白いオーラの少年
★ ☆ ★ ☆
「ちっ、やっぱり力を使いすぎたか。
ダーク・ブレスをつけてることもあって調子に乗りすぎちまったぜ。
……っ、頭が」
ようやくこれから勢いを増そうとする魔王の子・ユウだったが、何故かその場で頭を抱え、うずくまってしまう。
決死の覚悟で飛び出したロックだったが、その姿を見て、立ち止まる。
「うるせぇ、今は戦いの最中なんだ。
せっかくのお楽しみを、とめるんじゃねぇよ」
ユウは頭を抱えながら、まるで独り言のようにつぶやく。
苦痛に耐え、その声には先ほどまでの余裕は感じられない。
「こんなお楽しみの途中でお前は、代われって言うのか?
ふざけんじゃねぇぜ、俺はそんなのごめんだ」
「何をぶつぶつといっている、魔王。
早く立って、私と戦え」
「うるせぇよ、今はてめぇとしゃべってんじゃねぇんだ、黙ってろ。
お前程度、いつでも殺してやるからよ」
言葉自体は代わらぬものの、やはりその声には力が感じられない。
ロックはチャンスだと、頭で感じていたし、過去の経験上、弱っている相手にとどめをさすことに汚さをも感じてはいなかった。
自ら動き、やつの命を絶ちたかった。
だが、ロックは動けなかった、体が、本能が動かなかった。
魔王の子自身の力は弱まっているが、何か別の、恐ろしい何かの力が高まっていることをロックの体は無意識的に感じていた。
「(他の誰かでもない、この世界には私と魔王の子と女性のみ。
あの女性でもない、この力は一体、何なのですか?」
「限界かよ。
くそぉぉおおぉおおお!!」
魔王の子はむなしくも、天空に向かって叫ぶ。
それと同時に彼の体は、異常なまでの白い光が体から発せられ、あたり一面に広がっていく。
「うっ、何ですか? これは!?」
「ユーラス君!! ……もしかして、これは」
その光にまぶしさに、ロックも新山美由も眼をつぶってしまい、そのとき、どうなったか解らなかった。
戦場において、眼を瞑るということは死を現す、そう思っていたロックだったが、眼を開けたとき、自分は生きていた。
目の前の光景は変わっておらず、きちんと自分のフィールドもいきている。
いや、変わっていないというのは、間違いだ。
「変わって……いる」
そう、いままで魔王の子であった長髪の白い髪の姿が、短髪の黒い髪に。
オーラも膨大さは変わらないもののまがまがしい黒から白へと。
何が起きたのかはロックには解らない、だが一つだけ解ることは。
この白いオーラを放つ少年こそが、先ほど自分に恐怖を与えた張本人であると。
「あなたは……誰なんだ?」
他に聞きたいことが山ほどある中、自然と口から出た言葉がそれだった。
魔王でないことは解っていた、そのためロックの物腰と口調は柔らかくなっている。
「……」
だが、そこにいた黒い髪の少年はロックの問いには答えず、うずくまった状態から立ち上がり、ロックを見返すだけだった。
「(普通の……日本人の子供?)」
生まれながらにして、とてつもないオーラを保有する子供は、存在する。
それはロックも自分の経験上、そういう子供を見てきたし、理解もしている。
ただ目の前の少年は、そんなものとは比較にもならないレベルの、しかも直接の魔族や神族の系譜のない日本人が、自分を圧倒させる。
魔王の子もかなり若かったが、この白いオーラの少年はさらに若い。
ロックは正直、よくわからなくなっていた。
「答えなさい、あなたは何者かと聞いているんです!」
確信はないが、ロックは心の中では魔王の子なのではないかと思う。
同じ場所から、同じ体勢でいるものなど他にいない。
だが、魔王の子から感じていた恐怖をこの少年から感じないため、いまだ核心に至らなかった。
「……」
ただそれでも白いオーラの少年は口を開こうとはせず、ただじっとロックの眼を見つめる。
少年の瞳は、魔王の子とは対照的で、魔王の子が赤く薄黒いのに対し、少年の瞳はエメラルドグリーンのようなライトブルーのような、という以前に両目とも色が違うオッドアイ。
右目がライトブルー、左目がエメラルドグリーンで、よく澄んだ瞳だ、何もかも吸い込むかのような。
「何故何もしゃべらない?」
「……意味がない。 僕が問いに答えたところで君にとっても、僕にとってもなんら変わらない。
変わったとしてもゴミくずが数ミリ動く程度だ。
それに、僕がそれを言ったところで、あなたには理解し得ないし、判断することなんてできない。
人間が人間であることを証明することくらい、僕とユーラスのことを説明するのは難しい、僕はユーラスであり、ユーラスは僕であるのだから」
少年の声は幼く、しかし大人びていて物静かな語り口調であった。
「ユーラス? まさか魔王のこの名前ですか?
ならばあなたは魔王の子と繋がりがあるということで間違いないか?」
「五分と五分。 僕はユーラス、ユーラスは僕であると同時に、僕はユーラスでなく、ユーラスも僕じゃない。
人間は人間であって人間でない、それと同じだ。
それは君も同じでしょ? 君が君であるなど何で証明する? 根拠は?理由は?意味は?」
「何をわけのわからないことを。
単純に言えばあなたは魔王の子なのだろう? 私にとって、それだけで十分だ」
「愚答。 答えがないものに答えを用意するなど。
せっかく僕が助けた命を、あなたは愚答のせいで粗末にするのか?」
「それこそ愚問です。 わたしにとって任務が最優先。
私の命など安いものだ!!」
白いオーラの少年を魔王の子と考えたロックは、再びオーラを高めていく。
フィールドも生きている、オーラもまだ残っている。
いくら膨大なオーラを保持していても、この空間内でなら且つ自信がロックにはあった。
「単純なんだね、それだけ龍才は慕われているのか……。
惜しいな、君は嫌いじゃないんだけど」
少年は不意に右手を上げ、先から異空間を出現させる。
そして、その中に手を突っ込む。
「仕方ないよね、向けられた刃には刃で返す。
僕たち、能力保持者はそういう風に作られているんだから」
少年が異空間から手を引き抜くと、その手には身の丈ほど大きく、まばゆいばかりの光を放つ剣が握られていた。
少年は軽々とその光を放つ剣を天へとかざす。
「何をするつもりですか? それにその剣、光を放っているということはあなたは神族か?」
光、白いオーラ、これらからロックは少年は神の血を引く神族、つまり天使側の人間かとふんだ。
だがそれと同時に、疑問も浮かび上がる。
魔王とつながりがあるこの少年は神族なのだとしたら、なぜ魔王とつながりがある?
お互い天使と悪魔で対立しているんだぞ?、と。
「神族、とは少し違います。
僕はくだらないおもちゃ、神族は誇り高い生物、似つかないといえばそこまで。
似ているといえばそれも一興」
「? 何を言っているのですか? あなたの話はさっぱり解らない」
「あなたは知らなくていいこと、理解し得ないこと、故に兵士である。
どちらにせよ、あなたは知る必要はないですよ。
此処で死ぬことを選んだのですから」
何の解説もなく、表情を変えるでもなく、ただ淡々と話していく少年。
ロックとて馬鹿じゃない、一般教養は持ちえているし、オーラや能力の構造に関しての知識は、開発の遅れている日本よりは詳しかった。
なのに、ロックには、少年の話していることがいっぺんも理解できなかった。
「新山美由、あなたは離れているといい。
巻き込まれても僕は知らない、とはいえ彼に恨まれるのも勘弁したいことなので、やはり離れていてください」
「やっぱり、あなたが勇君……。
でもあなたは私を」
「今、僕にその気はない、龍才はどうだか解らないけど。
彼が君と交わした約束がある限り、僕に殺意はない。
安心するといい……あなたにはあるかもしれないですがね」
「……」
一言二言交わすと、美由は少年の言うとおり少し離れた場所へ移動した。
そして、美由は思い知った、自分が昔と何も変わらないことを。
どんなに年を重ねようと、自分は無力。
昔と変わらないじゃないか、何もできないでいる、子供の自分と。
かつての自分と変わらない自分に腹が立つ美由、同時に未来は自分がいくらあがこうが変えられないものだとも再認識する。
「さて、おしゃべりもこれくらいにしますか?
いまさら命乞いは遅いですよ、ロックさん?
自分で選んだことだ、責任は持たないと」
「覚悟はある、なければ私は兵士失格だ」
「ふふっ、やはり惜しい」
何をするわけでもなく、勇はただ剣を天にかざしている。
だが、あろうことか、誰もが眼を疑うことが起こった。
突然、ロックの発動していたドリーム・ワールドである紫色の世界が、まるでガラスが割れるかのように音を立て、崩れていったのだ。
「なっ!? なぜ!?」
当然、ロックのオーラが消耗しすぎたわけではない。
余力すら残っている。
だが、現に能力は壊されている、少年によって。
本来、世界観を変えてしまうフィールド能力を消しさることなんて不可能に近い。
同じフィールド系で、打ち消しあったり、何か核のようなものに衝撃を与え、核ごと破壊する方法はあるものの、
ロックの能力には核がない、あるといえば自分自身だろう。
ロックはそれらを踏まえたうえで驚いていた、少年がフィールド系能力を使った形跡もなく、ロック自身に何かしたわけでもない。
理解不能だった。
「ただ剣を振り上げただけで……私の能力を。
ありえない、なんなんですか、あなたは!?」
「オーラ・能力に絶対はない、それは何かしらの理であっても。
定義・絶対というのは所詮、人という生物が決め付けたものでしかない。
そもそも能力の詳細なんて誰が決めたんだい?自分自身で理解しているだけだろう?
使い方によっては他にもあるはずさ、応用すれば。
逆に聞こうか、定義とは?絶対とは?能力とは?オーラとは?
……さらにその先にある物事に対して、君は答えられるのかい、ロックさん。
所詮はその程度、ちょっとしたゆがみで人間の決め付けたことなんてすぐに崩れる。
答えがあるとするなら、僕がそのゆがみを作り出したに過ぎない。
そして君は」
勇と名乗る少年は、剣を振りかざしたままロックへとゆっくりと近づく。
当然、ロックの能力は働いていない、勇と名乗る少年がゆっくりと動いているに過ぎない。
ロックは動かない、いや動けない。
能力を破られた瞬間、ロックのオーラは最小限までに引き下げられてしまった。
おそらくは能力の代償、契約時に能力が自身の意思とは別に破られたとき、オーラをなくすという条件を自分に課したのだろう。
才能と能力の強さが見合わないほど、こうやって自分に条件を課して能力を得ていく。
それは能力が強力であればあるほど。
動けないロックへと徐々に近づいていく少年、そして
「ここで、さよならだ」
かざしていた剣を、ロックへと振り下ろす。
体の動かないロックはよける術も、防ぐ術もなく、終わったと思った。
が。
「間一髪、間に合ったようだな」
振り下ろされた剣は、ロックに届くことはなかった。