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「HELLHEAVEN 少女聖戦」

 天界に行くまで少し時間があるようだ。


 未恋が降ってきた次の日。


 お兄ちゃんは終業式とやらに出席しており帰ってくるのは昼ご飯前、とのことだ。


 従ってここ、リベリスト宅には私、アイリーン・リベリストと、蒼色未恋がいる。そして、


「ふふっ、こうやって並べて朝ご飯を食べさせてると、娘が二人になった気分だわ~」


 お義兄ちゃんのお母さん、つまり私のお義母さんのネリネ・リベリストだ。36話目にしてようやく名前が出てきた。


「・・・・・・こんなのと姉妹なんて嫌」


「なにおう!? 我だって嫌じゃこんなガキンチョ! 我を誰だと心得ておるのじゃ!!」


 騒ぎ立てないでほしい。耳が痛い。うるさい。死ね。うるさい。


 そもそも私とそこまで年齢変わらないだろう、と思っていると。


「可愛いわね~、ウィリーにもこんな時期あったわ~。反抗期ってやつかしら? そういえば、未恋ちゃんは一体いくつなの~?」


 ネリネは変わらない緩やかスマイルで未恋に問いかける。所詮、この程度の胸しか持っていない奴だ。10歳くらいが妥当だろう、と思っていると。


「ふん。問いかけに対しては答えてやらんという気分でもないわい。よいじゃろう。我は今16歳! 誕生日は4日前!」


 なにっ!? まさかのお兄ちゃんと同い年、しかも私より年上ッ!? そんなばかな! 水でも流したらまさに立て板に水が出来上がるほどの極小サイズなのに!


「あら~、じゃあうちのウィリーと同い年なのね~。ということは当然アイリーンちゃんより年上なの~。ふふっ、良かったわね~お姉ちゃんみたいな人が来てくれて」


 それはさっき私が言った(思った)こととほぼ同じ内容だし、こんな奴をお姉ちゃんなんて呼びたくないし!


 とは流石に言えず私はそっぽを向いて押し黙るしかなかった。こいつが年上だろうが関係ない、私は知りませんよ。


「ぬぬっ? つまり貴様の兄と私は同い年ということは、貴様は私より年下ということか! なるほどなるほど。だったら貴様の弱さも頷けるわい。何故なら我より人生においてキャリアが違うからじゃ!」


「・・・・・・精神年的には同い年のくせに。いや、どう考えても私より年下・・・・・・」


「何じゃ? 負け惜しみか? やれやれ、悲しいのう。戦闘もだめ、年齢でもだめ。だから負け惜しみで我に勝とうとしておるのか? まぁ、負け惜しみで勝っても、結局負けたのと変わらんしの」


「ほらほら~、喧嘩は止めましょうね~。折角の食卓のおいしさも半減するわよ~」


 私と未恋とがいがみ合っている中にネリネは手を入れた。


 朝食の時間である。朝が早いお兄ちゃんは一人で先に食べており、私とネリネと未恋は仲良く一緒に食べる。というシュチュエーション。わりかしどうでもいい。ネリネはスープとサラダとトーストを運んできた。各自にスプーンとフォークが配られる。


「喧嘩なんてしていない。向こうが一方的に囃し立てるだけ」


「なにおう!? 貴様の方が先に噛みついてきたのではないか!」


「うるさい黙れ。食事中に唾を飛ばすな・・・・・・」


「ええい! いちいちカンに障る言い方じゃ! そんなに我の唾が嫌ならせいぜい我慢しておれ! ぺっぺっぺっぺっ!」


 唾を飛ばす振りをする未恋。ウザったいのでぶっ殺したい。


「・・・・・・汚い」


 私は用意されていたスプーンとフォークの内、スプーンを未恋の口狙って投げ込む。スプーンは見事な放物線を描き、未恋の口へと挿入される。


「がきんっ! んなあああああ!! 寒気がするほどの気持ち悪さじゃー!! もういい、貴様アイリーン! ユルサン!」


 未恋はそう言ってフォークを投げつけてきた。紙一重でよけると後ろから「がすっ」という音が聞こえた。ちらりと後ろを振り返ると、フォークが壁に刺さっている。お前エンジェルなんかやめて美食屋になれ。


「流石にその勢いは刺さったら死ぬっ・・・・・・。もう手加減はできない!」


「望むところじゃあああああ!!」


 私はフォーク、未恋はスプーンを手に持ち、ちゃぶ台の上で打ち合う。


 ガッキイイイイン!


 金属と金属が触れ合う高い高周波。おそらく背景には効果線。そして、続けざまに。


 かんっ!


 庭のシシオドシが鳴った。










 「うふふ~、子供同士の喧嘩なんて見るの、何時以来かしら~。元気でわんぱくで、見てて楽しくなるわ~。でも、やっぱり私は食卓の上で暴れられたくないわね~。ね?」


 ネリネは真顔と笑顔の中間くらいの顔で言った。


「「その通り」」「です」「じゃ」


 私と未恋は前半はハモりながら、後半はそれぞれの語尾に従いながら同時に頷く。


 ネリネの前で並んで正座しながら。


「・・・・・・じゃあ、片付けも終わったことだし、私お買い物に出かけてくるわね~。くれぐれも、お部屋を汚しちゃダメよ?」


 ネリネは立ち上がったと同時に消えた。どうやら異能で瞬間移動をして隣の部屋に移動したらしい。


 しばらくして、未恋が泣きそうな顔でかたかたと首を回してきた。


「き、貴様の母親は恐ろしいな・・・・・・。よく、あんな化け物と暮らせるな・・・・・・」


「うん。・・・・・・というか、私も本気で怒るお母さん初めて見た」


 怒る、というか苛ついた、の方がより近い表現だろうか。とりあえず今後一切ネリネの前でフザケた真似はしないようにと心に誓う。


 そのとき、玄関から(足音は全くしなかったため、おそらく瞬間移動で)「じゃあ、行ってきまーす」と気の抜けた声がした。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・よし。貴様の母親は完全にいなくなった。勝負の再開だ。準備は・・・・・・」


 未恋がしばらくたってそう言いだしたとき。


「あ、一応言っておくわね~。あれでもまだ弱い方だから~。私が帰ってきたとき、この家が半壊・・・・・・なんて事になってたら一番キツいのにするわよ~?」


 ネリネがまた瞬間移動で目の前に現れた。


 未恋は口を堅く閉じてコクコクと頷くだけである。無論、私も特例ではない。


「じゃあ、一時間くらいで帰ってくると思うから~。留守番、ちゃんとしてね~?」


 笑顔で消えるネリネ。


 当然、その後未恋が再戦を申し込んでくることは一切無かった。


   *   *   *


 「とは言ったものの、留守番とは一体何をすればいいのじゃ? 我はその辺の知識無いからエスカレーターよろしく」


「エスコートだと思う。・・・・・・留守番は別に何もする必要はないと思う。テレビでも見てれば大丈夫だと思う」


「思う思うばっかりで少しはハッキリと断定してもらいたいものじゃの~。まぁ、それはそうとて。テレビじゃと? 貴様と一緒にテレビを見るなど、つまらんを通り越して逆に自分が哀れに思えるわい」


 エスコートとエスカレーターを間違える奴の方が哀れだ。


 しかし、未恋はそんなことをぐちぐちと言いつつもリモコンを手にとった。


 留守番を知らないくせにテレビの操作方法は知っているんだな、と少し感心する。


「む、『wi●dows 7』・・・・・・? 何じゃこれは。文法が違うじゃろう。正しくは『seven windows』で、そもそも七枚も窓が無いではないか。けしからんのう・・・・・・。もしや、窓を七枚作る機械のことか??」


 未恋は不満げに頬を膨らませながらテレビをガン見する。画面上では某米国の有名なコンピューターの宣伝CMが流れていた。


 実際のところ、私もこのCMを見たときは「制作者はアホだカスだバカばっかだ。いや、もしかすると窓を七枚作る機械かもしれない」とか言っていた時期もあった。今はネリネに正しい意味を教えられ、窓を七枚作る機械ではないことを知っている。


 そうだ。その事実を今ここにいる未恋に私が教えてやればいい。きっと見直すに違いない。つーか見直せ。


「・・・・・・未恋。これはこういう名前。決して窓を七枚作る機械じゃない」


 私は未恋の肩を叩き、得意げに言ってやった。


「なにっ?? じゃあ名前詐欺ではないか!」


 未恋は顔をがばっと上げて叫ぶ。いきなり叫ばれると少し驚くので自重してもらいたい。


「どうしてそう思う?」


「例えばじゃ! 家の窓ガラスが七枚割れた老人がいるとしよう。その老人は割れた窓ガラスが直せなくて困っておる。そんなとき、このCMを見たらどうじゃ!? 『おお、窓が七枚作れる!』と天を仰ぐじゃろう!」


 ・・・・・・天は仰がないと思うけど。


「そして、このフリーダイヤルに問い合わせてそれを購入。意気揚々と窓ガラス製造機にスイッチを入れる。しかし、いつまで経っても窓ガラスは一つも製造されない・・・・・・、老人は困るじゃろう! だから、この『ミクロソフト社』に改名を請求する!」


 microをそのまま読んだらしい。何だかICチップを製造している会社みたいだ。


「そもそもそんな老人絶対いない・・・・・・」


「意外なところで言い切ったな貴様」


 そんな事を言っているとテレビから陽気な音楽が流れた。どうやら、平日のお昼のため主婦層を狙ったバラエティ番組が始まった。


「ふむ、何々? クイズ・・・・・・、判じ物か??」


 いきなりテレビに興味津々の未恋。クイズ番組が珍しいのか、釘付けである。これで少しは静かになるのか、と思っていたら。


「おい、提案がある」


 甘かった。この騒がし女が黙るわけがなかった。


「拒否権施行」


「強制参加宣言!!」


「ぐっ、参加せざるを得ない・・・・・・」


 仕方がないので、参加した。私は未恋の方をちらりと見る。


 すると、未恋がテレビを指さして言った。


「勝負じゃ。貴様との決着はまだついておらん。が、再戦を申し込めば貴様の母親に殺される。じゃから、このクイズでどちらが点数を取れるか勝負じゃ!」


「・・・・・・」


 こくんと頷く。


「ふっふっふ・・・・・・、もうこれで貴様は我には勝てない! なぜならこの番組は天界でも放送されてるからじゃ!」


 放送内容が同じとは限らないだろう。この時間なら普通登校中のはずだし。


「さぁさぁ! では第一問! さっさとかかってこんかい~!!」


 一人でテンション上げまくってウザい。


「静かに、問題聞こえない。非常識っ」


「これも作戦の内じゃ!」


 けたたましいくらいに大声を張り上げながら未恋はテレビに向き直る。そして第一問が始まった。


『第一問! 『N』で表される元素記号は何?』


 エレメントか。私の元いた会社は科学系だったからもちろん知っている。答えは・・・・・・


「納豆!!」


 私が答えるよりも早く、未恋が珍回答を出した。しかも何故か自信たっぷりな笑み。その自信は一体どこから来るのだろう。見習うものがある。


「・・・・・・窒素」


 私は小さな声でそう言った。隣で未恋が「くっくっく・・・・・・バカめ。愚か者じゃ。一体何を根拠にそんな回答が・・・・・・」などと本気で笑いそうに堪えていたので、私は本気で笑いそうで堪えるのが辛かった。


『はい、時間切れです! 正解は『窒素』でした~』


「な、何じゃって!? ・・・・・・貴様!! Nと言えば納豆じゃろうが!! もう一度常識を習ってこい!」


 何故か私を指さして怒鳴る未恋。その言葉をそっくりそのまま返したい。


「今私正解した。間違ってるのは未恋のほう。常識やり直せ」


「やかましいわ! はい、我の勝ち~。1ポイントゲット~」


 勝手に言ってろ。


『第二問!』


 テレビの中の司会者が高らかに問題を読み上げる。未恋はその内容を聞いてしたり顔で頷いている。どうやら、分かっているようだ。


「はっは! 正解は柴式部じゃ!」


「うわ、発声が根本的に違う言い間違え方。紫と柴なんてどちらかと言えば漢字ミスなのに」


「う、ミスじゃミス。本当は紫式部じゃったな。ワザとじゃワザと」


 気を取り直して三問目。(ちなみにさっきの答えは清少納言だった。結局間違いである)


『現在のイギリスの王妃は?』


「何!? わ、分からんぞ! ジャンヌダルクとかか??」


「どうしてそんなに長生きなんだ・・・・・・」


 そうしている間に刻々と時間は刻まれ、最終問題になった。


『さてさて! お待たせいたしました! これで最終問題! この問題が分かったチームには何と300ポイント! 早押しです! 問題!』


 CMが終わり司会者がカメラに向かって声高々に言った。


「・・・・・・いつも思うのじゃが、この番組毎回最終問題のポイントがインフレーションなのじゃ・・・・・・。今までの問題の意味はあるのか??」


「多分、ほぼ無い」


 テレビ番組に対してそれは禁句だと思う。


『現在、EUの異能開発局で注目されている実験の内容です! 人体の中にある壊死したあるモノを再生させる医学系異能が先日発表されましたが、そのあるモノとは一体なんでしょうかっ!! 早押しです、どうぞ!』


 参った。時事問題に私は疎いから、分からない。とはいえ、この隣のバカにも分からないから正解数の結果は12対2で(最初のは除く)私の圧勝だ。


 しかし、未恋しばらく考えて、唐突に一つの答えを出した。


「――――ハート」


 違う。


 ・・・・・・それは、未恋が天界での戦いの理由であった。私は何を意味するかは知らないが、それは来た。


 静かな一時の中で、テレビの音だけがやけにうるさく聞こえる。さぁ、レッドチーム、正解は? うーん、残念! ブルーチーム、答えは出ないか? タイムリミットが迫る! 5、4、3、2、・・・・・・残念~! タイムオーバー! 正解は・・・・・・。


『心臓です!』


 その後、未恋は少しぼんやりと画面を見続け、しばらくして電源を切った。そして、何も言わずにその場を後にした。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 天界での戦いが未恋にとって何を意味するのか。


 ハートとは心臓のことか? いや、まだ未恋はそんなこと一度も言っていない。普通に心臓の意味で答えを言ったのかもしれない。だが、もしそうだとしたら300ポイントが未恋に加算されるため、私の敗北が決定する。なのにあの無口っぷり。


 考えすぎ、か?


 しかし、本当だとしたら・・・・・・。


「非常識だ・・・・・・」


 私がそう言い終わるのと、ネリネが帰ってくるのはほぼ同じタイミングだった。




















 ほどなくして、未恋が「先ほどの勝負、よく考えれば303対12(最初のを含む)で我の圧勝じゃな」と言いつつ部屋に戻ってきた。当然の如く私はそれを無視し、台所で昼ご飯の準備をしているネリネの方を見る。もうしばらくすれば、お兄ちゃんが学校から戻ってくるはずだ。


「遅いなウィリーは。一体どこをほっつき歩いておるのやら・・・・・・」


 昨日と変わらない感じで未恋は言う。どうやら、さきほどの謎の行動は終わったらしい。


「今日は終業式だから午前中で戻ってくるはずよ~。だから、もうすぐ――――十五分位かしら? その位で帰ってくるわよ~」


「ふぅむ。なるほどじゃ。では、昼食の手伝いでもしようではないか。ほれ、アイリーン。貴様も働かぬか」


「ええ・・・・・・。確かに常識的だけど・・・・・・」


 ええい、黙れ、渋るな。働かざる者食うべからずじゃ。と、未恋がうるさいので仕方がなく腰を上げる。


「あら~? 手伝ってくれるの~? 有り難いわ~」


「礼はムヨウじゃ。これくらい、当然!」


「さっきまで居間でゴロゴロしてたくせに」


「なにおう!? よく言うてくれるわ貴様! そんなのお互い様じゃろうが!」


 ・・・・・・怒れること言ってない。


 私は「仲良くなって良かったわ~」などと妄言を吐くネリネのいる台所へ向かう。手伝いと言っても、すでに料理は八割方完成しており、あとは盛りつけるだけだと言うほどだ。仕事が早い。


「何手伝えばいい?」


「え~と、じゃあこのスープの火を見ながらかき混ぜてて~」


 ネリネは良い匂いのする鍋を指さした。すると、未恋が


「ふっふーん。何だ貴様。所詮鍋の火を見ることしかできないのじゃろう? 残念な応用力じゃな。さて、母よ。我にふさわしい仕事を与えてくれ。会席料理を作るとか、食後のデザートの仕込みをするとか、コース料理にするとか」


 無い胸を強調するようにして言った。というか、会席とかコースとか。もうすぐお兄ちゃんが帰ってくると言っているのに、そんな大がかりなこと出来るか。すると、ネリネは私の心内を読みとったのか、私が言いたいことを言ってくれた。


「じゃあ、未恋ちゃんはお箸と器だしてて~」


「な、何じゃってー!? よりによって箸と器じゃと!?」


 未恋は愕然とした表情でネリネを見る。


「あら~、嫌なの~? でも、これも立派なお手伝いよ~」


 いや、明らかにネリネは警戒しているのだ。未恋が台所で『料理を作る』という名目で暴れ始めたらどうなるかを。


「ぬぬぬっ・・・・・・そんなの只の雑用ではないか・・・・・・! 我はもっとこう、手伝いというか、主役を張りたいというか、むしろ貴様たちが手伝えというか・・・・・・」


 ぴきっ。


「そこまで言うのなら別にいいのだけれど・・・・・・」


 笑顔が余計に怖い。ネリネは「包丁があと13本足りないわ~」と二本の包丁を持ちながら台所の引き出しをあさった。


「ご愁傷様」


 私はそう呟いて、未恋の末路を祈った。


 その後、台所の引き出しから工事用チェーンソーが出てきた時は流石に驚いた。未恋は速攻で軍門に下ったのは言うまでもない。






























 夏休みだ。無論、ついさっきまで学校にいた我が身ではあるが、それでも今日から夏休みである。ドイツにも夏休みがあるとは驚いたか!


 しかし、何故か少し目を離している隙に語り手を奪われていたような気がするのは気のせいだろうか(いや、気のせいではない)。とまぁ、表現技法を駆使して現在の自分の余り穏やかではない心内環境を説明したところでそろそろ本題に移りたいと思う。僕の夏休みについてではない。この、夏の冒険についての本題だ。


 蒼色未恋という名の少女と、その少女の住む天界で行われる『大会』についてだ。


 まず言っておこう。僕の名前からだ。忘れている人も多いかもしれないが、ウィズリー・リベリストだ。活躍しない主人公とか言うな。しばくぞ。慰め程度の異能として『依存症』という物がある。うまく使えばそれは強力な異能なのだが、使い勝手が悪い。というか現在進行形で僕はこの異能を使えないのだが。


 次だ。


 今回の冒険に参加する僕の義妹。つまりはアイリーン・リベリストだ。情緒不安定で感情をうまく言葉に言い表せない。異能は『七色のセブレード』で、七色のそれぞれの効果を持った刃を生み出すことが出来る。ピンクのショートカットが目印の奥手な処女だ。間違えた、少女だ。いや、別にそーいう間違いの意味じゃなくて。


 ・・・・・・いや、処女だよ!? つーか、今は義理の妹の処女性を確かめても仕方ねーじゃん!! 誰得だよこの3文!!


 そして、最後。


 そして、こちらが蒼色未恋。偉そうで偉くない。つまり単なるウザい少女だ。おそらく処女だ。いや、そんなんはどーでもよくて。異能は聞いたところによると『携帯音声セレフォン』で、自分の所用物であれば何でも召喚できるという異能。しかも、召喚に必要な呪文の声が大きければ大きいほど、召喚する物体も大きくなる、といった高位の召喚系異能だ。


「おい、ウィリー。その、ちょっといいか?」


 未恋は若干緊張した趣で僕に言った。一体何なのだろうか。もしかすると、これから僕の天界の戦いに向けての地獄の特訓とか始まるんじゃ無かろうか。


「ああ、いいぞ」


 どうした? 僕のその声に未恋はビシッ! と言いつけた。


「ぷ、プールとやらに行きたいのじゃ! 連れて参れ!」


 未恋は、さっきの僕の話の展開フラグをへし折るような提案をした。


「・・・・・・はぁ」


 溜息しか出ない。


 本題は一体いつ始まるのだ。

















 人の部屋にノックも無しで入ってきたかと思えば、いきなりのほほんとした提案を受けた。


 未恋は楽しそうではあるが、そして、季節感ぴったりの提案ではあるが、今はそんなことしてる場合じゃないだろう。と、僕が言おうとしたら、


「断るな。ウィリー、貴様の頭・・・・・・特に鼓膜がどうなってもいいんじゃな?」


 未恋が脅してきた。脅迫だ。


 しかも、鼓膜を重点的に攻めるつもりらしい。誰だこんな恐ろしい子供を育てた奴。


「うん・・・・・・、ま。まぁ、いいんじゃないですか・・・・・・?? そう、たまには生き抜きも必要、だし? いやむしろ僕も行きたいし。つーか行きたいです」


 棒読み。


 だが、それでも未恋は喜んでくれた。


「~~ぅううう、いやったー!!」


 そして、未恋は抱きついてきた。


「おぉう!? 全然警戒していなかった鳩尾にジャストミート!?」


「やった、ふふっ。いつか行きたいと思っておったのじゃ・・・・・・! プールには何度もテレビで見たが、残念ながら我の家の近くにはプールがなかったのじゃ・・・・・・。じゃが! ここでウィリーが連れていってくれると言う!! なんと素晴らしいことではないか!!」


「わ、分かったからしがみつくな! 離れろ! ・・・・・・!? こらっ! く、くすぐったいから! 髪の毛が鼻に当たるんだよ!」


 すりすりー。


 未恋は甘えてくる猫みたいに僕に抱きついて頭を擦り付けてくる。マーキングか何かだろうか。非常に鬱陶しい。


「ふふっ、遠慮しなくて良いじゃぞ? 今の我はとても気分がよい! だから、契約者である貴様にも多少のご奉仕くらいはしても、いいんじゃにょ?」


 『にょ』って!!


「み、未恋・・・・・・お前・・・・・・!?」


 どんっ。


 一旦、未恋から離れる。


 まさか、アレじゃないだろうな?


 禁断のアレ的なアレじゃないだろうな?


 もしかするとお前のアレを僕に捧げるんじゃないだろうな?


 そもそもアレって何なのかな?


 アレ? アレってあれ? あれあれあれ?


「何を固まっておるのじゃウィリー。遠慮はいらんぞ?」


「ま、待て未恋。それ以上僕に近づくな。お、お前の馬鹿力じゃ僕は本当に押し倒される、というか投げ倒されそうだ。だから、徹底的に遠慮する!」


 じりじりと未恋は距離を詰める。まずい。このままじゃ逃げられないぞ。未恋の背後に扉(襖)はあるし、僕の背後には、と、とりあえずメイキングが終了してあるベッドが。死亡フラグを自ら立ち上げてしまった。語り手なのに。


「ならば徹底抗戦じゃ! どっちが先に音を上げるか・・・・・・」


 アブナい遊びを提案してきた未恋。指を滑らかに動かし、笑みを浮かべながら僕に近寄る。


 まずい、未恋は契約解除の時も『犯せ』とか言ったり、今もこうやってこれからの「あは~ん☆」に笑みを浮かべている。ヤバい奴だった。そして、そんなヤバい奴を前に逃げ場を失い、リングのすぐ側まで追いやられた僕に為す術無し。そうなってしまえば、経験値のない僕は情状酌量の余地も残さずにあっさりとキラーン。アセンションすることだろう。それだけは絶対避けたい。何か恥ずかしい。こんなちっこい奴に・・・・・・。


 ・・・・・・ま、まてよ? 契約解除??


 そもそも契約解除をしたらダメだろう? そうすると未恋は『大会』にも参加できないんだから。


 じゃあ、別に僕が怯える必要がないわけで、つまり、自然体でどっしりと未恋を待ちかまえればいいわけだ。そうだ、そうしよう。


「は~・・・・・・分かった分かった。僕の負けだ。音を上げます」


「物わかりが良いな。では、遠慮なく」


 にっこり笑って笑顔で。


 未恋は僕の腹をめがけて拳をたたき込んだ。


「っぶぅっへえええ!!?」


 容赦のない鳩尾への再強襲。何か体の奥深くで内蔵がはじける音がした。視界が180度反転して、星が回っているような気さえした。痛いという感覚よりも先に嘔吐感がこみ上げる。寸でのところで我慢して、半ば倒れるようにベッドに避難する。


「どうした? プールに行くとは言ったが戦いの準備はしないなど我が言ったか? 甘い。常に戦いの中で生活するという気概を持って生きるのじゃ」


「お、お前は昔の老師かよッ!? あと少しで昼ご飯リバースだったんだ・・・・・・ぞびゅっ!!?」


 言い終わらない内に不適な笑みの未恋は一瞬で僕の目の前に来て顎に全力で回し蹴りを決め込む。脳味噌がぐるんぐるん揺れて、僕はベッドから弾き飛ばされ、壁に後頭部を打ちつける。


 これだけで既に気絶してしまいそうな僕の目に、パンツ。


「戦闘中に鼻の下を伸ばすなウィリー。食らえ、ト・ビ・ヒ・ザ・ゲ・リ!」


「・・・・・・ッ!!」


 それただ区切って叫んだだけじゃねーか!! という突っ込みよりも先に。顔面に未恋の小さな膝小僧がめり込む。


 めきぃ・・・・・・! と不吉な骨の音が聞こえ、再び後頭部を壁に打ちつける始末。だんだん痛みが遠ざかって、視界の色が薄くなってきた。


「――――『携帯音声』、モード『超握力強化手甲』!!」


 未恋が、右手を挙げる。


「『がっしゃーん』!!」


 大きな声で叫んだかと思うと、その手に灰色でごつい見た目の、肘まで覆う手甲が生成されていく。その手甲は、手甲以外の機能を全く果たしておらず、ただ単に腕を守るためだけに作られたような形だ。それで、通常の5倍サイズの握り拳を作り、僕に降りおろした。


 が、しかし。


「――――やはり、遅いな。そして、注意力がまるでない。こんなのでは、我は・・・・・・ッ!」


「・・・・・・ッ!? み、未恋・・・・・・! ど、どうしたんだよ・・・・・・?」


 未恋は僕に当たる寸前で止めた。


 僕は彼女を見る。若干、視界がぐらついているが、彼女の表情は読みとれた。


 何だか悲しそうな顔。それは、怒る気も失せるような消え入りそうな面もちで。


 すぐにでも叱って、すぐにでも怒鳴ってやりたかったが、我慢した。


 今の僕に、彼女を怒る資格はない。


 異能を無くして弱くなった僕と契約してしまい、大会での勝利が絶望的なのだ。――――不安なのだろう。おそらく、未恋にとって大会での賞品の『ハート』は必ず手に入れるべき物なのだ。


 だから、少しでも不安を紛らわそうとした。


「いや、何でもないんじゃ・・・・・・。すまぬ、ウィリー・・・・・・」


「・・・・・・僕は怒ってるぞ?」


「うっ・・・・・・。そ、それは分かる。じゃけど、我はこのまま貴様が負けるようなことがあったら・・・・・・!!」


 未恋は言葉を止める。


「だけど、お前も怒ってる。お互いに苛ついてるんだ。でも、殺せない。今のだってもの凄く手加減してくれてたんだろう? でないと、一発目の鳩尾パンチで僕の内蔵が背中から飛び出てもおかしくはないからな」


 僕は未恋の頭にポンと手を乗せる。すると、僕に視線を少し向けて下を向いて赤くなった。


「それはっ・・・・・・!」


「な? 結局、認め合ってるからそうなると思うんだよ」


 未恋はうつむいたままだった。


「・・・・・・それでも、我は認められるような・・・・・・」


「ん? 何か言ったか?」


 余りにも小さな声で呟かれたため聞き取れなかった。


「何でもない。・・・・・・じゃ、プール行こうウィリー」


 未恋は数回顔を横に振って言う。


「ま、待て。問題があるぞっ! とりあえず、僕の鼻血を止めて、それから・・・・・・」


 すー。


 なぜか襖の開く音がした。


「お兄ちゃん、何してるの?」


 アイリーンがノックも無しに部屋に入っていた。


「あ、ああああ、あ、ああ、うアイリーン、さん? え、ええと・・・・・・」


 断末魔が目に浮かぶ。


 おそらく。このまま僕が何も言わなければ再び病院送りにされるだろう。アイリーンは意外と加減を知らない。違う。加減しないのだ。


「どうして。お兄ちゃんが。未恋なんかを。満足げに。なでなでしてる。の?」


 言葉をぶつ切りにして話しだしたアイリーン。何だか不穏な空気がする。一気に猛獣の居るジャングルで生肉ドレスを着て闊歩しているかのような雰囲気に包まれる。油断したら食われるどころか、飲まれそうな雰囲気に圧倒されてしまう。


「どうして。未恋が。お兄ちゃんなんかに。嬉しげに。なでなでさせてもらってる。の?」


 言葉をぶつ切りにして話しだしたアイリーン。とても不穏な空気がする。一刻も早く逃げなければならない物体が四方八方から押し寄せてくるような雰囲気に包まれる。油断したら潰されるどころか、存在ごと消えそうな雰囲気に圧倒されてしまう。


「ど、ど、どうしてでしょうネ? よく分からない・・・・・・こともない・・・・・・。いや、一種の挨拶というか、挨拶の魔法というか? うん、まぁそんな感じだ。ある一定の境地に挨拶が達したらこうなるんだよ。そ、そうだ! アイリーンもやってみないか?」


 やべえ! 自分でも何言ってるのか分かんねえよ僕! 完全に空回りだ!


「そ、そーじゃ、そーじゃ。これからの戦いに向けて、死んでしまうかもしれん我への挨拶として、やっていただけじゃ!」


 お、いいぞ未恋。それっぽいフォローだ。全然僕とクオリティが違う。


「ほ、ほら昔の映画とかでもよくあるじゃろう? 戦いにおもむく武士が前日に子孫を残すために妻とセッむがもご・・・・・・!? むっ、一体何のつもりじゃウィリー! この無礼者!」


 前言撤回。どうやらこいつにフォローする気はないらしい。


「うるっせえ! なんだか途中までそれっぽいフォローしてると思ったら全然違うじゃねーか! つーかそのフォローだとお前が死ぬ予定なんだからそんなことやっても意味ねーじゃねーか!!」


「ぬぅ、まぁ言われてみればそーじゃが・・・・・・。じゃあウィリーがはらめばよかろう」


「何が『よかろう』だこのチビ助! 僕の胎盤はそんな仕様にはなってなーい!!」


 かんっ!


 庭のシシオドシが鳴った。






















「お、お兄ちゃん。ど、どうかな? これで、いいよね?」


 アイリーンは顔を赤くして言った。


「うーん、ちょっと見えんから広げてもらっていいかな?」


「こ、こう?」


「おお、可愛いな。うん、いいんじゃない?」


 イカガワシイ会話が聞こえるため、未恋はまだ傷の新しい頬を撫でながらその様子をそーっと、覗く。


 ウィズリーの背中によってアイリーンは見えないが、声が辛うじて聞こえた。


「・・・・・・こ、これは。我は一体何を・・・・・・。いやいや、調査じゃ調査。あのアイリーンとか言うアンチキショーに対しての調査じゃ」


 そんな独り言で未恋は自分の心を落ち着かせ、静かにその様子を覗く。


 会話に聞き耳を立てると、より一層怪しく聞こえる。


「じゃ、じゃあお兄ちゃんのも、見せてくれるかな・・・・・・?」


「ん? まぁ、こんなもん見たって別に・・・・・・。ほら」


 はっとして未恋は自分の顔に手を当てた。なぜか熱い。


「うわ、お兄ちゃんの黒くて格好いいね・・・・・・」


「そうか? こんなの普通じゃねーか?」


 未恋は自分の心臓の音がやけにうるさく聞こえていた。


 なんじゃ、どうしてなのじゃ? どうしてこんな会話を聞いて、こんな気持ちになるのかが全く理解できない。恥ずかしい? そんな馬鹿な。我は、あのような場所にいた。汚れている世界に住んでいた。あの程度の出来事を異常と呼ぶことなんて出来ない。そう、これは罪悪感じゃ。こういう、覗き見みたいなことに関しての罪の意識。それ以外はあり得ない。断じてあり得ないのじゃ。


 未恋はもう一度、あり得ないと心の中で反芻した。しかし、止めどなく二人の怪しい会話は続く。


「触っていい・・・・・・?」


 どきっ。


 自分でも聞こえるくらいの心臓の鼓動が鳴った。アイリーンは一体何を考えておるのじゃ? 何故こんな場所でそんなことをするのじゃ?


 未恋は迷っていた。この場に姿を現し、ウィリーとアイリーンの愚行を止めるべきかどうか。


 そして、ウィリーはアイリーンのお願いに答えた。


「いいぞ?」


 我慢など、出来なかった。


「ダメに決まってんじゃろー!!!」


 *   *   *


 未恋が大声で二人の間に割って入る。当然、僕とアイリーンは驚きに目を丸くしている。


 自分たちの購入する予定の水着を持って。


「はえ?」


「はえ? じゃねーよ未恋! 店で騒ぐなってあれほど言ったじゃねーか!! あっ、すみません店員さん。何でもありません。ご迷惑をおかけしました・・・・・・」


 今は近くにある大型ショッピングモールで買い物中だ。水着を持っていない僕たちはプールに行くためには購入から始めなければならない。気前よく母が代金を持たせてくれたので、意気揚々と自分たちの水着を選んでいるのだ。


 が。


 僕はジロリと睨んできた店員さんに申し訳なく頭を下げる羽目になった。


「・・・・・・ふん、非常識め。公共の福祉って言葉を知らないのか・・・・・・」


 アイリーンは嫌みに言うと、未恋が肉食動物のような血走った視線で、


「な、なにおう!? うるさいわピンク毛玉! 殺されたいのか!?」


 アイリーンに突っかかった。


「誰が毛玉だ。お前なんて私より子供っぽい外見してるくせに。少し髪型変えてみたら? その子供っぽい髪の色で」


「銀髪を馬鹿にするな貴様! 我が着色されたらどうせ青色に近い銀髪になる予定じゃ!! 絶対貴様より人気出る!」


 未恋とアイリーンがよく分からない言い争いをしているが、そこはスルー。


「いいから、未恋。お前、水着選んだのか? 早くしないとプールに入る時間が短くなってしまうぞ?」


 僕の促しに未恋は、はっと気づいてこちらに向き直った。


 そして、残念な起伏を持つ胸を張り偉そうに言う。


「そうじゃったそうじゃった。それはいかんな、一大事じゃ。うむ、じゃあ、この水着がいい」


 そういって未恋が近くにあった布を適当に引っ張りだした。そして、それをこれ見よがしに見せつけた。


「ふっふっふ~。どうじゃこの我のキラリと光る宝石のようなセンスは。神の采配とでも呼ぶべきか?」


 それを見て僕は素直に感想を述べる。


「未恋。お前のセンスは確かに光ってる。光ってるけど、残念ながらダークオパールみたいなドス黒い光だがな」


 未恋は。


 コンプレックスの身長や胸や腰回りを全く無視した紐ビキニを持っていた。たぶん、お前がそれ着たら残念なことになるぞ。色々と。


 しかし、未恋の表情は何故か達成感に満ち溢れており、満足げに鼻息を漏らした。
























 とにもかくにも、あのスレンダーが紐ビキニを装備したら守備力が1になるので必死で説得して普通の水着を買わせた。


 え? どんな水着だって?


 そこは想像にお任せするぜ! しいて言うなら、『ス』から始まるアレだ。しかもご丁寧に『みれん』と平仮名で書いてある。日本独特のかな文字って奴らしい。どうせ日本語を知らぬ奴ばっかりじゃから、読めんじゃろう、ふっふーん。と未恋が嬉しそうに言っていた。


 嬉しそうなので放っておこう。


 一方アイリーンはアイリーンで身の丈にあった水着を選んでいた。腰の辺りは巻くタイプなので若干危ない気がするが。


 僕は・・・・・・。もう気になる人もいないだろう。普通の奴です。はい。


「ふんふん、ふーん♪」


 未恋は嬉しげにスキップしながら僕たちの前を歩いている。道分からないくせに前を歩くので曲がり角や十字路でいちいち「どっちじゃ、ウィリー?」と聞いてくるためいい加減ウンザリしてきた。


 それは隣を歩くアイリーンも一緒だった。


 最初の方こそ僕と他愛のない会話をしていたが、次第にアイリーンが不機嫌そうになった。未恋が道を聞いてくる度に仏頂面をする。


「私より年上のくせに、私よりロリータなキャラになりたいのか」


 アイリーンがなにやら小さな声で呟いたが残念。聞き取れなかった。


「ぬ? アイリーン貴様。また我の悪口をほざいておるのか? 全く、欠点など一つもない我に、悲しいのう」


 僕には聞き取れない声なのに、あざとく未恋には聞こえていたようだ。


 明らかに欠点だらけのこの娘は、両手を上げて首をひねる。


「ぴきっ」


「ぴきっ!?」


 僕が驚きの声を上げるとアイリーンはびくっとして僕の方を見た。


「え、えええ!? いやいやいや! アイリーンさんわざとらしいです! 自分で今、ぴきって言ったよね!?」


「何のこと? 私そんなこと知らない聞いてない言ってない」


「・・・・・・」


 明らかな棒読み。ここまで白々しすぎると逆に疑う気が無くなる。


「ウィリー。ちょっといいか? ふと疑問に思うのじゃ」


 未恋はいきなり僕の目を見て訊ねた。


「どうした未恋? うんこか?」


「せめてトイレって言って。そして私はトイレがしたい」


 アイリーンがフォローに回る。そして自分の願望を告げる。


「ああ、行ってこい。思う存分出してこい。確かさっき公衆トイレがあったぞ?」


「女の子の前で、そんな言葉使わないで」


 怒られてしまった。若干アイリーンは不機嫌に見えるが・・・・・・。


 なぜだか軽やかなステップで僕たちが来た道を戻り始めたので放っておくことにした。


「っと、そういえば未恋。お前もトイレだったな。よし、僕はここで待ってるから行ってきなさい」


「違う。便意ではない。どちらかと言えば敵意の方を感じる」


 未恋は僕たちの向かう先の道路を指さした。


「あれは何じゃ?」


「ん? 何だ? 一体、何があるんだ・・・・・・よ・・・・・・。・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・あれ?」


 未恋の指さした先には。


「こ・ん・に・ち・わ・ウィリー君。そのお友達とどんな姦係にあるのかしら?」


 至上最も恐るべき超敵。強敵ならぬ凶敵。


 僕の彼女のエレナ・キャロットがそこにいた。
















「ごめんなさい!!!!!!!!!」


 その姿を視認し、更にこれから起こる惨劇に身を震わせ、瞬時に両膝と額を地面に擦りつけ、その言葉が出るのに所用した時間はコンマ1秒。


 ボルトも真っ青になる病的なスピードでの土下座が完成。


 スピード、美しさ、反省度ではクラストップだ。


 そして、判定が下される。


「分かったわ。ウィリー君のその反省度には感激よ。顔を上げなさい?」


 エレナ審査員は優しい穏やかな言い方で判定を下した。


 おそらく、100.00。満点にも程がある程の満点だ。自分でも何言ってるかがよく分からん。


「あ、ありがとうエレナちゃ・・・・・・ッ!!!???」


 そんなわけなかった。


 顔を上げるや否や、仁王像のような形相を保ちつつ、ハイヒールのかかとの部分で僕の鼻を蹴り上げた。鼻が曲がるどころか取れるかと思う位の衝撃。ついでにパンツも見えたが記憶が駿足で消去されてしまった。


「いっっっっってえええええええええ!!!!!」


「痛くしてるのよ。当たり前、じゃない!!」


 続けてハイヒールのかかとで蹴り上がった僕の顔面のど真ん中にストレートキック。今度は鼻がめり込むかと思った。


 しかし、あれだな。今日の僕は何かと女子にDVを受ける日らしい。まだ午後1時だというのに3回目だ。この調子だと、今日中にあと2回はみっくみくにされる恐れがある。末恐ろしい。


「ウィリー君。今のことは謝らなくていいから」


「いいの!? なんだか蹴られた僕が報われない!!」


「違うわよ。私に蹴られてしまい、ハイヒールを汚したことについてよ」


「なんじゃそれ! 足を踏まれたのに謝ってしまったヒロシみたいじゃねーかあああぁぁぁ!!」


 鼻がへこみ(比喩です)地面に仰向けに倒れながらも僕はボケ続けるエレナちゃんにひたすら突っ込む。いい加減この子と話すのも疲れてきました。


「ふーん。ごめんなさい? あら、謝らなくていいわよ。そんなに蹴られたいならもっと蹴ってあげるから」


「え、ちょ! タイム!! いい加減にしないと本気で怒るッ!!??」


 ツカツカとハイヒールを鳴らし、距離を詰めたエレナは僕の顔面を横なぎに蹴り抜いた。そのまま、コンクリートに体を叩きつけ、病み上がりの体が悲鳴を上げる。


 意識が飛びかけた瞬間、目の前に銀の旗のようなものがなびいた。


「みっ・・・・・・!! だ、だめだ、未恋!」


 僕の呼びかけには沈黙をもって拒否し、未恋は目の前にいる敵を睨みつけた。


「誰じゃ貴様、我の契約者を好き放題蹴りおって。さすがの我もそれ以上やったらウィリーを守らざるをえん。つまりじゃ、貴様を全力で叩き潰したりぶった斬ることに何の躊躇も覚えぬぞ?」


 未恋は緩やかな声色だったが、完全にキレていた。声に怒りが隠し切れていない。


「ふーん。餓鬼のくせに私のウィリー君を誑かすつもりかしら? どこまでしたのかしら? ハグ? キス? それとも××××? どれにせよウィリー君を危険な目に遭わせるわけにはいかないわ。蒼色未恋」


「・・・・・・!?」


 未恋は目を見開いた。


 なぜこの女が我の名前を知っている?


「ウィリー君」


 横目でちらりと、エレナは僕に視線を向ける。


「私が何も知らないとでも思ったのかしら? 逆に知らないと思っていたのなら、それは大きな間違いよ。私がウィリー君のことで知らないことなんて、何も。ないんだから」


「お前は僕のストーカーですか!?」


「あらいやだ。ウィリー君、自分がストーキングされるほどイケメンだと思っているのかしら? 思い上がりも甚だしい。気持ち悪いわ。そんなに見ないで、視姦しないで頂戴」


「じゃあいつの間にそんな情報手に入れた!! お前はアメリカの特殊捜査班のリーダーか!!」


「そんなことはどうでもいい」


 未恋は、小さく呟いた。


 そう、我にとってウィリーがこの女を害そうが、この女がウィリーを害そうが知ったことではない。


 知っていればいいことはただ一つ。


 この女は我の敵であり、我はこの女の敵であることが分かれば。


 攻撃する理由は完成だ。


「――『携帯音声』・モード『魂までも叩き潰す鎚』!! 『ぐしゃーん』!!」


 未恋は手に大振りの鎚を生成し、丸腰のエレナに向かって大きく振った。


 むろん、殺すつもりはない。少し、かすらせるようにして威嚇するまでだ。力の差を思い知らせてやれば、この女も逃げるはずだ。


「・・・・・・!!!?」


 そう、ハズだった。


「な!?」


 ブヂン!! という数十本の筋肉が断裂する音に続けて、ゴギン!! という数十本の骨が砕ける音がした。


 体中から吹き出る赤の滴は返り血という名になって未恋の体を染めあげる。銀色の美しい髪が赤黒い憎悪の色に変わっていく。


「ち、違う!」


 我は当てる気などなかった。寸止めなど今までに何十回、何百回とやってきたことだ。しくじったことなど一度もない。今回も同様にするつもりだった。いつも通りの距離感で鎚を振った。


「違う、違う!」


 何が違う? 目の前の状況を見て、これは夢だと切に願った。


 だが、現実だ。夢みたいな現実だ。


「み、未恋・・・・・・!!」


 ウィリーの声が聞こえる。彼はいったい何を思うのだろう。口振りからしてこの女と彼の間柄は親密に違いない。我の名前に乗せて、どんな感情を発したのだろう。怒り? 悲しみ? 憎しみ? 恨み? 蔑み?


「う、うあああああ!!!!」


 分からない、怖い。体を洗う鮮血が耳障りで聞こえない。いけないことをした。貴様は人を殺したんだ、あの場所と同じさ、貴様もついにあそこの住人になれたのだ。違う、うるさい黙れ。我は望んじゃいない。殺してない。殺した。殺してない。殺した。殺してない。殺した。殺した。殺した。殺せ殺せ殺せ――――!!!


「うぃ・・・・・・りー。わ、我は、人を殺さないと誓った。目の前の惨劇を見て、昔誓ったのじゃ。日常的に繰り返される、殺戮を見て誓ったのじゃ・・・・・・。誰も殺さない。我が殺させない、と。ははは、今となってはもう遅いのじゃ。ただの言い訳にすぎん。負け犬の遠吠えとさして変わらん・・・・・・。しかし、しかしじゃ・・・・・・。一つ、言わせてくれ・・・・・・」


 未恋は持っていた鎚を地面に落とし、消えそうな瞳で僕に言った。


「そんな世界で、貴様のようなお人好しに会えて良かった」


 は・・・・・・?


「モード・『高速の鉛玉』。『ばーん』」


 未恋は手を頭に当てて、小さな銃を生成した。


「さようなら。人殺しに、人を救えるわけがない」


 未恋は指に力を入れた。なぜだ。何も、死ぬ必要はないだろう。確かに、傍目から見れば未恋は人殺しだ。しかし、思い詰めすぎだ。落ち着け。何があった? お前に一体何があったんだ?


 待て、ふざけるな。死んでどうするんだよ! と言いたかったが、ダメだ。うまく声がでない。


 やめろ、ふざけるな! ふざけるな! 死ぬなんてふざけたことはやめろ!!



「ふざけないで。それで誰が救われるというの?」



 引き金は引かれなかった。






















 ぼろぼろの僕に未恋の愚行を止めることは厳しかった。呼吸は未だに整わないし、長い病院生活により体力がゴミに等しい。声を出そうとすればひきつったような咳が出るだけだ。


 そのとき。殺された張本人が言う。


「ふざけないで。それで誰が救われるというの?」


 エレナは銃身をつかんでぐいっと上に向ける。


 当然、掴まれている未恋は、さきほど殺した女が悠然とそこに立っていることに目を丸くした。


「な、き、貴様!? なぜ生きておるのじゃッ!?」


 そして、エレナはその問いに当たり前のように答えた。


「私が生きるのに、理由が必要?」


 銃を目にも留まらぬ早さで奪い取り、一瞬で分解。どうやら、銃の内部構造まで知り尽くしているみたいだぞ。


 そして、エレナは未恋に少し上体を後ろに傾けて、斜めに体を向けて指さす。見たことが何度かあるポーズだ。○王的な。


「蒼色未恋。確かにあなたは私のウィリー君をたぶらかした」


「してねーよ」


 しかし、いつものスルーでエレナは僕に見向きもしない。


「だけど、死ねなんて一つも言っていないわ。少なくとも、私は死を知らない。だけど、だからこそ。死がどんなに悲しいことかを知っている。――――かつて、私の偽りの死に全てを擲ってくれた恩人がいる。その人のために、私は死をぞんざいに扱うことが許せない」


 その恩人僕ね。一応説明として。


「貴様は、一体何者じゃ・・・・・・? 我に、何の用があって・・・・・・」


 未恋は語るエレナに向かって言った。


「私はエレナ・キャロット。そうね、何者かと言われれば困るわ。強いて言うならそこの浮気者の正式な彼女。そして」


 エレナは今までの優しい雰囲気をさも砂浜の砂の城を一瞬で崩すかのように瓦解させた。


「『決戦』に出るこの子の雇われ者よ」


 その直後、エレナの足下からズッと何かが現れた。


*   *   *


 決戦。


 未恋の言うところの、大会という奴だ。そんな大層な名前だったのか。


 つまりは、僕とエレナはライバル同士。恋人同士ラブラブな毎日を過ごすわけにはいかなくなった。無論、今までもそんな羨ましく恨めしい生活は一度として送っていないのだが。


 そんなことより。


「そんなことより、誰じゃ貴様。みたところ、デビルか?」


 エレナの足下から這い出た生物は黒で長い艶やかな髪を持った人間の男。美形でさぞ女子からもてそうだな、と思いきやその頭にはちょこんと。


「角があるぞ未恋。サイと人間の合成獣か?」


「何じゃその気持ち悪いキメラは。違う違う。奴はデビルと言って天界に住まう者の一人じゃ。とは言っても、デビルとは我のエンジェルと同じように種族名なのじゃが」


 未恋が一通り説明すると、デビルは口を開いた。


「その通り。オレはデビルのミスト・ウォンバット。一族の希望のため、貴様を倒す」


 意外と普通な喋り方だった。ここで「我が輩は」とか言われたらキャラ付け必死だなァ、閣下か! と、言うつもりだったが真面目な奴だったのでフザケないことにした。


 しかし、何とも正当な理由だ。そんなに優勝賞品のハートが欲しいのか? それとも、ハートにはものすごい力があったりするのか?


「ん? 契約者だと? じゃあ、エレナとお前は契約の儀式をしたのか?」


「その通り」


 ミスト・ウォンバットは即答した。


 ・・・・・・ぴきっ!


「おい、未恋。喜べ、正当な理由ができたぞ。あのデビルって奴を一ヶ月くらい再起不能にしろ。僕が許す」


「むおっ。一体どうしたというのじゃ? いつになく本気に見えるのじゃが・・・・・・」


 未恋が若干引いている。


「あら、可愛いわねウィリー君。妬いてるの?」


 エレナはくすりと笑っていった。どうやら、僕の反応を見て何か思うところがあるらしい。


 そりゃそうだろう。


「なんたって、エレナちゃんのファーストキッシュが僕じゃないからなあああああああああ!!!!」


 恥ずかしい台詞を叫びながらずびしッ! とミストを指さした。


「行け! 未恋! 戦闘許可を出す!!」


「りょ、了解じゃ。何やらおかしなテンションになってしまいおって・・・・・・。まぁ、いい。今のは殺しじゃないんじゃ。そう、当たり前ッじゃ!!」


「・・・・・・何を訳の分からない誤解を・・・・・・? まぁ、いいわ。バトルタイプじゃないウィリー君と私がきゃぴきゃぴしたショボい戦闘をするよりも、この血気盛んな二人が戦った方が絵も映えるわね」


 バトルタイプじゃないと言われて、まぁ僕はその通りだな、とは思う。だが、


「確実にお前はバトルタイプだろう! 一体お前のどの部分を見てバトルタイプじゃないと断言できるんだ!?」


「顔」


「・・・・・・」


 気持ち良いくらいの即答ぶりに黙るしかない僕の性格も、バトルタイプにはなれない理由の一つなのかもしれない。























 天界には様々な生物が住み、それぞれが多種多様な進化を遂げている。


 もともと人間だったエンジェルたちは別として、それら生物の進化の最たる例が彼ら、デビルなのである。


 彼らの祖先を辿っていけば一匹の魔物にたどり着くという。とても賢く、とても執念深い一匹の魔物に。その魔物は自信の生き残りのために様々な技巧を凝らして、現代まで子孫を残してきた。他の生物に悟られないように、次世代の特徴はその世代に最も力を持つ生物に似せて作られる「大量生産物模型ロッツフェイク」という繁殖方法をとったのである。


 これにより、現代にいる魔物の祖先は一目では見分けがつかないほど、人間に似てしまった。それらを総称してデビルと天界では呼ばれ、人語を解し現代社会には難なくとけ込める。


 はずだった。


 残念なことに現代において最も力を持つ人間は余りにも力を持ちすぎて、デビルの正体に難なく気づくのである。それは当然だ。普通の人間にはない角が彼らにはあり、隠すことが難しいからだ。最も力を持つ生物がサイならどうとでもなっていた。だがそのせいで、人間の外れ者、化け物と家畜同然の扱いを受けてきた彼らにとって、理不尽なものでしかない暴力は恨みの対象さえわからなかった。好きで人間っぽくなったわけじゃない、と。


 だから、彼らは多種多様な生物の住む天界に逃げ込み息を潜めて暮らしている。そして一族の共通の願い、下界への回帰という思いを持ってこの「決戦」に参加している。


 考えてみれば可愛そうな話である。当然、同情する話だし出来ることならその意思は尊重してやりたい――――。



「それが、どうした?」



 勝負は一瞬。まさに瞬殺。


「・・・・・・む、無念・・・・・・」


 ものの一分としないうちに未恋はミスト・ウォンバットを地にひれふれさしていた。


「貴様の悲願など我にとって何の関係もないことじゃ。無論、ウィリーにも関係のないことじゃし、その小娘にも関係ないことじゃろう」


「・・・・・・」


 未恋は持っていた大剣を消して語りかけるように言った。


「一族のために戦う、それはいい。何とも立派な理由じゃ。素晴らしい、誉め称えよう。じゃがな」


 未恋は倒れるミストに近づいて言った。


「貴様が虐げられた傷の深さと我が虐げられた傷の深さは、格が違う」


 その台詞に、僕はエレナを見た。


 エレナはケータイを弄くって無関心だったので、僕は若干呆れる。


 そして、未恋は続ける。


「さて、質問じゃ。全てに当てはまれば、ここで我が負けをみとめん訳でもない」


 目の前で。


「目の前で友人の手足がもがれていく様を見たことがあるか?

 目の前で妹が陵辱され続ける様を見たことがあるか?

 目の前で知人の大人が醜く殺し会う様を見たことがあるか?

 目の前で永遠と全身を虫に犯される少女の様を見たことがあるか?

 目の前で何十人の人間が一斉に頭を吹き飛ばされる様を見たことがあるか?

 目の前で自分の両親が自分を殺そうとする様を見たことがあるか?

 目の前で自分が自分じゃなくなる様を見たことがあるか?」


「ないじゃろうな。貴様の言う人間から受けてきた傷は自分自身の物ではなく、一族の物。つまり、貴様の遠い祖先に当たるものじゃろう? 所詮はその程度。詳しくは知らんし知るつもりもない。とりあえず我の傷より浅いことだけは確定事項じゃ」


「・・・・・・ぐ、わ、我が一族の受けた苦しみを・・・・・・その程度、だと!?」


 ミスト・ウォンバットは最後の力を振り絞り、腕を伸ばす。


 すると、腕から黒い物体が伸びる。


「・・・・・・『実験失敗作ダークウィップ』と言っておったな。失敗作にしては出来すぎているような気もしないではないが」


 未恋はそんなことを漏らしながらその鞭を左手で掴む。


 実際、掴めるような速さでは無いのだが、それを余裕しゃくしゃくとやってのける未恋は


「しかし、弱いな。この程度ならばリボン無しのウィリーでも余裕じゃろう」


 僕の方を見る。


「過剰評価だ。何も能力のない僕なんてその辺のグンタイアリに負けるぞ」


 ミスト・ウォンバットは鞭を戻そうと引っ張るが、未恋はちっとも動かない。


 逆に、未恋は左手に持っていた鞭を引っ張りミスト・ウォンバットをぐいん! と一気に引き寄せる。


 そして。


 ゴッ!!!!


「・・・・・・ッ!!??」


 渾身の右ストレートをその顔面に叩き込んだ。


「容赦ねーーーーーー!!!!!」


 そんな僕の叫びに未恋はふっと笑って言う。


「容赦などしない。他人の願いに不親切じゃからな」


 数メートル後方に殴り飛ばされたミスト・ウォンバットはそのままぴくりとも動かなくなってしまった。


「・・・・・・気絶してるわね。確かに、丸一ヶ月は再起不能みたいだわ」


 エレナはぱちん! と携帯電話をたたみ、ポケットにしまいながら言った。


 意外と淡泊としているところを見ると、やはりミスト・ウォンバットとは一切関係のない目的で動いているのは明らかだ。


 それでも、聞かざるを得なかった。


「・・・・・・エレナ。何で、こんなことを?」


 もちろん、エレナが僕のところに来た理由は明らかだ。どこから聞いたが知らないが、僕が天界に行き危ない戦いに身を投じようとしていることを聞いたのだ。当然、エレナはそれを止めに来た。


「・・・・・・言わせないでちょうだい。ウィリー君はどうせ止めても行ったでしょう?」


「・・・・・・ま、ぁな。悪いが、止められても止まらなかったよ」


 そして、エレナは無理に笑顔を作って言った。


「いってっらしゃい」


 そんな顔を見せられて、笑顔で行ってきます。なんて、言えなかった。

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