少女たちの迷い
□ ■ 三日目・服部夢 □ ■
3日目、朝。
昨日の晩、立花遊と海岸で話していたのだが、立花遊は突然ふっと姿を消した。
と、思いきや一瞬で姿を現す、立った状態ではなく、しゃがみこんだ状態で。
そのときは何の手品かと思ったけど、今考えたらあれはそんなものではなかったのではないかと思う。
何はともあれその場で立ち上がった立花遊だったけれど、かなり衰弱している様子で、すぐにふらふらと、私のほうへと倒れこんだ。
……どれだけ衰弱していたのかあたしにはわからなかったけど、全身の体重が私の体に乗っかり、感じた。
重いと。
……今までのどんなものより、重かった。
……色々な意味で。
立花遊だと思っていた、でも今思うと……ちょっと違うんだけどでも似ている、立花遊にも勇にも。
でもどちらとも違う……と思われる男は、
「……おう、あんたが夢かぃ? へへっ、聞いてた通り気ぃ強そうだなぁ。
まぁ、いいや……時間すくねぇしなぁ。
勇からの……伝言だ……。
迎えに行くってよ、必ず。……これは俺の独り言だけどよ……辛いだろうけど、あと少しの辛抱だ。
……自分からは動くなよ」
そういってそいつは力尽きるように眠った、私の問いに答えることなく。
その後も大変だったわよ。 そいつを宿の立花遊の部屋まで連れ帰んなくちゃいけなかったし……当然一人でね!!
全く冗談じゃないわよ、あいつ、今は眠ってるみたいだけど、AD高校まで帰ったら覚えてなさいよ。
それにしても……勇。
ようやく……やっと会えるのね。
全くどれだけ人を待たせりゃ、あんたってやつは。
迎えに行く、か、ってことはTMA2にいればいいってことよね。
……私の性はあわないんだけどね。
でも此処で動いて、またすれ違いってなったら元も子もないわね。
それに……あいつの言葉、何か引っかかる物言いだった。
何かある、ことをあの弱っていたやつは知っている。
……あの男が眼を覚まして、問いただすのが一番手っ取り早い。
けど、あいつがもし立花遊に戻っているとしたら?
そもそも、あいつは立花遊だったの? マジックや手品の類ではなく、立花遊自身、他の人間とに入れ替わっているとしたら?
でもそれはないと思う、顔がまるで同じだったし、同じ服装をしていたから。
なにより、そいつの着ていた服はずぶぬれだったのだ。
雨はとっくに上がっていたし、振っていたとはいえ小雨、ずぶぬれのいなるほどではない。
つまり入れ替わってはいない、あれは立花遊。
けどあれは立花遊ではない……二重人格とかなのか、それとも……。
いずれにせよ、元の立花遊は勇の存在を知らなかった。
昨日の男は存在を知っていて、それを否定しようとしなかった。
……あの男は聞けば答えてくれるのだろうけど、立花遊に戻っているのだとしたら、答えは出ないままだ……。
「まぁ、いいわ。 聞こうが聞くまいが、私はあのTMA2区画、AD高校で待っていれさえすればいい。
……それに、あの男に聞く前に、もっと重要な話をしなきゃね」
□ ■ 三日目夕方 ■ □
立花遊が戦いつかれ、部屋で一人休む中、残された風紀委員4人は委員長・夢による呼び出しで、ロビーに集まっていた。
内容は単純なもの、夢の知りたいことである。
世界のこと、遊・勇のこと、それぞれが隠していること。
……おそらく夢には女性同士、何か感じるものがあり、隠し事をしているのが解っていたのだろう。
対する美由、ユイも隠すことなく話した、夢が知ることのできる範囲で、自分たちの関係が崩れない程度に。
良くも悪くも、夢は多くのことを知ることができた。
遊の現状に至るまでの経過、遊を取り巻く世界の流れ、それぞれの、そして自分の役割。
つまりは夢の知らないことを唯と美由は知っていて、そのことを夢は知ることができた。
結果としては似たもの同士なのだ、夢も美由も唯も。
だが夢だけは、遊については何も知らず、美由と唯は知っていた。
何故こうも違いが出てしまったのか? 当然のことだ。
夢は日本の普通の人間、無能力者であるべき存在だったからだ。
勇と出会うことさえなければ、夢は今もTMA2区画外で普通の、一般人としての生活を送っていたはずだ。
能力者としての資質はなく、何の害もない。
一般人として、生きていけたはずだった。
でも勇に出会ってしまった、彼に興味を持ってしまった、彼に違和感を感じなくなってしまった。
万に一つも、能力者たちの探索系能力にも見つからない、機械による能力探査機にも反応しない、見つかることのなかった彼女、服部夢は立花勇という少年に会ってしまったために、今、こうして能力者しかいないTMA2区域にいる。
そんな一般人に近かった彼女が、唯や美由の大それた話を聞いて納得できるわけがない。
だが、彼女は理解し納得した、自分に託された使命さえも。
彼女は思ったのだ、その使命を果たせば勇と……私たち3人で、もう一度あの楽しかった日に戻れると、確信したから。
勇を変えられることができるのは、自分が動かなくては、使命を果たさなくてはならないと思ったから。
話が終わり、四人は解散となった。
その中で、清水冷香は、自分が聞いてもよかった話なのか?と疑問に尋ねたが、今まで話の中心にいた3人は、冷香は信頼できる友達だから、といった。
そして彼女たちは解散していった。
美由と冷香は一緒に外へ。
夢は一人考えたいと、自分の部屋へ。
唯は自販機のある休憩所へと。
□ ■ 新山 美由・清水 冷香 ■ □
「もう、夕方ですか……時がたつのは早いですね」
「えぇ、本当に」
「どうしたんですか、冷香ちゃん? そんな深刻そうな顔をして。 海に来たんですからもっと」
「……解らないんです」
「解らない?」
「私には任務があります、その状況によってはあなたたちを殺さなくてはならない」
「……うん」
「私にも信じるもの、護るもの、成すべきことがあります。
私は騎士です、信じ、護るもののために使命を果たすのは当然です」
「私たちと同じだね」
「そのためにはどんな泥をかぶろうが、悪行を行おうがかまわなかった。
でも、友だけは、裏切りたくない」
「……」
「あなたたちは、私を友と呼ぶ。 いまだかつて鮮しか友のいなかった、どう接したらよいかわからなかった、刀を振るうことしかできない私を友と」
「……冷香ちゃんはどうおもってるの?」
「当然、皆友達です、いえ、それ以上だと私は思っていますよ。
でもだからこそ苦しいんですよ、私のターゲットにかかわりのあるあなた方を、友を殺さなくてはならない。
私は……私はどうすれば」
「……夢ちゃんがさ、冷香ちゃんも交えて話をしたよね?」
「え?」
「冷香ちゃんも解ってるとは思うけど、立花君の過去に関わりがあるのは冷香ちゃんを除く三人。
「本来なら話すべきじゃなかった。 だって冷香ちゃん、立花君の過去について調べてたみたいだし」
「気づいていたのですか?」
「うん、薄々気づいてたけど、昨日のお風呂の時の話で確信したよ」
「……お察しの通りです、革命軍に中立の人間を引き込むというのは仮の任務、私は立花遊について、調査を行っています」
「……調査、だけ?」
「事と次第によっては、です。
関係が無ければそのまま革命軍の一員として働いてもらいます」
「……やっぱり優しいね、冷香ちゃんは」
「優しい? 一体、何処が優しいというのですか? 友を、貴女たちをも殺そうというのですよ?」
「……もう調べはついてるはずだよ、立花君がターゲットだって。
そうじゃなきゃ、私と立花君、ううん、彼のことを知ってるはずがないよ」
「何を根拠にそんな」
「なら言うよ、貴女の、いえ、陽介君のターゲットは立花君だよ。 間違いなく、ね。
それに、そのことに関わってるのは私とユイちゃん、直接ではないけどね」
「……認めるのですね」
海辺で話す二人。
海の向こうを向いたままの新山美由に、清水冷香はその背後まで近寄っていき、美由の背中に異空間より取り出した刀を突き立てる。
「うん、事実は事実だしね。 多分、言わなかったらずっと今までのまま、普通の学校生活を送っていられたんだろうけど……ゴメンね、冷香ちゃんを迷わせるような真実を伝えちゃって」
「何故、何故なんですか?」
「うん?」
「なんで、言わなければ知られなかったかもしれないのに、殺される可能性もないのに、友達でいられたのに、何故なんですか!?」
「……さっきも言ったよ? 信じてるからだよ」
「何を信じると? 私の何を?」
「冷香ちゃんだけのものを信じてる訳じゃないよ、私達が友達であること、だよ」
「友達で、あることを?」
「うん、特に長い付き合いでもない、なにかあったわけでもない。
でも、冷香ちゃんも言ったでしょ? 私達は友達だって」
「……」
「だから、裏切られても構わない、殺されてもいい。
きっと、みんなおんなじ気持ちだよ」
「……そうやって、皆、私の刀を惑わせるのです。
一体、私はどうすれば」
そして冷香は美由に向けていた刀を下ろし、刀はそのまま自然と消えてしまった。
美由は冷香を抱き留め、冷香はそのまま美由の肩で泣いてしまった。
「大丈夫だよ、冷香ちゃんは自分の思ったまま、自分の正しいと感じたままに行動すればいいんだよ、なにかに縛られることなんて、されなくていいんだよ」
「……わかりません、何が正しくて、私は何がしたいのか」
「少しずつでいいんだよ、ゆっくり考えていけば。
……私と一緒に考えていこう?」
「はい」
「でも、冷香ちゃんはきっと立花君のこと、殺すことなんて出来ないよ」
「……なんでそう言い切れるんですか?」
「だって、私と同じ気持ちで、立花君が好きでしょ?」
「……今更、否定はしません」
「私は皆が幸せになれればいいから、独占欲はないから全然大丈夫だよ」
「新山先輩といると、必ずそういう話になりますよね」
「当然だよ、女の子は恋ばなが基本なんだから」
しばらくして清水冷香は泣き止み、海辺に新山美由一人残して、美由にお辞儀をして宿へと帰っていった。
新山美由は依然として、海の向こうを眺めているままだった。
次第に日も落ちていき、彼女の知る海となった時、美由のもとに、一人の青年が現れる。