始まる出会いはめんどくさい
時は今よりも五百年程後のお話。
私たちはこの物語を知らなくてはならない。
後に始まる、物語を終わらせるために。
後世に伝わる人気の場所がこの世界にはある。
そこは、愛する二人の願いを叶えてくれる、夢のような場所……という都市伝説がある。 そのため、カップルが多く集まる場所となっている。 たとえ、都市伝説の噂が潰えようとも、きっとここに人が来なくなることはないだろう、特に夜は。 永遠と続く黒い空、空を彩るは無数の星々、それら全てを受け入れ、もう一つの世界を映し出す海。そしてなにより、世界で存在しているのは二人だけであるかのように感じさせる広い浜辺。
この物語より後の世界では、多くのカップルで賑わうホットスポットとなっていた。
だがそれ以前は人気どころか誰一人としてこの場所を知るものはいなかった。
一部を除いて、だ。
そう。ある夜、その場所にいたとある少女ととある少年を除いては。
この二人こそ、伝説を作った張本人たちで……ある。
「なら、――くん。私も――から――かな?」
「――」
ジリリリリリリッ 。
「……ん?
……おぉ、朝か」
どうやら夢を見ていたようだ。
俺は容赦なしに鳴り響く目覚まし時計をだるそうに止め、まだ完全にあけ切らない目をこすりながらのそのそと起きる。
ちょうどカーテンの間から、俺を攻撃するかのように光が差し込んでいる。
まったく高校生の朝というものはだるすぎる。
せめて登校時間が十一時になればいいものを。
「というか、今何時だよ?
……八時か」
日課である、一人暮らし特有の[一人受け答え]を何の違和感も持たずにする。
あくびをしながら目覚まし時計に目をやると時刻は八時を刺していた。
一限が始まるのが大体九時ごろ、この時間に起きて準備しないと遅刻になってしまうのだ。
「学校か……だるいな」
おっと、紹介がまだだったな。
俺の名は立花 遊、十六歳、つまりは高校生だ。
今は一人暮らしをしていて、安上がりなアパートに一人、暮らしている。
かなり、というか何のとりえもない普通の高校生だ。
いいか? もう一回言っとくぞ?
どこにでもいる、そこらへんを普通に歩いてそうな、何の変哲もない、ただの高校生だ。
重要なことだから二回言ったぞ?
……まぁ、学年や所属を言うとだ。
東京のとある田舎にあるAD高校に通う高校二年、正しくは今日から二年だ。
「一限は始業式か……二限から登校しよう」
カーテンを開け、朝飯の仕度やら制服に着替えるやらの行動に移った。
→↓←↑
「行くか」
時間は九時。
一限が終わり、休憩時間が入るのが十分。
二限が始まるのが九時四十分。
家から学校まで、歩いて三十分。
一限目と二限目の間を狙った、ちょうどいい時間に出掛けた。
→↓←↑
此処、俺の住んでいる町、というより区画は東京のとある場所に位置している。
区画、と表現したのには理由がある。
ここは他の場所のような区別の仕方がされていない。
いや、区別はされているんだが。
他の地域、例えば東京ならば東京都、大阪市ならば市といった区別がされている。
歴史上の境界線であったり、何らかの理由によって都道府県、市区町村に分かれている。
が、此処は違う。 一言で言ってしまえば特別なのだ。
二〇五三年、核兵器やら銃兵器やらが残りつつも、各地の紛争、内乱、戦争が少し減っていき、世の中は着々と平和へと進んでいた。
だが、ある生物たちの登場により状況は一変する。
神と魔王の登場だ。
彼らは人とは明らかに違う力を携えて、この地球へと降り立った。
瞬く間に彼らは人間たちを支配下に置いた。
神は当時ヨーロッパ、アフリカ、アジア(日本を除く)、オセアニアを支配し、天使と名乗った。
魔王は北・南アメリカを支配し、悪魔と名乗った。
どちらにもなびかない人間は日本へ。
こうして三つの勢力が出来上がり、戦争へと発展していった。
そして何百年と戦い続けて、約百年前。
三つの勢力は平和条約を結び、天使と悪魔も滅んだ。
そしてその五十年後に、この区画ができたっていう歴史なんだが。
……勘のいいやつは気づいたんじゃないだろうか。
特別、というのはその[神や魔王の持っていた力]を持っている日本人をこの区画に集めたからだ。
TMA二区画つまり此処は人並みはずれた人間たちが集う場所、ともいえる。
そんな危ない区画も季節は春、桜が舞い、きれいなピンク色が咲き乱れるきれいな並木道となっている。
俺は平穏な朝の登校を堪能しながら三十分ぐらい、のろのろと歩き学校の目の前までやってくる。
ちょうど校門に差し掛かろうといったところだろうか。
一人の男が校門の前の壁に寄りかかっていた。
「よぉ。遊。やっぱ二限から来たな」
こいつは天草 陽介。俺と同じ学年で俺の数少ないクラスメートだ。 ストレートパーマで茶髪、顔も二枚目といえるのだが、女の子好き(二次元も可)の性格でちゃらいとは少し違うものの、場の空気を読めない異常なテンションのため、あまりモテないどころか周りから一歩、距離を置かれている。
とある事情で、俺に話しかけてくる人間はそうはいない。
話し掛けて来る奴といえば陽介と白石先生……あと忘れていけないのはあいつか。
他のやつはというと、その事情が原因で話しかけるどころか存在すら忘れられているかのように振舞う。
だというのにこいつは……全く気にしちゃいないみたいだ。
「陽介、今何時だか知ってんのか?」
「馬鹿にするな、相棒よ。 それくらい俺にだって解るぜ」
「いや、何でお前は自虐ネタで受け答えしてるんだよ。
大体、解ってるんなら何でここにいるんだよ。 一限はどうした?」
「多分、お前なら遅れて来ると思ってな。
朝、遊と二人っきりで登校したくて待ってたのさ☆」
……今ので大体の女の子が引いたとは思う、こういうところが陽介が人に引かれているというところだというのに、本人は全く自覚がない。
むしろモテていると確信している。
……他のやつとは違う、こいつも違う意味でとんでもない人間だ。
「……お前もさぼりか?陽介」
「ん? まぁな、というより本当に遊が心配で待ってたんだよ。
二限開始のチャイム聞いたりとか、校門まで来たけどやっぱりだるいから帰ろうとかやりかねないだろ?」
「いや、しねぇーよ。 此処まで時間かけてきたのに、何もしないで戻るなんてそっちのが面倒くさいだろうが」
「そうか? 俺ならするぞ? 例えば、めっっっっっちゃかわええ女の子が助けを求めていたらとんでいくし、幼女や美女が道歩いてたらついて行くし、当然女性とすれ違ったら声をかけておくのが紳士のたしなみだ」
「お前、俺を待ってたって嘘だろ!? 絶対それやって遅刻しただけじゃねぇか!!」
道理でおかしいと思ったぜ、校舎からそう離れちゃいない校門にこいつは俺を待っていて、教員から注意されないはずがない。 注意を受ければ、後者に連行されるのは目に見えているというもの。
……こいつ本当に女性追っかけてやがったな。
しかもこいつ、よく捕まらなかったな。
助けを求めてる人を助けるのはいいとして、ストーカーまがいの行為や変態、痴漢と思われてもおかしくない行動をしていて補導されなかったのは奇跡に近い。
……これは俺の推測なんだが、おそらく被害者たちは陽介のことを[痛い人]と認識したのではないかと思う。
それで警察にも手が終えないだろうと思って……。
「んじゃ、いこうぜ。
俺たち、同じクラスみたいだからさ」
俺は、はぁっ、とため息をつく。
新年、冬が終わり春が始まる。 春というのはいろいろと始まる季節だ。
冬眠から覚めた生物たちが動き出し始める季節でもあるし、桜が舞い散り始める季節でもある。
それに便乗してなのか、俺たち人間も春という季節を目処に多くの人間たちが動き出す。
かくゆう俺たちもそのうちの一人で、今日から高校二年生としての生活が始まろうとしている。
まぁ、いろいろと面倒くさいだけなんだがな。
クラス替えにしたってそうだ。
今までせっかく使い慣れていた机の位置も、どうせクラス替えで名前順だし、俺の場合だとどうせ苗字の頭文字が「た」だからよくても真ん中の一番後ろの席だろうし。
この天草陽介にしたってそうだ。 去年も同じクラスだったのだが、こいつが俺にしゃべりかけに来るせいで、俺の貴重な睡眠時間がまるで取れないわ、こいつと一緒に帰ると絶対ナンパして相手の子に俺も軽蔑の目で見られるし。
……しかも今年も一緒らしい。 いやな予感がするし面倒くさいが……まぁ、退屈せずにすみそうだ。
「俺もだぜ、遊。 お前と一緒でよかったと思っている!!」
「人の心を読むな!! エスパーか!? お前は!! 気持ち悪いんだよ!」
「たぁっはっはっは。 もう一年も一緒なんだぜ? 心も読めるようにもなるさ」
(そんなことできるようになるのは、絶対お前だけだ)
「まぁな。 それとよ、遊。もうひとつ、重大発表があるんだよ」
また読まれたが……まぁ、いいか
「なんだよ」
「それがな……不知火さんも一緒なんだよ」
「最悪じゃねぇか!!」
「何言ってやがる。 不知火さんといえば、学校で1,2を競う美女だぞ?」
不知火というのは、俺たちの通う高校、AD高校の女子生徒だ。
俺たちと同じ今年から二年生で、陽介も言ったとおり学校で一,二を競う美女らしい。
この不知火というやつも、俺に話しかけてくる数少ない女子生徒だ。
まぁ、話しかけてくると言っても、友達と会話するような門じゃないがな。
「……まさかとは思うが、陽介。不知火もいける口か?」
「どストライ~ク」
(まじかよ、もうこいつ、女って性別だったらなんでもいけそうだな。 下手したら、70代のばぁちゃんでも、いけるとか言いそうだな。)
「いけるぜ☆」
「いけんのかよ!? てか、いい加減人の心読むのやめろ! 気持ち悪いから!」
「たぁっはっはっは。そう怒るなって、遊。 お前のことも忘れてないからよ」
「先行くぞ」
「だぁ~。 まってくれ~。 ごめん、冗談だから。 だから、俺を見捨てないでくれ、遊。 寂しくて死んじゃう」
「ハムスターか、てめぇは。 抱きつくんじゃねぇ!?」
……しかし、不幸だ。 あいつが一緒のクラスとはな。
違うクラスだった去年よりも最悪だ。
あいつのことだ、また何かと絡んでくるに違いない。
おれは溜息をつき、教室へと向かった。
学校だが、別に、他の普通の高校と何ら変わりはない。 内装も外装もコンクリートでできているし、広さだってそこまで広くはない。
……そして二人は教室に着いた。 ドアを開けるとスーツを着た小さい少女が教壇に立っている。
「立花君、天草君。初日から遅刻とはいい度胸です」
この人は白石 江里。 身長が百四十㎝しかないが、ちゃんとした先生だ。 皆からは江里ちゃんと呼ばれている(小さくて可愛らしいため。)。俺は白石先生と呼ぶが。
「おはよ。江里ちゃん。今日も可愛いね」
今日もナンパ気味の陽介を無視し、HRを進める白石先生。
これくらいはいつものやり取りだ。 クラスの連中も陽介のことは、把握しているため、あまり驚いていない。男子は笑っており、女子は若干、引いている。
「早く席についてください。君達は一番後ろの席。不知火さんの隣が立花君ね」
……今なんと言った? 俺は思わず驚いてしまった。
俺と不知火が犬猿の仲と知って隣にするとは……いや、白石先生のことだ。隣にすることで仲が良くなるとでも考えたのだろう。
……どこまで子供っぽいんだ!?この人は。
……それから席につくと、予想通り、右隣の奴が絡んできた。
「初日から遅刻とはね。なんか怪しいわね」
今、話かけて来ている女子が先ほども紹介した、不知火 京子である。
長いポニーテールで、陽介と同じ茶髪。 容姿もスタイルも程よいと、クラスでは人気。 ただ、思ったことをかなり、ズバッ、というので、性格は怖い、ともいわれている。
彼女とは去年、同じクラスではなかったのに俺に何かと突っ掛かってきた。 廊下ですれ違った際には、
「授業中いつもねているそうじゃない。何故赤点をとらないの?」
とか。
下校時には俺を付け回し、
「下駄箱になにか仕込む気でしょ?」とか。
挙げ句のはてには
「無能力者なのに何故、ここにいるの?」
と、俺の存在理由も否定されてしまった。
前に一度だけ、何故俺に突っ掛かってくるのか、ときいたときに不知火は
「立花をみていると嫌な予感がする。」
らしい。
……迷惑極まりない。 大体、そんなことをして、俺に何の得があるんだ? 爆弾魔か?俺は。
少し、この学校について説明しておこうか。
ここは一見、普通の高校。
東京のとある田舎に建っている、どこにでもありそうな高校。
だが、問題はここから。
生徒や教師が必ず、何かしらの能力を持ち合わせているということだ。
いや、教師だけではない。 この町、つまり、この高校を中心とした半径五キロメートルの内側に住む人たちは、皆、何らかの能力者なのだ。
例えば、いきなり手から火を出したり、何もない空間から銃や刀を取り出したり、なんともファンタジックな町なのである。
……無論、普通の一般人(町の外に住む日本人)はそんな非科学的で、危なっかしいものが使えるはずもない。
能力は使えないものの、能力についての知識、歴史については知っているため、決して無知というわけではない。
ただ、能力が使えようものなら、この町のどこかに強制搬送されることになるということだ。
しかし、能力者たちはそんな掟や、ここでの生活に不満があるわけではなく、むしろ感謝している者もいるくらいだ。
商店街だってあるし、娯楽だって少なくはない。
この町に関しては……またの機会に話すとしよう
何でそんな俺がこんなファンタジックな学校にいるのかと言うと、実は俺にもわからない。 中学のとき、いきなり俺のところに「特待生として歓迎します」と一通の手紙が届いていた。
俺はエレベーター方式的な感じに高校にはいれるなんて、なんて幸せだと思い違いをしてしまい、現在にいたる。 大体、誰が俺なんかを特待にえらんだのやら。
とまぁ、こんなかんじだ。当然授業には、能力実技もあり、毎回零点であることは……いうまでもない。
だからこそ、俺に話しかけてくる奴は少ない。 友達も陽介くらいだな。
話を戻そう。どうやら不知火に初日から遅れてきて疑われているようだ。いつも通りなんだが。
「別に、特に理由はねぇよ。始業式が怠かっただけだ」
「本当かなぁ?」
「……はぁ、お前はなんか勘違いしてるぞ。 俺はそんな危ないやつでもないし、何かを成そうとしているわけでもない。 そもそも、能力やオーラが皆無な俺に、この学校や地区で問題が起こせるはずがないだろう?」
「……前にも言ったかもしれないけど、立花を見てるといやな予感がするのよ。
それにどこか怪しいし」
「……お前、今の俺の話聞いてたか?
不知火は首をかしげる。
さすがの俺もあきれるほかない……これ以上話すと厄介だ。
「陽介、あとは任せた。」
俺は陽介に、頼んだサインを出し、顔を伏せる。
「……京子ちゃん、遊は朝の処理に時間がかかって遅くなったんだよ」
何言ってんだ?こいつは。 とりあえず黙らせるため、顔面にパンチを一発いれ、陽介をDREAM worldへ送ってやった。
「っぶは!! 遊、おまえ……がっくし」
「ったく、話をややこしい方向にしかしねぇな、お前は。 とりあえず、眠っとけ」
「ねぇ、立花」
「なんだよ」
「朝の処理ってなに?」
……。
まさか、女性からその言葉を聞くときが来ようとはな。
しかも、不知火からだし。
「お前にはまだ早い」
そういって、俺もまた、机に顔を突っ伏し夢の世界へ旅だった。
「ねぇ。朝の処理って? まだこたえきいてないよぉ!! 一体なんのことなのぉ~!?」
→↓←↑
「ん?」
起きると誰一人いない放課後の教室に俺は一人、机で寝ていた。
放課後とはいえ今日は午後まで授業がないため,教室はいまだ明るいまま。 他のクラスの人間や陽介、不知火は先に帰ってしまったようだ。
午後まで授業がないということは昼休みがない→弁当がない→昼食を家で作らなくてはならない→買いに行かなくては、となる。
つまりデパートまですこし歩かなければならないということだ。
まぁ体を動かすことや、街をぷらぷらすることにたいして、面倒くさいやら、だるいやらの感情はないためいいのだが……。
そして俺は、帰り支度を済ませ、教室を後にした。
→ ↓ ← ↑
前にも説明下とは思うが、家から学校まで歩いて三十分。
逆もまた然りである。
とはいえ、今日は昼食やら夕食やらの食材を買うため、デパートがあるセンター街へと向かわなくてはならない。
学校から家までの帰り道にセンター街があればいいのだが、そううまくはいかず、やや道をはずれ、学校から二十分ほど歩かなくてはならない。
いつもとは違い、家に帰るために通る道ではなく、多くのAD高校生徒が帰る(今は誰の姿も見えないが)大通りを歩いていく。
その名のとおり、道の広さはいつも帰る道の三倍近くあり、広々と歩けるが、俺はあまり好きではない。
車の通りが多いことや人通りが多い、やけに信号が多いなど理由は色々あるが、本質的に嫌っているのはそういうところではない。
……うまくは説明できないが。
ともかく、俺はセンター街へと向かい、大通りを歩いていた。
……んだが、どうやら不知火もあとをつけて来たようで、俺の後ろをこそこそと歩いている。
俺が何気なく後ろを振り返ると、不知火は物陰に隠れる。
前に向き直り歩き出す→不知火もこそこそと付け出す→また振り返る→不知火は後ろを向き達磨さんが転んだの鬼が二人いるかのようになる→俺は噴出しそうになるが歩き出す→タイミングを見計らって、不知火も後を付け出す→俺は道の角を右に曲がるフェイントを入れて後ろを振り返る→フェイントに引っかかる不知火だったが何とか体制を持ち直し、タイミングよく歩いていた犬連れの小さい子供と話を合わせる
ぷぷっ……なんだこれ、めっちゃおもしれぇ。まぁ、とりあえず気づいていないフリをしておこう。
というか、電柱に隠れたり、壁に張り付いたりしている時点で、バレバレである。
……逆にこっちが恥ずかしくなってくる。
「……しかし、今日も退屈だ」
しばらく歩くとようやく商品などを売るお店が並ぶ商店街までやってくる。
これら商店街などを総称して、俺たちはセンター街と呼ぶ。
此処までくれば後は簡単。
近くに見える駅を目指し歩いていけば、デパートにはおのずと着く。
いまだしつこくついてくる不知火をよそに、俺は歩道に差し掛かっていた。
「ん?」
向こうで子供が道路に出ようとしている。赤信号にも関わらず。
だが、母親がしっかりと掴んでいるため、飛び出すことはできない。
どうやらぬいぐるみを歩道に落してしまったようだ。
「(まぁ、子供の命にかえられるものはないな。)」
そう思った矢先、十六~十八歳くらい(AD高校の制服を着ていたため)の女の子が飛び出した。
女の子は歩道の真ん中付近に落ちているぬいぐるみを拾うため、一直線に走った。
白く美しい髪と大きな胸をなびかせながら。
「なにやってんだよ!?」
思わず、俺は声を荒げてしまった。
女の子は無事、ぬいぐるみを拾ったようだが、横から来る大型のトラックには気づかない。
「ちっ」
考えるより、身体が動いていた。 俺は音速位のスピードが出ているのではないかというくらい速いスピードで走っていた。
[この少年は、なにをやらせても普通という評価を周りから受けていたが、それは彼が本気ではなかったから。本気でやれば全てにおいてトップで在るはずだった。 だが、少年は本気にはならない。二度とあんなことが起こらないためにも。]
俺はぬいぐるみを拾った少女に飛び込み、何とか車からは守った。だが相当のスピードであったから衝撃は相当なものであると判断。更に少女側に飛び込んだため、このままでは少女がその衝撃を吸収してしまう。
俺は即座に空中で身体を反転し、自分を下にした。
……よく聞く話で、死ぬ前はスローモーションになるとよくいうが、まさにその通りであった。
そのコマおくりになっている間、少女の顔が目に入った。その刹那、鎖が切れるような、金属音が頭に響いた。
「……この子は!?」
知っている。俺はこの子を……知っている。
……そこで遊の意識はとんでしまった。