「エピローグ~喪失~」
時は少しさかのぼり、チオーナのゲームが始まって十分後。
エレナとギルバードと別れた僕は取り合えず、家に向かう。
遠距離で最強と言われる『七色の刃』を持つアイリーンであるならば、視界に映る蜘蛛を片っ端から駆除できるのだ。
道は暗く、蜘蛛は見当たらない。急いで家へと帰りつきたい僕は、途中で蜘蛛を探すことを諦め、真っ直ぐに家へと戻ることにした。
しばらく経って、ようやく家に帰り着いたとき、アイリーンが出迎えてくれた。
「あ、おかえりお兄ちゃん。お母さんは亜空間を切断するための任務がある、って言って今日は帰ってこないよ」
あくうせつだん?
何だ我が家の母親は。パ●キアかよ。
「なら都合がいい。今この家には僕とお前しかいないんだろ?」
「え? う、うん。そうだけど・・・・・・」
「じゃあ、一つだけお願いするぞ?」
「?? な、何? お兄ちゃん正気?」
「あ? いたって真面目だぞ?」
「いや、だって。兄妹どうしってしちゃいけないんだよ? それが仮に義兄妹でも」
「何が言いたいんだ、アイリーン。義兄妹で何が悪いっ!」
「格好悪い言い切りっ! 非常識すぎるよぅ」
「いや、そうじゃなくて。お願いって言うのはなぁ・・・・・・」
僕はこれまでのことを話す。アイリーンは時々難しい顔をしたり首を傾げたりハテナマークを浮かべたりしている。
あれ? この反応全部よく分かってないときに使う奴じゃん。大丈夫なのかコイツ?
「予想してたのと違った」
説明が終わるとアイリーンは最初にそう言った。
「一体どんな予想を立ててたのか相当気になるぞ。とりあえず分かったかアイリーン。お前はこれから一人で蜘蛛をぶっ殺しにいくんだぞ?」
「初めての蜘蛛殺し・・・・・・」
「いや、そんなテレビ番組絶対見ないから。物騒すぎて速攻でチャンネル変えるわ」
その時、りんりんりりんりんりんりりんりんと電話が鳴った。
タイミングを考えて欲しい。しかも、既に時刻は九時をすぎている。
「はいもしもし。ウィズリーですがってエレナ? 何だ?」
電話してきたのはエレナだ。
『もしもしウィリー君。何と朗報よ。素直に喜びなさい』
「え、うん、ば・・・・・・ばんざーい・・・・・・」
『蜘蛛が一斉に公園に集まりだしたわ。ものすごく怪しいけど、そこにギルバードと何故かスピア・クローバーもいるみたいよ』
「えマジ? つーか何で分かるの?」
『ヴェントナー先生の『兆里眼』よ。今は『視』て貰ってるわ。ちなみにこちらで蜘蛛を殺してるのは丸子。今も当然のように解剖してるわ。臭いがキツいでしょう?』
いや、キツいって言われても電話越しでは音声でしか状況が判断できない。
『そこで、大量に集まっている蜘蛛は私達が何とかするとして問題はチオーナの方よ。予想以上にゲームが早く終了したら焦って逃げるかも。だからウィリー君は病院へ行きなさい』
現在ゲームが始まってから僅か20分。この調子なら180分は愚か60分でも余裕で間に合う。
「元よりそのつもりでアイリーンを一人で行かせる予定だったんだ。おそらく、平和的に物事を解決できるのは僕だけだろうしな」
『あらそう。頼りになるわダーリン。じゃあ、お互いに気を付けて行きましょう。死なないでね』
「お前こそ。簡単に死ぬなよ」
『死なないわよ。簡単には死ぬけど』
そう言って電話を切る。
僕はまもなくしてアイリーンを目的の公園への道のりを教え込み、一人で旅立たせることに成功する。
「行ってきまーす」
いつものやる気があまり感じられないトーンで言って、玄関を出るアイリーン。
「ちゃんと蜘蛛を途中で見つけたら殺しとくんだぞー」
「うん。大丈夫」
おおよそ見送りの台詞とはかけ離れたことを言いながら僕はアイリーンを送り出し、自分の任務に取りかかる。
さて、ここからが本番だ。
チオーナの逃亡を防ぐことと、ビスケットの安全を守ること。
病院に行くまでに1匹たりとも蜘蛛が見つけられなかった。
やはり、エレナの言う通り殆どが公園に向かっているのだろう。
それは、ビスケットがまずい状況にあるかもしれないと言うことを示唆している。
なぜなら、チオーナにしてみれば今が絶好の機会。病院から公園は結構距離があり往復に1時間はかかる。
距離的に言ってしまえば、病院ーーー僕の家ー学校ーー公園ーエレナの家、みたいな図になる。
公園に蜘蛛を集めることによって病院に気が向くことを逸らしているのだ。
「・・・・・・だが甘かったな。僕はそんなにアホじゃないぜ」
既にゲーム開始より一時間が経過しており、おそらく公園の方では蜘蛛を全て殺しているだろう。
僕は病院へと再び足を踏み入れた。
一階にあるビスケットの部屋へと向かう。夜の病院は何となく暗く、電気が付いているのに不気味である。
そして、たどり着いた。
「・・・・・・さて、何をしているのか。拝見させてもらおうか」
ガラリっ。
ドアを横に開くと案の定、チオーナがいた。
しかも、ビスケットに何かをしようとしている寸前で。
「・・・・・・あらら? ウィズリー様でしたっけ? 蜘蛛探しはどうしたのです? まさか、わたくしを直接お止めになられるおつもりですか?」
チオーナは顔を上げて聞いてきた。重ねて言うが、本当にヴェントナー先生にそっくりだ。口調とたばこさえ同じなら瓜二つである。横に並べて写真撮りたい。
「ま、そんなところだ。悪いけど、止めさせてもらうぜ」
「おやおや、そんなことをしてしまえばビスケット様の命はありませんよ? 今にもわたくしのしもべたちがこの子を犯したそうに待っておりますから」
「・・・・・・じゃあ、今ビスケットに何をしようとしてた? 今の光景は記憶を殺すや命を殺すとは違うような気がしたぞ?」
チオーナは表情を変えずにただニコニコと微笑み続ける。
だが、何も話さない。それだけで確証は得られた。
「連れて行こうとしたんだろう? それくらい、僕にだって分かった」
そして、チオーナはやっと声を出した。
「ええ、そうですわ。わたくしはビスケット様を引き入れるためにここにこうして来ているのです。それを直接邪魔をするなんて、ウィズリー様は卑怯者でございますのねぇーー」
チオーナはそう言うや否や、指先から糸のような物を出しビスケットに巻き付けようとする。
「どっちが卑怯だよっ!」
僕はまずいと感じ、チオーナに近づき腕を伸ばす。
「チオーナ・ルクソルクス。逆らわなくて・・・・・・」
しかし、僕がそう言い終わる前に、チオーナは今までの数千倍の悪意に満ちた顔で・・・・・・。
「リビングデッド、ラヴラドール。わたくしに仇なすこの者に救いの手を刺しのべなさい」
チオーナの両脇から二人の奇抜な髪の色をした少女が現れた。一体、いつからここに・・・・・・いや、それよりも!
こいつ・・・・・・ッ、相当速い!!
一人はTシャツにミニスカートで黄緑の髪を右側にサイドテールとしてまとめてある。そして、二本の小型のナイフを構えて大道芸のような動きできゅっと距離をつめた。
もう一人は真っ青な髪をナイフ少女とは逆の左側にサイドテールでまとめ、その体は見るからに頑丈そうな鎧で手には1mはあろうかという長槍と、自信を多い隠せそうな盾を構え、チオーナの隣につく。
「くっ! あ、アブナッ、い!」
ナイフ少女は予想以上の容赦の無さで僕を部屋の隅へと追いつめる。だが、殺そうとはしない。チオーナから遠ざけるのが目的のようだ。
しかし、僕が一歩近付こうとすると牽制。一歩引き下がる。
「は、ははっ! 弱い弱いぃ。アタシこんな奴飽きちゃうっよ!」
少女は笑いながら二本のナイフを投げつけ、僕の服と壁を器用に固定する。
「・・・・・・!?」
しかし、二本のナイフが僕の服を固定しているのに、少女はもう二本のナイフを取り出す。それを動けない僕に投げつけ服と壁を固定。それを高速で繰り返す。
すさまじいコントロールで壁に服を縫いつける少女は、まだナイフを出し続ける。その本数はゆうに30本は越えてきた。
「てめぇ! 外せこれ!!!」
「さて、チオーナ様ぁ。これでいいんですかぁ?」
完全に壁に固定され首しか動かすことができない僕を無視して、少女は丁寧とは言い切れない敬語でチオーナに話しかける。
「十分よ。良くできましたわリビングデッド。では、ビスケット様をお連れして帰りましょう」
チオーナは糸で絡めたビスケットをリビングデッドという少女に持たせて窓から病室を出ようとした。
「待て! いや、チオーナ・ルクソルクス! 頭を打ち付けて気絶していいよ?」
『依存症』発動。
「・・・・・・ラヴラドール。返しなさい」
しかし、チオーナはあくまでも落ち着いており、僕が言い終わる前に鎧の少女に命令する。
「『反抗心』」
その少女はチオーナを守る形で盾を構え、そう呟いた。
その直後だ。
何が起きたか分からない。分からないけど!
僕は無性に壁に頭を打ち付けたくなった。
「えええええ!! 何でだああああああああ!!」
自分でもよく分からないが、気絶したい。
ナイフで固定されているとはいえ、頭から先は動くので。僕はそう叫びながら後頭部を思いっきり壁に打ち付ける。
「・・・・・・・・・・・・ッッ!!!」
目眩がするほどの衝撃に視界が霞む。霞む。
「ま・・・・・・て・・・・・・」
揺れ動く視界の先に悠々とビスケットを連れ去っていく三人が見えるが、僕は何もできずに意識が落ちてしまう。
あぁ、畜生、畜生! 何やってるんだ僕は!!
しかし、耐えがたいほどの意識の転落にあらがう術もなく。
目を閉じてしまった。
気付いたら寝かされていた。
デジャヴだ。
病院のベッドの上である。
「・・・・・・あれ? 何してたんだっけ僕?」
ようやく目が覚めて、周りを見渡す。
そこにはイスの上で眠っているピンクの髪の少女と、驚いたような顔で僕を見つめている金髪の女の子。
「ウィ・・・・・・ウィリー君・・・・・・??」
「・・・・・・え?」
その女の子は僕を見て、僕の名を口にする。
「良かったぁ・・・・・・。私、すごく心配だったよ・・・・・・」
泣きながら僕に抱きつく彼女。
だけど。
「・・・・・・すか?」
だけど。
「え? ど、どうしたのウィリー君?」
だけど。
「・・・・・・誰ですか? どこかで、知り合ったことでも・・・・・・?」
僕は何も覚えていなかった。