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「記憶の無い思い出、徘徊」


 まずは言い訳をしておこうと思う。

 この話をするに辺り、少しだけ時間軸が飛ぶ。

 僕は、それはもうすごい冒険をして、くたくたになって帰ってきた後の話だ。

 休む暇ももう少し与えてほしいのだけれど、現実はそう甘くなかった。

 グッスリ休んで、ばっちり目が覚めて、そして万全の態勢で望みたかった。強いて言うなら、晩ご飯にカレーが食べたかった。

 だけど、それは許されない。

 なぜなら、やっぱり僕はこの物語においての主人公であり、メインキャラクターであり、主役なのだから、次から次へと物語は続くのだ。

 こんな連続して異常な事件に巻き込まれるのはコナン君だけでいいと思う。こういうとき、ほのぼの系ゆるかわ日常的アニメとかの主人公は実にうらやましいと思う。彼らが、彼女らが行う仕事とはバカキャラ、アホキャラなどへの突っ込み程度なのだから。こんな、常に命がけの戦いばっかりやってる主人公も珍しいと思う。もう少し日常編も描いてほしい限りである。

 しかし、愚痴ったところでこの物語が存在ごと消えて無くなるわけでもないし、そもそも消したいとも思わない。

 現実を消すことは、何よりもいけないことだ。

 この話を無くすことは、つまり彼女の存在ごと全てを否定することであり、この世に彼女はいなかったことになってしまう。

 それくらい、重要な話だ。

 どうか面倒くさがらずに、聞いてほしい。

 そして、見てほしい。

 彼女がどのように、彼女の道を行き、息づき、生きてきたかを。

 それだけ分かってくれたら、幸いだ。

 だから、つまらないアニメのように途中まで聞いて、四話辺りで切るなんて真似はしないでほしい。それでは余りにも彼女に失礼だからだ。 では、語っていくとしよう。

 これは、ルミネスと出会い、別れた日から、3ヶ月後。

 つまり、夏休みという長い休校期間。実際は課外や補修などがあったから僕にとって夏休みは最終日から一週間程度しかなかった(その一週間さえ、「この話」の前の冒険によって消えてしまった)。その休校期間明けの二学期初日。

 この話は始まる。


 9月の初め、夏休みという長い、長い休み期間から明けてすぐ。

 つまるところ始業日だ。

 そんな始業日に遅刻は許されないと思い、いつもより早めに目が覚める。

 昨日はあんな大変なことが起きたのに、今日も我が家は至って普通だ。

 トーストにバターという基本的朝食スタンスを崩さない母。

 ある意味、さすがである。

 前日の非日常からの切り替えがハンパない。

「さぁ~、今日から学校よね~? たっぷり栄養つけないと、頭働かないわよ~」

 母は張り切ってバターをトーストに塗りたくる。

 トーストを塗るのに張り切る必要性があるか無いかはおいといて、昨日の今日でよくそんなテンションでいられるなぁ、としみじみ思う。

「過去は過去! 今は今よ~。あ、起きてきたのね~?」

 母はそんな力強い力説をしながら、僕より少し遅く起きてきたアイリーンに微笑みかける。

 ちなみに、アイリーンとは同居中。

 別に僕にそんな趣味はないが、どこも引き取れないと言うので代わりにうちが引き取ることにした。

「・・・・・・おはよう、ございます・・・・・・。ふあぁ・・・・・・」

 挨拶をしながらあくびをぶちかますアイリーン。

 彼女も眠そうだ。目をひたすら擦っている。

 もちろん、アイリーンも昨日のことを覚えているだろう。

 いきなり、非日常から日常に戻されて、かなり疲れがたまっていると見える。

 クマができてるぞ、お前。

「いただき、ます。ふあぁぁ・・・・・・」

 アイリーンは食卓につくなり、首をカクンとさせ始めた。

 どんだけ眠たいんだよ。

 今日の授業寝るんじゃねーかこいつ。

 もう一つ言えば、アイリーンは今日から僕と同じ聖ダイア魔法学校の中級校二年SSSクラスに所属する予定だ。二年後にこいつは僕の後輩となるんだけど、実感無いのが現状だ。そもそも、同居してても違和感を感じる。髪の毛ピンクだし。

「こーら、アイリーン。寝ながら食べるとお行儀が悪いわよ~?」

 しかし、母はもう馴れてしまっているようだ。

 さすが、お母さん。

 こどもが一人増えたくらいで動揺するどころか、僕と同じように扱っている。

 母強しってことかね?

「はい、ごめんなさい・・・・・・へくちっ」

 今度は、くしゃみかよ。

 しかも、なんだかかわいらしいな、おい!

 とか、そんな突っ込みは置いといて、早く食べなければ早起きしたのに学校に遅れてしまう。

「ってお母さん!? いつまでバター塗ってんの!? それもうトーストじゃねーよ! 「油ぎったパン」だよ! そして、バターは一度使ったらちゃんと冷蔵庫に戻さないと味悪くなるよ!? 早く、そのバター置いて! はい、冷蔵庫にしまう!」

 白いギットギトのパン(若干冷めてしまっている)を受け取りそう命令する。

「あら~、ごめんなさいね~? 気づかなかったわ、お母さん。次からちゃんと気をつけるわね~? にしても朝から元気ね~。どうしたのかしら~?」

「あんたのせいだよ! こんなパン食ったら絶対太るし!」

「ウィリーはもうちょっと太った方がいいよ・・・・・・。ふあぁ」

「うるせーな。アイリーンは関係ないじゃん。つーかもうあくびすんの止めろ」

 そこで、母が口出し。

「こらウィリー。妹にそんな口聞いちゃいけませんよ~」

 妹って。

 それを言うなら逆じゃないの?

 お兄ちゃんにそんな口聞いちゃいけませんって言うべきだよね?

 何この男女格差社会。


 そうそうに朝食を切り上げ、僕とアイリーンは学校に向かう。

 先ほど言ったように、アイリーンは今日が学校初登校になるのだ。

 しっかり、社会の「常識」をこいつに今のうちに教えておく必要がある。

「いいか、アイリーン」

 僕たちは歩きながら(実際は歩いていない。何度も言うようでウザいけどSSSクラスに無料で支給される超電磁浮遊登校靴で足を動かさずとも学校にたどり着くのだ!)アイリーンに話しかける。

「気安く話しかけるな、お兄ちゃん」

 キャラが違う。

 いや、これが本当のアイリーンだ。

 母の前ではいい子ぶっちゃいるが、僕と二人きりになるとすぐにツンツンする。

 この子僕のこと嫌いなの? 一応言っておくけど僕何もしてないよ?

 ちなみに、アイリーンは名字をリベリストに改め、アイリーン・リベリストとして晴れてリベリスト家の一員となったわけである。

 位置づけとして、僕の妹。

 兄妹ができました。てへっ、とっても嬉しいです。

 とはならなかった。

「こら、アイリーン。お兄ちゃんに向かってなんたる言いぐさだ。少しは常識をわきまえろ」

「うるさいお兄ちゃん。そのくらいわきまえている」

「じゃあ、わきまえるってどういう意味だ。言ってみろ」

「・・・・・・」

 黙るアイリーン。

 以外と言葉責めに弱かった。

「卑怯だよ、お兄ちゃんめ」

 ぼそっと呟く妹に僕は言う。

 どうやら、あの面倒くさいしゃべりはカノンの受け継ぎだったらしい。つまり、本人は自分で言っていた言葉の意味はほとんど分かっていない、ということだ。

 だから、強がってもすぐに負ける。

「とりあえず、一つ言っておくぞ。「七色のセブレード」は多用するなよ。特に桃色と緑以外の攻撃系は」

「分かってるもん! もう、お兄ちゃんうるさい!」

「分かってないから言ってんだよ。つーかお前のためでもあるんだぞ? 強すぎる力は孤立してしまうからな?」

「・・・・・・」

 また黙った。

 とりあえずこんな感じで。

 これからずっとこんな通学をすると思うとガックリくるな。

「お兄ちゃん」

 アイリーンは急に僕を呼んだ。

 自分から話しかけてくるのは珍しい、というかこいつと会話をすること自体極希なのだが。

「なんだ? 忘れ物か?」

「違う」

 即答否定。

 辛いぞ、ソレ。

「本当に私はうまく学校に通えると思うか?」

「しらねーよ。お前次第なんじゃねー? 大体僕中二のSSSの実態なんて知らないから、何ともいえないよ」

「私はそうは思えない。というか、多分ダメだ。学校では友達というものが作れるのだろう? でも、私は学校では絶対に馴染められない・・・・・・」

「何でそう思うんだよ?」

 そんなもん行ってから分かることじゃねーかよ。

 と聞いたところ、しばらく経って。

「どうすればいいか分からない。私は何をすればいいんだ?」

 どうもこうも、別に。

「お前らしくやれよ。仮に、嘘をついている自分が作った友達ほど一緒にいて寂しいものはねーぜ? 友達できないならそれでいいじゃねーか。自分をアピールして、結果ダメだったとしてもいずれ馴れる。つーかお前はかわいいんだから、いつも通りでも大丈夫だと思うぞ?」

 そう答えてやった。

「かわいい・・・・・・!? 私が??」

 アイリーンは一気に顔を真っ赤にして慌てふためいた。

「ち、違うぞ! 私はかわいくなんか・・・・・・」

「いや、十分かわいいって。お人形さんみたいだ。妹じゃなかったら付き合ってるぜ(嘘)」

 嘘だよ?

 僕にはエレナちゃんがいるからね?

 本当だぜ。僕はロリコンじゃない!

「ひ・・・・・・非常識だ・・・・・・。お兄ちゃんめ・・・・・・」

 アイリーンはそう言って、顔を赤らめながら僕から離れていく。

 そういうところが、かわいいって言ってんのに。

「待てよ、アイリーン! あんまり急ぐと車にひかれて公道に内蔵ぶちまける羽目になるぞー?」

「こっ! 怖いわお兄ちゃん!」

 と、アイリーンは答えて素直にスピードを緩めた。

 緩めながら、僕が追いつくとスピードを合わせるアイリーンを横に。

 僕の新学期は始まった。




 中級校と上級校は隣接する形で二つ並んでいる。

 でかい方が上級校、つまり僕が通う1年SSSクラスがあるところで、上級校に比べたら小さい方が中級校ーーつまり、アイリーンが通う予定の2年SSSクラスがあるところだ。

 兄妹そろってSSSという超エリート家族。

 ちなみに母もここのSSSに8年間(下級校5年からSSからSSSに格上げされたらしい)通い続け、今では立派な専業主婦である。

 主婦であるのにそんな頭いい学校出る必要もないと思うのだが。

 一応、その母の天性の才能にはつい前日お世話になったばかりだ。

 やっぱり母親はすごいのである。

 と、家族内自慢はさっさと切り上げて、ついでにアイリーンともここで別れて。

 一人、上級校の1年SSSクラスに向かう。

 ちなみに言っておくと小級校も、中級校も、上級校もクラスは9クラスずつある。

 まず、普通科として1組から4組まで。そして、魔法専行科としてA1クラスとA2クラスがあり、異脳特待科としてSとSSとSSSクラスに分かれている。

 SとSSとSSSの違いは異脳の強さで分けられる。

 まぁ、僕はつい先日の冒険でもしかするとSクラスどころか普通科まで落とされる危険性があったけど。

 つまり、SSSクラスは化け物どもの集団で本来男女を問わず全地球上の超人、怪人が集まるクラス、のはずだ。

 しかし、なぜか今年の高校一年生のSSSクラス級の異脳者は僕以外全員女子。一時期、僕がクラスの人間を調整した、という噂まで流れた。

 僕にとってはただの迷惑である。

 ただの女子ならまだしも全員化け物! そんなところで一人だけ性が違う生物が投入されてみろ。

 完全なる格差社会だ。

 いじめ、というかクラスの女子みんなに避けられてるとしか思えない。

 この状況で体育とか死ねる。

 着替えもままなら無いこの状況下。

 だから体育の成績は2なんだけどね。(本来1になるところを先生が「お前、かわいそう」という理由で1上げてくれた)

 とはいえ体育自体そんなに多くないからまだいい。

 一応、異脳特待とはいえここは魔法学校。

 どのクラスも魔法授業は毎日一時間以上あるのだ。

 その時間だけ、クラスで一番かわいそうになる人間が変わる。

 なにを隠そう、エレナ・キャロットだ。

 彼女は魔法が使えない(強すぎる異脳によって魔法が発動しない)のだ。

 だから彼女の成績をみたところ、魔法だけ1だった。まぁ、僕も魔法はそんなに得意じゃないから3だったんだけど。

 そんな頭の悪いバカップルは夏休みに仲良く補修。

 ほとんど無駄に終わったけど、僕も少しは魔法が使えるようになった。気がする。

「ひどい言い方ね、ウィリー君。バカップルはないよ。バカはウィリー君一人でしょう?」

 教室に入るなり、いきなり突っ込まれた。

「仮にそうだとしても本音は隠してください、エレナさん。確かにエレナは魔法以外オール5だとしても彼氏をバカと呼ぶのは止めましょう!」

 と、僕は言った。

「あら、無神経だったかしら? ごめんねウィリー君。気を悪くしないでちょうだい」

 一番前の席にいるエレナ・キャロットはそう言って、手に持っていた本の続きを読みだした。

「あら、ウィリーじゃないの。久しぶりね」

 教室の比較的真ん中あたりの席で早弁(ショートケーキだ。意味が分からない)をしている女子たちの一人が、食べながら言ってきた。

 アルヴィーナ・ブックマンである。

 朝からケーキか、エンペラーめ。

「おう、夏休みに一日も会ってないからな。ええと、誰だっけ? エリザベスさん?」

「誰がアメリカで最もポピュラーな女の子の名前よ。ブックマンって自分で言ってるじゃない」

 口の中のケーキを噛みながら突っ込む。

 地の文を突っ込むな、行儀が悪い、気持ち悪い。

「あ、そうでした。申し訳ないエンペラー。休み明けは少し記憶喪失気味なんで」

「なんつー体質よ。ただの認知症患者じゃない」

「誰が認知症だ! 僕の異脳は依存症だ!」

「どこにキレてんの!?」

 そんなやりとりをしつつ。

「ねーねー? ルヴィーっていつからウィリーと仲良いのー?」

 ブックマンの不愉快な仲間達の一号。

 茶髪でセミロングストレートの髪を持つ。

 意外に、ブックマンとつるむ人間の中で綺麗な奴。

 名前は確か、ギルバード・ベロチカだっけ?

 異脳は知らん。知りたくもない。

「な、何でそんなこと聞きたがるのよ?」

 焦るブックマン。

「いやー、私ってほら? 情報収集が趣味なわけじゃん? やっぱそこは知りたいよねー。ね? 13歳に普通科1組からSSSにまで成り上がった「依存症」のウィズリー君?」

「・・・・・・」

 情報収集が趣味って。

 お前は探偵かなんかか!

「なんで知ってんの? って顔だねー」

 ベロチカはにやりんと広角を上げた。

 若干妖艶な笑みである。

「そんな顔してねーよ。今のは明日あるテレビが楽しみだなぁ、っていう顔だよ」

 どんな顔よ、それ。と呆れるブックマン。

「BBCの地球伝説かい? あれはなかなか興味そそられるよねー。研究者達の奇行が笑えるっていうかー? 毎週ウィリーは見てるんだよね?」

「何で知ってんの?」

「ほら、言った」

「ぐあ! しまった!」

「あははは!」

 笑うベロチカ。

 ハメられたような気がする。意外と腹ただしい。

「まぁ、情報収集が趣味って言うか? 私にとって情報は集めるものじゃなくて、集まるものなんだよねん。「自動手記の手帳ノミネート」って言うんだけど? 一番最初の自己紹介のとき聞いてなかったでしょ?」

「うん。まぁ、他人に興味ないからな」

「ひゅーう」

 ブックマンが口笛を鳴らす。

 いちいちウザいぞ、エンペラー。

「ふーん、かっこいい~! 適当に理由立てるあたり、私のことなんてどーでもいー、とか思っちゃったりしてるでしょ? してない? いや、してるって!」

 まだ何も言ってないんですが。

 少し僕にも反論の余地を与えてください。

 と、言わんばかりの返答をした。

「で? つまりこう聞いて欲しいんだろ? お前の異脳って一体何だ? ってよ?」

「うん、全くその通り! 私の異脳「自動手記の手帳ノミネート」は単なる情報収集じゃないんだよねー。六十秒に一つ、私が知らない知識が記録されるんだー」

「へー、どこに?」

「いいねー、その反応! とても話やすいよ! ま、記録といったら私の脳味噌だよ。だから、常に! 起きているときも、寝ているときも、歩いているときも、走っているときも、食べているときも、飲んでいるときも、髪洗うときも、お湯につかるときも、会話してるときも、今でさえ、新しいことを覚えられるのさ! どーでもいー知識だったり、犯罪に役立つ知識だったり。記録される知識に規則性は無いけど、一度記録したら二度と忘れることはない! だから、ついでなんだけど? 「自動手記の手帳ノミネート」以外で覚えた知識も忘れることがないんだけどねー」

「え? まじで? じゃあ、テストとか余裕じゃん?」

「そうよ、でもベロチカは大体30点前後しか取れないわ」

 横からブックマンが口出ししてきた。

「何で?」

「字を書くのが嫌いなんだって」

「あぁ」

 なるほど。

「こらー! 納得しないでちょうだい! 私だってやる気出せば百点余裕だよ! でも、テスト中も絶えず新たな知識が身に付くから、集中できないんだってばー」

 笑いながら答えるベロチカ。

 なんだかこの人の人生はつまらないことが無さそうだな。

 いつも楽しそうだ。

「まぁ、この話の設定編! も、私が書いてるんだよー」

「え、マジ!?」

「マジだよー」

「大マジよ。ベロチカはすごいんだから」

 なんか、マジっぽい。

 ブックマンが鼻を高くして自慢するあたりが。

 びっくりである。

 そうか、あの設定は誰が書いてるのかと思ったけど。

「私だ」

「お前だったのか」

「しょーもないことしてんじゃないわよ、あんたたち。もうチャイム鳴るわよ? さっさと席に着きなさいよ」

 促すブックマンに僕は「あ、本当だ」と言って、席に着く。

 しかし、このクラスは本当に凄いな。

 話しかければ皆本当に化け物じゃねーか。

 恐ろしい部屋だぜ、ここは。


 授業が始まる。

 教室奥の窓際前から3番目が僕の指定席。

 とりあえず、周りが全員女子なだけに世界一つまらない時間を過ごす羽目になる。

「・・・・・・であるから、この場合XーY:YーPの値は・・・・・・」

 数学、だ。

 苦手教科じゃないからそこそこ楽しいっちゃ楽しいけど。

 話す相手がいないほどつまらないものはない。

 授業中に明日の晩ご飯を想像したことなら1000回以上ある。

「おっと・・・・・・」

 つい、背伸びをすると、机に当たってしまった。その反動で、机の縁ぎりぎりの辺りにあった消しゴムが落ちる。

 めんどくせーな、と思いながら拾おうとすると、あり得ないことが起きた。

 消しゴムが、浮いている。

 謎だ。

 頭の中でクエスチョンマークというクエスチョンマークがかけ巡る。クエスチョンマークが集合し、一つの大きなクエスチョンマークができあがる。そして、その大きなクエスチョンマークが幾つも集まりまた更に大きなクエスチョンマークを作る。その間に消しゴムは僕の手元まできた。

「はい、どうぞ」

 隣から微妙にダルそうな声が聞こえた。

 声のする方向を見ると、アイリーンに負けじと劣らない髪の色、燃えるような真っ赤な髪の毛をただ長くだらんと垂らしている女子がいた。

 胸がでかいのは置いといて、えーと、名前は確か?

「あ、あぁ。ありがとう・・・・・・」

「・・・・・・」

 だめだ、思いだせん。

 別にまだ考えていないという訳じゃないぞ。

「んだよ、じっと見やがって。殺すぞ?」

 と、言われた。

 視線は人を殺せないけど、視線で人は殺されるんだな。

 とはいえ、殺すと言われてまで見続けるような変態じゃないため、黙って外に向き直る。

 結局名前わかんねーまんまじゃねーか。

「教えちゃいましょーか?」

 前から声がかけられた。

 ギルバード・ベロチカはにやにやしながらこっちを見ていた。

 にしし、と笑うたびにセミロングの茶髪が揺れる。

「あぁ、お前僕の前だったんだ。へー、気づかなかったなぁ」

 適当に流す。

「ヒドいなー。人がせっかく親切に教えてあげようって言うのに、何なのその態度はー?」

「いいから、黙ってろ。授業中なんだから喋りかけんな」

「まぁまぁ、聞いて聞いて。その子はスピア・クローバー。異脳名は「不明の妃手キーライン」。さっきウィリーが「視線で人は殺せない」って言ってたけど、あの子にとってはできちゃうんだ。ほら、ウィンク・キラーって知ってる?」

「ウィンクされたら負けるゲームだろ? まさか、本当に視線だけで人を・・・・・・??」

「合ってるけどねー。でも、そんな対人間用のスキルじゃないんだよ。それはあくまで建前で、売り名なのさ。本来は、視線で見えない手を作るってこと。だから、さっきの消しゴムも見ただけで! 取ることが出来たんだよん」

 と、ベロチカはにやりんとしながらスピア・クローバーを見る。

 本人はかなり疲れている・・・・・・というか、ただ単に授業がダルいだけか? 僕の消しゴムも拾ってくれたわけだし、本当は優しい奴じゃないのか?

「ふーん、じゃあ授業中だから、前を向きたまえ」

「はいはーい♪」

 騒がしい奴である。

 しかし、隣も前も化け物ばっかりだ。

 後ろの席の小さい女の子も実はとんでもない異脳を持ってんじゃねーのか!?

 振り向くと、首を傾げてきた。

 そう言えば結局この子の名前知らないな。

 つーかまともにクラスの女子の名前とか覚えてないんだけど。

 What you are name?

 と、思いつつ、別に興味はないのでそのまま授業に邁進する僕だった。


 昼ご飯の時間である!

 教室で一人悲しく弁当を貪る男子が一人!

 僕だ!

「はぁ・・・・・・」

 一人で言ってなんだか悲しくなってきた今日この頃だ。いかん、涙出てきた。

 一人の飯ほど悲しいものはない。だが、一人で食べてはいけないと言うルールはない。

 これは、一人で食べたいから食べているだけだ。友達がいないとかそんなん言うな。

 誰だ、家庭科の教科書に「他の人間と食事をとることで、より食事がおいしくなるよ」とか書いた奴。ふざけるなよ。食事って二回使ってるから訳分かんねー文章になってるじゃねーか。出版社出てこい。

 そんなことを愚痴ったところで一人は一人。

 学校に来ても友達いないんじゃ意味ないよ。あ、間違えた。友達ならちゃんといます。嘘じゃないです。

「・・・・・・でさー! そのときのそいつの顔ったらマジキモくてさー?」 ブックマンの高声が耳に聞こえて気持ち悪い。

 あぁ、うざったい。あいつ僕の悪口してんじゃねーのか?

「・・・・・・」

 なんか、おかしいな。

 いつもならもっと騒がしかったはずだ。

 ・・・・・・?

 何かが、足りない気がする。

 と、そのとき。

「お兄ちゃぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」

 ドアが開いて(斬り裂かれて)ピンクの髪を持ったちっちゃい女の子が教室に飛び込んできた。

 その少女は入るや否やすぐに教室の端にいる僕の方へダイビングして来やがった。

 は・・・・・・速い!?

「ぐふぇ!!?」

 腹に時速90kmのボウリングの玉を投げつけられたような凄まじい衝撃が・・・・・・ッ!

 飛び込んできたのは義妹のアイリーン・リベリスト。

「あ・・・・・・アイリー・・・・・・ン? ど・・・・・・どうした? ここは上級校舎だ・・・・・・ぜ」

 死にかける僕にアイリーンは「起きてお兄ちゃん!」と言って胸ぐらを掴み上げる。

 く・・・・・・首が締まってる!

「お昼ご飯食べようって言われたけど、どうしていいか分からんよぅ! 助けてお兄ちゃん!」

「ま・・・・・・まず僕を助けろっ・・・・・・!」

「そんな! お兄ちゃんというものは身を犠牲にして妹を助けるってお母さんが渡したマニュアルに書いてるよ!! 私を最優先して!」

「・・・・・・ッ!!」

 いかん。そんな得体の知れないマニュアルに惑わされるな!

 意味の分からないバカ力に落ちてしまいそうになる。

 き、きどうかくほ! きどうかくほ! 死ぬ!!

 と、アイリーンのバカ力が少し緩くなった。

「・・・・・・っぜぱぁ! うぇぐ、げほっ! おまっ! 殺す気かよ!?」

「違うよ! 助けてって言っている!」

「いや、そーじゃなくて・・・・・・」

 僕は少しずつ呼吸を整えていき、周囲に目を向ける。

 うわぁ・・・・・・、アウェー・・・・・・。

「誰こいつら? ジロジロ見て。お兄ちゃん殺していい?」

「物騒なこと呟くな。で? お友達が出来そうなんだろ?」

「違う。私はあいつらのことなんて人間と思ってないもん」

「あー・・・・・・」

 精神的に病んでやがる。

 一体あのルーティン・ワークで何を学んでたんだお前。

 二言目には殺すって何だよ?

「その人間じゃない奴らはお友達になりたいって言ってるんだよ。お前から歩み寄ってやらないと出来るお友達も出来ないぞ?」

「だって、あんな人たちなんだよぅ」

 と、アイリーンは教室の窓の外から校庭を指さした。

 そこには何人かのガラの悪い中坊たちがいた。

「なんだ、ナンパか」

 良かったなー、アイリーン。お前怖い人間に目を付けられる位の美少女で。

「なんぱ?」

 首を傾げるアイリーン。

 周りの同じクラスの女子たちがヒソヒソと何かを話している。

「いや、何でもない。とりあえず、僕もついていくから安心しろ」

「えぇー・・・・・・」

 あからさまに嫌な顔された。

「何だよ。助けてもらう身なのに不満か? だったらどうして上級校舎まで来たんだよ?」

 しばらく黙るアイリーン。

「じゃあ、来てよ」

 結局折れてしまったのか、僕の手を引っ張って行く。

「ちょ、おい。視線が痛いから手繋ぐなよっ」

 するとアイリーンは周りの女子たちをキッと睨み。

「見たら殺す」

 とおっしゃりやがった。

 やめてください、僕の評判が急流下りのように下がります。

 そして、教室を出た瞬間。

「おっと、待ってくださいよ先輩。その女の子は俺たちが先に目つけてんですから」

 先ほどの中坊どもが周りを取り囲んでいた。

 ・・・・・・どうでもいいが、速いな。

「こ、こいつらだ、お兄ちゃん。給食時間になるや否や私を取り囲んで・・・・・・」

 アイリーンが僕の手をぎゅっと握る。

 あぁ、生ぬるい。

「なんだとこのアマ!」

 悪役の台詞の代名詞入りまーす。

 そんな感じで一人の男が叫ぶ。

「お前が先に俺たちのことアホだのカスだの言ったんじゃねーか!」

「あ? 何? お前が悪いのこれ?」

「うぅぅ・・・・・・だって、怖かったんだもん」

 アイリーンは小さく縮こまる。

 ふむ、元凶は誰かと言われれば困るところだが。

 しかし、妹が震えて兄貴を頼ってきてるんだから、助けないわけにもいかない。

 どこの主人公だよ、僕。

 だから目立つの嫌なんだって。

「さっきから黙りこくってるが、お前。こいつのお兄ちゃんかよ?」

「そうだけどー?」

 めんどくさそうにだらしなく答えてやった。

「アイリーンをどうするんだよ? 怖がってんだから許してやるぐらいの譲心は持てよ」

「そいつはできない相談だッ!!」

 一人の男がいきなり鈍器を魔法で形成させ、殴りかかってきた。

 仕方がない。殴られたら痛いのでここで一発。ウィリー君の反則異脳技~。


「アイリーン以外、「全員座れ」」


 すると、その場にいたアイリーン以外の全員。

 中坊たちはもちろん、同じクラスの見物人だったブックマンやエレナたちまで、全員強制的に座るように命令した。

 「依存症」の第二の能力。

 この一夏の冒険で新たに手にした異脳だ。

 今までの依存症の場合、対象の人間の名前を呼べばその対象だけに効果を発揮していたが、これは違う。

 対象以外の人物全員にどのようなことでも強制的にさせることが出来る異脳。名付けて「依存症ー乱用バージョン」。

 とはいえ、この異脳やっぱり全然使えない。

 まず、一対多という状況がない上に、味方にも被害を及ぼしてしまうという制約は使い勝手が悪い。

 通常の依存症では相手の名前を知らなければいけない上に、一人にその能力を使っているときは重複して別の人間に依存症は使えない。完全に一対一専用という制約があるのだ。

 簡単に言えば両極端すぎる。

 ともあれ、そんなチートを使いその場を収めて(収まってない気もするが)中坊たちを強制的に座らせた。

「で? 僕の妹に何か用?」

 少し睨み付けると中学生たちは怯えた目で「ご、ごめんなさい!!」と謝ってきた。

 若干僕のデフォルメは悪いらしく、目がつり上がって少し暗めの印象らしい。それがメンチ切って睨んできたのであれば、流石のやんちゃ盛りの中学生たちも落ち着くらしい。

 人を恐ろしい体育教師を見る目をしやがって。

 あー、憂鬱。




 そんなわけで、中学生たち相手に無傷の勝利を収めたわけですが。僕の名前には深い傷が入りました。

 中学生に土下座を強要させる高校生、と。

 ・・・・・・話があらぬ方向に飛んでるんですが。

「いや、ウィリー君かっこよかったよ」

 エレナは学校から帰っている途中に後ろから僕に飛びついてそう言った。

「・・・・・・びっくりした。なんだ、エレナか」

「むっ、その反応は傷つくよ?」

「違うよ。お前だからこのまま抱きつかれたままでもいいかって言ってるんだよ」

「ひゅー、気持ちが悪いよねー」

「人を歌で罵倒しないように!」

 全く持って恐ろしい彼女です。

 エレナは実はなんやかんやで夏休みの冒険をともにしている。

 いや、違うな。

 ともに、ではなかった。

「いや、しかし。あれだけのことがあって後日フツーに学校に通ってるってことが少し不思議だよな」

「うん。まぁ、大変だったね。夏休み」

「僕の人生の旅の4位にはランクインしてるな」

「えぇ!? あとの上位三つが気になるよ!」

「あぁ、一位から三位まで全部エレナと一緒にしたことだぜ?」

「あはは、マジキモ過ぎなんだけどー」

「・・・・・・」

 悲しくなってきた。

 いくら打たれ馴れていると言えど、僕だって一人の人間。精神は一つしかないから言葉の暴力は確実に効いている。

 そんな鬱病になりかけた僕をエレナは「あ」という一言で現実へと連れ戻した。

「ね、ウィリー君。捨て人って何だと思う?」

「突然だな。全く持って話の意図がつかめないのは僕のせいか?」

「まぁ、そうなるわ。私が言ったことは全て筋が通っているもの」

 相変わらず僕と焦点と論点がズレてしまっているエレナ。

 会話が成立していることが逆に恐ろしい。

 というか、この世界。とりわけ僕の周りの人間ってみんな話を聞かない人たちじゃないか?

「で? 何だ、捨て人? 何となく法律に触れそうな響きだな」

「簡単に言えば『捨てられている人間』よ。捨て猫とか捨て犬とか捨て大根とか」

「ちょ、待たんかい。捨て人とか捨て猫とかの前に、淡々と続ける会話文と受け答えの前にだな。捨て大根の説明を頼むぞ」

「それを説明するにはリスクが高すぎるわ」

「いいよ、もう。どんな重荷でも僕が背負うから」

「私の処女が喪失することになっても??」

「駄目だ」

「そう」

 ウィリー君らしいわ、とエレナは言った。

 しかし、捨て大根とはどれだけヤバい物なのだろうか。

 理由の説明だけで女子の大切なものを奪い去るとは。

「捨て大根とは、単刀直入に言って捨てられた大根のことよ」

「うわあああ!! エレナの初めてが一気に消えさったぁぁぁぁ!!」

「嘘よ」

「ってやっぱり!? マジで一瞬騙されかけたよ! そうだよね! まだエレナさんは聖処女だよね!? もし嘘じゃなかったら自殺してたよ!」

「まぁ、それはそれは、精神科に毎日通うような相当の努力を積んできたのね・・・・・・。おめでとう」

「・・・・・・」

 突っ込みづらい。

「黙らないでよ、ウィリー君。私との下校中に一度シラケるごとにウィリー君のチ××を切っちゃうよ?」

「チャンスほぼ0じゃん! 嘘だろ!? そんな罰、生殺しもいいところだあああ!!」

「あら、アメリカンジョークよ。イッツ ベリー インタレスティング」

「今の脅迫にジョージ・ワシントンが理解できそうな単語がございましたか!?」

「チ××」

「やめなさい。彼女がそれを連呼するとなんだか嬉しい気もするけど、Rー18になるからやめなさい」

「ヒントは舐めるとおいしいでーす☆」

「エレナはそんな卑猥な趣味をお持ちだったのか!?」

「チョコよ。何をはやとちりしてるのかしら」

「期待した僕がバカだった!!」

 と、エレナはクスっと笑う。

「・・・・・・で、捨て人? 大分無駄話に花を咲かせてしまったけれども、何だよそれ」

「オオイタ無駄話?」

「ダ・イ・ブ! どう聞き間違えたら3文字の単語が4文字に聞こえるんだよ!!」

 あら失敬。と、エレナは無表情で謝った。

「それは、あれを見たら分かると思うわ」

 そして、エレナは僕を指さした。

 ど、どういうことだ??

 僕が首を傾げているとエレナはハッとして

「あぁ、間違ったわ。向こうだったわ」

 と、言いつつ体の向きを180度回転させた。

「どう間違えたら真反対にいる僕を指させるんだよ!! ってコラ! 無視するなよ!」

「間違いは誰にだってあるじゃない。そこは少し多めに見て頂戴」

「ぐぬぬ・・・・・・! かなり憤りを感じるぞ・・・・・・ッ!」

「ほら、あれよ」

 そんな僕の言葉をスルーしてエレナは言った。

「ん? 何だありゃ」

 僕は遠くに見える黒い物体を見つける。

 ちなみに、ここは通学路のため閑静な住宅街だ。

 そして、エレナはその住宅地の中でポツンとある無駄に広い公園の一番奥。

 そこに、なんか黒いのがいた。

「そんなバカな。人が本当に公園で寝泊まりするわけ・・・・・・」

 僕とエレナは二人でその黒いのへと近づく。

「・・・・・・こ、この子は・・・・・・」

 エレナはその黒い布切れをかぶり、公園の地面に横たわる女の子をさして言う。

「見たことが無い」

「無いんかい!! いや、そんな突っ込みの前に、これ警察に届けた方がいいんじゃねーか!?」

 どうやら見る限りでは黒い布切れ以外に何も着てないような気がするぞ。だって裸足だし、肩出てるし。

 というか、この女の子。この整った顔。少し長いがブロンドのショートカット。・・・・・・どこかで見たことが・・・・・・。

「そうね、そうしましょ。そうしましょったらそうしましょ」

「ケータイ、ケータイと・・・・・・ぐあ! しまった、電池切れじゃないか!!」

「ウィリー君、それはバッテリー切れじゃないの? それか、ケータイがあなたに心を閉ざしているのよ」

「いや、どれでもいいから! あ、間違えた! 後者は絶対にないから! そうじゃなくて、この何かしらの事件性を含みそうなこの状況をどうするんだよ」

「じゃあ、まずこの子を叩き起こしましょうか」

「まずは息をしているかの確認だろうが。ちょっと待てよ、口に手を当てて・・・・・・」

 その直後、エレナが僕の後頭部を殴った。

 水筒で。

 鈍い音がして瞼の裏で火花がはじけるような感覚がする。

「~~~~!!!??? 何しやがんだエレナ! 痛い通り越してヤバいわ! お前が一番ヤバい!」

「あら、ごめんなさいウィリー君。ただ目の前で私の男が唇を奪われるような気がしたから」

「そんな気がして僕を殴るという行為に落ち着くなよ! うわぁ・・・・・・絶対こぶになる。これ絶対冷やさないとヤバいって」

 が、そんな僕の訴えはスルー。

「ウィリー君、どうやらまだ息はありそうよ。良かったわね」

「・・・・・・さいですか」

 やること為すこと無茶苦茶である。

 しかし、この女の子は一体どんな事があってこのような危険な状況に陥ったのだろうか。

 いくら夏だとはいえ、外で裸で寝るのはマズいだろう。

 とりあえず、服は着て欲しかった。なぜなら・・・・・・。

「ウィリー君、分かったわ。この女の子はこの公園で公衆便所を営むビッチなのよ」

 ほら、エレナさんが至らん妄想をする。

「不確定要素が多すぎるだろ・・・・・・。つーか公衆便所って何だよ?」

「そこを聞くのね。へー、ウィリー君もそんな男だったのかしら。最低」

「いや、もういいや。ようやく分かった。お前と一対一で話すと疲れる」

「なっ? 酷いじゃないウィリー君!」

「そんなに目を見開かれても!!」

 こっちが困るぞ。

 そんな事を言っているうちにエレナはその女の子に被せてある布切れを取り払った。

 はらり、と。

「あら」

 案の定、何も着ていなかった。

「やっぱりこの子はビッチなのね」

 そうじゃねーよ! こんな女子を彼女に持ってしまった自分が些か悲しい。

 いや、まだうつ伏せだったから女子の砦といえる部分は見えていないぞ。見ていないぞ、見ないぞッ!

「エレナ、被せろ。通行人にバレたら騒ぎになる」

「そうなったら私も被害者面すればいいのよ」

「確実に僕が怪しまれるだろ!! 頼むから怖い冗談やめて!」

「通行人に目撃されたら塞げばいいのよ」

「・・・・・・口と気道のどっちを塞ぐんだよ?」

「××××××××××××××××××××・・・・・・×××××××××××。×××××××××××××」

「全部伏せ字!?」

 今、エレナがどうやって喋ったか知りたい。

 少なくとも口が一切動いていなかった気がする。

「いいわ、ウィリー君が被せろと言うならそれに従うわ。けれど、どうするの? この子」

 と、エレナは言って黒い布を被し戻した。

「そうだな・・・・・・やっぱり警察に届けるか?」

 僕はそう言ってその子をもう一度見る。

 そして、さっきから妙なつっかかりがある。

 ・・・・・・何だこのヘンな感じは。

 まるで、何度も見てきたような光景・・・・・・。

「はぁ、二言目にはすぐに警察警察って・・・・・・。そんなにウィリー君は公務員に仕事を与えたいのかしら?」

「僕は不況下の政治家かよ!? この流れで警察に届けるという行為に異論を唱えるような人間は世界広しと言えどアナタだけだと思いますがッ!?」

「突っ込みが長いわね。そこは‘Why!? You are hoolish!?’とか言えないのかしら?」

「なぜドイツでイギリスの言語を使うのでしょうか・・・・・・」

「うるさいわね。いちいち揚げ足を取らないでくれるかしら?」

「・・・・・・」

 最近エレナが冷たいんだが。

 そんなことを話しているうちに、やっと話が進みそうな事が起きた。

「ん・・・・・・う、ん・・・・・・」

 女の子が目覚めたのである。

「お、おいエレナ! 大丈夫か? これ、僕たち大丈夫なのか!?」

「大丈夫よ。もし、泣き叫ばれたら殺っちゃえばいいのよ」

「まず、すぐに狂気に走るその思考回路から直してください!」

「ほら、目覚めたわ。ご覧なさい、ウィリー君。なんだか子鳥の巣立つ姿を見送る親鳥のような感情になるわね」

「ならねーよ」

 そして、女の子は完全に目を覚ました。

 目を擦りつつも上体を起こして焦点のズレた視線で前を見る。

 当然のごとく、僕たちを見て目をパチパチさせている。

「・・・・・・? 誰だ? 私の知り合いか?」

 その声質、喋り方はどこかで聞いたことのある、懐かしみを帯びていた。

「・・・・・・はッ? ど、どういうことだ? 私はどうしてこんなところにいるのだ? そして、なぜ何も着ていないんだ?」

 どうやら、この状況がよく分かっていないらしい。

 この子は自分の意志でここで寝ていたわけではない、ということか。

 そのまま、この子は続ける。

「というか、君たちは一体何者なんだ? もしや、私をこんな姿にして・・・・・・その、・・・・・・エッチ・・・・・・なことをしたのか?」

「その心配はないわ、安心しなさい。私たちが到着したときにはすでにあなたはそこで寝ていたのだから。あ、自己紹介が遅れたわね。私はエレナ・キャロット。で、このケダモノみたいな目つきの悪い男はウィズリー・リベリスト。ちなみに、調教はしっかりとしてあるから私以外の女に興味を示さないようにしてるわ」

「いつそんなことしたんだよ!? お前は初対面の人間に嘘を言わないでくれよ!」

「あぁあ、どうもご丁寧にありがとう。では、私もそちら方に倣って名を名乗ろう。しかし、エレナ・キャロットさんにウィズリー・リベリスト君・・・・・・どこかで聞いた名前ではあるな・・・・・・」

「?」

 その子はしばらく考え込んでいたが、首を傾ける僕たちに気がつき、「おっと、すまない」と言った。

「申し遅れた。私は、ビスケット・クッキー。好きな食べ物はセンベイだ」

 ビスケット・クッキーは笑顔でそう言った。

 その瞬間、僕の中で何かがぶん殴られたような衝撃が走る。

「・・・・・・ビスケット・クッキー・・・・・・?」

 やっぱりだ。

 やっぱり、この子と僕は以前どこかで会っている。

 はっきりとは覚えていないけど、僕は・・・・・・。











「・・・・・・ビスケット・クッキー・・・・・・?」

 僕はいつの間にかその名を反芻していた。

 覚えている。僕はその名前を聞いたことがある。

 しかも、ごくごく最近だ。

 だけど、詳しくは思い出せない。僕は知っているはずだ、この子のことを!

「・・・・・・どうしたのかしらね、ウィリー君。口をあんぐりと開けて、アホみたいだからやめてちょうだい。恥ずかしいじゃない」

「む、私の名前を呼ぶとは・・・・・・もしや貴様は天才か!?」

 いっぺんに突っ込まれた。

 とりあえず、突っ込みと言うよりボケに近いその発言に対して僕は、

「一つずつ順番に処理したいと思います」

 と、言った。

「まず、エレナ」

 僕はそのままエレナの方をジロリと見る。

 知らんぷりしているようだが、無駄ですよエレナさん。人の話を聞くときは人の方を見て聞きましょうねー。非常に話している方からすれば不快で落ち着きませんので。

「どちらかと言えば、私の方が不快だわ」

「どちらをとっても僕に不快が及ぶのですが・・・・・・いや、もういいや。とりあえず僕にアホと言わないように。他人へのそういう第一印象大切なんだから」

 すると、隣で座ったままビスケットが、

「ほう、ウィズリー・リベリスト君はアホであるか。これはこれはとても理不尽な人生を歩んできたんだな。あいや、心中お察しします」

 と言った。

「日本人かっ! あ、初対面の人に素で突っ込んでしまった・・・・・・申し訳ない」

「気にするな、ウィリー。私は日本大好きだからな・・・・・・って、あれ? 今、自然と口からウィズリー君のあだ名が出たぞ? ど、どういうことだ?」

 自然と出るものなのか?

 いや、それよりも驚いたことがある。

 この子からはあだ名で呼ばれた方がスッキリする。

「あ、あぁあ。すまない、気分を悪くしてしまったようだ。いきなりあだ名なんて使ってしまって・・・・・・馴々しいかな?」

 ビスケット・クッキーはそう言って頭を下げた。

 その状態で上目遣いで僕を見る。

 ・・・・・・まただ。これも、過去に一度見たような気がする。

「いや、そんなことねーよビスケット・・・・・・さん? あだ名で呼んでくれて構わないぜ」

「そうか。ならばお言葉に甘えるぞ、ウィリー! そして、私のことも『さん』とか付けなくていいぞ」

「お、そうか。まぁ、何でか知らねーけどその方が呼びやすいしな」

 そして、ビスケットはニコリと笑った。

 その、笑顔はやはりどこかで見たことがある。

 どう考えても、過去に僕とビスケットは会っているんだ。

「なぁ、ビスケット。今から聞くことは、とんでもなくしょうもないことだから聞き流してくれても構わない」

 確かめる必要がある。

 僕とビスケットは面識があるはずだ。

 でないと、こんなに早く馴染めるはずがない。

「うん。いいぞ。私はどんなどーでもいい内容でもどっしり受け止めるからなっ!」

 笑いながら答えるビスケットに僕は。

「僕たち、どこかで会ったことがあるよな?」

 そして、ビスケットは。

「そうか。やっぱり、ウィリーもそう思うんだな」

 と言った。

 そして、次の瞬間、頭に再度激しい刺激が走る。

 ゴツンッ、と。

「~~~~痛ってぇ!!! おい! おまっ、エレナ悪ふざけもいい加減にしろ! って、血が出てるじゃねーか!!」

 今度は水筒のどっちかって言うと先っぽが尖ってる方で殴ってきた。

 加減というドイツ語がわかっていない。

「あら、ごめんなさい。反射で殴ってしまったわ。いやん、ダーリン。今の私は浮気を発見次第ぶん殴るように設定されていまーす☆」

 何じゃそりゃ。

 お前はいつから新婚ほやほやのカップルが、

「ねぇ~? 見て見てダーリン☆ これ、『浮気発見機』だってぇ~」

「あはは、相変わらず面白いものをすぐに見つけてくる子だな、ハニーは。欲しいのかい??」

「う~ん、でもでもぉ~、私たちにそんな物必要ないもんね~。だってぇ、私たちは永遠の愛で結ばれてるもんね~?」

「はっはっは。全くハニーはいつもそんな小っ恥ずかしい台詞を言うな~。まぁ、その通りなんだけどな。はっはっは~」

 的な会話を繰り広げそうな機能を兼ね備えた!

 意味が分からん、怖い!

「そんな機能付けるな! くそっ、『自己修復魔法』・・・・・・!!」

 ちなみに、自己修復魔法は応急処置のようなもの。

 血が止まるだけなのに使用魔力は大きいので普通の人は使わないよ☆ 怪我をしたら病院に行きましょう!

「と、それは置いといて。あなた見たところ同じ年齢でしょう? ウィリー君が会う機会は学校以外余り無いはずだわ。なぜなら、基本ウィリー君は引きこもりだもの」

 いや、一つ突っ込みたいぞ。

「僕は引きこもりじゃない!」

 昼の公園に僕の叫びが響きわたる。

「ウィリー君。大声はまずいわ。人がきたら大変になる。ここは一旦ビスケットを連れて人目のつかない場所に行くべきだわ」

「なっ、私を人目のつかないところに連れていってどうするつもりだ? まさか、変なことを・・・・・・」

 どうやら、ビスケットには妄想癖があるらしい。

 よよよ、と泣きながら膝を崩しながら悲劇のヒロインを気取るビスケット。なんか不快だ。

 しかし、いちいち下ネタに持っていかないで頂きたいな。これは全年齢対象の健全なる物語だというのに、ヒロインの皆さんは恥じらい無く言い捨てやがってチキショー。

「と、言うわけだからウィリー君」

 どう言うわけだよ。

「そんな一行未満で終わるような浅い突っ込みはいいから、ビスケットを運びなさい。どうやら疲労が溜まって動けないようだわ」

「だから、地の文に突っ込むなよ」

「な、エレナ・キャロット!」

「エレナでいいわ」

「エレナ!」

 順応早っ。

「私は大丈夫だ! 一人で歩けないこともない!」

「何だかよく分からない、どっちでも取れそうな強がりね。でも、右足完全に動かないんでしょう?」

 エレナはビスケットの右足を指さした。

 裸足のため、その変化は見て取れる。

 若干の痙攣と薄黒い変色が見られる。

 言われなければ気づかないが、言われてみればビスケットは苦しそうだった。

「お前、ビスケット。怪我してんのか? いや、その症状は怪我っつーよりも・・・・・・」

「こ、これは・・・・・・」

 ビスケットは目をそらすが、そんな彼女にエレナは一言。

「訳ありね。でも、そんな事情は後でたっぷり聞いてあげるから、このデジャヴをさっさと晴らしたいのよ」

 デジャヴ?

「おい、エレナもやっぱり引っかかるのか?」

「ええ、そうよ。やっぱりこの子と私たちは面識があるもの。いつかは覚えていないけれど、確かにこの三人で話したことはあるはずよ」

「・・・・・・」

 僕はそれ以上は何も言わなかった。

 僕とエレナは今同じような心境だろう。

 この、ビスケット・クッキーと言う女の子は僕たちの何かなのだ、と。

「じゃあ、ウィリー君の家に来なさい」

「僕の家なのにあたかも自分の家のように扱わないでよ」

「少し黙ってなさい。ウィリー君のモノは私のモノよ」

 どこのガキ大将だお前は。

「そもそも、私の家からは遠いじゃない」

「まぁ、そうだけど」

 すると、ビスケットは「分かった。遠慮なくお邪魔させてもらおう」と言う。

 こうなったら、後には引けないか。

 仕方なしに僕は二人を引き連れ自分の家に帰ることにした。


 記憶はない。

 記録していない。

 何も覚えていない。

 カビ臭いにおいと、滴る水滴の音がする。

 小さな、四方を完全に遮断された部屋だ。窓さえもない。

 ここはどこだ。

 私は何をしていた。

 今はいつだ。

 心の中で自問自答するが返答は無かった。

 何だこれは。

 なぜ私はこんなところにいる。

 ただ四方を無機質な物体で囲まれただけ。

 暗い、寒い、つらい。

 私は口を開く。

 助けて、と。

 何度も何度も、声にする。

 助けて、と。

 返答はない。声も反響しない。

 頭の中でぐるぐると回る感覚。

 気持ち悪い、暗い。

 助けて。

 助けて。


 ドアを開くと、誰も出迎えてくる者はいなかった。

「あれ、お母さん出かけてるのか?」

 しーん、とした家からは返事はない。

「なら、好都合だわ。今のうちにお邪魔させてもらいましょう」

 エレナはひょいと僕の脇をすり抜けて、玄関へと勝手に進入する。ビスケットもそれに続いた。

「お邪魔します、くらい言えよ」

「「お邪魔しまーす」」

「はぁ・・・・・・」

 息ピッタリだ。ウンザリくるものがあるな。

「さて、ビスケット。お前、そのままの格好じゃ僕の内心的な状態に深く影響を及ぼすため、早急に服を着てもらおうか」

「ふむ、了解だウィリー」

 ビスケットはそう言って、洗面所に向かう。

「どうして、洗面所の場所を心得てるんだよ・・・・・・」

「おそらく勘よ」

「勘でどうにかなるか?」

 僕は若干あきれたようにエレナに聞き返した。

 が、スルーされてしまう。

 エレナもビスケットの元へ行き、「これなんかいいんじゃないかしら?」とか言って、助言をしている。

 不意にこんな会話が聞き取れた。

「あら、あなたも私と同じでスレンダーだわ」

「むむっ、そうだな。エレナも私と同じじゃないか」

「見た感じBってとこね。はぁ、どうやったらこの部位だけに栄養がいくのかしら。逆にここだけに栄養がいくあの馬鹿はなんなのかしら」

「バカ?」

「アルヴィーナ・ブックマンとか言われる爆乳ビッチよ。胸だけ私に渡して死ねばいいのに」

「アルヴィーナ・ブックマン・・・・・・? なんか聞き覚えがある名前だな・・・・・・」

「そう言えば聞いたことがあるわ。胸はあることをすれば大きくなると」

「それは私も聞いたことがある。確か、お互いに揉むのだろう? こう、むにっと」

「違うわ。それも正論だけれども、もっと効果的な方法があるのよ」

「な、なんだと? 一体どうすればいいんだ?」

「私を主人のように敬えばいいのよ」

 よくねえよ!!

 しかし今、面と向かって突っ込みに行くには些か勇気がいる。

 いや、流石のビスケットも気付くはずだ。もしこれで、首を縦に振ったらビスケットは真のアホだと言えよう。

「なるほどー!」

 アホかーーーーーー!!!

 心の中で大絶叫する。

「分かったぞ、エレナ。いや、ご主人様! では、具体的には何をすればいいのだ!?」

「そうね、メイドさんと言ったら何かしらね・・・・・・。メイド、メイド、冥土、メイド・・・・・・、あ。そうだわ」

 一瞬、物騒な単語が混ざったがスルー。つーか、スルー以外どうすればいいのか皆目見当もつかねえ。

「メイドと言ったら、これでしょう」

「お、おぉ! それは・・・・・・」

「エプロンよ」

 彼女は決めゼリフ的に言った。


 数分後。

「お待たせ、ウィリー君。少し時間がかかってしまったわ」

「あ、うん。そうだな。まぁ、何してたかなんて聞いてたら分かるけど」

「ふふ、立ち聞き? 質が悪いわね。ーーいいわ、入ってきなさい」

 かっこよく指をパチンと鳴らし、洗面所からビスケットがでてくる。

 若干とはいえ日焼けした腕。しかし、膝から下は真っ白の足。

 って、ちょっと待て!

「よ・・・・・・予想外だっ!!」

 もじもじとした態度でビスケットは腕で秘所の前に持ってきて隠すそぶりをする。そして「あまり、み・・・・・・見ないでくれ・・・・・・」なんてことを言っている。

「そう、ビスケットはウィリー君の予想を遙かに超えているわ。つまるところ、裸エプロンよ」

 裸にエプロンという奇抜な格好で登場したビスケットにエレナは一人で拍手を送る。

 ・・・・・・胸を張っているところ申し訳ないんですが、エレナさん。

 それ、さっきの布一枚とほぼ変わらなくね?












 無論、裸エプロンで会議など出来るわけがないので一段落ついてから脱いでもらうことにした。

「むむ・・・・・・。まぁ仕方がないか」

 僕に脱げと言われたビスケットは少し渋る。

 見ないでくれ、と言っていた割には余り進んで脱ぎたがらないな、と思っていると当然だった。

 何とその場で脱ぎだしたのである。

 そりゃ、男子の目の前で脱ぐというのはかなり根性いるからね。

「じゃなくて!!」

 僕が一人心の中ノリツコッミをしたその瞬間。

 ズガンッ! と日常生活において聞きそうにもない音がした。

 その音に驚き僕は恐る恐るその床を見ると穴が開いていた。直径2センチ位の小さな穴。

 そこから煙がでているあたり、おそらく弾痕。

「って銃!?」

「違うわよ。ライフルよ」

 どこから取り出したかは分からないが、さっきエレナは回転銃の銃口を僕に向けて威嚇射撃をしたのだ。

 ・・・・・・この子パネぇ!!

 僕は頭を押さえこれから先が思いやれると考えつつ言った。

「いいからビスケット。頼むから目の前で脱ぐのはやめてくれ。いろいろ危ないから」

「あぁあ、ウィリーが止めろと言うのなら承知するが。なんだか人前で脱ぐのは恥ずかしいけどゾクゾクくるな!」

 ビスケットは両手を握って胸の前に当てて「トキメキのポーズ」をとった。

 目を輝かせて言う彼女に僕からのアドバイスはあるわけがない。

 ただ、控えめに頷くだけだ。

「うん。二人の性癖はよく分かったわ。じゃあそれらを加味した上で会議を始めましょう」

 エレナは何事もなかったかのように取り仕切り始める。

「ちょっと待て! 今のやりとりで僕の性癖が分かるのか!?」

「丸分かりよ」

「すげぇ!」

「相手の視線を読むだけで何フェチかが分かるわ」

「それはまぁ、注意してたら分かりそうなものだけど・・・・・・」

「あら、ウィリー君。一体何の話をしているのかしら? 今から会議を始めようと言うのに修学旅行にきた学生気分ですか?」

「その台詞をそっくりそのまま送り返したいわっ!」

「手数料が必要です」

「Amaz●n!?」

「アマゾネスよ」

「とりあえず突っ込みづらいボケをかますのは止めてもらえませんか? 意味が分かんねえよ! としか突っ込めないから。バリエーションが少ない突っ込みだなとか思われるから」

「うるさい。地獄に堕ちろ」

「黒っ!」

「では本題に入ろうかしら」

 エレナは例の如く僕をスルーして本題へと移り変わった。

「何も覚えていない、つまり記憶喪失というわけね?」

 視線を向けられたビスケットはまじめな顔をして答える。

「あぁあ、うっすらとしか覚えていない。今日が西暦1939年ということしか・・・・・・」

「いや、ぜんぜん覚えてねーだろ。何で第二時世界大戦勃発してんだよ」

「落ち着きなさい、ウィリー君。間違いは誰にだってあるでしょう?」

 エレナは人差し指を立てて僕に注意してきた。

 微妙に腹立だしい。

「でも、とりあえず二人にはどこかで会っているような気がする。それも、ごくごく最近・・・・・・」

「・・・・・・そうね。最近と言えば夏休みになってしまうんでしょうけれど、生憎私たちは夏の間ここにはいなかったもの。つまり、ビスケット。あなたの言い分が正しければ夏休み以前。そして、私とウィリー君を覚えているのなら二人が一緒だった場所、つまり学校あたりが狙い目ね」

 エレナはたったあれだけのヒントでここまでの事を推測した。相変わらず魔法以外はぶち抜いて天才だ。

 学校で会っているという推測は確かに・・・・・・。

「ん? いや、エレナ。それおかしくないか? 僕とお前の家は全く真逆だから一緒に帰ったことはないから(遊びには行ったけど)校内でしか二人一緒になれないだろ? でも学校内に部外者は入れないことになってるぜ?」

 僕はふと思いついた事を述べてみる。

 そう、聖ダイア魔法学校は小級中級上級のどれも部外者は立ち入り禁止と言うことになっている。一応、国の保護を受けている生徒や研究者たちの出入りがあるから、命を狙われる奴も中には居たりする。

「そうよ。だから私は一つ仮定してみる」

 エレナはもう一度人差し指を上げて片目をつむって言う。

「ビスケット・クッキーは我が校の生徒であった、と」

「はぁ!? いやいやいや、無理矢理すぎるだろ? 何でそんな結論に陥るんだよ?」

 僕が否定をするとビスケットも頷く。当たり前だ、エレナのこの仮定はぶっ飛びすぎている。

「そう、仮定よ。まだ決まった訳じゃない」

「・・・・・・」

 エレナは僕の意志を汲み取るように否定を打ち消す。

「では、私たちにもビスケットと同じように。何故ビスケットに対してデジャヴがあるのかしら? その共通項をどのようにして説明すればいいのかしら?」

 エレナは僕に問いかけて、いや。誰かに問いかけて言った。

「答えを仮定するならば、こう。『ビスケット・クッキーは我が校の生徒であった。しかし、異能の存在は明らかにせずある日を境に発現させ現在のような状況になった』と」

 僕はビスケットを横目にちらりと見る。

 彼女はただ、肯定も否定もせず下を向いていた。

 何だ、この異様な彼女の雰囲気は? まるで、何かを押さえているような・・・・・・。

「その異能というのが漠然として言えばこんな感じ。『記憶を消す異能』または『記憶を奪う異能』」

 エレナは異常にチートな異能名を出した。

 記憶を消す、奪う?

「ちょっとまてよ。そんなチート異能だったら、それこそ研究者に捕まって国に送られてモルモットだ! 異能の存在は進級の時に確かめられるんだぞ? そんな能力隠す方が不可能・・・・・・」

 しかし、エレナは僕の言葉を遮った。

「だから、つい最近発現したのよ。おそらく、ね」

 エレナはそう言ってビスケットを見た。

「何をしてるの??」

 俯く彼女に冷たく質問するエレナ。

「・・・・・・べ、別にっ、何も・・・・・・!!」

 しかし、明らかに彼女の声には焦りが見えていた。

「何もないように見えないわ。どうしたの? あなたの異能に何か関係があるの?」

「そっ、そんなこ・・・・・・とは!」

 そして、次の瞬間ビスケットは頭を押さえだした。

「っ! ぎっ、あがっ!! い、いやだ、で、出てくるな! 止めろ! うるさい、止めろ! あ、っぎぃいあ!! 黙れ! 黙れ!」

 髪の毛を振り乱しながら、涙を流しながら錯乱し始めるビスケットに僕は動揺する。

 ど、どうしたというのだ?

「あ、あああ!! ひ、がぁああ! ぐぎぃあっくぁあ! うるさい! 私じゃない! こん、こんなの、私じゃ・・・・・・! 私は!」

 ガンッ! と頭を打ちつける音。バリバリ! と皮膚をかきむしる音。 ガリッ! と指を噛み潰す音。

 ガンッ! バリ! ガンッ! ガリッ! ガンッ! バリ! ガリ!

「お、おいエレナ!? これは一体・・・・・・?」

「おそらく、この子の異能・・・・・・の本体よ。強すぎる異能に飲み込まれてる・・・・・・」

 次第に辺りは飛び散る血痕で赤く染まっていく。

「あ、あ、あ、あっあああああ!!! い、いやだああああぁぁあ!!!!」

 最後に叫んだとき、それまでとは比べ物にならないほどの、不快な音がした。

 ドボン、と。

「・・・・・・・・・・・・!!!??」

「自分の体で起こってたこととは言え、いざ見てみると余りいいものではないわね・・・・・・」

 エレナはそう呟いた。

 何のことはない。

 のたうち回って、叫び尽くして、壊れた彼女の口から大量の血とともに。

 体長15センチほどの赤黒い12本の足を持った蜘蛛のような生物が現れた。

「う、ひぎぃ・・・・・・、痛い、痛いよぅ・・・・・・」

 ビスケットはそのまま泣きながら床に突っ伏している。

「エレナ! どうすりゃいい!?」

「まずは、その蜘蛛から離れた方がよさそうだわ。ウィリー君はその蜘蛛みたいな奴を見張って! 私はこの子の応急処置から始めるから!」

 エレナはそう言って急いでビスケットの方へ向かう。

 蜘蛛はしばらくじっとした後、ゆっくりと動き始めた。

 エレナはそれには目もくれず、ビスケットの息を確かめ、その場を少し離れる。

 しかし、その間中蜘蛛の動きはゆっくりだ。

「お、おいエレナ! これ殺せそうだぞ!? どうする!?」

 スリッパでひっぱたいたら即撃退できそうだ。

「待ちなさい! よく見なさいその蜘蛛! 異様に脈打ってるわ!」

 エレナが指摘したとおり、よく見てみると確かに不気味に脈打っている。

 大きさといい、形といい、色といい、何だか心臓みたいな奴だ。気味が悪い。

「たぶん、それ心臓よ。この子、脈はあるのに心音がしないもの」

「ええ!? マジで!? でも足12本あるぞ!?」

「それがこの子の異能よ! 迂闊に近づかない方がいいわ!」

「え、うん! 了解!」

 僕はそう言ってエレナとビスケットの方に行く。

 蜘蛛はまだゆったりとしか動かない。これならしばらく目を離しても大丈夫だろう。

「エレナ! お前は魔法使えねーんだろ!? 僕もそんなに得意じゃないけど、気休め程度に手伝う!」

 僕はそう言ってエレナの加勢にはいるが。

「バッ・・・・・・カ!! 見張ってって言ったじゃない!? ダメよウィリー君! 目を離したら・・・・・・!!」

「え??」

 言われて僕は振り返る。

 ・・・・・・いない!?

 そんなバカな!? まだ目を離して5秒くらいだぞ!?

「嘘・・・・・・!! 逃がしたの!? いや、もういいわ! 手伝って!」

 エレナは一瞬怖い顔をしたがすぐに表情を戻した。

「・・・・・・ッ! ごめん!」

 謝るが、エレナは答えなかった。

 僕はそのままなけなしの魔力を振り絞り、全力でビスケットの治療に当たった。

 その蜘蛛が、僕たちの、いや、この街の最大の驚異であり狂気になることも知らずに。

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