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SECT.19 演武開始

 開幕と同時に、おれたち3人は闘技場の真ん中に飛び出していく。

 待機していた楽隊から音楽があふれ出す。

 本当は、練習なんかなくてもよかった。

 こうして音楽に身を預ければ、体は勝手に動き出す。

 気が付けば会場全体が静まり返って、音楽だけが聴こえて、数多の視線がおれたちに注がれていた。


 『クロト』が紡いだ運命の糸を、『ラケシス』が測り、『アトロポス』が断つ。

 総てのヒトの、そして軍神アレスを含むすべてのオリュンポスの運命を握る女神たちが舞う。


 エレーミアの紡ぐ糸は細長く風に舞う金布となって。

 その金布に沿うようにひらりひらりとおれは舞う。

 おれと背を合わすようにして、ミリアが剣で舞う。

 すべての戦士が全霊を尽くし、技を競う様すべてを見守るように。

 精霊界に居るという、オリュンポスたちにも届くように。

 おれがこうしてみんなの前で踊ることで、少しでも誰かの心が明るくなるのなら。

 一曲目が落ち着いて、二曲目が始まる。

 穏やかな編拍子の曲が始まり、おれたちは立ち位置を変える。

 これはエレーミア演じる『クロト』が主役の曲だ。

 クロトは、過去の運命を司ると同時に、運命を紡ぐ存在、命を紡ぐ存在としての信仰も深い女神だ。

 時折、からかったりしながらも、何だかんだとおれたちの世話を焼いてくれたエレーミアにはぴったりだと思う。彼女はとてもやさしい。

 きっと、ミリアがただの『前軍神アレスの娘』でただの『踊り子』じゃなかったとしても仲良くしてくれる。

 大丈夫だよ。

 みんな受け入れてくれる。

 不意にミリアと目が合って、視線を交わす。

 敵意ではなく、殺気でもない。

 それでも、戦いを察した空気を纏い。

 三曲目が始まった。

 クロトが祈りの体勢で舞台中央に静かに腰を下ろす。

 そして『ラケシス』は定規を、『アトロポス』が大鋏を翳し、クロスさせた。

「手を抜くなよ、グレイシャー」

「ミリアもね」

 かぁん、と高らかに剣先を打ち合わせたのが合図。

 最大の見せ場、ラケシスとアトロポスの剣舞が始まった。


 会場は、桁外れの舞に息をのみ、静まり返った。

 優勝者が得るという軍神アレスとの演武にだって負けない戦いを見せていることだろう――何しろ、ミリアは本物の軍神アレスなのだから。

 ミリアは基本的に拳闘士だけれど、無論、剣の扱いもずば抜けてうまい。

 もともとの才能に加えて、かなりの鍛錬を積んできたはずだ。

 そもそもおれの剣は空演を前提に組み立てた我流だから、普通の剣とは比べ物にならないくらいに早い。その分の軽さを体重の上下動作で補って戦っているのだ。

 それなのに、ミリアはそのすべてに反応してくる。

 勘がいいのだ。

 相手の目線や体の動きから次の攻撃を予測するのが段違いにうまい。

 それに加えてこの小柄な体は素晴らしい瞬発力を発揮して懐に飛び込んでくる。

 寸でのところで大鋏の急襲を避け、ミリアを見れば、彼女はにぃっと口の端に笑みを湛えていた。

 楽しくて仕方がない。

 そんなのおれだって同じだ!

 じゃれ合うようにして剣を交わし、紙一重の感覚を愉しんだ。

 何より、これまでと違うのは、ミリアが寸止めをやめ、本当に攻撃を仕掛けてきているところだ。

 殺気はないが、ヤる気はあるようで、一歩間違えば大怪我を負いかねない無謀な攻撃を仕掛けてくるミリアに、おれもつられて熱くなる。

 踊り子は今日で終わりだから、怪我を気にする必要なんかないだろう。

 多少の負傷は覚悟で大きく上から振り下ろされてきた剣を掌底で横から弾く。

 そのまま肩から突っ込んで、ミリアを舞台の端へと弾き飛ばした。

 派手な演出に、客席からどよめきが沸き起こる。

 高まる音楽に合わせて大きく剣で天を指しながら、ミリアはゆっくりと起き上がった。

「無茶をする」

「ミリアに言われたくないよ」

 剣を弾いたおれの掌には、赤い筋が一本、そこからぽたりと血が流れ出した。

「その手で剣を握るのか?」

「問題ないよ」

 大きく円を描くようにして両手で剣を高く掲げた。握りなおす瞬間、微かに痛んだが気にしない。

 物語はクライマックス。

 ラケシスとアトロポスの演武は、アトロポスの勝利で以て幕を閉じる。過去を得、未来を見据え、まっすぐに進めと伝えるために。

 運命の先を決定し、断ち切る大鋏が振り下ろされる。

 運命が、断たれた。

 クロトが広げていた金色の布がパサリと地に落ち、おれは床に倒れ伏す。

 ミリアだけが舞台の中央で剣を頭上に掲げた。

 倒れ伏したおれは、ほんの少しだけ視線をあげて、おれはミリアを見上げる。

 風に翻る純白の布にミリアの赤髪が映えて、天から降り注ぐ太陽が金色の大鋏を照らしだして。

 綺麗だな。

 十分だよ、ミリア。

 これだけ強くて、これだけカッコよくて、これだけ世話好きで、ヒトが好きで、これだけ綺麗なのに。誰がミリアの事、軍神アレスとして足りないなんて言うもんか。文句言うやつがいたとしたら、おれが何度だって言い聞かせてやるから――


 会場いっぱいの拍手に見送られ、おれたちは神前舞踏を終えた。

 まだ頭の芯が痺れているようだ。手足の感覚が薄く、まるでふわふわ浮きながら移動しているようだった。

「お疲れ様、ミリア! グレイス!」

 小道具と装飾を放り出したエレーミアがたっと駆けてきて、おれとミリアをいっぺんに抱きしめた。

「すごくかっこよかった! 客席もビックリしてたよ」

「当たり前だ」

 ミリアがにっと笑った時、客席がわぁっと湧き上がった。

 しまった!

「アレイさんっ」

「アレスの演武が始まる!」

 ミリアと二人、競うように闘技場へと向かう。

 『踊り子』の特別枠がなければ会場に入る事さえ難しかっただろう。日差しの差し込むバルコニー、特等席から見下ろした闘技場は人間で溢れかえっていた。

 屈強な戦士から女性、子供に至るまで、肌の色も髪の色も年齢も性別もバラバラな人達が一心に闘技場を見下ろしている。大声で何れかを応援するヒト、息をのんで見守るヒト、それもまちまち。押し合いへし合い、あの中に入ればおれは足をつくことだって不可能だろう人間の塊が闘技場全体を埋め尽くした。

 割れるような歓声が耳の奥に突き刺さる。

 その中央に佇むのは、二人の剣士。

 赤髪の軍神アレスと、黒髪の悪魔騎士アレイスター=クロウリー。

「始まるようだな」

 背後からかかった声には、聞き覚えがある。

 おれはかすかな記憶を辿って名前を思い出した。

「えーと、ブロンデンさん。こんにちは!」

 礼儀正しく挨拶をしてぺこりと頭を下げた。

「いたのか、ブロンデン。私はあの二人の試合の審判をしろと言いつけたはずだぞ?」

 ミリアが驚いたように振り向いた。

 ブロンデンさんは答える代わりに闘技場を指差した。

「何だ、アーディンじゃないか」

「アーディン?」

 闘技場の中央には、とてもこの場に相応しくない白衣の男が立っていた。咥え煙草に無精髭、リュケイオンの民らしい淡い茶髪。

「何故あいつが審判をしているんだ?」

「アーディンがどうしてもというんで交代したまでだ。あの二人なら毎朝の稽古で手合せしている。力量も互いに承知しているはずだし、アーディンなら問題なかろう」

「アーディンが自分から働く? そんなことがあるのか?」

 ミリアが首を傾げて闘技場を見下ろした。

 遠目にもやる気なく見える白衣の男に、不思議な力を感じた。この気配は。

 慣れた天使の気配に、ぞわ、と背筋が泡立つ。

 ヤコブが近くにいるから忘れていた。ここは、セフィロトからそう離れていないんだってこと――

「あいつなら無害だ」

 しかし、おれが問う前にミリアが先回りした。

「アーディンの存在は既にオリュンポス全員が認知している。ウリエルと同じだ。侵略の意思はない。ちょうどお前たちと同じように、セフィロトから匿っている形になるな」

 隠されることのない天使の気配。

 よくよく探れば、それは確かにウリエル――ヤコブ=ファヌエル神父と同一の気配だった。

「あの、アーディンってヒトはウリエルの息子さんなの?」

「そうだ」

「なら安心だね」

 でも、それ以上にあの男の容姿に見覚えがあった。

 ふわふわした淡い茶髪。やる気のなさそうな目。それからあの咥え煙草の口元。

「でも、ヤコブとはあんまり似てないね」

「ん? ならあいつは母似なんだろう。母親もあいつと同じ医師だと聞いた。アーディンも、あの形で居城ウチの筆頭医師だからな。ったく、医者があんな場にしゃしゃり出ること自体があり得んのだが……」

「医者なの? 似合わないね」

 白衣を着てるってだけじゃ……ん? あれ? 医者? 母親?

「アーディンってヒトのお母さんて、もしかしてアウラ?」

「母親の名前までは知らん」

 ミリアは今にも始まろうとしている演武にくぎ付けだ。

 アーディンの手がすっと上がる。

 それを契機に、刹那、闘技場が静まり返った。

 一瞬前までの歓声が嘘のように。

 アレイさんが左手で剣を構え、軍神アレスは両手で握った剣を正眼に構えた。

「勝っても負けても言いわけすんなよ? 言い出したのはアンタだ」

 中央に立つ白衣の不良医師はぼそぼそ、と呟いた。おれでなければ聞き取れなかっただろう。

「あと、あんまり熱くなるな。立ち返っても知らねぇぜ?」

 うるさい、とアレイさんに目ではねられ、アーディンは肩を竦めた。

「始め!」

 アーディンの鋭い声で、演武が開始された。




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