SECT.24 旅の連れ
と、そこへやる気のない声が後ろから投げ込まれた。
「いちゃつくのはもうちっと時間と場所を考えてやれよ」
咥え煙草の医者が、頭をかきながらこっちを見ていた。
アレイさんはそれに気づいてぱっとおれを離した。
あ、ちょっと寂しい。
「ったく……」
おれたちを横目にバルコニーの手摺に肘で頬杖を突き、白衣の不良医師は咥えていた煙草をアレイさんにつきつけた。
「毎日そんな調子じゃ、ついてけねぇぜ。これからが思いやられる」
「これから?」
首を傾げたおれに、アーディンはふぅっと煙を吹きかけた。
思わぬことに、予期せず煙を吸い込んでしまい、げほげほとむせる。
それを見たアレイさんは、アーディンからおれをかばうようにもう一度腕の中に戻した。
「俺はアンタの主治医だから、途中で治療を放棄するわけにはいかねぇんだよ」
「何が途中で放棄だ。お前はこの城の筆頭医師だろう? それなりの患者を抱えているはずだが、そちらはいいのか」
アレイさんが不機嫌そうな声で応対する。
「俺にしか診らんねぇのはオリュンポスくらいだ。あとは城のヤツらに任せていけばいい」
「ミリアとポピーは何と?」
「……」
問われたアーディンは、今度は闘技場に向かってふぅっと煙を吐き出した。
「言ってないんだな」
「まあ、ガキんちょどもならなんとかなるだろ」
「アーディンはもしかして一緒に来てくれるの?」
「……」
「返事してよ」
唇を尖らすと、アーディンは頭を抱えて深いため息をついた。
「アンタは見た目だけならかなり俺の好みなんだが、いかんせん中身がなあ……」
「何だよ」
アーディンはちらりとアレイさんを見て、意地悪そうに呟いた。
「アレイ、アンタ幼女趣味なのか?」
幼女趣味?
って、なんだろう?
「ねえ、アレイさん。幼女趣味ってなに?」
腕の中から見上げて聞くと、そのまま口に手をあててふさがれた。
「黙れ、くそガキ」
ガキって言うな!
と言いたかったんだけれども、口をふさがれていては何も言えない。
と、そこへさらに後ろからがやがやと見知った顔がなだれ込んできた。
「こんな特等席に入れてもらえるなんてラッキーじゃん」
「大人しくしてなさいよ、フェリス。さっきみたいに闘技場に飛び込んだらすぐ追い出すわよ」
「シドっちの試合、まだー?」
「もうすぐですよ」
歌劇団ガリゾーントの面々がなだれ込んできた。
ルゥナーは、アレイさんに後ろから口をふさがれているおれをみてくすりと笑った。
「何をしたの? グレイス。また何か余計な事を言ったんでしょう?」
そんなことないよ!
顔をぶんぶんと振って手から逃れる。
「違うよ、何も言ってないもん!」
「本当?」
「本当だよ!」
ルゥナーはおれと、その後ろで困惑して佇むアレイさんを順にみて、もう一度笑った。
その間に、モーリとフェリスはすでにアーディンの横で手摺に張り付いている。
ルゥナーの後ろからはアウラがのんびりと登場した。
咥え煙草で白衣のこの女医に、なんだかとても久しぶりに会ったような気がする。
「こんな席でこの大会を見ることになるとはな」
「あっ、アウラ! シドは? 元気になった?」
「普段の生活程度なら問題ない。大会も、無理をしなければそれなりに動けるだろう」
ポケットから取り出した煙草に火を点け、上に向かってふぅっと煙を吐く。
そして、さりげなく手摺に近づき、突如、頬杖で試合を見物する不良医師の頭に綺麗な踵落としをお見舞いした。
アレイさんはぎょっとし、ルゥナーは言葉を失い、フェリスは口笛を吹いた。
完全に油断しきっていたアーディンはまともにその攻撃を食らい、その場で悶絶した。
そんなアーディンを見下ろし、アウラは一言。
「元気そうだな、この不良息子」
静かな怒りを秘めた声で。
頭を擦ったアーディンはおそるおそるアウラを見上げる。
「お久しぶりでゴザイマス、おかーさま」
「何年も顔を見せんと思ったらこんなところにいたのか。いったい何をしている?」
「何ってそりゃ、働いてんだよ。見りゃ分かんだろ」
「どこがだ」
怒りをあらわにするアウラを止めたのは、そのあとからやってきたポピー。
「アーディンは軍神アレスの城の筆頭医師ですよ。僕らもいつもお世話になっています」
波打つ金色の髪を揺らして、困ったように笑いながら。
「ポピー、もっと言ってやってくれ」
胸倉を掴まれて今にも殴られそうなアーディンは救世主に助けを求める。
「アーディンのお母様ですか?」
「……ああ、そうだ。お前は?」
「申し遅れました。僕はオリュンポス『アフロディテ』のポースポア=エウカリスと申します。アーディンは、その、お父様が特殊ですから……その、僕らオリュンポスの専属医師としてここに常駐していただいています」
「オリュンポス?!」
アウラもさすがに驚いたようで、掴んでいたアーディンの胸倉を放した。
勢いで尻もちをついたアーディン。
腰のあたりをさすりつつ立ち上がった。
「あ! シドっちの番だよー! 早く早く、グレイス! 始まっちゃう!」
フェリスに呼ばれ、手摺から身を乗り出す。
見下ろすと、藍色の髪の剣士が闘技場に入ってくるところだった。
「シド―!」
大きな声で呼んで手を振ると、シドはどうやらこちらに気付いたようだった。
隣にいるアレイさんに気付き、軽く会釈する。
あんまり表情を見せないシドだけれど、今だけは何故だかとても嬉しそうに見えた。
「ねえねえグレイス」
フェリスが横からつんつんと服の裾を引っ張る。
「なに?」
おれはシドから視線を外さず答える。
相手はシドよりかなり体格のいい剣士だ。シド自身が剣士としては小柄なのもあるけれど。
「グレイスはもう旦那さんと会えたわけだからさ、ルゥナーたちとはきっとそろそろお別れするじゃん」
と、思わずフェリスを見た。
黒ニットの下で輝くセルリアンの瞳が、意地悪そうにおれを見ていた。
「……なんでそんな寂しいこと言うんだよ」
「でも事実でしょ?」
「意地悪だな、フェリスは」
考えないようにしていたのに。
おれたちの旅はここで終わりじゃない。
目指しているのは、リュケイオンから海を渡った向こうにある、光の王国ソルア。
アレイさんとおれが、いったい魔界の存続にどうかかわっていくのか、柱とは何なのか、いったいリュシフェルがおれたちに何を求めているのかを知るために。
きっとルゥナーたちとはここでお別れだ。
だって彼女には、自分たちの舞台を見た人に勇気を与えたいっていう目的があるんだから。
その歩みを止めさせるようなことをしちゃいけない。
「でもさ、オレっちはグレイスと一緒に行くよ? だってシアさんに言われてるし。あの様子だと、シドっちもついてくるんじゃないかな」
「え、でもシドは……」
元気になったら、グリモワール王国の革命軍の元に送るつもりだった。
もと漆黒星騎士団団長のクラウドさんのもとへ。
「何言ってんの? グレイスはシドっちから騎士の誓いを受けてるんだよ。オレっちは詳しくないけど、それってそう簡単に切れるもんじゃないと思うけど?」
「まあいいや。きっとその辺はシドっちがちゃんと自分で話すと思うよ。オレっちが何か言う事じゃないや」
「いま言ったじゃん」
「それは忘れてよ、グレイスー」
フェリスがへらりと笑ったところで、試合に決着がついた。
勝利を収めた藍色の騎士は、高らかに剣を頭上へと突き上げた。