〔知っている〕ものと〔知らない〕もの
「あの、立花先輩?」
「え?」
ふと気がついたときには、どうやらバスの中で、清水が心配そうな顔をしていた。
それもそう……だよな。
急に、俺のことどう思う?、とか聞くだの、他人に腹を立てるだの、自分のが知りたいだの……全然俺らしくねぇ。
「いや……なんでもない。
気にしないでくれ」
そのとき、俺はどんな顔をしていたんだろう。
こんなに多くの感情を抱きながらも、それらを表には出さず、なおかつ清水を心配させんと笑顔を自分では作ったつもりなんだが。
「気にするなって……そんなの無理に決まってるじゃないですか!!」
……清水、まさかそんなにも俺のことを。
「だって……だって立花先輩が、陽介先輩とできてるなんて!!」
……。
はああぁぁぁっぁ!!!??
「つぉおぉっぉおおい!!?? いつからそんな話になった!?
つーか、誰だ!? そんな腐女子にしか受けないようなとんでもないデマを流しやがったやつは!?」
「? 立花先輩が自分で言ったんじゃないですか?」
おれかっぁぁぁぁああああ!?
待て待て待て。 俺があの白い、おかしな場所に言ってる間にそんなこと口走ってやがったのか? あのガキ!!
「〔俺たちは最早、親友の域を優に越している。
俺たちの仲は、どれよりも御しがたい、愛で!!結ばれているんだ]って自分から」
うそつけーーーーー!!
おれがそんなこというかぁぁぁあああ!!
そんなこというくらいなら、メイドのコスプレしてメイド喫茶でバイトしたほうがまだましだわ!!
けど、待てよ?
俺が白いあの場所にいたとき、清水と俺に成り代わっていたあの子供は話をしていた。
だが、俺の聞いていた限り、真剣な話をしていたはずだ。
……。
「なぁ、清水? さっきまでの俺はおかしくなかったか?」
「? 今日のあなたはおかしいことばかりですよ。 大体、そんなことを聞く時点でおかしいですし、さっきも申し上げたとおり、バスに乗って間もなく陽介さんとの仲をしゃべりだすし」
やはりおかしい。
俺の意識が飛んでいることも考えると、かなりの時間がたっているはず……明らかにバスに乗って間もなくなんて時間じゃない。
それに、俺たちがバスに乗ってきて始めてしゃべったことといえば、俺が嫌われているかどうか。
その話だって、いつもの俺なら言わない話だから、おかしいと思われているはずなのに、話に出てこない。
……なら考えられることはひとつ、あのがきんちょはなんらかの能力で清水の記憶を操作したんだろう。
何のために?……おそらく清水とやつが話した内容が重要だったからか?
いずれにせよ、今の清水の記憶は能力によって創られたもの、偽りのものだということだ。
……。
本当に世の中というものは、腐っている。
誰しもがそのことに気がついているはず。 いや、口ずさんでいる。
世の中は腐ってる、戦争はおろかだ、人間は汚い。
腐っているならこうしよう、戦争をなくすためにこうしよう、こういう人間にならないためにこうしよう。
〔知っている〕やつや頭のいいやつ、先頭に立つものはみんなそう考える。
いや、一般人や民間人だって考えることだろう。
だが、その大半の連中は〔本質〕に気づいちゃいない。
〔知っている〕やつほど〔知らない〕ものだ
痛みや悲しみ、つらさといった、負の感情を。
記憶を操作するだと?
その痛みを知って、つらさを知ってやっていることなのか!?
記憶が違うものだと気がついたときの惨めさを。
……俺は次にあのガキに会ったとき、殺さずにはいられない殺人衝動に襲われるだろう。
……普段の俺ならこんな考え方はしないだろうさ。
だが、あまりにも多すぎたんだ。
俺の〔知らないこと〕をぺちゃくちゃと話、俺には解らないようにしゃべり、あたかも何でも知っているようにしゃべるやつらが。
しかも、その総てが俺に関連しているらしい。
当の本人が〔知らない〕くせに
何故、俺のことを知っているような口ぶりでしゃべりやがるんだ?
記憶を無くしたのは確かに俺さ、俺が悪い。
けど、その俺の記憶を知っていて、教えられる状況にもかかわらず
俺に教えず、俺に隠れて話すんじゃねぇ。
その上で最後に決めるのは俺?
ふざけているのか?
魔王といわれ続け、何も知らないどころか、俺のことすら〔知らない〕俺が、俺の〔知らない〕俺の尻拭いもして、俺の物語を?
世界を?
俺が選択しろ?
無責任にもほどがある。
俺は、俺の〔知っている〕俺は無能力者で、やる気がなくて、ただ平凡な高校生だ。
魔王でも、物語の主人公でも、勇者でも、選択肢を持つ人間なんかでもない!!
俺は〔選択を待つ側の人間〕だ!!
そんな大逸れたことなど望んじゃいない!!
静かに生きて、静かに死にたいだけなんだ!!
俺に何かを求めるなよ!!
俺は〔知らない〕ものなんだ。
〔知っている〕ものだけで解決してくれよ!!