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SECT.25 ツェリン・シャチェ

 旅立つ日が近づいていた。

 決勝のみを残すばかりとなった武道大会は、最高潮まで盛り上がっていた。

 シドは3回戦で、主神ゼウス直属の騎士団員だという男に負けた。怪我の具合もあるし、ちょうどいい頃合いだっただろう。

 けれども、本人は納得しておらず、来年の参加を心に誓ったようだ。


 歌劇団ガリゾーントの新しい公演テントも出来上がり、明日の決勝を残すだけの武道大会が終わればここを立ち去る予定のようだった。

 夕刻、新しいテントを街の外で広げ、大きさを確かめながら団員はみな興奮している。

 少し離れたところにルゥナーと二人、佇んでその様子を見守っていた。

 団員たちの中に、フェリスとシドの姿はなかった。

 アレイさんもいない。おそらく、ミリアたちのところにいるんだろう。

 明日は『踊り子』の最後の仕事があるからおれも城へ戻らなくちゃいけないんだけれど、今日だけはもう少しここにいたかった。

「ルゥナーたちは、これからどこへ行くの?」

「リュケイオンをぐるっと一周するのよ。とくに東の方、砂漠の向こうに行ってみたいと思ってるの。あのあたりは、東方部族が諍いを繰り返してるみたいだから」

 さりげなく聞いたつもりだったけれど、ルゥナーには何か伝わってしまったらしい。

 細い腕が顔の横から伸びてきて、後ろからぎゅっと抱きしめられた。

「本当はあなたも連れて行きたいんだけど、もう行かなきゃいけないんでしょう?」

「……うん」

 おれを連れてどこまでも逃げてあげるって言ってくれたルゥナー。

 大丈夫ですよ、っておれをここまで導いてくれたモーリ。

 一緒に舞台を作り上げたガリゾーントの団員達。

 それから、めんどくさいけど一番たくさん助けてくれたヤコブと、すごく頼りになるアウラ。

「遠くに行っても、あなたたちが元気でいるよう、祈るわ。たくさん祈りを込めて、たくさん歌うわ」

「うん。ありがとう。おれ、ルゥナーの歌、大好きだよ」

「ふふ、だからお世辞は覚えなくていいのよ?」

「お世辞じゃないよ?」

 そう言ってもルゥナーは信じてくれなくて、くすくす笑うばっかりだった。

「グレイスがいなくなっちゃったら、みんな寂しがるわ」

「おれだって寂しいよ」

 後ろにいるから顔は見えないけど、ルゥナーの顔を見たら泣いてしまう気がした。

「大好きだよ、ルゥナー。ラック=グリフィスじゃなくて、グレイシャー=ロータスでいる時に友達が出来たのは初めてだ。だからさ、いつかもしおれが帰ってきて、ラック=グリフィスとしてセフィロト国に戦いを挑んだとしてもさ、ルゥナーだけはいつまでもグレイスって呼んで」

「当たり前でしょ……私も大好きよ、グレイス」

 ルゥナーはますます強くおれを抱きしめた。

 セフィロト国の片隅で、このヒトたちに拾ってもらえて本当によかった。

 ウリエルの言うように、おれ自身の持つ力なんてほとんどないんだろう。でも、おれに力を貸してくれるヒトがたくさんいる。

 だから、おれは自分の持つ力以上に強いんだって。

 心の底からそう思う。



 日が落ちてから、こっそりと居城に戻ると、門扉は既に閉ざされていた。けれども、ようやくおれの顔を覚えてくれた門番さんがこっそりと入れてくれた。

 できれば、ミリアに見つかる前に戻りたいんだけど。門限やぶって怒ってそうだし。先にエレーミアに会えたらなあ。

 永遠に続く気さえする螺旋状の廊下を行きながら、そんな事を思う。

 窓のないこの廊下を行くと、少しばかり息苦しい気がして自然と足が速くなる。

 ほとんど灯りがないのは、ヒトが少ないせいなんだろうか。コロセウム上部にはミリアたち以外、ほとんど誰もいないのだとアレイさんが言っていた。

 それなのに、今日は上の方から賑やかな音がした。

 何だろう。

 音の方に近づいていくと、まだ足を踏み入れたことのない上階にたどり着いた。

 螺旋廊下の突き当たりには、そのまま長い階段が続いている。少し急すぎるんじゃないかと思うくらいの角度で、上は暗くてよく見えない。

 でも、騒がしさはその上から漏れ出している。

 あんまり暗闇は得意じゃないんだけれど、その賑やかさにつられる様にして、一歩ずつ階段を上がっていった。

 階段を半分ほど上がったところで、騒がしい音の正体に気付いた。

 よく知る声ばかりが、なんだか楽しそうに騒いでいるみたい。

 自然と早足になる。

 最後の数段を一足で飛び越して、着地した。

 目の前に広がったのは、眼下いっぱいに広がる街の灯り。それから、満天の星空。

 それから。

「グレイス遅いよ!」

 エレーミアが叫んだ。

 あちらこちらにぼんやりと浮かぶ炎に、見知った顔が照らし出された。

 エレーミア、ミリア、ポピー、それから軍神アレス、ブロンデンさん、アーディン、アウラ、それにヤコブ。いないと思っていたらシドとフェリスもこんなところにいた。

 もちろん、アレイさんもいる。

 皆、手に手に酒杯を持ち、この匂いからするとかなり長い間ここで呑んでいたようだ。

 彩り鮮やかな葡萄酒の瓶が並べられ、白い床に赤い影を落としている。

 エレーミアはミリアの隣に陣取って杯を傾けている。

「あれ、エレーミア、怒ってないの?」

 そういうと、エレーミアは何の事、と首を傾げた。

 数日前、軍神アレスの正体を知ってフクザツな思いでいたことなどすっかり忘れてしまったんだろうか。

 正直にそう聞くと、ミリアはひどく居心地の悪そうな顔をしたが、エレーミアはいつものように明るく笑った。

「だって、ミリアちゃんかわいいから」

 意味が分からないよ。

 でも、ぴったりとミリアの隣に寄り添うエレーミアに、ミリアも照れながら嬉しそうで、きっと二人が和解するまでに何かあったんだろうな、ってことはすぐにわかったから。

 その様子を、軍神アレス――いや、もう軍神アレスじゃないだろう。赤髪の『元』アレスが見ていた。

 でも、そうしたら、おれはいったいこのヒトを何て呼べばいいんだろう?

「ええっと……アレス、さん」

 迷った挙句、そう呼びかけた。

 無口な赤髪のそのヒトは呼びかけに答えてこちらを見た。

 おれの言葉はどうやら通じてるみたいなんだけど。

「アレスさんはさ、これからどうするの?」

 問われて、ほんの少しだけ困ったような顔をした。

 考えてないから? 答えづらいから?

 いや、その困惑とは少し違う困り方。どうやって伝えようか、思案しているように見えた。

 もしかして、このヒトは本当に声が出ないんだろうか。

 うーん。

 でも、それよりもむしろ……

「もしかして、アレスさんはこの国の言葉があんまりしゃべれなかったりするの?」

 そういうと、軍神アレスは少しだけ驚いた顔をした。

「お前はすごいな、グレイシャー」

 酒が入っているのか、いつもより饒舌で、少し機嫌のいいミリアが答えた。

 そうじゃなかったら、プライドの高いミリアがおれのこと「すごい」なんていうはずない。

「それを当てたのはお前が初めてだ。皆、ただ無口なヤツだと思っている。だが、こいつは今でもあまりこの国の言葉を理解していない。こいつが話せるのは東方の言葉だけだし、私たちの話す言葉を話そうともしない。意思疎通しているのは、私の――軍神アレスの力だ」

 少し離れてそれを聞いていたアウラは、絶句した。

「言葉の理解を、人知を超えた力でずっと補っているだと? そんな事をしていたらいくら待とうともこの国の言葉なぞ覚えられるはずがないだろう!」

 あーあ、と隣のアーディンが肩を竦める。

 ついでに酒も入っているらしいアウラは、ふらりと立ち上がって軍神アレスに指を突きつけた。

「軍神アレス、お前がここへ来てから何年になる? 3年だ! どんな阿呆でもとうに会話くらいはできるようになっているはずだ! それが何だ、精霊の力に頼って未だ話せないだと?! ふざけるにもほどがある!」

 呆然とアウラの指先を見つめた軍神アレス。

 軍神アレスに向かって指を突きつけるのなんて、アウラが最初で最後だろう。

「甘えるな! 今すぐやめろ、そうすれば嫌でも話せるようになる! 精霊の力に頼るのは、自らを廃れさせるためではない!」

 言いたいことを言いきって、アウラは再び煙草に火を点けた。

 最後まで様子を見ていたヤコブが笑う。

「変わってねぇな、アウラ。俺様が惚れた頃と同じだ」

「黙れヤコブ」

 極寒の視線でヤコブを黙らせ、不良女医は煙を吐いた。

 ミリアは、唇を尖らせてアウラを睨み、アレスはそんなミリアを見ていた。

 その様子を見て、おれは思わず問いを口にしていた。

「あなたがここにいるのは、ミリアが好きだから?」

 少し驚いた顔をしたアレスは、そうだよ、というようにおれの頭にポン、と手を置いた。

 その時、アレスがミリアを見る目はとても優しかった。でも、その思慕はたぶん恋愛とかじゃなくて、もっと、家族に向ける感情のようだった。

 ミリアがアレスに誰かを重ねているように、アレスもミリアに誰かを重ねている。

 不思議な両想いだね。

「ねえ、本当の名前はなんて言うの? アレスじゃなくて、あなたの名前が知りたい」

 そのヒトは、ほんの少しだけ微笑んだ。

 初めて見る顔だった。

「ツェリン・シャチェ」

 そして、聞きなれない、東方の名を告げた。


 とてもきれいなその名前の意味が、不老の革命家、という意味だと知ったのは後の事で、アレスを名乗っていたこのヒトが、東方でどんな立場にあったのか、ミリアのお父さんがどんな思いでこのヒトを連れ帰ったのかを知るのはまた別のお話だ。

 おれは、おれの物語を紡いでいかなくちゃいけないから。



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