嬲るときは
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「ふーん、それで記憶をなくしたあんたは、自分の過去を知っているかもしれない女の子に惑わされて、そんなびしょびしょの状態でこんなところにいるってわけね」
ふーんと納得した様子の夢だったが、いつもと変わらず腕を組みながら、なんだかえらそうな格好を保っている。
とりあえず俺が事故で一部の記憶を失っていることと、ここにいる理由を説明した。
「納得したか?」
「えぇ、あんたにしては珍しいけどね。 まさか、美由の命の恩人があんたなんてね」
「問題はそこじゃねぇだろ。 自分自身でも解んねぇんだよ、なんで横断歩道に飛び込んだのかも、なんで新山を助けたのかも」
事故の詳細については医師やら不知火やらから聞いたが、俺自身の記憶は依然としてないままで、事故当時の記憶もなくしちまっている。
そのときは俺と新山は面識のない、いわば初対面の状態。
普通に考えるのであれば、俺なら傍観者に成り下がるところなんだが。
「当の本人も事故の記憶がなくて話に聞いただけで実感がないってわけね。
まぁ、納得はしたわよ。 とりあえずは、ね。
でも女の子のあとをつけてたってことはストーカーも同然の行為よ?」
「うっ! だから否定できないって言ったんだよ。
言ったろ? そういいたいならそういってくれって」
自分でも自分のやったことことが信じられないんだ。
人から言われちゃざまぁない、というよりも反論なんてできるはずもない。
何でこんなことになっちまったかね、ったくついてねぇ。
「馬鹿ね、私がそんなことするはずないじゃない?」
「いや嘘付け!? 普段の行いを見てれば解ることだろ? 今まで何人屈辱という名の苦痛で苦しめ、生徒の間から恐れられたお前がしないって言い切れるはずねぇだろ!? 人を貶めんのが好きなはずなのに!!」
「私だって時と場合を見極めるわよ。 見境ないわけじゃないわ」
いや、それにしたって質わりいだろ。
そもそも見境ないわけじゃないってことにそんな威張られても……まずはその危なっかしい趣味をどうにかしてくれ。
怖くて近寄ることすらできねぇよ。
特に今までに恐怖を植えつけられた学校の連中は、な。
「私は私が愉しめるときにしか相手をなぶることをしないの。
今のあんたを嬲ったところで私は何も面白くは無いし、喧嘩になることは目に見えてるでしょ?
喧嘩になったらなったで、無能力のあんたがあたしに勝てるわけないし」
……。
なんだかんだ言ってやっぱ夢って優しいよな、学校じゃ〔悪魔の風紀委員長〕やら〔無傷の能力者狩り〕なんて物騒なあだ名がついちゃいるが。
まとめる人間を装ってかどうかは知らないが、自分じゃ厳しい人間みたいなのを表で演じちゃいるが、そもそもそれが俺に演じてるって感じられている時点で無理矢理、自分を偽っているようなことだし、素直じゃないというか、照れ屋というか……。
こいつも可愛いとこあるんだし、元々の素材はいいんだからモテるはずなのに……。
「なんでニヤついてんのよ、勇」
「いや、学校じゃ無敵且つ最強を誇り、頭脳明晰、成績優秀、まるで弱点が見つからない完全無欠の風紀委員長様ともあろうお方の意外な一面を見たもんでね」
「なっ!? だから勘違いするんじゃないわよ!!
私は自分が愉しめないからそうしてるだけ!!
別にあんたのことを思ってとか、優しいとかそんなんじゃないの!!」
…いや、それを気遣っていたり、優しいっていうんじゃないのか?
なんにせよ、こんな林檎みたいに紅くなった顔で、大声で否定されても説得力が全く無ぇけどな、プフッ。
「プッ、まぁ俺がここにいる理由は……くくっ。
そんなところだよ、ハッハッハ」
「あんた、笑ってんじゃないの!?」
何を隠そう、俺は人の意外な一面を弄るのが非常に好きだからな。
いや、だってよ。 普段弄られることのない夢さんがそんな弱みを見せるとは思ってもみなかったからよ。
面白すぎんだろ、ぶふっ。
聞いたことはあったが、SなやつはSの度合いが強ければ強いほど打たれ弱いって都市伝説はホントのようだな。
夢がその典型例だ。
「おまっ、おまへ、人を嬲ってる時、自分で痛め付けてんのに、相手のこと考えながら嬲ってんのか?
ブッ、おもしれぇ絵が思い浮かぶぞ」
「なっ!? ちがっ!! そんなこと誰が言ったのよ!! 馬鹿なんじゃないの!!」
「フハ、アハハハハ、あの夢が!!
人に思いやりのある可愛い女の子!?
くくくっ、アハハハハ!!」
「アンタっ~~~~~!!いい加減にしないと死ぬ程度じゃ済まさない程に後悔させる痛みと苦しみの地獄を味わわせるわよ!!」
「はい、すいません、調子乗ってました。
だから、そのでけぇ岩を投げてこようとするのは勘弁してくださーい!!!」