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SECT.6 戦女神フレイア



 あっという間にその日はやってきた。

 舞台初日。

 団員が駆けまわって宣伝したおかげか、珍しいケルトの歌劇団であるおかげか、演目が有名な歌劇『革命少女リオート=シス=アディーンの生涯』であるからか。

 そのすべてが重なったのか、ミュルメクスで最も大きな劇場の客席は満員だった。

 舞台袖から覗き見し、人の多さに息をのんだ。

「ルゥナー、たくさんヒトがいるよ!」

「そうね。席はすべて埋まったらしいわよ。旅一座の公演としてはあり得ない事らしいわよ?」

「えー?! なんでそんなっ……」

「『踊り子』の候補がいるからですよ」

 モーリがにこにこと笑いながら言った。

「今回、グレイスだけでなく、ルゥナーも『踊り子』の審査に申し込んでいます。先日のセフィラ乱入事件と同時期にセフィロト国からやってきた旅の一座、それも珍しいケルトの出身で、そこから『踊り子』候補が二人――この武道大会直前の時期に話題になるには十分だったようです。きっとこの中には、『踊り子』審査員も何名か紛れているはずです」

「言っておくけど、審査にはいくけれど私はただの付添いよ? グレイス一人で行かせたら、迷子にでもなりそうだったもの」

 肩をすくめたルゥナーは、すでにリオート=シス=アディーンの衣装に身を包んでいる。

 将軍のもとを訪れる最初のシーン、襤褸切れのように薄汚れた衣装を纏っていても、ルゥナーはとても奇麗だった。

 むしろその汚れた衣装が眼差しに秘めた強さを際立たせているくらいだ。

「『踊り子』ってそんなにすごいの?」

「はい。ディアブル大陸全土から集まる戦士が己の技を競う武道大会の前座ですよ? リュケイオン全体から多くの候補者が集まります。地方ではすでに審査を終え、これからの選考に残っているのはすでに何千人もの候補の上に立つ方々ばかりです」

「え? じゃあ、なんでおれとルゥナーが入れたの?」

「枠が違うんですよ。グレイスとルゥナーが参加するのはリュケイオン外からの参加者枠です。すでに書類審査も終わっております」

「書類審査?!」

 いつの間に?

「そんなの、いったいいつ?!」

「あ? そんなもん、俺様が適当に書いて出しといてやったヨ」

「ヤコブ!」

 孤高の伝道師の声に振り向くと、そこに立っていたのは漆黒の神官服を着た神父ではない。

 眩いばかりの純白の衣装に身を包んだ天使の姿だった。

「……ウリエル」

「何で言い直すんだヨ、黄金獅子の末裔」

「だって、そうしてると天使さんみたいだ」

「おいおい、その問いで、俺様にいったいどんな返答を期待してんだヨ」

 肩をすくめたウリエルだったが、その美しさは隠しようもない。

 軽く前髪をあげていて、いつも長い金の前髪の間から少し覗く程度だった深紅の瞳が露わになっている。すっきりとした目に収まる深紅の瞳は、驚くほど澄んだ紅玲玉ルビーと同じ色をしていた。眩いばかりの金髪も、純白の衣装によく似合っていた。

「よくお似合いです、ヤコブ神父」

 にこにこと笑うモーリをちらりと見て、ヤコブは肩をすくめた。

「まったく、よく言ったもんだ、ホズの司祭。お前さんは結局、悪魔も天使も全部、この舞台に乗せちまいやがった。横から全部かっさらっていくのがお前さんの性分か?」

「私には商才などありません。ただ、人を見る眼だけは、自信があるんです」

とか言うな、白々しい」

 ヤコブの口調は投げやりだったが、モーリに対して悪意を持っているわけではなかった。

 単純にからかっているかのようなその様子を見て、ヤコブもおれやアレイさんのようにモーリに連れてこられて、丸めこまれたのだと知る。

 フェリスは金髪を隠すように黒のターバンを巻いてロキの衣装に。サヴァール=ヴァイナー将軍役のグリックは重厚な鎧を纏った。

 アウラとシドは客席から見守っているはずだ。

 モーリがぱんぱん、と手を叩いた。

「さあ、始まりますよ。みなさん、楽しみましょう」

 全員の顔を見渡して。

「革命少女リオート=シス=アディーンの生涯の幕開けです」




 場内が静まり返る。

 ルゥナーの凛とした声だけが響き渡っている。

 主人公である革命少女リオートの独白から始まるこの物語は、北の大国ケルトで昔、革命が起こった時の史実を元にした有名な物語だ。

 農家の娘リオート=シス=アディーンは、戦女神フレイアの託宣を受け、革命軍の幹部サヴァール=ヴァイナー将軍のもとへとはせ参じた。

 そして、戦う事を躊躇う民衆に対して、強い言葉を投げかけ、戦いを鼓舞した。

 ガリゾーントの人数の大部分を占める楽隊が奏でる重厚な音楽に乗せて、リオートの声は高らかに響く。

「剣をとりましょう。国が我らを軽んずるのならば、我らはそれを覆さねばなりません」

「それはおかしい」

 民衆の一人が声を上げる。

「もし戦女神フレイア様が我らを救ってくださると言うのならば、我らが剣をとる理由はない筈だ」

 その言葉を聞いたリオートは、民衆に微笑む。

「戦女神フレイア様の名にかけて申します。フレイア様は、兵士が戦うからこそ、勝利を与え給うのです」

 まるで戦女神のおわす天頂を指し示すかのように。

 自らの進路を確かめるかのように。

 ルゥナーの演じるリオートは、すっと舞台の端、木で組まれた大きな舞台装置の上を指した。

「私が行ったことで、神の命令によらないものは一つもありません。戦女神フレイア様は、常に私と共に」

 凛と響くルゥナーの声。

 響き渡る管弦楽団オーケストラ

 出番だ。

 おれは一歩足を踏み出した。

 舞台へと足を踏み入れた時、灯りに一瞬だけ目を細めた。

 しかし、本当に一瞬だけだった。

 おれの視界を埋めたのは、本当にたくさんのヒトたちの視線だった。

 ああ、これはあの時と同じだ――


 かつておれは、グリモワール王国のレメゲトンとして戦場に赴いたことがある。戦場に到着して最初の日、おれは兵士たちの前で悪魔を召喚し、到着を報告した。

 これは、その時と同じなのだ。

 兵士たちの士気を上げるため、戦女神フレイアが姿を見せる必要があったのだ。

 実際の歴史で、リオート=シス=アディーンが戦女神フレイアを召喚したか否か、というのは分からない。

 しかし、この瞬間、おれの中ですべてが理解できた気がした。

 おれはきっとこれから、リオートと同じ事をしようとしている。

 たくさんの悪魔さんたちの力を借りて、多くのヒトを先導し、グリモワール王国を再建するのだ。

 血を流す事を嫌い、革命を起こす事を躊躇うリオートの台詞が心の底から理解できるのは、きっとそのせいなんだろう。


 それに気づいた時、おれの中で何かが変わった。

 まるで剣舞をする時のように、自分の体の感覚が薄くなる。自分の体を操っているという感覚が遠くなっていく。

 自然に一歩を踏み出した。

 深紅の紋様を描きこんだ純白の胸当てと、ティアラのように綺羅らかな素材で組んだ軽い兜。黒髪は兜に隠しておき、代わりに長い金色の髪が靡いた。

 胸当てとお揃いのブーツのかかとがこつりと音を鳴らす。

 腰に銀色の剣を携えたその姿は、戦女神フレイアのもの。

 純白のマントを振り払うように大きく腕を振った。

 ただそれだけで、観客が息をのんだのが分かった。

 リオートの声が響き渡る。

「戦女神フレイア様は、我らと共に」

 舞台上の民衆からわき上がる歓声。

 おれは腰の剣をすらりと抜いた。

 刃のついていない飾り剣は、光を受けて輝いた。

 右手の剣をまっすぐに客席へと突き付ける。

 舞台上の灯りが消え、装置の上にいる自分だけに光があたる。

「進め、リオート」

 自分のものではない声が、自分の喉から響き渡った。

 静まり返った会場に木霊する。

 客席の最も後ろまで呼びかける。

「臆せぬ限り、守護しよう」

 剣をゆっくりと一振り。

 音もさせず鞘に収めた。

「お前が私を戦女神と呼ぶ限り」


 舞台暗転。




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