めている。


 それからしばらく、何の気配もないままに5分以上が過ぎた。


「・・・・・・え?」


 と、間抜けな声が上がる。


「な、何これ・・・・・・? 僕が知らないところ・・・・・・と思うけど」


 声の主はジャックと呼ばれていた少女だった。今思えばジャックという名のくせに男ではない所が甚だ疑問である。


「マ・・・・・・マゼンタ? どこ・・・・・・どこにいるの・・・・・・?」


 彼女は困惑している。状況を飲み込めているのは僕とアイリーンだけだ。キルショットはきっとその辺に潜伏している。


 彼女――――ジャックが当惑しているところを見ると彼女の異能ではない。と、なるとやはりマゼンタの異能と断定できる。


「マ・・・・・・マゼンタぁ・・・・・・」


 ジャックは半べそ状態だ。


 しかし、解せない。


 何故、マゼンタは彼女に応じないのだろうか。マゼンタの異能がこの世界を真っ白な空間にするような物だとしたら、依然彼女が最も有利である。


「・・・・・・」


 僕はどうすればいいのか全く見当がつかない。が、アイリーンもキルショットも潜伏を続行しているのだから僕は迂闊には動けない。もしかするとマゼンタはこの状況を全て把握していてジャックを餌にしているのかもしれない。


「うぅ・・・・・・うっ・・・・・・」


 ジャックの嗚咽が聞こえる。


*  *  *


 マゼンタの『迫害ホワイトアウト』後に最も早く気が付いたのがキルショットだった。マゼンタが真っ白な世界の中で見えない敵を探していたころだ。キルショットは目が覚めてすぐにこの状況を飲み込んだ。マゼンタの異能を叫び声小耳に挟んでいた彼女は『ホワイトアウト』の意味から推測したのだ。ホワイトアウトとは猛吹雪の中で一瞬視界が全て雪に包まれてしまうことを指す。


 つまり、この状況なのである。およそ視界は3センチメートル。眼球に手を近づけたらぼんやりとだが輪郭は視認できていた。そうと分かれば問題ない、と言わんばかりにキルショットは自分の立っているところに手を触れる。そして前かがみになり地面を凝視する。するとぼんやりとだが、先ほど戦っていたような場所の土の色をした地面が視認できた。


(移動はしていないってことか・・・・・・)


 そして、キルショットは世界が白くなる前の様々な情報を思い出す。マゼンタの声が聞こえた方向と自分の向いている方向から今マゼンタがいるであろう方向を推測する。


 その内に近くで衣擦れの音がした。おそらくはアイリーンだと判断したキルショットは全く物音をたてずにアイリーンのそばまで移動し、その口をふさぐ。


「・・・・・・!? っ!?」


 もちろん、アイリーンはいきなりの視界の白さと口元を覆うなま暖かい感触に驚き目を白黒させる。


「おちつけ・・・・・・俺だ。言わなくても分かるな? これは異能による現象だ」


 アイリーンにしか聞き取れないような声でキルショットは短くそう言う。落ち着きを取り戻したアイリーンもその意図を読みとり小さく頷いた。


 そしてまもなく、僕が目を覚ましたのだという。すぐにマゼンタが僕の声を察知していたかもしれないが、アイリーンの対応の方が早かったようだ。さすがに二人が警戒する中にマゼンタは飛び込んではこない。


 その後、ジャックが目を覚ます。そしてしばらく嗚咽をした後、ジャックは静まり返った。


 辺りに緊張が走る。


「・・・・・・『けたたましい音楽ザ・ハイパー』」


 と、ジャックが唐突に異能を発現させた瞬間である。


 その時、その音に気がついたのはおそらくキルショットだけだろう。


 わずかな衣擦れの音。しかし、それは全くジャックがいる方向とは見当違いの方向で――――。


「『携帯音声セレフォン』、モード・高速の鉛玉!!!」


 未恋の叫びにより沈黙が破られる。


「『魂を刈る使い(ジャッジメントエンジェル)』!!!」


「『七色のセブレード』!!!」


 真っ白い空間で異能と異能がぶつかり合う。異能を使えない僕はまるで戦場に投げ出された盲目の子供のように地面に伏せるが――――。


「・・・・・・『血染めのアポイントブロック』・・・・・・??」


 地面に伏せたことで地面に落ちていた布を視認できた。白の布地に赤の水玉模様。僕は瞬時にひらめいた。この真っ白な空間の中で、三人の同時の叫びと小さな声を頼りに。


「・・・・・・『座標移動魔法(x:528,y:413,z:082)』」


 僕は足りない脳味噌と不安定な魔力を振り絞り、瞬時に座標の計算を終えて『血染めのアポイントブロック』を飛ばす。


 そう、瞬間移動の魔法だ。母から習った、母の異能から学んだ、唯一の得意魔法。まだ人間大の大きな物体は飛ばせず、せいぜいコップ程度の重さが限界だけど。


「リボン程度のものなら、正確に飛ばせんだよ!!!!」


 標的はもちろん、彼女だ。


 僕の最後の攻撃だ、後は二人の少女に任せよう。


 少しは役に立っただろう?


 なぁ、未恋。
























 空間が解除された??


 バカな、妾が何時解いた?


 そんな命令は天使に与えていないはず。間違えて命令を送ったわけでもない。確実に蒼色の声の方向に仕掛けたはずだ。


 では天使が命令違反を? それもあり得ない。妾の異能は操作型で、操作主本人には決して反逆しないのが鉄則だ。


 じゃあ一体何でだ? 何が起きた? いや、気づいているはずだ、マゼンタ・ラ・フェーリ。確かに感じた。蒼色が能力発言直後に私の腹がとても暴力的な何かで抉られる感覚を。


 自分のお腹に手を当ててみる。そこには慣れない感触の物体があった。真っ赤な布。何だこれは? いつからここに存在していた?


 その疑問を口に出す間に、もう一つの感覚が妾の脳内にせり上がってきた。


 最初は不快感、そしてそれは嘔吐感に変わり、次第に熱を帯びていく。熱は冷めることを知らず、ついには痛みに変わる。再び、腹を見る。赤い見慣れない布。だが、その赤はその布の色ではなく――――。


「な・・・・・・」


 マゼンタが全てを理解したとき、全てが終わっていた。


「何だこれはあああああああああああああああ!!!!!!???」


 彼女は、彼女からは発せられないであろう狂った叫びを発した。目を見開き眼球は飛び出らんとばかりに浮き上がる。額には汗を垂らし、それでいて表情はどんどん青くなっていく。


「ばーん」


 未恋は言い捨てるように呟いた。生成した銃から煙が上がっている。


 マゼンタの腹には『血染めのアポイントブロック』と直径1センチ程度の小さな穴があいていた。


「お、ほ、ほおのれっぇ!!! 蒼色風情がぁあ!! この・・・・・・この妾にこんな卑劣な罠をおおおぉぉぉぉお!!!!」


 血を吐きながらマゼンタは叫ぶ。


「罠? 何を言っておるのじゃ。そのリボンはウィリーの物じゃ。我の物ではない。つまり、その攻撃はウィリーの攻撃なのじゃ」


 未恋は諭すように言う。


 僕は自分の飛ばしたアポイントブロックがしっかりとマゼンタに当たってくれたことに安堵した。


「ま・・・・・・マゼンタ・・・・・・!」


 ジャックは血に染まるパートナーの心配をして駆け寄ろうとするが。


「おっと」「・・・・・・非常識だ」


 背後に回り込んでいたキルショットとアイリーンによって取り押さえられる。首をキルショットに締められ、アイリーンに赤い刃を突きつけられる。


「動くなよ貴族野郎。ちょっとでも抵抗したらバキッ! だぜぇ?」


「ん? 野郎? キルショット、完全なる悪役のセリフ中に悪いが、その子女の子だろ?」


 僕はどーでもいいような質問をするとキルショットは「バカじゃねえのか?」と僕を文字通りバカにする。


「こいつ、男だ。今流行の男の娘ってやつだな」


「えッ!!???」


 驚愕の事実だった。まさかそんな人種がいるなんてアンビリーバブル。


 と、そんなことより。


「マゼンタ、諦めろ。致命傷じゃないが、我は結構キワドイ所を撃ったつもりじゃ。動くと傷が開いて死にかねんぞ?」


 未恋が再び諭すが、マゼンタは諦めない。


「うるさいッ!! 妾はまだ負けてないッ!!!」


 強引に立ち上がり、なお攻撃的な姿勢を崩さないマゼンタ。彼女は腹を押さえつつアポイントブロックを地面に投げ捨てる。


「・・・・・・ジャッジメントエンじぇ・・・・・・!???」


 マゼンタが再び異能を発現させようとしたときだった。


 その場に居たものは全員が呆気にとられる。


「KYUUUUUU・・・・・・」


 マゼンタの足元でそんな声が聞こえた。そこを見ると先ほどのアポイントブロックから何か異常な人形が浮き出てくる。真っ赤な液状をした何かだ。おそらくは血で出来ている。マゼンタから流れ出る血だ。


 その人形のような物体は次第に色を赤から黒へと変色させていく。人間のような形をしており、マゼンタの目の前にその姿を現す。大きさは人間の子供程度であるが、その無表情を通り越した不気味な目と口がマゼンタの恐怖心を煽った。そして、唖然とするマゼンタと僕たちを後目に、その異形な化け物は口を開けた。


「KIIIEEEEEEEEEEEAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」


 人間の言葉ではない何かを叫んだそれは真っ黒で長い右腕を振り上げたかと思うと。


「――――え」


 ドズンッ


 マゼンタの銃痕を貫いた。


「ぶふッ!あッ、あああああああぎゃああああああッ!!?? あ”あ”ッ!!!!!! い”あ”ッあああ”!!??」


 突然の激痛にマゼンタは苦痛に顔を歪ませ訳の分からない叫びと共に大量の血液をまき散らす。しかし、化け物は攻撃を止めない。


「KIIIIYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!! GIIIIIHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 その暴力的な破壊は全てマゼンタに向けられる。容赦ない暴力。漆黒の両腕が小さな少女の体を破壊していく。キルショットのような急所を外した相手を打ち負かす体術とはほど遠い、ただただ対象を痛めつける暴力。その現実味のない光景に僕たちは言葉を失う。


「ウィリー・・・・・・なんじゃこれは・・・・・・? マゼンタが・・・・・・何か、暴力の固まりのような物体に・・・・・・!??」


 未恋の目は見えない、だから余計に恐ろしいのだろう。敵同士とは言え昔からの付き合いだった人間がただ野獣のような叫びを上げていくのが。


「わ・・・・・・分からない!! ブックマンはアレにあんな仕掛けがあるとは・・・・・・!!!」


「ひ・・・・・・お兄ちゃん!! 何アレ・・・・・・怖いよぉ」


 アイリーンが泣き叫ぶ。キルショットはその光景を眺めているだけだった。


「ま・・・・・・まぜんた・・・・・・」


 そしてジャックは眺めていた。


 どうすることも出来ずに、ただ自分のパートナーが、自分を選んでくれた天使が。


 自分が好きになった女の子が、殺されるのを見ることしかできないでいた。


「マゼンタぁ!!! 離せ!! 離せこのブス!!!!」


 ジャックは怒声をキルショットに浴びせ、マゼンタの救出に向かおうとするが、キルショットは離さない。


「ダメだ」


「何がダメなもんか!!! 殺すぞ!!」


「ダメだ」


「離せぇぇっ!!! マゼンタは! マゼンタが!!」


 だがキルショットは、離さない。視線を動かさず、マゼンタと化け物を直視しながら。


「ダメだ、死ぬぞ」


 まばたき一つせず、声を強めた。


 その間にも化け物は容赦なくマゼンタを壊していく。彼女は既に人の形をしておらず、叫び声もしなくなった。辺りは大量の血で埋め尽くされ、飛び出た内蔵やちぎれた手足が転がっている。


 そして化け物が再び叫んだ。


「DUUUUUUUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAIIIIIIIIRYAAAAAA!!!!!!!!」


 そして、マゼンタの残骸は最後の一撃により完全に姿を消した。ただの肉片と化した彼女に目もくれず、化け物はこちらを向いた。


「――――いや」


 しかし、化け物は役目を終えたかのように風化していく。頭からちりじりと消えていき、そこには何も残らなくなった。


「今のは・・・・・・一体」


 異常な不安を抱えつつも、僕らの夏の戦いは。


 こうして幕を閉じたのである。


*  *  *


 後日談。


 全てをさらりと説明するならば、あの後神様が再び姿を現して大会の閉会を告げた。そして優勝商品として未恋は『ハート』を受け取った。


 しかし、箱を開けてみればそれはただの心臓の模型で本物などではなかった。しかし、『ハート』を渡すことは神位後継の意味を表し事実上神様は『神様』という称号を降りたのである。実際には死んでいない。


 そして、優勝者とその契約者には何でも一つ願い事が叶えられるそうだ。未恋と僕は何の相談もせずに、同時に述べる。


「我の願いはウィリーの異能を戻すことじゃ。出来れば、強化して」


「僕の願いは未恋の目を戻すことだ。出来れば、強化して」


 実際問題、自分の願い事なら自分で叶えた方が良いような気もするがそれでは面白くない。自分の願い事をプレゼントする形で決着した。


 僕の異能は戻ってきた。しかし『依存症』・乱用バージョンというさらにチートな能力が加わって。ちなみに未恋は視力と心の表情を見ることが出来る能力が加わった。人の思考回路は読めないけど、心中での喜怒哀楽程度なら読めるようになったらしい。


 ちなみに、イヤホン・ジャックは天界に残ると言った。彼女・・・・・・いや、彼なりに何か思うところでもあるのだろう。まずはマゼンタの両親に会いに行くとか何とか。


 そして、僕たちは母親を呼んで未恋と別れを告げ下界に降りようとしていた。


「――――未恋」


「何じゃ? 神様に向かって呼び捨てとは、全く無礼な奴じゃのう・・・・・・」


「・・・・・・あー、へいへい。未恋様」


「いや、いい。呼び捨てでいい。なんか気持ち悪い」


「お前が先に言ってきたんだろーが!! 何て理不尽な仕打ち!」


「うるさいっ! ・・・・・・で? 何じゃ?」


「・・・・・・いーや、もう言いたいこと忘れちまったよ」


「むむぅ? 貴様高齢期障害か? まぁ、もとから少しジジ臭いところもあったが」


「そんな喋り方する奴に言われたくねーよ・・・・・・」


「なにおう!? 少し気を許せばいい気になりおって!!」


 と、母親が「ウィリー君、そろそろ行くわよー?」と言ってきた。


「っと、じゃもう帰るわ。今まで楽しかったぜ。じゃあな、未恋」


「・・・・・・うむ、じゃあ・・・・・・」


 未恋が一瞬暗い表情を見せたが、僕は手を振る。


「また今度、遊びに行くよ」


 すると未恋は再び会えると聞いて、目を輝かせた。


「うんっ!!」


 いつか、きっとまた。

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