昔話
「……ユイ、か? 大きくなったな」
聞き覚えのある声で、俺の後ろから姿を現したのは、俺がガキだった頃に出会った少女、ユイ。
特徴的なのは、金髪の短い髪で成長したのにもかかわらず百三十センチを若干超えるくらいの小柄な体。
昔は明るい元気そうな半そでの服、動きやすそうなものを着ていたのに、いまやシスターのよく着ている修道服を全身にまとっている。
おそらくだが、天使側で着ていた名残があるのだろう。
「ユウ兄!!」
子供のころのあだ名を叫び、目に涙を潤ませながら小さなシスター、ユイは俺の胸に飛び込んで来る。
(胸とはいえ、俺とユイの身長差は40近くあるので、実際には腹と言ったほうが正しいかもしれない。)
心配、してくれてたんだな……くくっ、そりゃぁなにも言わずに、だもんなぁ。 相当、心配かけちまったぁんは当然のこったなぁ。
「心配したんですよ!! 探してたんですよ!! 会いたかったんですよ!!」
「わぁーってるよぉ、んなこたぁ」
俺はその小さな少女の頭を撫でながら、頭をポリポリとかいてみせる。
「ぜんっっっ!ぜん、解ってないですよぉぉ!!」
「んごおぉぉ!?!」
俺に抱き着いていた少女は一瞬で俺から離れ、見事なボディブローを叩き込む。
「おぉい!? どこの世界に飛び込んださきのやつにボディブローを叩き込む小さな女の子が存在すんだぁ!?」
俺はユイのボディにたじろぎ、腹を抑えつつなんとか痛みに耐えている。
これなら殺し合いやってるほうがまだましだぁ。 こんなに痛ぇパンチ喰らったの久しぶりなんだがよぉ。
……そういやこいつ、小さいわりに昔から腕力とオーラの量が膨大だったなぁ。 忘れててオーラなしでうけちまったぜぇ。
「ユウ兄はなんも解ってないです」
「あぁ?」
「あの日、ユウ兄がいなくなった日。
あの日からなにもかもが変わってしまったんですよ!?
あの日……か。 確かに。
俺ぁ、なんも解っちゃいない糞ヤローだなぁ。
あんときゃ、ああするほかないと思ってたぁ。 そうすることで俺ぁ信じてるもん全て護ることができると、もう俺たちのような体験を繰り返させないようにと、あの糞野郎の計画をぶち壊してやろうと、そして何より二人のためにとなぁ。
……だが、結局俺にゃあできなかったぁ。 いい方向にもって行くどころか、むしろその逆、俺のせいで全て悪い方向に進んじまった。
工場をつぶすことにゃ成功し、開発者、製作者、研究者、そして計画に携わる全ての人間を、ユイを傷つけたカスどもを、全て殺し、全てを無に帰すこともできた。
……だが俺ぁ、馬鹿だった。
全ての力を使って工場を消した俺に待っていたもんは、現魔王からの刺客。
ヤローは……あの弟は俺が隙を見せんのを待っていたようだ。
結局力が残ってなかった俺は重傷を負って、死ぬかと思った矢先、母さんとあの糞ヤローに助けられたんだったよなぁ。
ありゃぁあ、一生の不覚だった、一番借りを作りたくねぇやつに借りを作っちまった。
そして俺は母さんに抱えられ、生き延びたもののその後は……。
「お優しかった魔王様は人が変わったようになられて、私達家族はなんの容疑をかけられてなのか解らず、魔王様から命を狙われ、私を護るために父も母も殺され、私は命からがら天使側に帰ることができましたが」
人が変わったような、か。 あながち間違っちゃいねぇ。 むしろ正解にちけぇ。
あの野郎は……いやどちらにしろユイ達家族を殺す目論みだったに違いねぇ。
……ユイの母親や父親に事前に情報を流して正解だったな。
「天使側に戻った生活は悪くありませんでした、むしろ良いものでした。指導者様も、閣僚の方々も、国民の皆様もお変わりなく。ですが……。
ですが、やはり私には裏で行われている人体実験……」
天使側の指導者……クロノか。
噂じゃ聞いたことがことがある。 所詮、民間で流れてた噂程度だから、大したことじゃねぇ。
……だが、やつはもしかしたら唯一、あいつのことを……。
「だから私は魔王側について魔王領と人間領、兄さんを探そうと思って……って聞いてるんですか!?」
「ん? おぉ。 ハワイ旅行の話だったか? サンバはどうした、サンバは?」
「そんなこと、一言も言ってませんよ!! ぜんっっ!!ぜん聞いてないじゃないですか!!」
聞いてなかった訳じゃない。 今の話を聞いて……いや聞かなくたって解らぁ。 ユイが心配してくれてたことぐらいなぁ。 なんたってユイは……初めて俺が心を開いた人間だからなぁ。
……話なんか聞かなくたっておめぇの言ってるこたぁ全部信用してるさぁ。
まぁ、だからこそだぁなぁ。本気で話を聞かねぇんは。
したら、俺は、今から成そうとしてること、全部ぶちまけちまいそうだ。