終わりが指し示すもの
「……まぁ、なにはともあれ、一件落着だな。 ……妹さんはこれからどうすんだ?」
一度は誘拐されたのだ。まさか、暗黒騎士側に戻るわけにもいかないだろうし、このまま日本に留まっても駄目だろうし。
「私は……」
鮮は、返答に困ったのか、陽介のほうをみる。 陽介はいつの間にか、壁から抜け出し、悠々と不知火の隣にたっていた。 ってか、いつの間に壁から脱出したんだ?
「俺と鮮と京子は、革命軍の本部に戻る。
書類整理やら、作戦会議やらで忙しくなっちまってな。」
本部? まぁ、暗黒騎士の革命軍というくらいだ。 南北アメリカ大陸のどこかにあるはずだが……。
そういえば、陽介たちは戦力増強のために日本に来てたんだったな。
「そういや、遊。 おまえも革命軍の一員になったんだよな?」
「ん? あぁ、まあ本日付でな」
陽介は少し悩んで、よし、と何かをひらめいたように手をたたく。
「んじゃ、遊と冷香にはここに残ってもらって引き続き、戦力の増強、及び戦闘態勢を怠るな。
いつ、作戦決行の合図がかかってもいいようにな」
陽介はやさしくにっこりと俺たちに微笑みかける。
……優しいやつだ。 ノルマも出してない上に、戦闘準備を怠るな、か。
要は、体を休めろ、って言ってるようなもんだろ?
それでいて自分は仕事、仕事の毎日か。 ……こいつらしいな。
「了解です」
「わかった」
俺と清水が頷く。
俺がこいつにしてやれることはそれくらいか。
……友として、それはどうなんだろうな。
「まぁ、ここにいても仕方ないしね。 行動を起こすときは、貴方達にも声をかけるわよ。」
不知火がカプセルのようなものを先ほど、陽介が頭を突っ込んだ場所に投げると、壁に穴が開いていた場所に人一人通れそうな扉が出現する。
「なにも、俺が頭から突っ込んだ場所に出現させなくても良かったでしょ!? 京子ちゃ~ん」
「うるさい」
痴話げんかが始まる。 こういう風景を見ると、二人が婚約者なのだなという実感がわく。
……いまだに信じきれない点も多いけどな。
それにしても、あの扉、何かの本か教材で見たことがある。
フライトゲート。
扉を潜り抜けることで、所定位置(自らでその位置の座標に行き、カプセルに座標を組み込むことでその場所を登録できる)にワープできるといった、とても優れている発明品である。
だが、優秀すぎるため大量生産ができず、今では世界で二つしかなく、大人数での移動ができないのが欠陥であると、本には書かれていた。
しかし……こいつらが所持していたのか……なんか、革命軍ってのを実感できた瞬間だ。
「……できれば、あんまり声をかけてもらいたくはないんだがな」
「相変わらずやる気のない男ね。
まぁ、いいわ。
それじゃあね」
不知火はそういって、扉の中へ消えた。
「遊さん。今度、もし宜しければ、家に来て下さい。」
これ以上にないくらいの笑顔を浮かべる妹さん。
これで落ちない男はそうはいないんじゃないか?
「あぁ、そんときはよろしく頼むな。 うまいもんとか食わせてくれ」
「ハイ」
「それと」
陽介には聞こえないように、妹さんに近づいて小声でしゃべる。
「陽介のこと、よろしくな」
「任せてください」
自信満々に胸をポンとたたき、鮮も不知火に続き扉をくぐった。
……。
「遊」
扉と陽介に挟まれた位置で、俺は陽介の声を聞いた。
その声はどこか悲しげで、別れを惜しむようだった。
……当たり前だよな、俺だって悲しいんだから。
「あぁ。またな。 あんま、こういう別れとか、得意じゃねぇから……言いにくいが……」
陽介は俺と向かい合ったまま、立ち尽くし、話を聞いていた。
「……陽介、俺はいつでも、お前の親友だ。 例え、仲間が犠牲になったとしても、周りの人間が否定しようとも、お前が正しいと思ったことをしろ。
それが正義なんだ
俺はそれについていくからよ。」
……俺はそういうと、陽介は何かをかみしめるように、
「あぁ」
と、頷いた。
陽介は一歩ずつ俺に近づき、いや違うな。 一歩づつ、扉へと向かう。
そして、俺の前を通過するときに
「遊、身体に気をつけてな」
と。
……おせっかいな野郎だ。 何か意味深だったが……特に意味はなく、そのままの意味なんだろうな。
ちょうど、陽介が扉に入ろうかというあたりで俺は口を開く。
「陽介」
俺が口を開くと、陽介は歩みを止め、俺に背をむけたまま話を聞いた。
「さっきは別れとか言っちまったが、そうじゃないんだろうなぁ、これは。
これは、お前と俺の平穏な日常の終わりだ。 それに違いはねぇ。
だが、終わりが指し示すものは別れや破滅じゃねぇ。
終わりが指し示すもんは、始まりってやつだ。
つまり、これはお前が突き進む正義ってやつがようやく始まったって意味なんじゃねぇか?」
「!? 遊、お前……」
何かに気付き、一度は振り向き、遊の姿を確認した陽介だが、すぐに扉の方に向き直り扉をくぐって行ってしまう。
そのときしか浮かびあがっていなかった、遊の右腕の紋章だけを確認して。
……。
「さてと、んじゃ帰るかな。」
その場には、俺と清水だけが残されていた。
「あの、立花先輩。」
「……ん? どうした? ……あと、俺のことは遊でいいぞ。」
「それじゃ、立花先輩。」
……スルーかよ。
しかも、表情一つ変えやがらねぇ。
「あの……ありがとうございました。 貴方のおかげで、皆無事に」
これにはびっくり。
さっきまでは冷静沈着で表情一つ変えやがらない清水がここにきて俺に頭を下げるか。
……だが、俺はその言葉を制するように言う。
「あー、別に俺は何もしてないぞ。 むしろ、逃げ回ってたしな。 それに、俺よりも必死に闘ってた不知火や、妹さんを助けた清水の方が評価されるべきだと思うけどな。」
「ですが」
何か納得いっていないような清水。
何でそんなに意地を張っているのだろうか。
「それに、その話は今更だしな。 皆無事。 それでいいじゃねぇか。」
……そう。それでいいんだ。 皆、無事だった。 それだけで十分だ。
「……んまぁ、そういうことだ。 んじゃ、今日はもう遅いし、俺、帰るわ。また明日な。」
「えっ!? あの」
清水の返事も聞かず、俺はさっさと帰ってしまう。 今日はなにかと疲れたな。
早く寝るとしよう。