それぞれの知る海
遊と清水が携帯の契約や公共バスで海に向かっている頃、夢たちの乗るAD高校専用リムジンバスはすでに目的地についていた。
■ □ 服部 夢 □ ■
「うわぁああ!!、ここが日本の海ですか!?」
「えぇ、まぁそうなるわね。
……そういえば唯は海外から来たから、日本の海は初めてなんだっけ?」
バスが停止するや否や、子供のようにはしゃぎだし、バスから飛び出す唯。
私と美由もその後に続き、悠々とバスを降りる。
「そうなんですよ。 海どころかバスに乗るのも今回が初めてで!!
テンションあがりっぱなしです!!」
「まぁ、よく日本の海や砂が汚いとか思われがちだけど、それはあくまでも色どうこうの話だからね。
実際にはきれいだし、海水浴場とかはもってのほか。
さらに最近じゃ、海水から汚染物やダストだけを取り除くこともできるって話しだし」
唯は目をきらきらと輝かせ、まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のようにはしゃいでいた。
唯が驚くのも無理はないわ。 実際に何年もこの国で過ごしてきた私でさえ驚くほど。
それほどきれいな景色だった。
けどそれは想定の範囲内でしかない。 この国で暮らしていれば唯ほど驚くことではないはずなんだけど。
「うわあぁぁぁ!!!! すごいですね~!! これが海!! 皆で同じ方を向いて叫んだり、恋人同士で追いかけっこしたりするところですか!?」
唯に続き、わぁわぁとテンションが舞い上がっている美由。
確か美由はこの国にかなり長い間住んでいると、前に一度聞いたことがある。
唯ほどには……ならないはずなんだけど。
「本当に青いんですね!!
いや、青いだけじゃなくて光が反射して白く光っているようにも見えます!!
凄いです~」
「いやいや当然ですよ、美由先輩?
日本の海だけじゃなくて、何処も基本的には、海は青いんですよ?」
……。
唯ほどどころか、それ以上に舞いがっちゃってるじゃない。
というか、最早そういう問題じゃなくなってきてるわね。
何で海について教えられてるのよ。
最近じゃ三歳の子供でも解ることでしょ? 海が青いなんて。
……あっ、でも理由によってはそうなるかもね。
「もしかして……美由は海を見るのが初めてなの?」
初めてならばならば当然の反応。
話では聞いたことがある程度であるなら……。
しかし。
「……いえ、そうとは言い切れない、です。
……黒い海なら見たことがありますし、かなり前に。
でも青い海なら……」
と、煮え切らない答えを出すばかり。
その表情は悲しげで、どこか淋しげ。
どこか遠くを見つめているような、でも何か近くにあるものに期待しているようだった。
美由の言葉自体は私にとって理解不能だったけど、この子の伝えたかったこと、気持ちはしっかりと私には理解できた。
そして思った。 この子は私と同じなんだと。
はっきりとはいえないけど、美由の気持ちが寸分なく共有できたみたいな不思議な気持ちで、その中で私も美由と同じ気持ちを抱いていたから。
でも、もっと違うところでこの子と似ている気がする。
それが心境なのか、境遇なのか……。
とにもかくにも、私と美由は似ている。
それは人間的とか性格的なものではなく、本質的に、という意味で。
■ □ 梶原 唯 □ ■
「(そう…ですか。 美由先輩、いえ、新山美由。 あなたも同じ気持ちなんですか。
それだけでなく、服部夢。 あなたも。
……なるほど。 何か引っかかると思ったらあなた達だったのですか)」
「(……儚いですね。 生まれる時代、場所、身分が違えばこうはならなかったというのに。
お互い、大変ですね。 ”運命を託す者”であるというのは。
とはいえ、私のやることは変わりません。 ただ決められた定めに従うのみですよ、どうせ変えられはしないのですから)」
■ □ 立花 遊 □ ■
俺たち、遅刻組みが海に着いたのは6時位。
バスから降りて最初に目に入ってきたのは、壮大な海だ。
広い砂浜の先にある聖域のような蒼い海。
……この海を見てると、なんともいえない感情が芽生えてくる。
もどかしいような、懐かしいような、淋しいような。
でもなんか違う。
俺の思い描いている海は。
……俺のイメージと何かずれていて、何か足りない。
そして、何か忘れている。
まぁ、一つ明らかなのはこれだけきれいな海だ。
唯や新山がキャーキャーと騒ぎ、それを止める夢、という一連の流れがあったことは間違いないだろう。
人を待たせいるということもあり、俺と清水は急ぎ俺たちの止まる宿へと向かった。
……まぁ、驚いたのは宿の大きさだ。
俺、清水、新山、唯、夢の5人。 それに対し宿は、外から見ただけでも団体10組は余裕ではいるほど。
しかもそれを俺たちだけで貸しきってしまっているということだ。
……それほど、此処は儲かっていないのか。 それとも無駄な金をはたいてまで貸切にしたのか。
どちらにせよ、心配だ。
それはさておき。
すでに夢たちは、海で遊び、宿で身体を休めていた。
だが、夢だけは一人買い物に向かったらしく、唯に、
「夢先輩、怒ってましたよ? ……手伝いにいったほうがいいんじゃないですか?」
と、いわれ、俺は仕方なく夢を手伝いに向かった。