ペンダント
「……わりーな、なにからなにまで。 ……全部俺のせいさ、命を狙われたのも、ユイの両親が死んじまったのも、ユイが苦しんじまってんのもなぁ」
そうだ、よなぁ。 俺ぁ生まれてきた時からそうだったもんなぁ。
……結局おらぁ、この世界にとっちゃ不要、いや、邪魔にしかならないいわばゴミ。
誰からも必要とされず、誰からも期待されちゃいない。
それどころか生きることを拒まれ、俺の存在が消えることを望まれている。
……ひゃ、そういう意味じゃぁ俺は期待されてんのかもしんねぇよなぁ。
□ ■ 梶原 唯 ■ □
私が今語っている名前は正式なものではない。
私はもともと天使側の人間で、生まれたのも天使側領地。
今のような日本人の名前であるわけがない。
だが、それは私に限った話じゃない。
京子先輩や陽介先輩、冷香ちゃんは悪魔側、私と同じで日本人の名前で通ってるはずはない。
……が、あの人たちの場合は二重複線で、今みたいに名前がおかしいという風に普通は考える。
けど、先輩たちの本名はむしろそのままで偽っているわけではない。
両親が日本人らしいのだ。
まぁ、その話はおいておいて、私の名はユイ、別に偽名を使っているわけでもない。
ただ、ミドルネームやファミリーネームについては……もう捨てた、というより最早名乗ることができないだろう。
魔王からは何かの容疑をかけられ指名手配、天使側からは逃げ延びてきたから指名手配。
……むしろ今の名を名乗るほうが私にとっては都合がいいのだ。
人に言ったことはないけど、我ながら厳しい生活を送っていると思う。
逃亡生活についてもそうだし、家族のことにしたってそう。
一番めにみえる家族との繋がり、ファミリーネームを私は捨てた。
だが家族のことを忘れたり捨てたりすることはできない。
いつまでも悔いとして残る、あの時私を守ってくれた母さんや父さんのこと。
何とかして救えなかったのか? 自力で逃げられれば? もってしてあげられたことがあったんじゃないか?
あの時私が転んでいなければ。
……なにより会いたい、話したい、笑いあいたい。
辛い……でもそれをユウ兄のせいとは思ってない。
そもそも私たちが危ないと伝えてくれたのがユウ兄であると父さんは言っていたし
それ以前にユウ兄には感謝しきれないほどの恩がある。
だからというわけではないけど私は……。
「……わりーな、なにからなにまで。 ……全部俺のせいさ、命を狙われたのも、ユイの両親が死んじまったのも、ユイが苦しんじまってんのもなぁ」
兄は申し訳なさそうにそういい、私の頭をなでる。
「ユウ兄はなんも悪くない!! 悪いのは魔王だよ!! だから、そんなに自分を追い込まないで」
ユウ兄は、ユウ兄さんは何も悪くない。
全部悪いのは父親の、グランド・ヒーロー・デルマのせいだ。
あいつこそ私たち家族を不幸に追いやった張本人であり、私の両親を殺した犯人なんだ。
それだけじゃない。 ユウ兄さんに普段からひどいことをしてて、まるで自分の子供じゃないかのように扱う。
表じゃ国を統一している英雄と、名前にたがわない呼び名だけど、裏じゃやりたい放題やっている。 前述の事件が起きてから。
それ以前も優しい国王と評されて名高い魔王だったけど、ユウ兄さんにだけは厳しかった。
……あのときのことを、私は忘れたりはしない。
「別に追い込んじゃいないさ、ただ……」
ユウ兄さんは私の目を見て話してはいるのだけれど、何か違うものを見ているような、考えと話していることがズレているような感じだった。
「……ユウ兄さん、まさか無茶をして昔、私に話してくれていたことを実行しようとしているんじゃ」
それまでなんでもないような表情だったユウ兄さんの顔が、私には若干驚いているように見え、トレードマークである長い銀髪の髪で一部統一感のない前髪の一部がぴくっ、と反応し、今まで波風でひらひらと一定でゆれていた黒いマントはリズムを崩し、乱れていた。
……やっぱり、ユウ兄さんは。
「んなこたぁねぇよぉ。 ユイちゃんは昔から心配性だからなぁ、おれが困っちまうぜぇ」
「嘘です!! ユウ兄さんは昔から嘘をつく時、標準語になったり、私のことをユイちゃんと呼びます」
―――互いに互いのことを心配しあう二人。
普通ではありえないことがここでは起きている。
白い修道服がモチーフのシスター服を纏う聖少女。
黒い服に黒いマントをはおい銀髪の髪をなびかせる魔王の子息である少年。
互いに敵対する勢力で生まれ、正反対の能力やオーラを身につけているのに、今こうしてお互いのことを心配しあう。
禁断の恋とは解っているのに―――
「……あいつはぁ、いや、あいつらぁいずれ殺さなくちゃいけねぇやつらなんだよ。
悪魔側の人間……いや、世界の人間共がどうなろうと知ったこっちゃねぇがぁ、遊やユイを直接苦しめちまうことになっちまう、存在するだけでもなぁ」
「あいつ、ら? 待って、ユウ兄さん! あいつらって」
「別に難しいことじゃない、調べりゃすぐ解ることさぁ。
それに今すぐにってことじゃねぇ、動きは合わせるに越したこたぁねぇからなぁ。……たぶんあの野郎もそう考えてやがるだろうよぉ。
たぁいえ、少なからず死人は出る、大規模になるはずだからなぁ。
だからユイ……おめぇはもぉ革命軍にかかわるな、いや、危ない目にあうようなところにはもうでてきちゃだめだ」
そういいながらユウ兄さんは今まで向かい合って話していた私の横をすり抜けて、宿のほうへと歩いていく。
「でも……そうしたら私はまたユウ兄さんと離れ離れになっちゃうんだよ!?」
「これは遊びじゃねぇ、周りの人間はおろか、俺でさえお前のことを守ってやることはできないんだぞ!!
確かにユイの能力は特別だ、けどそりゃあくまで戦闘向きじゃねぇだろ! 自分の身を自分で守んなきゃなれねぇんだぜ?」
「……」
「別に起こってるわけじゃないんでさぁ、それにこれさえ終わりゃぁ俺だってお前の隣に帰ってくるよ、それを俺も望んでんだからぁ。
……話せてよかったよ、気持ちが少し落ち着いた
それと」
動いていた足をぴたりと止め、私のほうに向き直って
「俺のあげたペンダント、持っててくれてありがとうな」
といって、暗い闇の中に消えていった。
「……当たり前だよ。
ユウ兄からの初めてのプレゼントだし、なにより。
これは……"生命の結晶"ですから。
私にとっては……あなたの思いを一番に感じられるものだから」
私は首にかけていたペンダント、小さい頃ユウ兄さんからもらったペンダントを、修道服の中から取り出し、手で握り締める。
このペンダントには……いつも助けられてきた気がする。
今までも、そしてこれからも。
けどきっと、これを誰かに継承する日はくるはず。
私ばかり……守ってもらうわけにはいかないし。
それに……世界を変えられる人間は、私ではないから。




