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「HELLHEAVEN 少女絶命」

 先ほどのエレナの手荒い見送りによって僕の体はもうボロボロ。動くことも厳しいのに未恋は一切手を貸してくれなかった。


 そのうち、トイレから戻ってきたアイリーンの肩を借りて何とか家に帰る。無論、プールに行けるほどの体力なんて残っちゃいない。


「あー、プール行きたかったのー。どっかの誰かさんが彼女にボッコボコにされなきゃ行けたんじゃがのー?」


 未恋は先ほどから不機嫌モード突入である。ぐちぐちと胸に刺さるような言葉を吐きまくる始末だ。


「・・・・・・しょうがねーだろ未恋。やっぱり儀式の方法に問題があったわけで・・・・・・って何でエレナはその事を知ってたんだ??」


 すると、アイリーンがぴくりと動いた。顔を見ると視線を逸らし、タラリと汗を流した。


「じ――――――・・・・・・・・・・・・」


「ち、違うよお兄ちゃん! 私は別に自分の義兄がロリ少女とちゅっちゅしてペロペロしてるなんて言ってないよぅ! 確かに、偶然あの人には会ったことがあるけど、そんなこと一言も言って、ない・・・・・・。信じろ非常識!!」


「逆ギレ!? しかも、状況証拠は大量に吐き出された!?」


 そして、なんか色々盛られてるし! ちゅっちゅはしたかもしれないけども、ペロペロはしてない!


「誰がロリ少女じゃ貴様。八方美人と呼べ八方美人と」


 未恋は間違ったことを言いながらアイリーンに突っかかる。


 八方美人は良い意味では使われないが・・・・・・。


「死ね」


 しかし、アイリーンはそんな偉そうな未恋に対してたった一言浴びせるだけだった。


「なんじゃと貴様! そーゆー、心のない些細な言葉に毎日一体何人の命が奪われておると思っとるんじゃ!!」


「少なくとも、お前が一人死ねばいいと思う」


「黙れしゃべるな口を開くな! なんならここで貴様との因縁を晴らしてやってもいいんじゃぞ!!」


 未恋はダン! とちゃぶ台を叩いて向かい側の柱に立つアイリーンを睨みつける。


「怖くない」


「怖くしとらんのじゃ阿呆!」


「えー、それは無理があるぞ未恋。てか、とりあえず喧嘩止めろ。お前等が暴れたら家がマンガみたいに吹き飛ぶ」


 もちろん、そんな僕の言葉を聞き入れる人間などこの場にはいない。よって、謎の斬撃や鉛玉が飛び交う始末だ。


「おのれこのガキんちょ! 脳漿ぶちまけてしまえ!」


「うるさいまな板! 達磨になれ!」


 どう考えても年頃の女の子の会話じゃないので、とりあえずその場を離れる。


 あー、もう。勝手にやってください。


*   *   *

 かんっ!


 シシオドシがなった。特に、どうでもいいタイミングではあったが、その音を皮切りに僕は先ほどの部屋に戻る。つい十分前から争いの音がなくなり、もしやと思って覗いてみようとしたが安全性を最優先する余り、部屋に入れなかった。なんか、西部劇みたいになってたらどうしよう。みたいな。


 それでも、その音のない状況が十分続いたのだからもう戦いは終わったと仮定しよう。でないと、この扉を一生開けられなくなってしまう。ここは次の第二次スーパー女子大戦が繰り広げられる前に、予防策として、僕がクッション役になってやろう。


 そんな思いで戸を開くと、案の定二人はお互いに倒れていた。


「ぐふぅ、うっ、おぇ。はぁー、はぁー、この、しつこい奴じゃ・・・・・・」


 未恋は仰向けに服が乱れたまま床に倒れていた。


「・・・・・・っ、お、お互い様・・・・・・。・・・・・・うっ」


 また、アイリーンもしかり。二人とも全身全霊を出し尽くしたかのような、雰囲気でそこにいた。


「・・・・・・とりあえず、二人とも。僕は今すこぶる調子が悪い。それは二人とも承知しているはずだ。なのに、この部屋を戦闘区域として使用するのか?」


「キッチンはいつも戦争なのじゃ」


「ここ応接間って言うんだよ?」


「知っておる・・・・・・!! ん・・・・・・じゃ・・・・・・」


 未恋はなぜか少し暗い顔をした。


「悪いと思っておる・・・・・・。我の力のいたらなさと不適切な態度が貴様の怪我を生んでしまったのじゃろう・・・・・・・・・・・・」


 未恋は己を悔いていた。なぜだろうか。全ては僕が引き起こしたようなものだ。勝手に勘違いされて、勝手に勘違いして。疑って繰り返していた。


「すまぬ、ウィリー・・・・・・。我と契約したせいで、こんな酷い目に・・・・・・」


 未恋はまだ、暗いままだ。


「聞いてくれ。酷いの例え話じゃ。うまく伝えられるかどうかは分からんし、そもそも、思い出せる気さえしないのじゃが・・・・・・。貴様には話しておきたいのじゃ。もちろん、アイリーン、貴様もな」


 重たい空気のまま、未恋は遂に口を開いた。


*   *   *


 それはずいぶん前である。


「母上、母上ー」


 とにかく大きく、とにかく高級で、とにかく優秀な名家のもとに生まれた我は、家族から愛情をたっぷり貰いながら生きてきた。


 幸せで、何一つ不自由が無く欲しいものは大体手には入った。


「どうかしましたの? 未恋ちゃん」


 天界の中でも上位の種族『エンジェル』の母親と、


「ううん、父上の靴下がわれの部屋の前にあってくっさいのじゃー」


「あらあら、あの人も困りましたね。ここは、私の躾を再び・・・・・・」


 ゴゴゴゴゴゴ、と擬音語が付きそうな(実際鳴っていた)剣幕で我の母親は拳を握った。


「あぁ、あはは・・・・・・。ごめん、ごめん。昨日は少し仕事が長引いていつの間にか部屋に戻る前に寝てしまったんだ」


 そう言いながらパジャマ姿で現れたのは、これまた天界では上位の種族である『ビショップ』の父親だ。


「ごめんって言ったっていけませんよ。そもそも、部屋につく前にどうやって寝れるんですか?」


「はは、いやぁ、それは・・・・・・ッ痛い!?」


 容赦ないほどの破壊力を持った裏拳。とりあえず、母は基本的に優しくて穏やかだが、父に対しては厳しく、激しい暴力を振るう。だが、父は腐っても『ビショップ』であり、ビショップ最大の強みはその回復力にある。


「酷いなあ、朝から殴るなんて・・・・・・」


 父は殴られた顔面に手を当てると、次の瞬間にはもう治っていた。今思えば異常な状況だったと思う。


「うわあ! 父上すごいー!」


 だが、無知とは恐ろしいもので。そのときは何とも思っていなかった未恋であるが。


 むろん、その無知が彼女の思い出したくもない過去を生み出すのだろうが、そんなこと、当の本人が知る由もない。


 ただ、知らなかった。


 彼女の住むこの世界が天界とは名ばかりの、地獄そのものであることを。

























 さて、天界の詳しい内政事情を説明しよう。


 まず、天界とはウィズリーの住む世界とは違い意図的に作り出された別世界である。


 いつ、どこで、何の目的があって作られたは分からない。しかし、誰が、と問われればもうアレしかいないであろう。天界に住む住人たちは異口同音に口を揃えて言う。


「神様」


 では、みんなが信じてやまない神様とは一体どのようなものであろうか。いや、偶像崇拝なのだからそんなものはいない、と思うだろうが全然違う。むしろ逆と言っていい。


 偶像崇拝は人が神を作り出したが、こっちの神様は神が人の住める環境を作り出した、のだ。


 ということは、つまり、大変回りくどくなってしまったが、いるのである。


 実際に天界には神様がいる。


 身長は170センチ、体重は55キログラム、やせていて血液型はB型。多少小難しい性格の時もあるが、基本的には面倒見のよい性格。好きな食べ物は最近中華料理に凝っており、嫌いな食べ物は挙げていけばキリがない。とりあえず、魚が大嫌いだ。


 そんなノーマルなプロフィールを持つ神様はある日、とんでもないことを側近に言い出した。


「あ、そうだ。国民大会的なやつ作ったら?」


「と、申されますと?」


 側近は眉一つ変えずに言った。


「いや、せっかく様々な人種(?)がいるわけだしさ、私としてもどの種族が強いのか知りたい訳よね? 確か、ヴィザードとかバーバリアン辺りが強いとは言われてるけど、実感無いしね」


 男か女か分からないような外見で男か女か分からない口調で言う神様に対して側近は一言。


「承知いたしました」


 かくして、天界の年一度の一大行事、『決戦』が執り行われることになる。


 大会日時は7月30~8月10の間に予選が、8月13~17日の間に本戦が行われる。


「え? だって、みんな暇でしょ?」


 もちろん、ここは天界。死者の魂はここに帰ると言われており、某休みのことなど一切無視される。


 だから、みんな休みだけ貰って暇なのだ。


「というわけで、まぁ死者は出来るだけ出さないようにね。人口減ると楽しくないから。じゃ、あとはよろしく!」


 全ての内情を側近に任せて、神様は仕事に興味を失った。


*   *   *


 第一回『決戦』。


 内容は以外とシンプル。


 1、基本的に戦闘がメイン。

 2、1種族2名まで選出できる。

 3、予選のルールは契約者を連れて天界に上がること。上がるためには一組の他の契約主と契約者を見つけだして『隣人罪符ネイバー・オブ・ダルジェンス』を両者の額に張り付けることで、成立する。

 4、なお、死者を出した場合契約者が処罰される。

 5、サポーターは任意で出すことが出来る。ただし、一人だけである。

 6、本戦はトーナメント形式で行う。これによって、9月からの種族階級をハッキリとさせる。

 7、優勝した契約主と契約者はそれぞれ、願いを一つだけ叶えることが出来る。


 と、いうものである。



「――つまり、私たち夫婦に白羽の矢が立ったわけでございますね」


 未恋の母はそう言った。


「しかし、いけないのではないのでしょうか。いくら夫婦といえど僕たちはビショップとエンジェル。違う種族同士です。ルール違反にはならないのでしょうか?」


 未恋の父はそう言った。


「・・・・・・そうなります。しかし、ルールには記載されておりませんし、我々の立場もあるのです。とにかく、我々エンジェルのサポーターをビショップであるあなたが、あなたがたビショップのサポーターをエンジェルである彼女がやってくれます」


 おしとやかな声で、少し年老いた女性のエンジェルは言った。


「つまるところ、共同戦線ですかね。この二人は長らく過ごしていますし、能力の波長も合います。無闇にサポーターを選ばず予選落ちしてしまうより遙かにマシでしょう」


 見透かすように、ビショップ側の威厳のある老人は言った。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 二人は黙って自分たちより上にいる人間たちを舐めるように見回す。どれもこれも、風格ばかりが出て話しづらい。正直言ってこの会議は早く終わって欲しかった。


 と、二人は同時に発見する。

 老人たちの後ろにいる二人の人間を。


 一人は髪を全て束ねた若い女性。もう一人は丸坊主の視線が鋭い男性。


 明らかに、レベルが違う。


「分かりました。みなさんが言うならそれに従いましょう。――必ずや優勝してみせましょう」


 父はこれ以上この空気に耐えられなかったため、そうそうに切り上げる手段をとった。母もそれには賛成らしく、


「私も、夫に同意です」


 と言う。


 そして、二つの種族の長が視線を一瞬だけ交わしてうなずいた。


「協定完了だ。エンジェル殿、我々ビショップの命運、そしてあなたがたエンジェルの命運。この二つの悲願を達成しましょうぞ」


「もちろんです。それは、こちらからもお願いしますよ」


 それを機に、会議は幕を閉じた。


「・・・・・・なぁ」


「分かってます」


 父母はそれだけ言って、この現実を受け入れた。


 どう考えても、自分たちはあの髪を束ねた女と、丸坊主の男のバックアップだということを。


*   *   *


 優勝者には何でも与えられるらしい。


 それが、どんなものであろうと。


 話に聞いたことがある。


 あの神様が神様である理由はその心臓であると。


 おとぎ話のような話だ。


 それまで、我は一笑に付していた。


 でも、もしそれが本当ならば。


 我は何よりも強く望むだろう。


 それを、何よりも強く欲すだろう。


 そして、許されるはずだ。


 我から全てを奪った神様から。


 何を奪おうと。


 それが、例えハートであっても。


*   *   *


 あれから十年近くが経過した。


 不必要に殺された両親の敵のために、我は憎悪を糧にしながら強くなっていった。


 両親は殺された。


 本戦で、父はもう一人の代表のビショップに、母はもう一人の代表のエンジェルに殺された。


 理由は見せしめ。


 種族が上級階級にあがるための生け贄として、両親は死んでいった。


「ふざけるな」


 我は毎日そう呟いて同じエンジェルとビショップを見ながら育ってきた。


 復讐。それを至上目的に我は鍛錬に鍛錬を重ねた。


 しかし、単なる復讐と言っても、彼らを殺すまねだけはしたくない。それをしたら奴らと同じになるからだ。


 もちろん、エンジェルやビショップに復讐心を燃やしていることは表に出さず、単純に『決戦』に出たいと願う一人の少女として。そのせいか、あまり社交的でない性格になってしまった。


 そして、多くのいじめにあってきた。


 しかし、我はそんな腐った毎日を過ごしていった。耐え難きを耐え、忍び難きを忍んだ。ほぞを噛み続けるような生活の中で、周りの人間はみんな消えていった。


「お前は気味が悪い」


 気味の部分は様々な言葉に変わるのだが、総じてこんな感じのことを言ってみんな我から離れていった。


 そして、それでいいと思う。


 むしろ、その方が胸が軽くなっていくようだった。


 これで、誰かを殺さずにすむ。


*   *   *


「・・・・・・そうやって、我は今日を迎えた。少しずつ、自分でも脳味噌が溶けていくような感覚はしていたのじゃ。こんなことはおかしいと。復讐という個人的な理想だけでウィリーたちを巻き込んだこと・・・・・・。本当にごめんなさい」


 銀色の髪を揺らして、未恋は僕たちに向かって頭を下げる。


「お兄ちゃん」


 アイリーンはなにかを言おうとした僕を止めた。なんて言おうとしたか忘れちゃったじゃねーか。


 しかし、アイリーンは続ける。


「どうせお兄ちゃんのことだから、私を助けたときと同じで、助けるに決まってる。私は、そんなに非常識じゃない。面倒ごとは嫌い。でも、分かってる。止めても無駄、だって」


「・・・・・・アイリーン」


 本当は、アイリーンだってそう思っているはずだ。


 おそらく、口ではこう言ってるけど内心は助けてあげたいはずだ。むしろ、その気持ちは僕より強いものかもしれない。


 だから、容易にアイリーンの次の言葉が分かった。


「だから、ついていく。お兄ちゃんがそんな危険に巻き込まれるのは、許せない」


 噛み砕けば、彼女は何よりも優先し、率先したいのだ。そこで、理不尽に謝り、誤りを恨む少女を。


 未恋は顔を上げた。僕ではなく、アイリーンの方を見て。


「・・・・・・まぁ、言わずもがな、かな」


 僕が頷くと未恋は聞き取れるか聞き取れないか・・・・・・、すぐに消えてしまいそうな煙みたいな声で、掠れながら


「――――ありがと」


 と、言った。


 経緯から察するに、二人は近いものがあると思う。丁度、歳も近いし何より今まで二人とも子供の友達がいなかったのだ。


 それを守る意志は、むろん僕より強いに決まっていた。



 さて、主人公交代でもしますか。






















 あれから、すでに二週間近く経過した。


 8月11日。『決戦』二日前。


「う、う、うおおおー! 大きいのじゃ! なんじゃこれは! 初めてみたぞー!!」


 蒼色未恋は声を上げて絶叫していた。


 まぁ、泳ぎたい、という未恋の願いを二週間ぶりに叶えてあげたわけである。しかし、プールではなく――――湖なのだが。


「まぁ、人が余りいないのは幸いだな。これで二人がいつ暴・・・・・・はしゃいでも大丈夫だ」


 何より、あの二人の水着を他の人が見ず、僕一人で見れるからな。


「・・・・・・え? お兄ちゃん今なんて? 大丈夫だよ?」


「は、え!? ん、ああ! 大丈夫だアイリーン! お兄ちゃんは絶対にそんなことしないからな!」


「・・・・・・?」


 焦った。何だ、心の中を読みとられたかと思った・・・・・・。


「おい、ウィリー! アイリーン! 早う来い! 冷たいぞー! きゃはははは!」


 未恋は郡内の山奥にある大きめの湖にめちゃくちゃはしゃいでいる。正直、そんなにテンション上げる必要はないと思うのだが、そこは個人の勝手だ。とりあえず、目の保養、目の保養と。


「「お兄ちゃん?」」


「え!? はい、な、何でございましょうかアイリーンさん!? いえ、これっぽちもエロい目で見ようなど思っておりませんので!」


 僕は反射的にほぼ説明してしまった。


 殺されると思ったが、アイリーンは首を少し傾げて未恋の方へ向き直る。


 ・・・・・・アイリーンの声が二重になって聞こえたんだが。自分の幻聴だと信じたい。とはいえ、幻聴が聞こえる時点で多少危ない人間だけど。


*   *   *


 キャッキャキャッキャウフフな展開を期待しているそこのお前。


 残念だったな、今からこの僕による脳内思念をつらつら書き連ねていくぞ。心に掛かるよしなしごとをな。


 まず、未恋が着ている服についてだ。普段着はTーシャツとミニスカートと結構ラフなかわいらしい格好をしている(これがあのサラサラ銀髪と合う)が、今は違うぞ。僕の命令でツインテール、およびスクール水着だ。やっぱり少女にはツインテでスク水だろ。夏限定。


 アイリーンは普段着は基本おしとやか、というか露出が少ない格好だ。夏なのに暑くないのか、少し不安である。だが、しかし! 現在進行形でスクール水着ではなく、普通の水着着用中だ。肌が白い、そして滑らかだ。遠目でも分かる。


 と、言う具合で心に掛かるよしなしごとを書き連ねているうちに、一人の釣り用帽子を被った釣り人がやってきた。これは迷惑になるといけない。すばらしい良識的な判断と親好心から僕はアイリーンと未恋に注意を促そうと、仰向けの姿勢から立ち上がった。


 さて、ここで僕は結構岸から離れた位置で日光浴と鑑賞会を楽しんでおり、未恋とアイリーンは遊んでいるうちに僕から一番近い岸よりか少し離れた位置にいた。そして、釣り人が僕とアイリーンたちを結ぶ線のすぐわきにある林から現れたため、僕が二人に注意を促しに行くためにはどうしてもその人とすれ違う形になってしまう。別に、すれ違ったところで多少の挨拶を交わすだけなのだが、そもそも人と接するのが苦手な僕にとっては、あんまり、気が進むものではなかった。


 だからだろうか――――いや、言い訳にするつもりはない。


 僕は気付くべきだったんだ。


 釣り人が道でも何でもない林から現れるはずがないと。


「――――こんにちは」


「こんにちは」


 挨拶。


 ただ、それだけのことに異様に緊迫した雰囲気が流れたが、それっきりだった。


 しばらく歩いてアイリーンたちが遊んでいる辺りに来た。


「おい、二人とも。釣り人が来てるから迷惑にならないようにしろよ」


「「はーい」」


 えらく、従順だな。なんか、こいつら仲良くなってないか? 以前にも増して。


 と、思いながら先ほどすれ違った釣り人を見ると、すでに対岸にいる。


 そして、持っていた釣り用のバッグから釣り竿を取り出して・・・・・・。


(・・・・・・・・・・・・?? あれ? 餌とかルアーとか、付けたか?)


 そのままひゅっと振るった。


 先っぽがこちらに向けられている。しばらくして、ポチャンという針が水面に落ちる音がした。水しぶきも上がっている。


 のに。


(・・・・・・浮きが、ない・・・・・・)


 そして、しばらくたって。


 ――――ズガンッ!!!!


 静寂の山中に聞き馴れない糾音が響いた。


「・・・・・・なッ!? な、何の音だ!?」


 あまりの突然の出来事に、思わず辺りを見回す。


 と、信じられない光景が二つ。


 対岸の釣り人が持っている釣り竿から煙が上がっている。いや、あれは釣り竿じゃない! 銃だ! しかも、拳銃じゃなく大型の!


 そして、もう一つ。


 余りにも衝撃的な光景に、僕はただ名前を呼ぶことしかできなかった。


 そこには、大声を上げるアイリーン。何を言っているかわからない。ただ、叫んでいた。


「みッ・・・・・・未恋ッ!!??」


 それ以上に異常なのは、隣にいる未恋は大量の血を流し、水の底に沈もうとしていた。

























 ・・・・・・何じゃ?


 水の中?


 だ、ダメじゃ。早く水面に出なければ死んでしまう。


 ・・・・・・?


 体が、動かない?


 そういえば、前が見えない?


 これは、一体?


*   *   *


 青い水面が、どんどん深紅に占領されていく。これは、かなりの出血をしている。撃たれたのは明らかだ。


 アイリーンは思いっきり息を吸い込み、水中へと潜った。僕はそれに続いて行くが、ダメだ。


 いつ、二発目の銃弾が来るか分からない!


 近くに大きな岩があるため、その後ろに隠れる。


「お兄ちゃん!」


 岩の後ろからアイリーンの声が聞こえる。その方を向くと、いきなり未恋が飛んできた。


「うお!?」


 最初に会ったときと同じ。だが、受け止めてみるとその体は悲しいくらいに冷たく、軽かった。


 右の下腹部に直径2センチほどの穴が開いており、そこから大量の血が僕の服を濡らす。


「・・・・・・!!」


 ぞっとした。エレナのときより、はっきりと――――


 死が近付いているのが分かった。


 未恋は焦点のはっきりしない瞳で、体を痙攣させていた。


「アイリーン!」


 僕は名前を呼ぶとアイリーンはすぐに来てくれた。


「分かってるっ! 『七色のセブレード』、桃!」


 『七色のセブレード』、桃。


 確か、対象を癒す効果がある刃だ。


 桃色の刃はゆっくりと未恋の傷口に浸透する。


 と、未恋の痙攣はなくなった。こうしてみれば全然僕の修復魔法より使い勝手がいい。


「でも、まだ全回復とは言えない。機能として残っている細胞部分を繋いだだけだから、完全に損傷している部分は治せないし、何より痛みは残る・・・・・・」


「じゃ、じゃあ医者に見せなきゃだな! よし、丁度今の釣り人スナイパーは対岸にいるから、この岩を対角線上に置きながら・・・・・・」



「逃げる気?」



 いつの間にか、先ほどの釣り人がせせら笑いながら背後の大岩の上に立っていた。


 いくらなんでも、早すぎる。


 しかし、アイリーンはそれを好都合と捕らえたのか、『七色の刃』の青を瞬時に生成し放つ。


「ッおっと」


 釣り人は大岩から後ろへ降りることで回避したが手に持っていた銃――――おそらく、形状から見てスナイパーライフルだ――――の筒の上から10センチほどを切った。


 これで、この釣り人は銃を使えない。


(どうする? 今ならチャンスだが、未恋を狙った以上天界関係の人間であることは確かだ・・・・・・)


 そんな思考を凝らしていると、背後で立ち上がってはいけないものが、立っていた。


「――『携帯音声セレフォン』、モード『地獄へ叩き落とす剣』」


 蒼色未恋は、瀕死の重傷を負いながらも、精神力だけで立ち上がった。


「未恋っ、まだ立っちゃ・・・・・・」


 アイリーンが御するが未恋は聞かなかった。不安定な足取りで不明瞭な視界の中、未恋は自分を攻撃してきた人間だけを狙って飛んだ。


 ――――無茶だ。あれじゃあ大剣を振り下ろすことさえ、体へ多大な負担をかけてしまう。あの状態で戦ったら、死んでしまうぞ!


「戻れ未恋! もう動くな!」


 僕は叫ぶが、未恋は聞かなかった。いや、聞こえなかったのか、既に彼女はたった一つの純粋な感情の中にいた。


「死ね」


 ――殺意。


 それは、お前が最も嫌っていた心だろッ!!


 未恋は血を吐きながら大剣を振りかぶって、岩の向こう側にいる釣り人に切りかかる。


「もちろん、死ぬのはお前だけどな」


 釣り人はどうやらそのことを予期していたのか、予めもう一本の銃を背後に置いておいたらしい。


 それは、銃身が短く詰めてあり、大口径の猟銃。


 まさか!?


「未恋! 退け! 退くんだ! ショットガンだ!!」


 僕は叫ぶが、釣り人は無情にも。


「もう、遅い」


 引き金を引いた。


*   *   *


 痛い。


 体中に穴が開く感覚。


 そこから血が吹き出る。


 前が見えないのは、目にも当たったからだろうか。


 どちらにせよ、我は・・・・・・。


*   *   *


「みッ・・・・・・!!!」


 つんざくような音の直後、目の前で少女が弾き飛ばされる。


 体中から大量の血をまき散らし、岩に激突。


「未恋ーーーーーーー!!!!」


 そのまま俯せに倒れる彼女。やけに、スローに見えた。


「『七色の刃』、黄! 赤!」


 アイリーンは怒りに満ちた形相で、釣り人に二色の追尾用の刃と破壊用の刃を打ち出した。


「さっきのに比べてノロいな。ブラッディ」


 釣り人はそう呟くと、いきなり。


「りょ~かいッ☆」


 上から声がした。


「え、え!? 人間が、宙に浮いて!?」


 驚いたのは一瞬。続けて、驚愕が目に映る。


「『曲がったことは大嫌い(ストレートフラット)』!」


 浮かんでいる人間はそう叫ぶと、両手を交差させた。


「え・・・・・・?」


 先ほどの釣り人が右の方へ一瞬で移動していた。


 何だ今のは!? 意味が分からない。そもそも突然の出来事が立て続けに起こって、僕の頭は崩壊寸前。


「まだ!」


 アイリーンは叫んだ。そう、赤の刃は直線にしか飛ばないため、明後日の方向へと飛んでいった。だが、黄色の追尾用の刃は方向転換して、釣り人へと再び飛ぶ。


「ん、何だそれは? 追いかけるのか?」


 だが、釣り人は至って平常。持っていたショットガンを置いて、自然体をとった。そして、刃が1メートル先に来たとき


「ふッ!」


 しゃがんだ。刃は軌道修正をしようと下向きに変わろうとするが・・・・・・。


「はッ!」


 釣り人は刃を下から殴り上げた。そして、パキィン! という破裂音とともに、刃は霧散した。


「そ、そんな・・・・・・?」


 アイリーンはその光景を目にして愕然とする。


 今まで、その手で黄色を防いだ人間を見たことがなかったからだ。そもそも、殴られた程度で壊れる刃じゃない。


「ふん、この程度か。俺の相手じゃないな」


 釣り人は手を振って、その帽子を取った。今まで帽子のせいで素顔は隠れて見えなかったが、女性だ。しかも、かなり美形の。


 背中の中間くらいまである金髪を一本にまとめている。


 そして、その隣に先ほどの空飛び人間が降り立った。


 こっちはどうやら少年だ。短い短髪で、しかもかなり幼い顔をしている。ヴェントナー先生が見たら鼻血出すな、この童顔は。


 しかし、よくその少年を見てみると少し透けているのが分かる。


 意味が分からない。


 と、女性がおもむろに口を開いた。


「さて、もう用件は言わなくても分かるよな? 俺たちはそこの死にかけの女とお前に『隣人罪符ネイバー・オブ・インダルジェンス』を付けに来た『決戦』の出場者だ」


 未恋を指さして言う。そちらを見ると、アイリーンが桃色の刃を未恋の体に浸透させていたが、未恋は――――ぴくりとも動かない。


 ちなみに、と。


「ちなみに、みーの名前はブラッディ・クラウディ! こっちの冷たいお姉ちゃんが、ええと・・・・・・何だっけ名前? コードネーム・フリーマー・・・・・・・・・・・・」


「コードネームが、フリーマー・キルショットだ。コードネームは名前の一部じゃないって何回言えば分かるんだ、お前は。まぁ、いい。悪いことは言わない。俺の金のためにその女をこちらに渡せ。もちろん、この札はお前にも貼らないといけないから、お前もな」


 キルショットはショットガンを拾い上げて、僕に構える。


「・・・・・・」


 僕が両手を上げようとしたとき。


「お?」


 キルショットは声を上げた。


 振り向くと、アイリーンが湖に向かって走っている。そんなことをしたら、僕が撃ち殺されるんじゃないかと思ったが。


「その、札は対象が生きていないと効果を発揮しない! そして、他人を制圧するのにショットガンは非常識だ!」


 『隣人罪符ネイバー・オブ・ダルジェンス』は確か契約者と契約主の額に同時に貼ることで効果を発揮する許可証みたいなものだ。死人に対しては効果がないらしい。未恋が説明してくれたときはそんなことちっとも言ってなかったのに。


 そして、アイリーンの言うとおり、ショットガンは高威力な代わりに射程が短い。数十メートルと離れてしまえばどれだけ狙おうと玉は拡散するため、当たらないのである。


 もちろん、そんなこと瞬時に僕が気付くはずがないため、多少戸惑ってしまった。


 アイリーンはキルショットと距離を保ちつつ、迂回するように背後に回ろうとする。


 しかし。


「もちろん、そんなことは知ってるぜ? むしろ、こう動くようにしたんだからよ」


 キルショットは作戦が円滑に成就したかのような笑みを浮かべた。


「――――ストレートフラット」


 キルショットの隣にいたブラッディがそう呟くと、アイリーンとブラッディは


 消えた。


「あ、アイリーン!!??」


 いや、一瞬にしてここから対岸まで移動していた。驚いた。すぐに、アイリーンがキルショットからブラッディに標的を変えて、瞬殺でケリを付けようとしていることに。


 さっきキルショットが瞬間移動したのも、あのブラッディの異能ってわけか。


 僕はアイリーンの居場所を確認すると、未恋の状況を見る。正直言って生きているのかさえ分からないほどの出血量だったし、今も全く動かない。早く病院に行かないと本当に死んでしまう。


 だから。アイリーンと離れた今、何もできない僕が尽くせる最善策は――――。


 一刻も早く投降し、『決戦』を諦め、未恋の命を助けること。


「・・・・・・で、どうする? 諦めて投降するか、諦めずに俺と戦ってみるか? まぁ、後者はただ被害が広がって前者と同じ結末になるな」


「一つ、条件がある」


 僕はこう切り出した。

























 対岸へ飛ばされたアイリーンは、攻めきれずにいた。


「『七色のセブレード』、橙!!」


 オレンジに光る刃を拡散させてブラッディへとぶつけるが


「何度やったって無駄だって」


 その刃はブラッディを透過して後ろの林に刺さる。ブラッディは両腕を挙げて、その手を下げながら交差させる。


「『曲がったことは大嫌い(ストレートフラット)』」


 すると、真上から先ほど『七色の刃』によって出来た倒木がアイリーンの頭上に現れた。そして、突き落とされる。


「・・・・・・!! 赤!」


 両手に赤色の切れ味を付与させて丸太を切り刻むが、今度は両脇から倒木が飛んでくる。


「ふっ!!」


 すぐさまアイリーンは反応し、両腕を伸ばして倒木に腕を突き立てる。倒木はアイリーンの手の甲あたりまで深々と刺さった後、勢いを失う。


「ストレートフラット」


 息付く暇もなく、前方から小さな石が数個飛んでくる。アイリーンはそれを一つ一つ丁寧に弾き落とし対処。ブラッディは先ほどから空中に浮いて物体を飛ばして攻撃という手段しか取ってこない。ただ、こちらの攻撃が透けて当たらないため、どうしても防戦一方だ。


 そして、アイリーンは石に気を取られていたので、地面に大きな影が出来ているのに気付くのが遅かった。


「・・・・・・!?」


 バシャーン! と大きな水しぶきを立てて、大量の湖の水が頭上から落とされた。流石に、液体は刃では切れない。アイリーンはいきなりの土砂降りに体勢を崩してしまう。


 その隙を逃すまいとブラッディは3方向より倒木を飛ばし、さらに巨大な岩を頭上へ降らせる。


「――――めんどくさい、非常識!」


 地面に座り込んでしまったアイリーンは両手を合わせて二本の手刀から一本の研ぎ澄まされた刃を生成する。


「『七色の刃』、スカーレット!」


 合わせられた二つの赤い刃は見る見るうちにその密度と体積を増し、一本の深い赤色をした巨刃になる。アイリーンはそれを渾身の力で振り上げ、一気に倒木と巨岩を薙払う。


「すっげー、やるじゃん」


 ブラッディはそんなことを言いながら再度、水を異能で持ち上げる。もちろん、刃がどれだけ大きく強くなろうが、広範囲より振ってくる水は防ぎようがない。アイリーンは逃げようと走るが、前方からいきなり少し大きめの石が鳩尾に直撃する。


「・・・・・・ッぐぁ!?」


 思いがけず膝を着くアイリーン。そこに容赦のない水流が押し寄せる。もちろん、今度は完全に体制が崩れた状態、俯せになってしまった。その好機をブラッディが逃すはずがなく、再び倒木が4つ、飛んでくる。


「・・・・・・!!」


 アイリーンは刃を生成して4本すべてを払おうとするが、二本、間に合わなかった。アイリーンはその二本に挟まれるように、直撃。


 ごりッ、という潰される音に顔をしかめつつ、アイリーンは青の刃で反撃を行う。しかし、それもまた、透かされてしまう。


「うっぐああぁ!! こ・・・・・・のッ!」


 血を吐きながらも、アイリーンは再び刃を飛ばす。今度は追尾用の黄色だが、透かされる。透かされた後、刃は何かを思い出したかのようにUターンするが、また透かされる。それの繰り返し。


「・・・・・・この刃消えないね。・・・・・・じゃあ」


 と、ブラッディは言って


「ストレートフラット」


 アイリーンの目の前に瞬間移動してきた。


 アイリーンはいきなり現れたブラッディに驚きつつも、両腕に赤の切れ味を付与させて切りかかるが。


「――――!?」


 ズン、と腹の辺りに嫌な感覚がした。生温かい、しかし、体の奥は燃えるように熱い。


「ごふッ・・・・・・??」


 口から血が流れ出る。不自然だと感じ、手刀を当てる前に自分の腹を見た。


 何かが刺さっている。


「ま、まさか・・・・・・!?」


「そうだよ、君の刃さ」


 相手を追いかける、という性質を利用して、自分が相手に密着してダメージを与える。自分の刃は思ったよりも痛かった。


「ひ・・・・・・ひじょぉ・・・・・・!!」


 アイリーンは呻くような声で手刀を振り下ろすが、当たらない。


 何度やっても透かされてしまう。


「だから無駄だって。みーには攻撃は当たらない。だって、実体のないゴーストだからね」


「なに・・・・・・それ・・・・・・? 知らない・・・・・・!」


「君が知らないものはいつだってどこにだってあるものだよ? みーの知らないものが世界中にあるようにね」


 実体がない。つまり、如何なる攻撃も当たらないし、如何なる攻撃も与えられない。完全に無敵。


「・・・・・・!!」


 では、アイリーンはと考えた。


(では、相手も私には直接攻撃は出来ない・・・・・・。だからこそ、あの異能で間接的に攻撃することしか出来ないのか)


 今までの経験からアイリーンは既にブラッディの異能を8割方理解していた。物体は真っ直ぐにしか飛ばせないし、倒れた木が自分に当たる直前に異能の力はなくなっている。つまり、上からはもちろんだが、三方向から飛ばしてきたときも若干斜め上から降ってくるように飛ばしているのだ。


 だとしたら、仮説を一つ。


「・・・・・・どけ! 非常識がッ!」


 アイリーンはブラッディの体を突き抜けるように――――林の中へ逃げ込んだ。


「・・・・・・へえ、もう理解したのか。みーの『曲がったことは大嫌い(ストレートフラット)』を・・・・・・」


 ブラッディ・クラウディの『曲がったことは大嫌い(ストレートフラット)』は物体を何もない直線軌道上だけ自在に移動させる能力だ。そのため、地面に埋まった状態の木はいっさい動かせず、アイリーンが切り倒してくれた木だけしか使えなかったのだ。


「まぁ、みーの役目は時間稼ぎだしね。どうせ、みーには攻撃当たらないし」


 ブラッディは逃げたウサギを追いかけるようにして、林の中へと消えていった。


*   *   *


 アイリーンはある程度林の奥深くまで来たところで、膝をついた。


「・・・・・・・・・・・・!!」


 傷は以外と深かった。もちろん、耐えられない痛みではないが、何とかブラッディを振り切ってウィリーの元に向かっても、キルショットには到底かなわない。


 社長・・・・・・、そう、ルーティンワーク社長のカノン・リスト。


 この状況、あなたならどうしますか?


 そして、おそらく、カノンがこの場にいたならこう答えるだろう。


『さぁ?』


「・・・・・・期待した私がバカだった・・・・・・」


 と、アイリーンは以前、絶体絶命に陥ったときの最善策として取るべき行動を言われたのを思い出した。


『アイリーンちゃん。まぁ、君はそんな状況一度も起きないはずだから聞き流してもかまわないよ。それでも、僕の365年間で得た教訓の内の一つから言わせて貰えれば、目上の人の話はどーでもいいけどどーでもよくない。つまり、内容自体は知る必要のないことだが、知っているということを覚えていることが大切、っていう意味なんだけど。まぁ、この辺の深い話は追々するから聞き流して、覚えててね。で、何だっけ? 絶体絶命に陥ったときの対処法だっけ? あぁ、そういえばそうだったね。忘れてたよ。僕もかれこれ365年生きてきたけど、自分の話している内容を忘れるというのは初めてだね。認知症って奴かな? うん、そうだね。僕が良くやってきた手段、いや、作戦の方がこの場合適切かな? 結局は自分の利益を得るためにやってたわけだし。そう、一度裏切るんだよ。で、裏切ってもう一度裏切る。胡麻を擦るようにして相手に媚びへつらって、後でその頭を叩き潰すのさ。味方に対する信頼ほど、大きな油断はないからねぇ。とはいえ、この作戦は何十回とやってきたことだから、長らく対立関係にあるもう『エンゼルプラント』には使えない手だけど。どうだい、アイリーンちゃん。これも一応僕がこの365年間で培ってきた教訓の一つなんだけど、お役に立てたかい?』


 ・・・・・・長い。


『ん? 効果的な裏切り方? 僕の場合はひたすらに相手の長所を誉めたてまくったり、お酒飲みながら話し込んだりしてたけど。君の場合は丁度、『七色のセブレード』で桃色とか、緑とか、回復系があっただろう? それを使えばいいんじゃないか?』


 桃色は回復というか応急処置みたいなもので、ブラッディは怪我をしてないし、緑は無機物に有機物の特性を持たせるだけだ。


「・・・・・・?」


 無機物に有機物の特性を持たせる・・・・・・。じゃあ、ブラッディは一体何なのだ? もし、何もない真空のような存在だったとしたら、それは無機物に数えられるだろう。


「・・・・・・試す価値はある、か・・・・・・」


 アイリーンは痛む体を持ち上げ、先ほど来た道を戻っていった。
























 アイリーンたちがこの場を離れてしばらく経った。


「さて、お前の出した条件に則って俺の雇い先から闇医者を要請し終わったが・・・・・・。どうしたことか、俺には別の用件があってだな。そのために、ブラッディを含む餓鬼どもをこうやって話が聞けないようにしたんだが」


 キルショットは急に銃を下ろしてそんなことを言い出した。


「急ですね・・・・・・どういった風の吹き回しですか?」


「俺にとっちゃ、『決戦』なんてのはどうでもいいんだよ。実際問題ブラッディが万が一、お前の餓鬼に負けたら『隣人罪符』は俺たちにやるつもりだ。まぁ、それはいい。――――仕事の話をしようか」


 キルショットは声のトーンを低くして言った


「・・・・・・お前、『依存症』だろ?」


「いや、僕は別にタバコとかお酒とかはあんまり・・・・・・」


「ちげーよ、異能の方だよ。てか、分かってて言っただろお前」


 あれ? ばれた?


「で、だ。何だか俺の雇い主の上の奴がよ、こいつを持たせて異能を使わせろって言うんだよ」


 と、キルショットはポケットから小さな赤い石を取り出した。


「・・・・・・何ですかそれ?」


 僕が問うと


「賢者の石・・・・・・じゃなくて、とある異能の結晶だ。これに触れながら異能を発動すれば、異能の情報だけが抜き取れる・・・・・・らしいな。俺はよく分かんねえんだけど、別にこれを使ったからと言ってお前の異能が無くなっちまう訳じゃねーから、安心しろ」


 キルショットの口から序盤聞いたことがある石の名前がでてきたが、気のせいだろうか。パーティー全体の体力が80前後回復したり、扉が開けたりするのだろうか。いやない。


 つまり、要約すれば『僕の異能が詳しく知りたいから、これにデータ写して』ってことか。


 ・・・・・・。


「無理」


 キルショットはしばらくの間、呆然として僕の顔を黙ってみていた。


*   *   *


「ちょ、ちょっと待てよお前。今この状況が分かってんのか? 戦力差は圧倒的で、しかもそこの餓鬼は死にかけてる。丁度人質みたいなもんだぞ? そこは1つ返事で首を縦に振るだろ。バカなのか?」


 キルショットは数秒後、大きなため息を一つしたあと呆れたような口調で言った。


 もちろん、僕はバカじゃない。むしろ、無理としか答えようがなかった。この場においてのベストアンサーに違いないだろう。


 だって。


「――――僕の異能、『依存症』は今使えないんです。と言うか、これから先も使えそうにない・・・・・・」


「・・・・・・本当か?」


「本当ですって」


「・・・・・・ちょっと、俺に向かって依存症使ってみろ」


「キルショット、座っていいよ?」


 キルショットは全く動かなかった。そして、もう一度


「はぁ・・・・・・」


 ため息。


「――――マジかよ」


 一気に、この空間が色を失ったような気がした。


「・・・・・・!!?」


 とてつもない殺気が、この湖全体、いや山全体をかけ巡った。


「あ~・・・・・・じゃあ、俺ここに何しに来たんだよ? 完全に仕事失敗じゃねーか・・・・・・」


 だが、キルショットを見る限り、気が抜けたような完全に脱力した表情だ、ということは!


 この女、何もしていない状態で常に誰かに殺意を向けており、


「疲れた。殺す」


 そして、その凄まじい殺意は僕に今向けられている!


「――」


 音もなく。


「!?」


「こっちだ」


 声のした方――――つまり、上を見上げると宙返りの姿勢でキルショットは僕の上に来ていた。


「・・・・・・はァ!?」


 あまりの超人ぶりに開いた口が塞がらない。いまなら、虫が入ってきても胃まで一直線だ。


 そんな感想を述べながら。


 ゴスッ!!


「・・・・・・!!」


 僕の頭を遠慮なく踏みつけるキルショット。むりやり土下座しているみたいだ。つか痛い。めり込む。


 そして、蹴り上げ。鳩尾にマッハ2くらいのローキックが決まる。吐くどころか、胃ごと出そうだ。


「あの、さ! 俺は今まで仕事の成功率99%だった、の!」


 ちなみに、!の数=攻撃回数だ。


「うグエェっ!!」


 キルショットは僕を右に左にとりあえず殴る。避けようと頭を動かすが、動く前に殴られる。


「で! お前の! せいで、信用失っちゃう! わけよ!」


 もう一度蹴りあげられる。蹴りは読点でいこうか。


「そしたら、俺の! 今後の! 生活苦しく、なっちゃう! わ、け!」


 、!!!、、!、!、!!!!、!


 キルショットは少し、楽しげに僕を虐める。人間殴って楽しいって奴初めて見た。


 しかし、フルボッコだ。リンチと言っても過言ではない。あ、歯が抜けた。


「・・・・・・ッ!」


「腹引き締めろよッ!!」


 そして渾身の一発。腹から太鼓みたいな音がした。ドンッ!と。


 穴が開いて内蔵が飛び散ってるんじゃないかと思ったが、そうでもない。ただ、鼻血と吐血が止まらないだけだ。それも、これ以上出ちゃいけないような量が。


 一瞬の激痛と鈍い痛みが続く。


 冗談じゃない。殴られて殺されるなんて絶対にイヤだ。理由はよくわからんが、ワンピ●スでも殴られて死んだ奴はいない。


 とか言ってる内に(実際は殴られ続けてそんな想起もした覚えはないのだが)次第に体の力が抜けていく。とりあえず、粉砕した骨が内臓に刺さっていないことを祈ろう。


 そして、キルショットのストレート(彼女にとってはただのジャブかもしれないが、僕にとっては黄金の右ストレートだった)が初めて僕の顔面を捉えたときだ。



「そこまでにいたしましょう。あなたはもうそれ以上続ける必要はありません」



 なんか、気風の良い声が聞こえてきた。


「はァ?」


 ガンガンガンガンガン!!!


 それを言われて5・6発殴った後、キルショットは止まった。


「・・・・・・??」


 驚いた。あの、殺気の固まりみたいな女がたった5・6発で攻撃を止めただと!? そして、未だに意識をぎりぎりで僕が保っているだと!?


「何だよチェンサー。俺に何のようだ?」


 キルショットは標的を声のした方に体を向けた。


 チェンサー・・・・・・聞き覚えがあるぞ? なんだか珍しい名前だからハッキリと覚えてないけど・・・・・・。


「何のようだ、と言われても。キルショット、あなたが呼んだのではありませんか」


 僕は血塗れの顔を起こしてそのチェンサーと呼ばれる男の顔を見る。


「チェンサー・・・・・・。チェンサー・ラビット・・・・・・? あの、医薬品で有名な・・・・・・」


 チェンサー・ラビット。俗に言うラビメディカル。ラビメディ。医薬品を全般に取り扱い、世界のシェアは6割を占める最強の薬会社。何が最強って、魔法や異能によって生まれる肉体の不和を正す錠剤『マジックバック』やエナジードリンク『ブラックベリー』などを開発しそのどれもが大ヒットしているのだから驚きだ。


 すると、僕を見るなりチェンサーは丁寧な口調で


「その通りです、ゴミ虫。あなたと私では住む世界が違いますから気安く話しかけないで頂きたい」


 屈託のない素晴らしい笑顔でそう言った。まぁ、言われなくてももう喋れねーよ。


「で、チェンサー。いつ俺がお前を呼んだんだよ? 俺、今なら誰でもヤっていい気分なんだよ。邪魔するとお前からヤっちまうぞー?」


 キルショットはチェンサーに向けた。殺意と視線を。が、チェンサーは「落ち着きましょう、キルショット。というか」と言って話を止めた。


「あァ??」


「そもそも、私はそこにいる患者さんを治しに来たんですよ」


 チェンサーは動かない未恋を指さした。


「じゃあ、いいじゃねえか。この無能殺しても構わねえだろ?」


 と、チェンサーは少し一笑に付すように。


「――――ですが、貴方達は負けのようですよ?」


「あ――――??」


 どういうこと・・・・・・。


 そう、僕が思う前に、キルショットが言う前に。


 あるものが脇の林から木々を切り倒し、この静寂を打ち破った。


*   *   *


「く、クソッ! そ、そんな・・・・・・みーに、攻撃は・・・・・・!!?」


 アイリーンはこの場に現れるなり、倒れ伏すブラッディを無視してキルショットに一目散に切りかかった。


「ん――、なんだアイツ。負けてんじゃねえか」


 キルショットは遠くで虫の息になっているブラッディを一瞥して、アイリーンの方を向く。


「『七色のセブレード』、青、赤!」


 アイリーンは青色の刃を放って、右腕に赤い切れ味を付与させた。


 青がキルショットに弾かれ、切りかかってきたアイリーンも難なくいなしてかわす。


「はぁ、結局任務失敗か。こりゃ、お前のせいじゃねーなウィズリー。ブラッディがすべて悪い。裏の依頼を遂行したところで、表の依頼が失敗してりゃあ何の意味もねえからな」


 キルショットは独りでに言う。そして、足に力を込め未恋のところまで一歩で跳躍した。


「・・・・・・触れるな!!!」


 アイリーンはすぐに体勢を立て直し、再びキルショットに斬りかかる。が、キルショットは血だらけの未恋の懐から二枚の札を抜き取った。


「こいつか・・・・・・汚れてんな」


「離せ!」とアイリーンは叫ぶ。


 それを見たキルショットは最小限の動きでアイリーンをかわして、手刀の右腕を掴んだ。


「・・・・・・せーのっ!」


 そして、両腕でアイリーンの右腕を下に引き右足で思いっきり挟み込んだ。


 瞬間、アイリーンの腕から鉛筆が折れたような鈍い音がした。


「アイリーン!!」


 崩れ落ちる少女。声も出ない激痛に、顔をひきつらせる。


「あっ、ぐぅっ、・・・・・・!!!」


 その場にうつ伏せに倒れてしまう。


 そして、自分の横にもう一人の少女がいることに気付いた。顔を見ると、両目から血が流れている。


「・・・・・・み、みれ・・・・・・ん・・・・・・、ごめ・・・・・・」


 彼女は最後に隣に倒れる少女の手を取って、目を閉じた。



「・・・・・・ショックで気絶しましたか。はぁ、大人しく見ていればよかったものを」


 チェンサーはその様子を見て少し笑っていた。


「お前らッ・・・・・・!!」


「そんなに睨まないでください。視力の無駄遣いですよ」


「チェンサー、とりあえず俺の負けってことになるんだけどな。これからどーすんだよ? ウィズリーは依存症使えねーって言ってんぞ?」


 キルショットは先ほど取り出した二枚の札を自分の額と――――ブラッディのところまで歩いていき、そして彼の額に貼り付けた。


 すると、二人は青白い光に一瞬包まれて、一気に光が弾けとぶ。


「契約終了。さて、と」


「ま、待って! こ、殺さないで・・・・・・」


 ブラッディが懇願するが・・・・・・。


 キルショットは、全身を切り刻まれ虫の息のブラッディを音もなく殺した。首の頸動脈を爪で断ち切ったらしい。血がどんどん流れているのが分かる。


「終わりました?」


「あぁ、終わったよ。俺もう帰っていいかな?」


 脱力した感じでキルショットはチェンサーに訪ねた。


「んー、少し待ってください。考えがあります」


 チェンサーはそう言って僕のところに歩み寄る。


「さて、私の願いとしては君の異能を調べ、薬の試用の際の依存性を研究したい。そうすれば、全く依存性のない特効薬が作れたり、逆に依存性が強すぎる麻薬も製造できるからね」


 普通に犯罪者の台詞だ。国一番の薬剤師の名が聞いて呆れる。


「知ってますよ。そんなこと。だから、国一番として、生きていられるんですから」


 はっきり思った。もうこいつの作る薬は買ってこない。


「・・・・・・でも、残念だったな。もう僕は異能が使えないんだよ」


 僕は全身に力を込め、ふらつきながら立ち上がる。


「そんなことはもう既知です。勝手に私が残念がっていると勘違いしないで頂きたい」


「勘に障る・・・・・・!」


「それはこちらだけです」


 ダメだ。ここまで話しててイライラするのは学校の教頭の話並だ。


「――――そこで、提案です。これは、ここにいる全員に利益のある話ですよ」


「「あ?」」


 僕とキルショットの声が重なった。


「どうやら聞く気になったようですね。えぇ、では説明します」
























 決戦、本戦前日。


「や、未恋。今日はよく眠れた?」


 僕は未恋の病室に入るなり、そう言った。


「む、ウィリーか。どこじゃ?」


「ここだよ、ほら」


 僕は未恋の手を掴む。


 そして、僕は未恋の顔をのぞき込む。


「・・・・・・何をしておるのじゃ? なんか、鼻息が近い気が・・・・・・」


 未恋は僕のもう片方の手を探る。そして、手と手が触れ合った。


「気のせいだよ。それより、ついに明日が本戦だけど、慣れた?」


「それなりにじゃ。普通に生活する分にはもう大分慣れた。朝日が見られないのはちと残念じゃが」


 未恋は僕の手に指を絡ませる。そして、額と額をくっつけあった。


「「おはよう」」


 これが、今の挨拶。光の暖かさのない彼女のための、温もりの挨拶。


 そして、しばらく談笑した後、僕は自分の病室へと戻っていった。


*   *   *


「こんにちは、前日だと言うことで、お見舞いに参りましたよ。どうですか? 調子は」


 チェンサーはドアをゆっくりと開けて、屈託のない笑顔で言った。


「あんた、いつもこの病院にいるのに見舞いに来たの今回が初めてだな」


 皮肉を混ぜながら僕は言うと。


「それは結構。――――あぁ、こちらの唯一の懸念材料は払拭されましたよ。にしても凄まじいですね、あなたのお母様は。あんな巨大なものを一瞬にして飛ばせるなんて」


「それはどうも」


 それだけ言って、チェンサーは僕の病室から出ていった。


*   *   *


「お兄ちゃん!」


 アイリーンは走って来たのか、息を切らしていた。


「駄目だろアイリーン。病院では静かにしてろって。それより、どうかしたか?」


「いつもより、腕が振りやすい」


 と、アイリーンは3週間前に折られた右腕を振り回して言った。


「それはよかったな。きっと、きれいに折れたからもっと丈夫になってくっついたんだろ?」


「多分そう」


 アイリーンは僕の病室のドアを勢いよくあけて「それじゃあ、次は未恋のところに行ってくるね」と言って、去っていった。


 まさか、あれだけ言いに来ただけか??


*   *   *


 気分転換に中庭でも散歩してみる。


 すると、見覚えのある銀髪が逆立ちしていた。


「・・・・・・未恋。何かの悪い冗談だとは思うが、まさかお前逆立ちしてるのか??」


 僕が声をかけると未恋は全身の毛を重力に逆らってぶわっと上げた。すげえ、どうやったんだ今の。ニュートン先生もびっくりだ。


「うぃ、ウィリーか! びっくりしたぞ! 声をかけるなら「声をかける」と声をかけんかい!」


「結局声かかってんじゃねーか。何やってんだお前」


 未恋は逆立ちの体勢を一切崩さずに「逆立ちじゃ」と答えた。


「・・・・・・うん、予想通りの答えだ。分かったが、危ないぞ。何より、どうやって平衡感覚使ってんだ?」


「・・・・・・さぁ?」


「さぁって・・・・・・」


 未恋、お前は――――。


「目が見えない、は戦わない理由にはならない。」


 僕が言う前に、彼女は言い切った。「そうか」と、僕はそう言うしかなかった。そして彼女の意見を最大限尊重したかったが――――。


「未恋、それでもお前は戦わせられない。危険すぎる」


 僕は未恋の足をトン、と押して地面に転ばせた。


「痛っ! うぃ、ウィリー! 何をするんじゃ!」


「ホラ」と、溜め息混じりに言った。


「こんな僕のチョッカイも分からないのに」


 呆れるように言うと未恋は子犬のようにガルルルと喉を鳴らした。何か癒される。


「今のはずるいぞ! もう一回やってみろ! 絶対に転ばんからな!」


 指をさして長いストレートの銀髪を振り乱していった。視線は合わせられないが。


「あぁやってみろよ。絶対崩してやる」


「ふっ!!」


 と、未恋は。


「っと」


 目が見えないのに近くの木のてっぺんまで登ってその上で逆立ちをした。スーパーマリオ64の再来である。背中がある向きに飛べるのだろうか。


「見るのじゃ! 我はまだ戦える。まだ、力になれるのじゃ!」


 高らかに、依然として頭を下にして言った。


「・・・・・・未恋。お前・・・・・・」


 僕は知っている。彼女は知らないことを。


 その必死さが、決して報われないことが辛かった。


*  *  *


「化け物かよ・・・・・・」


 こちら天界。そのさらに上空で現代科学と魔法の最高結晶である『迷彩戦闘機 PーBH 18AL』は旋回していた。光化学により透過率98%の戦闘機は現在決戦の準備をしている天界の人間たちの目をたやすく盗み潜伏、いや、潜飛している。その機体の中でキルショットは呟いたのだ。この戦闘機ではなく、別の物に向かって。


 ネリネ・リベリストの異能。物体をどこにでも飛ばせる『閉所恐怖症』だ。


 異能名の由来は簡単だ。彼女は狭いところを非常に恐れた。だから、世界は狭くないように壁を作らないようにした。


「・・・・・・制限とか、リスク0で出来ることなのか?」


 キルショットは首を捻るが実際はかなり大きなリスクを抱えている。


 世界は広いと、今こそ彼女は認知しているが将来的に世界が狭いと実感してしまったらどうだろう。例え話のような世界の狭さではなく、単純に広さという概念で「狭い」と感じたら彼女は常に恐怖することになる。


 地球が彼女にとっての閉所になってしまうのだ。そうなったらもうどうにもならない。天界という部屋を増やしてもそれはただ、狭い部屋を二つ作るだけである。


 いずれ、宇宙さえ狭いと思い始めるかもしれない。


 しかし、それはまた別の話である。


(まぁ、考えても意味ねえな。俺は仕事をさっさとしちまおう)


 そう考えながらもキルショットはネリネだけは敵に回したくないと思っていた。


 作戦決行まで残り15時間を切った。


*  *  *


 未恋には知らせていない。もちろん、アイリーンにもだ。


 この作戦に僕たちは関わっていない。邪魔になるだけだ。


 しかし、この僕も詳しいことは聞かされていない。ただ、チェンサーから「合図をしたら伏せて下さい。死にたくない人たちと一緒にね」とだけ言われ小型無線機を手渡されただけだ。常に無線を耳に装備しておけと言われた。


「む、ウィリー。何で黙るんじゃ?」


 未恋がこっちを見ないまま尋ねる。


「ちょっと考えごとだ。気にするな」


 目に巻かれた包帯が痛々しい。僕は目を少し伏せる。


(全ては僕の力の至らなさが原因にある。だからこそ)


 自分の異能を犠牲にして、彼女の夢を叶える。


 そして、下らない自己犠牲に身を投じる。


「・・・・・・絶対、勝つぞ」


「?? 当たり前じゃ。誰に言っておる」


 未恋は首を傾げる。そして得意げに胸を張った。


「我も、アイリーンも全快じゃ。安心しろウィリー! ・・・・・・目は見えんがな」


「・・・・・・ああ」


 作戦決行まで、残り12時間。

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