恋のきっかけ
「とはいえ、冗談なのでしょう?
あなたがそんなことを言うなんて私をからかっているとしか思えませんからね。
……!? まさか、私をからかったのですか!?」
俺だけに限った話じゃないさ。
今もこうして清水はあの小さいがきんちょに記憶を操作されたんだ。
世の中の本質の見えないやつは、間違った答えを出して、そのために大事な、人の奪ってはいけない大切なものを平気で奪っていくんだ。
……。
「立花先輩? 話、聞いてるんですか?」
「え? あぁ、聞いてるよ」
俺が答えたのは真っ赤な嘘。
話などまったく頭に入っちゃいなかった。
「あれだろ? 実は私も不知火とできてるんです、っていう話だろ?」
「んっな!? ちっ、ちがいますよ!! どんな間違いをしたらそんな話になるんですか!! って、まったく話を聞いちゃいないじゃないですか!?」
……最初のテンパリ様からすると、まんざらでもないって感じがするんだが、触れずにいよう。
「まったく、何があったかは知りませんがね。
あなたにそんな思いつめた顔や雰囲気は似合いませんよ」
「……そりゃ、自覚はしちゃいる。
というよりも、そんなに思いつめたつもりはない」
「嘘、ですね。
大体解りますよ、あなたが嘘をつくときくらいはね」
前にもそんなことをいわれたことがあった。
いや、つい最近のことだ。
陽介や不知火のことを新山に話すかどうかというとき、俺は何とか隠し通そうと思ったんだが。
……あん時も、新山に一発で嘘って見破られちまったんだよな。
なんでも声のトーンで解るとか言ってたが……そんなに変わるもんなのか?
「なぁ、清水。
俺が嘘つく時っていうのは、そんなに声のトーンが変わるもんなのか?」
「は?」
「いや、前にも新山に、声のトーンで解る、とかで解るとか言われたからさ。
そんなに違うのかなぁと」
「…なるほど、美由先輩が」
清水は顎に手を当て、ふむふむとうなずいていた。
「ぷっ、くくくく」
「な、なんだよ、なにがおかしいんだよ?」
すると突然笑い出す清水さん。
今の流れで笑うとか、不自然極まりなくないか?
「あなたのせいではありませんよ、立花先輩。
女の子の勘ですよ、それは。
特に異性の嘘や悩み等に敏感なんです」
……?
んー、まぁ男の俺には解ることではないが。
「能力っていう人外的かつ怪物的な力をもつ女の子も例外じゃないのか?
というより、女の子アピールか?」
「……立花先輩、人には言ってはいけないことがあるんですよ?
それは私に対して言っているんですか?
私に対する挑発ですか?」
「すいませんうそですあやまりますからころさないでください」
冗談を言った俺が馬鹿だった。
清水がゼロ・ブレスをつけてるから、何を言っても大丈夫だと思った俺が馬鹿だったんだ。
……オーラのない清水の後ろに見えたあれは、紛れもない怪物だった。
「まったく、あなたという人は。
人が真剣に話を聞いているというのに」
「はい、すいません」
「でも、あなたはそれでいいんですよ。
気楽で、やる気がなくて、逃げ腰ぎみのあなたのほうが」
さっきの怒っている様子とは打って変わり、ニコニコと、やさしく微笑みながら清水は語った。
「先ほども申しましたが、あなたがあれこれと悩み、自分の中で試行錯誤して、どんどん落ち込んでいく姿は。
……というより、あなたに限った話ではないのかもしれません。 人間とはそういうものです。
確かに考えることは大事です。
むしろ考えなしに動くことなんて、愚か者のすること。
ですが、第一に考えなくてはならないことは、自分がどうしたいか、でしょう?」
!?
……自分が……どうしたいか。
「考えて考えて……完璧な答えなんてないんです。
いえ、出た答えが完璧なんですよ、どんなに欠陥があっても、おろかな答えでも、答えは答えです。
そして、それを〔選択〕するのは自分の、あなたの心でしょう?」
自分の……俺の心……。
「過去がこうあったからこうする、過去にあった記憶を元に自分が動く。
……そんなことは重要じゃないでしょう?
本当に重要なのは、自分が何をしたくて、世界をどうしたいか。
つまり、自分がどう動きたいかじゃないんですか?」
……。
俺は聞き入ってしまっていた。
……自分で世界の人間たちは解っちゃいないと、間違っているといっておきながら、俺もそのうちの一人だったんだろう。
そう、だよな。
過去や記憶なんてどうでもいい。
現在を俺の自由に生きていく、これが大事なんだよな。
……まったくどうかしていた。
「そうだな、ありがとうな清水」
「お礼などいりませんよ……私たちは仲間なんです、いつでも頼ってください」
……そうか、こいつなりに俺のことを気遣ってくれたんだ。
それに俺のことを〔仲間〕……。
俺は勘違いしてたのかもしれない。
清水は冷徹で、やさしさなんて持ち合わせていなくて、俺のことを嫌っていると、俺は思い込んでいた。
けどそれは、俺の偏見だ。
清水は一番人のことを見ていて、誰よりもやさしさと思いやりを持ち合わせている〔女の子〕なんだ。
それに、こいつは偏見で人の好き嫌いを判別しない。
……。
「了解。 んじゃ、これからもよろしく頼むぜ!!」
「あぁ、でも今回の遅刻のことは私はフォローしませんよ?
夢先輩は怒ると怖いですからね」
……。
「そういうオチかよぉおおおお!!!!!」
この出来事からなのかもしれない。
〔現在〕の俺が、清水を好きになってしまったのは。
……そして何より、この後の物語を大きく変化させていったのは。