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SECT.3 "敵"

 フェリスはそのまま団員たちに挨拶に行くようだったが、とても野放しにすることは出来なかった。

 たとえモーリが許容して、ルゥナーが受け入れても、実際に剣を交えたおれだけは、油断するわけにいかなかった。

「なーに? グレイス、オレっちについてくんの? オレっちのこと好きなの?」

「んー、好きかと聞かれるとたぶんそんな好きでもないよ。だってシドのこと殺そうとしたし」

「うわ、そこは嘘でも好きって言ってよー」

 けらけらと笑うフェリスは、何の前触れもなく屋上から飛び降りた。

 音もなく柔らかに着地する姿は、相変わらずしなやかな獣のようだった。

 それを追って飛び降りたおれの後ろからルゥナーの声が追ってくる。

「フェリス、グレイス、シドのところは最後にして! いまから私が行って話してくるから」

「わかった!」

 ひらひらと手を振り返し、フェリスに視線を戻す。

 猫のようなセルリアンの瞳がどこを見ているのか、おれには分からなかった。

「なあ、フェリス。お前、本当に何で戻ってきたんだ? シアに何か言われたの? おれのことを監視しろ、とか」

「んー、まあ、そんな感じかな?」

「だろうね」

 そうじゃなきゃ、此処へ帰ってくる理由などないだろうから。

「でも、おれが簡単に受け入れると思ってるの?」

「思ってるけど?」

 フェリスは当たり前のように言った。

「だってグレイスはオレっちのこと分かってる気がするもん。なんだかグレイスはオレっちとどっか似てる気がしてさぁ」

「……何でそんなに自信満々なんだよ」

 ふい、とフェリスから視線を外してそっぽを向いた。

 返答に困った時にこうして視線を逸らす癖は、アレイさんのがうつったのかもしれない。

「それよりフェリス、怪我は大丈夫だった? フラウロスさんと戦ったときにかなり火傷したと思うんだけど」

 大丈夫だった、と聞くこと自体がもうフェリスを敵でないと認識してしまっている証拠だ。警戒を解くな、油断し過ぎだ――アレイさんならそう言ったかもしれないけれど。

「もう治ったよ。たぶんね」

「たぶん?」

「グレイスは知ってるよね、オレっちが痛みに鈍いって」

 ああ、そうだ。

 前回、戦った時に分かったのだが、フェリスは感覚が鈍いらしい。

 怪我の痛みもほとんど感じないようだったから、怪我をしている事に気づかず、また、治っても治ったのかどうかが自分でも分からないんだろう。

「怖いね、それ」

「何が?」

 人より鋭い感覚を武器にするおれにとって、『感覚が薄い』というのがいったいどういう状態なのかは分からなかった。

「おれは人よりちょっと目がよくて、耳がいいからさ。それがたとえ『痛み』に対する感覚でも、感じ取れないんだと思ったら、おれは怖いよ」

 フェリスが第44番目の悪魔シャックスを使っておれの五感を奪った時、本当の闇の中で感覚を消失する恐怖を知った。何もない闇の中、自分の意思さえも霧散するかと思った。

 思わずフェリスの首に下がっているコインを見た。

 第31番目の悪魔フォラスと第44番目の悪魔シャックス。

 人並み外れた知覚とスピードを武器に戦うおれにとって、この二つのコインを持つフェリスは天敵だった。

「ふーん。オレっちはずっとこうだから、グレイスみたいにたくさん見えた方が怖いけど」

「そう?」

「だって、前に戦った時、グレイスの目で見て、耳で聞いた時、びっくりするほどたくさんの情報が流れ込んできたんだぜ? あんな中で生きていくのは、オレっちには無理だね」

 ひらひらと手を振ったフェリスは、自分の首に下がったコインをギュッと握った。

 いったい何を考えているのか、おれには分からなかった。

「ところでさ、グレイス」

「なに?」

「ちょっとだけ、真面目な話してもいいかな?」

「フェリスの真面目な話って、どんな話?」

 首を傾げて尋ねると、フェリスは天を仰いで嘆いた。

「うわ、なにその言い草。それじゃまるでオレっちがいつも不真面目みたいじゃん!」

「違うの?」

「ほんと、グレイスって失礼だよな」

「お互い様だよ。で、なに?」

 問い返すと、フェリスは悪魔のコインを首から外しておれに差し出した。

「コインを預ける代りにさ、オレっちを連れていく気はない?」

 フェリスの唐突な提案に、おれは思わず口を開けて固まってしまった。

「……は?」

「分かりやすく言うと、お望み通り無抵抗になるからオレっちを一緒に連れてって欲しいってことなんだけど」

「意味分かんないよ、フェリス。もっと簡単に言ってよ」

「えー? これでも最大限に簡単な説明をしたつもりなんだけどなー」

 ぶつぶつ言いつつも、フェリスは簡単に順を追って説明し始める。

 提案元はシアらしい。

 どうやら、シアはやはりマルクトという立場上、大っぴらに動けない。しかも先日、アレイさんを追ってリュケイオンへと領権侵害し、かなりの叱責を喰らったらしい。

 しかし、リュケイオンではアレイさんが軍神アレスに下ったという情報が入ってくる。

 けれども緊張状態にあるリュケイオンからは十分な情報が入らない。

 しびれを切らしたシアは、フェリスに内情を探ってくるよう命令したらしい。

「きっとグレイスといればアレイスター=クロウリーにも会えると思ってさ。それにシアさんが、あいつはお人よしだからコインを預けるか命を預けるかすれば、傍に置くだろうって」

「……シアがそんなこと言ったの?」

「だってグレイスは、悪魔の国にいる時、シアさんと一緒だったんだよね?」

「そうだけど」

 魔界の王リュシフェルを狙って、かつて神官の一人マルクトはシンシア=ハウンドとしてグリモワール王国漆黒星(ブラックルビー)騎士団に入り込んでいた。

 そう、まだ未熟なレメゲトンだったおれが漆黒星ブラックルビー騎士団で修行をしていたとき、同じように騎士団員として稽古していたシアとは、同室だった。

 シアはおれの事をよく知っている――それがいいことなのか悪い事なのかは分からなかったけれど。

「だから、コインを預けていい? んで、一緒にいていい?」

 にこにこと笑うフェリスの言っている意味が分からない。

 ああ、もう、分からないことだらけだ。

「もう、フェリス、おまえよく分かんないよ!」

「何でだよ! こんなに分かりやすく言ってるじゃん!」

 このままじゃ堂々巡りだ。

 誰かに助けを求めよう。

 そう思った時、真っ先に思いついたのは孤高の伝道師の赤い瞳だった。



「ヤコブ!」

 ばたん、と大きな音をたてて扉を開けると、部屋でアウラと談笑していたらしいヤコブは、手にしたマグカップを口にしたまま、視線だけでこちらを見た。

「困ったからっていちいち俺様のとこにくんじゃねーヨ、黄金獅子の末裔」

 そう言ったヤコブの額に、アウラの掌がヒットした。

「何を言う。もうそろそろ来るはずだと言っていたのはお前だろう、ヤコブ。意地悪な事ばかり言うんじゃない……座れ、グレイス。その後ろの男もな」

「あ、うん。ありがとう」

 おれはすすめられた通りに椅子に腰かけた。

 無理やり手を引いて連れてきたフェリスもつられるように座り、リュケイオン独特の織物がかけられた椅子がぎしり、と啼いた。

 口を開いたのはアウラの方だった。

「んで? 何しに来たんだ?」

 開口一番、ヤコブはそう言った。

「ヤコブはさ、おれがこれから何を言うのか分かってるのに聞くんだね」

「俺様がお前の言う事を知ってるわけねえだろ」

「……うそつき」

 そう言い返して何が変わるわけでもないが、なんとなく理不尽だった。

 おれは諦めてフェリスのことを紹介し、簡単に事情を話した。

「フェリスがいったい何を言ってるのか、おれには分かんないんだけど。だから誰かに聞きたくって」

「だぁかぁらぁ、オレっちは最大限簡単に説明してるって!」

 フェリスと二人、ここへたどり着くまでに何度繰り返したか知れないやり取りを繰り返し。

「ふぅーん、それってそんな難しいことか? 黄金獅子の末裔」

 全部聞いたヤコブはそう言った。

「だが、混乱してるようだから、もう少しだけシンプルにしてやるヨ」

「マジで?! 『武器になるコイン預けるからここに置いて』これ以上シンプルなんてオレっちには無理だよ?!」

「迷い猫はそこで黙っとけ。話の論点がズレる」

 ぴしゃりとフェリスを言い含め。

 ヤコブはおれに左手の人差し指を突き付ける。

「じゃあ聞くぜ、黄金獅子の末裔。お前にとっての敵は誰だ?」

「敵……?」

 聖騎士が最後に言い残した言葉がおれの中で木霊した。

 金の髪と蒼い瞳が聖騎士装束によく映える彼は、おれを振り向いてこう言った。


――敵です


 そこには何の慈悲もなく、ただ事実だけがあるようだった。

「敵……は、ケテルかな……?」

 首を傾げながらそう言うと、ヤコブは鼻で笑った。

相手ケテルがなんて言ったかを聞いてんじゃねぇ。お前の考えをきいてんだヨ」

「おれが?」

「ああ、そうだ。お前は、ケテルのことを『敵』だと思っているのか?」

 そう問われて、おれは思わず口を噤んだ。

「……分かんない」

 思い出すのは、光の中で振り返ったケテルが、おれに対して敵だと言った瞬間に感じた胸の痛みだけだった。

「でもおれは、ケテルが敵じゃなかったらいいのにと思うよ」

 敵なんていらない。

 傷つける対象なんて、この世に存在しなくていい。

 なんて我儘で偽善的な言い分だろう。

 たくさんのモノを傷つけて、たくさんのモノを失った自分が、そしてこれからたくさんのモノを破壊して進もうとしている自分が口にできるような言葉ではなかった。

「じゃあ、もう一回聞いてやるヨ、黄金獅子の末裔」

 孤高の伝道師は、金髪の間から覗く深紅の目を光らせた。

「そこにいる迷い猫は、お前さんの敵か?」



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