能力者迫害
■ □ 立花 遊 □ ■
「とまぁ、俺がここにいる理由はそんなところだよ、恥ずかしながらな」
なんともまぁ疑わしい限りだろうが、仕方がない、本当のことだ。
俺は小さな白い髪の女の子に俺の過去の記憶を求めて此処までずぶぬれになりながらも無心で走ってきた。
別にそれ以上何かあるわけではないし、それ以上あったところで俺は何も考えず飛び出してきたのだから逆に教えてほしいものというか、こんなこといまさら嘘をついたって仕方のないことだ、記憶のことも夢には全部話しちまったんだし。
「ふふっ、あんたにしては珍しいじゃないの。 そんな当てのないことで必死になるなんて」
「言うな、俺だって信じられないんだ。 そういえば、夢は何で此処に?」
俺はこうして何の考えもなく雨の中突っ走ってきたから全身ずぶぬれで髪も額などに引っ付き、髪を下ろしている状態だが、夢の衣服や髪はまるでぬれている感じはない、そのうえ傘も持っているわけではない。
おそらく雨がやんでから宿を出たのだろう。
そうでなくては、衣服や髪が濡れないなんてことはまずないからな。
夢はゆっくりと海のほうへと近づいていき、そしてその先にある海の向こうを見つめ、口を開いた。
「……別にね、たいしたことじゃないのよ。 私の思い違いがはっきりとしたのを確かめにきただけ」
「はい? 何を言い出したんですか? 夢さ~ん?」
「勇さ、あたしが何であのTMA2区画に来たのか、知ってる?」
夢はいつもの固い表情からは想像できないようなやわらかい表情で、まるで笑っているかのような顔で俺を見つめている。
「……いや、ってか普通に能力者ってことを見出されて強制的に連れてこられたんじゃないのか?」
そもそもそういう人間がほとんどだろう、あの町に住む人間は。
能力者であれば俺たちの今いる区域、TMA2区域に連行される、それがこの国の掟かなんかじゃなかったか?
「いいえ、違うわよ。 強制的に連行されることなんてないわよ?」
「何!? そうなのか!?」
「あんた、本当に私よりあの区域に長く住んでんの!? 常識よ。 本人の意思があれば、断ることだって不可能じゃない、むしろ選ばせてくれるの。
そもそも強制的に能力者適性の高いものがtma2に送られるなんて話自体、噂でしかないわ」
「噂、ね」
「まぁ、噂といっても無能力者の間だけ、その上自然的に流れた噂ではなくて、人為的に流された噂だけどね」
「……もしも拒否権があって、能力者が拒否しそのままTMA2区画には行かず、無能力者たちと暮らしていることが世間に知れ渡れば、一般人は恐れて、不満を募らせる、からか」
もしも能力者たちが拒否権を持っていて、全てがTMA2区画に送られていないということを一般人が知れば……かなり大騒ぎになるだろうな。
普通の、何の変哲もない人間からすればそうだろう、恐れや嫌悪といった負の感情を抱いたとしても不思議ではない。
当然だ、オーラを高めれば国一つつぶせる力まで手に入れられるという人間、何の原理もなく唐突に人を殺せてしまえるようなものを出せてしまう人間。
いや、最早人間ではないかもしれない存在、それらを持つ存在が自分の身近にいるかもしれないと知ったら……という話に近いことだ。
恐怖など感じて当然、なんだろうな。
「そ。 実際は誰しもがTMA2に移住しないかというとき、在住権利と一緒に拒否権も与えられる、特に強制ってわけじゃないの。
あんたもそうだったでしょ?」
確かに、そうだった。
俺があのtma2に、AD高校に入学するって時も強制的にというわけではなかった。
[特待生として迎える]ということであって、俺は結局AD高校に入っちまったけど、あの時断っていればあのTMA2という能力者の街に関わることなく、普通に生きていけたはずだ。
……まぁ、あんときはまさか能力者だらけの高校なんて教えられなかったし、知らなかったから騙されたような気もするが。
「だからあの区画の外には誘いを断って普通に生活してる能力者達だっている。当然、一般的には能力者が一般区域にいるなんてこと知らないから能力を使わずに、だけどね。
まぁ、大抵の人間は、能力者はそんな夢みたいな話、断るなんて真似はしないわよ」
「……能力者迫害……か」
「……」
今までまっすぐと、俺の無知さに呆れ顔で見ていた夢だったが、能力者迫害という言葉に何かを感じたのか、海のほうを向いてしまい、その顔はどこか悲しげだった。
「……あんたも聞いたことぐらいはあるでしょ?
どんなに優しい心を持っている人間だって、同情してくれる大人だって、純粋な心を持っている子供ですら、能力者に対しては冷たく当たる、同じ人間としてみようとすらしないわ」
「まぁ、俺は無能力者で通ってるからな、俺が直接被害を受けたことはないが、考えればわかる」
人間は気持ちの悪い、恐怖を抱いてしまう、自分とは違ったものを目の当たりにしてしまったとき、その者を自分から遠ざけようとする。
いや、言い方が優しすぎるかもしれない。 何があるわけでもないのに憎しみを持って接し、何があるわけでもなく嫌悪感を抱いて接する、ただオーラや能力を保有しているがために。
人間は自分たちとは変わったものが、人間が嫌いなのだ。 尊敬できる人間や専門家の人間の言葉や意見は信じるものの、まず第一に自分の考えを第一に信じる。 だが、その考えを害する、違う考えをするものを嫌う。
いじめがそのいい例だろう。 いじめられるものとは大抵いじめる側のグループには属さず、変わった人間が対象にされることが多い。
中にはいじめを楽しむ人間たちもいるらしいが、この場合は違うだろう。
能力者は、いとも簡単に人を殺せる力を持っているのだ。……もしそんな存在を目の前にして、自ら進んで仲良くなろうとするか? 期限をそこね、いつ殺されるかも解らない相手に?
人間は強い力を持った相手に対し、数で勝負しようとする。
これを良いと捕らえるか、悪いと捕らえるかは人それぞれだが……。
まだ子供だけの話ならいい、だがもっとひどいことに、大人たちもが同じように能力者を省こうとするのだ。
能力者からすればたまったものではない、何処に行こうと自分は独りで、化け物のように見られる。
何もしていないのに、何もしようとはしていないのに、ただ能力を持っていただけなのに、他の人間とは違ったものを持って生まれただけなのに。
「能力の潜在させたまま生きてはいるから、多くの能力者はその被害にあわずにすんではいる。
でも、私はその実在を目の当たりにしたわ。
その数少ない被害者を、ね」
一向にこちらを向こうとしない夢。
今まで明るかったり、人をおちょくるような表情しか見せてこなかった夢だった。
さっき感じていたように、こいつは自分を強く見せようとして、俺はその部分しか見てこなくて、夢には強くてふざけているようなイメージで、弱いところなんてないと、そう思っていた。
だが今の夢はどうだ。 この悲しく、弱く、脆い少女は。
押してしまえば消えてしまいそうだ、放っておけば生きていけなそうだ。
夢はこんなにも弱くて、女の子らしかったのだ。
……俺は夢の新しい一面を見ちまった気がする。
けど、俺にはこいつにこんな話をこれ以上させたくない。
……なんでだ? 悲しそうな顔をするからか?
辛そうな顔をするからか? ……どれも違う。
本質的に……そう思う。
「……そういう話があるってのは解った。
だが妙だな、その話とお前がTMA2に来た理由ってのがさっぱり見えてこないんだが?」
「探しているのよ、その子を。
私の前から姿を消したその男の子をね」
「だから、能力者のTMA2に、ってわけか」
「そ。 何か手がかりがあるわけでも、根拠も何もないけど、可能性的にあそこが一番でしょ?」
まぁなぁ。 能力者迫害を受けたやつならTMA2にいてもおかしくない。
むしろそんな状況下でまだ一般区域に残ろうなんて考えるやつはよほどのドMかなんかだろう。
……ドMでもやっていけそうにないと思うが。
「けど、もう一つ引っかかるんだよな。
その子は独りじゃなかったはずだろ? 能力者は少なくともお前がいたはずだしさ」
「えぇ、あんたの言うとおりよ。 しかも私たち能力者はその子も含め3人いたわ。
迫害を受けていたとはいえ、その子もそこまで真に受けていなかった」
3人も!? なら何とかやっていけそうな気が……いや、迫害を受けてもいない俺なんかがえらそうなことはいえないよな。
「ならどうして」
「それは私にも解らない。 突然と私の前から姿を消してしまったの。
何も告げずに、ね」
海の向こうを儚げに見つめる少女は、はぁ~、とため息をつく。
そしてようやくこっちを向いたかと思うと、今度はこちらに歩み寄ってくる。
表情は、どうやら真剣な顔つきだ。
そして眼と鼻の先まで近づき、俺の顔を覗き込むように眺めるが
「あんたが……勇かと思って色々見張ってはいたんだけど……どうやら違うみたいね」
俺がその本人ではないと解るとどうやら落ち込んだ様子で、はぁ~、とため息をつきうつむく。
……最初から言ってるが俺じゃねぇって。 何を根拠に俺なんだよ。
まぁ、確かに同性同名ってところは珍しいかもしんねぇけど。
「だから言ってるじゃねぇか、人違いだって。
同性同名ってことだけじゃ理由にはならねぇだろ?
そもそもTMA2には15万もの人がいるんだぜ? 同姓同名だっているだろ」