あのときのこと
「……それもそうなんだけどね。
でもあんたはどこか……それにあのときの言葉もあるし」
「言葉? 俺はなんか言ってたのか?」
俺が惚けているのかと思ったのかは解らないが、夢は口を大きく開き驚く。
「あんた覚えてないの!? ほら、初めて会ったときよ」
俺なんか言ったけ?
はじめてあったとき……。
俺は泣いていた、一人蹲りながら。
三人の男の子たちに囲まれながら。
『その三人の子達は僕をゴミのような眼差しで見下ろし、何か暴言のような言動をただ延々と続ける。
そんなやつらから僕は戦うことも逃げることも、あまつさえ立つことさえ出来ずにいた。
ひざを抱え、ダンゴムシのように丸まり、ただ泣いていた。
別に能力が使えるとばれたわけじゃない、たまたま通りかかったその3人組に絡まれただけだった。
能力でそいつらを静かにさせることは難しいことじゃなかった。
でもそんなことは出来ない、そんなことすれば僕は、|僕たちはまた生きる場所を追われてしまうから、世界から必要とされなくなってしまうから。
苦しいことじゃない、黙っていればいずれこの3人組だってつまらなくなり、どこかに消える。
暴言だって、僕にとってはただのわめき声にしか聞こえてなかったし、本質的な苦しみにはならなかった。
なにより、僕一人がこの痛みに耐えれば、彼らがこれ以上苦しまずに済む。
彼らがこれ以上苦しむ、それだけは避けなきゃならない、彼らの深い苦しみや悲しみを理解してあげられる僕がなんとしても護らないと。
そんなときだった、あの女の子と出会ったのは。
黒い髪で短く、一見男の子のように見えてしまうような姿だった。
でも僕には女の子だと、一目でわかった。
スカートをはいていたからだ。
その子はすぐさま男の子たち3人を追っ払った。
まるで僕と同じ能力者みたいに。』
ズキッッッ!!
「ぐっ!!」
またか、突然の頭痛に襲われる。
しかも今の過去は何だ!? 俺はそんな過去知らないぞ!?
しかも今のは子供の姿?
だが俺じゃない、今の泣いていた子は俺じゃない。
だって今の子は髪の毛は白い髪だったし、顔の出で立ちだって。
俺は痛みのせいでその場にひざをついてしまう。
「ちょっと? 大丈夫?」
慌てて心配する夢、その夢に心配させまいと俺は夢の顔を合わせてやろうとする。
そしてその拍子に、海の上に静かに光り、ただずむ月が眼にはいる。
あの月は……。
『俺は砂浜に寝っ転がるのが好きだった。
特に理由というもんはなかったが、あげるとするなら家で寝るのが嫌いだったってことか。
夜しか活動時間のない俺が体を休める場所は此処しかない。
家に帰りゃ、のけ者みたいな眼で見られるし、何のつながりもない赤の他人みたいな態度をとられるしな……まぁ、そりゃあその通りなんだがね。
ここにいれば、居心地がいい、好きなものも見られる、俺は独りじゃない。
特別な場所だったんだ。』
なんだよ、これは!!
俺じゃない、こんなのは俺じゃない!!
俺は普通の人間だったんだ!! 能力者だとか、親だとか知らない!!
こんな、こんな!!
「……いや、大丈夫だ。 多分」
「多分って、あんた」
俺はそういいながら立ち上がり、夢も同じタイミングで立ち上がる。
……そうだ、俺は俺だ。
過去なんて別にこだわることはない、めんどくさいだけだ。
俺は今のまま、ただ生きていられればいい。
寝て食べて寝る、それだけで十分なんだ。
「なによ、あんた。 いきなり変な声出したと思ったら、頭抑えちゃってさ。 どっかの漫画じゃないんだから」
……確かに、夢のいうとおりなんだが、痛みは治まらない。
……応えなきゃ。 あの時は無視してしまったのだから。 今度は、応えなきゃ。
「……すまない、大丈夫だ」
「全く、心配かけないでよ」
だが、それだけでは終わらなかった。 いや、むしろ終わってしまった。 平和な日常が。
かなり長いこといたのか、いつの間にか暗かった海辺の砂浜は、なにやら不自然な紫色の世界に変わっていく。
俺の目の前にいた夢もいつの間にか姿を消していて、俺は一人だった。
……いやどうやら一人じゃないみたいだ。
「ふふっ、ようやく見つけましたよ。 魔王の子」
砂浜をテクテクと、こちらに一人の男が歩いてくる。
綿かポリエステルのような軽装の騎士の服装をし、白に青い三本線がはいったマントを羽織った男がこちらへと。
……また始まったか。
どうしてこう、オーラや能力を隠したい俺とは逆に、魔王の存在を知ってる奴は俺を探したがるんだか。
まぁ、この男の服装から考えて少なくとも無能力者ってことはないだろうな。
あんな中世ヨーロッパの将軍が着てそうな服を着るやつなんかコスプレするやつか、マニア以外有り得ない。
それを更に俺を魔王の子と呼ぶ。
これは完全に悪魔側か天使側の人間だろ。
全くもってめんどくさいんですが。
「あぁ? なんのこった? 俺はなんのあられもない能力者」
「ふふっ、シラを切るおつもりですか? 貴方が戦うことを拒否しようとするのも予測済みですよ、魔王の子殿」
「だからちげぇ、ていってんだろ? 遊だ、立花遊」
「おや失礼、遊殿。 ですが、貴方が魔王でなかったところで貴方は殺さなくてはならないんですよ」
いまだ微笑みながら喋る男。
よくみると俺より年上のようで、世に言う美男子のような顔つきだ。
「なんでだよ? 人を殺すのは犯罪なんだぜ? それに理由もなく一人の人間殺したところでなんの意味もないだろ? 殺しても生かしておいてもおなじことじゃねえか?」
「そもそもきりがないのですよ、そんなことを言い出してはね。 魔王かと思ったものは殺す、違うのであれば次を探す。 そうしなければ時間がいくらあっても足りない、きりがない。
それに、私の能力が漏洩してはまずいのですよ。 私のためにも、組織のためにもね」
能力……ね、どうやらこの紫色の世界は能力によって造られた世界らしい。
それにしても……組織?
暗黒騎士か聖騎士のことを言っているのだろうか?
どちらから狙われても不思議ではない、暗黒騎士からは以前狙われたことだってあるし、聖騎士からすれば俺は敵そのものなんだしな。
「あ~、それを言われてしまうとどうしようもないんだが。
まぁでもまだ俺はお前の能力を見てもいないし、名前だって何も知らない状態だろ?
なら万事おk」
「おおっと、失礼いたしました。 私はある組織からあなたを殺すようにと仰せつかってきました、ロックと申します。 以後、お見知りおきを。 ……とはいえあなたは此処で死んでもらわなくてはいけないので、今のは無意味でしたかね」
「おいおい、それは決定事項なのかよ!?」
「? 当然ですが?」
はぁ~。 だめだこいつ。
何が何でも俺を此処で殺すつもりらしい。
とはいえ俺もこんなとこでしにたかないし、戦いたくもない。
わがままだといわれるかもしれないが、それは違う。
ただめんどくさいだけだ。